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子爵令嬢は自由になりたい【連載版】  作者: と〜や
第十一章 子爵令嬢は客をもてなす
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108.子爵令嬢は真実を知る

 ソファに沈んだクリスを見ながら、今聞いた言葉を反芻する。


 ……クリスの、正体?


 通信兵でリリーの幼馴染で、どうやらリリーを好ましく思っていて、リリーもまんざらではなさそうで。

 宰相閣下の、というよりはカルディナエ公爵閣下の名代で、何か密命を帯びているらしいってこと以外に……?


「どういう、こと? あなた、通信兵じゃないの?」


 わたしの混乱を知ってか知らずかクリスは深々とため息をつき、顔を覆っていた手を外した。


「……そうだよ」

「でも、手紙が届くのはちゃんと早くなったわ」


 あの説明が嘘だとしたら、王都との通信がこんなに早くなるはずがないもの。


「そりゃ、俺が魔法で送ってるからな」


 ずるずるとソファの背もたれに体を預けて天井を仰ぐクリスに、言葉を失う。


 ……魔法って……言った?


 どういうこと?

 手紙を、魔法で?


 触れれば発動する魔法の紋様を、どこかで誰かが封筒につけたのは間違いないだろうと思っていたけれど。

 ……まさか、クリス自身が?


「うそ……あなた、魔術師なの?」

「何驚いてんだよ、見抜いたのはお前だろうが」

「そんな……今言われるまで気がつかなかったわよ」

「じゃあ俺をなんだと思ったんだよ」

「どこかの間諜かと」


 まさか目の前の人が魔術師だなんて、思いつきもしない。それくらい、魔法とは縁が遠いのだもの。


「じゃあ、さっきのセリフは」


 小さく頷くと、クリスはガシガシと頭をかきむしる。


「……くっそ、自爆かよ……あー、かっこ悪りぃ」


 何と声をかけるべきだろう。ごめんなさいは違うし、と迷っているうちに、彼は大きなため息をついて肩を落とした。


「まあ、無理もねぇか。あんた、俺の顔見ても気がつかなかったし」

「えっ……どこかでお会いしたことありました?」


 彼の髪の色も瞳の色も、特に目を惹くものではないから、どこかですれ違っていても気がつかないかもしれない。

 もしかして、祭りに呼ばれたことがあるのだろうか。だとしても六年以上前のことだし、クリスの年齢としては合わない気がするのだけれど。


「王宮だっての! まあ、あんたには周りの人間なんか見えてなかったのかもしれねぇけど」


 不愉快そうに口元を歪めるクリスに、顔を伏せる。

 確かに、王宮にいる時はそんな余裕はなかった。

 あの方との婚約が整ってからは特に、ほんの少しのことーー例えば目線であったり扇の差した先であったりーーでさえ、周りが勝手に動いてしまう。それがとても怖かったのだ。

 だから、王宮付きの魔術師と引き合わされた時もまともに見ることはしなかった。

 彼をきちんと見ていたら、赴任してきた一ヶ月前に気がついていたはずなのに。


「……ごめんなさい」


 色々な思いが胸の内で渦巻くけれど言葉にできなくて、結局それだけを絞り出すと、クリスははあ、とため息をついた。


「……あんたにも事情があったんだろ。あそこにいたあんたは借りてきた猫どころか、ただの人形だったからな」


 彼の言葉にずきりと胸が痛む。

 王妃様を見習って上手くこなしていたつもりだったのだけれど、そう見えていたんだ。

 あの方には、どう見えていたのだろう。

 ううん、婚約破棄に至ったのだから、やっぱり同じように見えていたのだろう。


「だから、砦であんたを見た時には本当に驚いた」


 顔を上げると、クリスは眉を下げている。


「……昨日は邪魔して悪かったな」


 あの時、クリスはわたしを見にきていた?

 そういえば、つむじ風が吹いた時、彼がこちらを見ていた。


「あれも、あなたの」

「ああ。あんたが攻撃されてるのを見てつい手が出た。……あのあとダン隊長に怒られたよ。あんたは本気でやってる。邪魔をするなとね」

「そう……」


 お師匠様の言葉が嬉しくて、つい頬を緩ませる。

 直接聞いたことはなかったけれど、わたしの思いをきちんと汲み取ってくれているのだ。


「それにしても、気がついてない上に聞いてないとか予想外だよ、ほんと……宰相からの手紙にはちゃんと書いてあったのに」


 初めて会った時に渡された封筒のことを思い出す。

 父上も母上も、きっとベルモントも知っていたんだ。

 どうしてわたしには教えてくれなかったのだろうと思ったけれど、彼を知っていると思われたのかしら。


「手紙についてた紋様はお察しの通り、触れたら発動するトラップタイプだ。……相棒に出す手紙につけたつもりだった」


 すまなかった、とクリスが頭を下げた。

 取り違え、と言っていたのはこれのことだったのね。


「わたしを狙ったものじゃなかったのね」

「本当にすまない。……アイツに送る時になって、紋様がないのに気がついて、慌てた」


 肩の力を抜いて、首を横に振る。

 突然のつむじ風に驚いたし、不気味にも思った。

 おかげで昨夜はろくに眠れなかったし、今朝は寝坊してしまった。

 でも、わかってしまえば怖くない。


「その、危なくはないの? 受取人に渡るまでに、誰かが触ってしまったら」

「それはない。受取人が相棒だからな」


 その理屈がわからなくて首をかしげていると、詳しく教えてくれた。

 クリスが魔法で送った手紙を受け取るのは同じ宮廷付きの魔術師で、相棒と言っているのがその人なんだそう。

 それなら、他の人が間違って触ることはないのね。

 今回みたいに取り違えさえしなければ、だけれど。

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