116.子爵令嬢は伝言を受け取る
「調査は続行中ということか」
「ええ。おかげさまで奴らの身柄は押さえられましたし、今の場所にいれば安全かと」
「王国騎士団も近衛兵もあてにできない状況では最善策だろうな」
二人は、彼らをどこに収監しているのか言わない。
秘密が漏れて、内通者が口封じに来る可能性があるからだろう。
わたしが知っていていい事柄でもないから聞くことはしない。むしろ知らない方がいい。
内通者のあぶり出しはレオ様やセレシュが本腰を入れていることだろう。
ただ、それでは見えてこないこともある。剣を腰に下げた人間には、語ってくれない人たちもいる。
「何か言いたげだな、ユーマ」
名を呼ばれてはっと顔を上げると、二人がこちらを見ていた。
「いえ」
「言ってみなさい」
二人の強い視線に、重い口を開く。
「古着屋の常連客には話を聞いたのですか?」
「一通りの聞き込みはしたらしい……でもみんな何も喋らなかったそうだ」
「グレンは参加しなかったの?」
そう聞くと、グレンは眉をひそめた。
「騎士団と近衛が出しゃばってきやがったんだよ。王都のことは自分たちが一番よく知ってるとか言いやがってな」
グレンの言い方から、相当嫌な思いをしただろうことがうかがえる。
王都に駐留する騎士団のメンバーは多くが貴族か裕福な家の人間だ。
対して、グレンはベルエニー出身というだけで、平民だ。肩書きでも勝てるものはない。
そんな平民が兄上やレオ様、セレシュと接点があって、しかも今回の事件の鍵を握っているわけだものね。
騎士団も近衛も、事件を知ったのは検挙の段階でだろうし、面白くなかったのだろう。
「内通者がいることを承知の上で聞き込みを彼らに任せたのなら、もう何も出てこんな」
お師匠様もやれやれと首を横に振る。
内通者が聞き込みのふりをして圧力をかけるなんてこと、容易に想像がつくもの。
きっとそうやって口を封じられているのだろう。
……残念なことに、貴族の中には平民がいくら死のうと気にもしない人はそれなりにいる。自分たちを支えているのが彼らだということも忘れて。
「グレンならもう少し話を聞けたでしょうに」
「ああ、それなら手は打ってきた」
「え?」
グレンは少し嬉しそうに胸を張る。
「あいつらのやり方が気に入らなかったから、フィグ様に掛け合って潜入調査してるんだ。あいつら、俺たちを見下してるのありありだったからな。あんな態度じゃ誰も話してくれねえよ。でも俺一人じゃ手が足りないからうちから何人か連れて行こうと思って帰ってきたんだけど」
「無理な相談じゃ。祭りの前で人員を割けるわけがなかろう」
お師匠様の言葉に、グレンは顔をしかめる。
今の人員でも十分とはいえない。フェリスが来るならなおさら警備は分厚くしないといけないのに、難しい話だ。
もしかして、だからクリスたちは厳しい顔をしていたのかしら。
「話は変わるが、ユーマ。悪いニュースがもう一つある」
お師匠様が急に話を変えるということは、今の話に関係のあることなのだろう。
それにしても、悪いニュースだなんて……。
「……はい」
「先程緊急の連絡が来た。収穫祭に参加予定だった第一王女フェリス殿下が参加を見合わせるそうだ」
「そう、ですか」
クリスがあんな顔をしてわたしを見ていた理由はこのことだろう。
言葉を絞り出してようやく、わたしがどれだけフェリスと会えることを楽しみにしていたのかを自覚した。
「それと……いずれ耳に入ることだろうから伝えておく。王太子殿下が休養を取られることになった」
「隊長、それは」
グレンの焦りの滲む声が途切れる。
あの方が、休養……?
驚いてお師匠様を見つめると、お師匠様はふっと目を細めた。
「というのは表向きの理由だ。ディムナ王国……いや、ファティスヴァールの姫が来訪している」
表向き、と聞いてほっと息をつく。
でも、かの国の名前に眉根を寄せる。
わたしとの婚約破棄を聞いて集まって来ている姫の一人だろうとは予想がつく。
でも、ディムナ王国の姫は意味が少し異なる。
北の……ファティスヴァールの姫でもある姫は、休戦状態とはいえ敵国の姫、なのだ。
「噂だけは、耳にしております」
「では、王太子に輿入れのためだと触れ回っていることも知っているな」
胸に何か重たいものが乗せられたみたい。息がしづらくなる。心臓が潰れそうに重い。
あの方に、輿入れ……北の姫が……?
「お嬢!」
グレンが飛んで来た。顔を覗き込んでくるグレンに微笑みを返して首を振る。
大丈夫、わたしは笑えている。……わよね?
「隊長、何考えてるんですかっ!」
「すまん。……知らなかったとは思わなかった。あれほど噂になっておるのでな」
頭を下げるお師匠様に、首を振る。大丈夫、わかっていたことだから。
いつかあの方の横に誰かが立つのは、決まっていること。……わたしがショックを受ける謂れはない、はず。
「王太子が休養に入るのは、その北の姫と顔を合わせないようにするためだ。こちらが了承していない話を各国で吹聴しながらやって来たのは悪意ある行為と言えるだろう。国王陛下も受け入れるつもりはないと明言している」
「そうですか……」
「そのとばっちりで、フェリス王女の公務が増えてな。こちらにくる余裕がなくなったそうだ」
当然ながら公務が第一で、我がベルエニー領の祭りに優先されるべきものではない。
そのことは、よく分かっているから。
「……わかりました」
「すまんな……」
お師匠様の力ない声に含まれている思いが、今のわたしには痛い。
「フェリス王女からは代理の者を送ると言伝をいただいている。王家の者ではないそうだが……接待役を引き受けてくれるか?」
色々一度に聞かされて、頭も心も飽和状態だけれど、もう祭りまで日がないのも分かっている。
個人的な思いを振り切って、頭を切り替える。
フェリスの代理であるならば、わたしが引き受けるのが最も変更が少なくて済む。
王家の者でないのなら警備も減らせる。
「わかりました。その方のお名前は?」
「それがまだ決まっていないらしくてな。手紙にもなかった。最初の予定より出発が遅れるだろうから、こちらに来るのは三日目以降だろう。祭りの始まりまでには知らせがあるだろうから、準備は間に合うな?」
三日目ならば、代理が誰か分かってからでも間に合うだろう。
頷くと、お師匠様は安堵のため息を漏らした。
「すまんな。……これをクリスから預かっている」
差し出されたのは見慣れた封筒。裏を返さなくても、フェリスからのものだとわかる。
「すまんがここで中を改めてくれるか。代理人の情報や警備に関する事柄があればすぐにでも対応せねばならん」
その言葉に否と言えるはずもなく、封筒とともに差し出されたペーパーナイフで封を切る。
引き出した便箋は一枚きりで、フェリスからのものだけだ。
内容は、行けなくなったことへの謝罪と、同時期にセレシュが大門の修復確認に派遣されることを聞いて悔しいと書かれていた。
「どうした?」
「セレシュ王子が大門の確認に来られるそうです」
「ああ、聞いている。視察団のメンバーに潜り込んだようだな。……制服横流し事件の功労として願ったそうだ」
お師匠様のその言葉に納得する。
フェリスからの手紙には、セレシュへの恨み言がたっぷり書かれていた。
年齢から考えれば、王太子の公務を肩代わりするのはセレシュのはずだ。少なくともフェリスより二歳年上で、騎士団に入ったばかりの新人とはいえ社交界デビューも済ませている。
なのにフェリスにお鉢が回ってきたのは、そういうことなのだろう。
「それ以外は?」
「特に何も……」
「そうか。……大門の視察団は、祭りを避けて最終日に麓の町に着くと聞いている。滞在は三日。それ以上遅らせると帰れなくなるからな。祭りからの連続となるが、よろしく頼む」
「わかりました」
「では、警備の組み直しを始める。グレン、さっきの連中を呼んで来い」
重々しく頷くお師匠様に、わたしも表情を引き締めた。
新年あけましておめでとうございます。
元旦からここに来てる人はそうそういないと思うのですが、お読みいただいているひまじ……ごほん、奇特な皆様、今年もどうぞどうぞよろしくお願いします。
もっと時間を割きたいのですが、なかなか(汗)
お待たせしてしまって本当に申し訳ありません。
気長にお付き合いいただければ幸いです。
末筆ながら、皆様の今年一年のご多幸を祈念いたします。
と〜や拝