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子爵令嬢は自由になりたい【連載版】  作者: と〜や
第十二章 子爵令嬢は収穫祭を迎える
120/199

117.子爵令嬢は驚かされる

「本当によろしいのですか?」


 目の前には艶やかな紅と黄色の祭り用のドレスに身を包んだリリーとセリアが立っていた。二人の頭には犬の耳を模したものが乗っかっており、ドレスの後ろにはふさふさの尻尾が覗く。


「ええ、もちろん。楽しんで来て」


 戸惑いがちのリリーにわたしはうなずく。

 今日は祭りの初日。広場の設営も壁外の臨時市場もすでに準備は終わっている。

 気の早い店はもう開けている頃だろう。

 今日は露店巡りをして、明日は広場で催しを見るのだとセリアが楽しげに話していた。

 だから、存分に楽しんで来てほしい。

 リリーはお客様だもの。せめてこれくらいはおもてなしさせてもらわないとね。


「明後日から忙しくなるから、セリアには今日と明日しかお休みをあげられないけど」

「大丈夫です。三日目からは他の子に頼んでありますから」


 三日目にはフェリスの代理人が来る。セリアには、代理人が女性の場合のフォローをお願いする予定だった。

 ちなみに、連絡はまだない。本当に三日目に来るのかもはっきりしない状況だから、わたしもあまり館を離れていられない。


「じゃあ、行ってきます。お嬢様も楽しんでらしてくださいね」

「ええ」


 玄関先でにこやかに送り出す。

 フェリスが来ないと知ってセリアは一緒に祭りを回ろうと言ってくれた。

 でも、わたしが一緒だとセリアはわたしの世話をしてしまうだろう。リリーもセリアも楽しむどころではなくなってしまう。

 だからこれでいい。


 踵を返すと広間に向かった。

 開会式では領主夫妻による儀式があるとかで、父上たちはもう広場に行っている。

 広間では、ユリウスおじさまとユリウス君が並んで座っていた。


 おじさまがやってきたのは夜遅くだった。昼間にはこちらに到着していたそうなのだけど、砦に顔を出したらお師匠様に連れ回されたらしい。

 祭りの前日に主賓を酔い潰れるまで飲ませようとするとかやめてくださいお師匠様。おじさまがザルだから良かったものの、そうでなければ主賓欠席の開会式になるところだったわ。

 そんなこんなで、わたしもおじさまとはほとんど話せずじまいだった。

 肝心の話は自分からするべきよね、と思うので、ユリウス君の話はしていない。

 ウェイド侯爵からも連絡はない。

 まあ、正式な招待を送ったわけではないから、返事がなくても仕方がないのだけれど。


「おじさま」

「ユーマ、昨夜はすまんかったな。もっと早くに来るつもりだったんだが」

「謝らないでください。悪いのはお師匠様ですから。それに祭りには間に合いましたから問題ありません」


 にっこり微笑んで、ユリウス君に視線を移す。

 彼はといえば、祖父の前だからなのか、それともおじさま……おじいさまが実は英雄だったことを知ったからなのか、表情は硬い。


「ユリウス君?」


 声をかけてもユリウス君はわたしの方を見ようともしない。膝の上で握られた拳が彼の心を表しているようだ。

 ここにいる間のユリウス君はだんだんと打ち解けてくれていたと思うのだけれど、おじいさまはやはり苦手なのかしらね。


「おじさま、そろそろ行かないと」

「おお、そうか」


 おじさまは正式に招待された来賓で、ハインツ伯として開会式に臨席いただく予定だった。

 例年ならこの時期はまだ父上が王都から戻っていないから、領主の名代をおじさまにお願いすることもあったらしいの。

 今年は父上が仕切っているから、おじさまは開会式に同席するだけでいい。

 気楽でいい、と昨夜嬉しそうに語っていた。


 おじさまが立ち上がってもユリウス君は動かない。

 結局ちゃんと話は出来たのかしら。……どう見ても出来てないわよね、これは。

 仕方なくわたしは口を開いた。


「ユリウス君、ミーシャとの約束があるのでしょう?」


 そう告げると、ユリウス君はばっと顔を上げてわたしを睨む。

 ……そういえば初めてあった時もこんな顔で睨まれたっけ。

 でも、こんなに真っ赤な顔はしてなかったわね。


「ほう、いい友達が出来たのか」

「友達じゃありませんっ!」


 噛みつくような返事をして、ユリウス君は広間から走り去ってしまった。

 勢いよく開けられた扉がぱたりと閉められるのを見送っておじさまの方を向くと、嬉しそうに微笑んでいる。


「余計なことを言ったみたいですね」

「いやまあ、元気なのは良いことだ。我が家にいた時は、いつも暗い顔をしておったからな」


 確かに、あの時のユリウス君はいつもつまらなそうな顔をしていた。


「それに子供返りもなくなったようだ」

「ええ。ミーシャのおかげです」

「ミーシャ?」

「ユリウス君が一緒に砦で鍛錬をしている女の子です」


 実際のところ、態度が一変したのはミーシャに負けてからだもの。自分で進んで鍛錬に行くようになったのも、町の子達と関わるようになったのも、全部あの一戦がきっかけだ。

 その辺りのことをさらっと説明すると、ユリウスおじさまは少し眉根を寄せた。


「そうか。となるとちと厄介じゃな」

「そうですか?」

「迎えが来るのでな。すんなり帰るかどうか」

「……ウェイド侯爵がいらっしゃるのですか?」


 おじさまの言葉の意味に気がついて目を見開くと、おじさまはにやりと笑う。


「サプライズだからな、あれには内緒だぞ?」


 ウインクをよこすおじさまに、わたしはため息をつく。


「わかりました。でもお師匠様には伝えないと」

「ダンなら知っておるぞ。お忍びだから護衛はいらんと言っておいたからな」


 聞いとらんのか? と言われて首を横に振る。

 昨日伝えたのだろうか。だとしたら警備の組み直しが必要だけれど、おじさまがそんな迷惑をかける人ではないことを、わたしは知っている。

 たぶん事前に知らされていて、砦の面子は皆知っているのだろう。きっと両親も……ベルモントも知っているのかもしれない。

 聞いていないのはわたしだけで。


「まあ、仕方がなかろう。ユーマが帰ってきて浮かれておるのは皆一緒だからな」

「それにしたって……」


 思わずため息が漏れる。

 両親とベルモントが知っているのなら受け入れの準備は済んでいるのだろう。

 でも、知っていると知らないとではこちらの心構えが違う。

 そうでなくともフェリスの代理からは連絡がなくてやきもきしているのだ。これ以上は勘弁して欲しいのに。


「それで、ウェイド侯爵はいついらっしゃるのです?」

「もう来ておる」

「ええっ?」


 少なくとも昨日までの準備でそんな話は聞いていない。近隣の貴族でわざわざ来てくださるのはおじさまだけだもの。


「お忍びと言うたであろう。街中の宿に泊まっておるよ。昨日もあちこち見て回ったらしいが」


 昨日といえば一番人の出入りが多い日だ。多少身なりのいい人が出歩いていたとしても、町の人たちは買い付けに来た商人程度にしか気にしない。

 警備の者たちは……知っていたのなら気にも留めないわね。


 わたしも昨日は最後の準備で街中を走り回っていたのだけれど、ウェイド侯爵らしい人影は見なかった。

 ……まあ、わたしが知っている侯爵は、将軍職の立派な礼服か侯爵として相応な装いのどちらかだから、気がつかなかったのかもしれないけれど。


「教えてくださればよかったのに」

「教えたら面白くなかろう? 最終日には挨拶に寄ると言っておったから、その時にでも文句を言ってやってくれ」


 文句を言いたいのはおじさまやお師匠様になのだけれど、言ったところで笑顔でごまかされるのはわかっている。

 深くため息をついて言葉を飲み込んでいると、おじさまが立ち上がった。


「ユーマ。お前はよくやっておる。あまり頑張りすぎるでない。周りが心配する」


 そんなことはない、と反論したかったけれど、周りに心配をかけているのは本当だろう。

 言葉をなくしたわたしの肩にぽんと手を乗せて、おじさまは出て行った。

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