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子爵令嬢は自由になりたい【連載版】  作者: と〜や
第十一章 子爵令嬢は客をもてなす
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107.子爵令嬢は妄想する

 ーークリス様、誰に頼まれたのですか?


 自分が何を口走ったのか気がついたのはクリスの、一瞬だけ見開かれた目を見た時だった。

 うっすらと微笑みをたたえたまま、わたしは唇を閉ざす。

 今、口にするべき言葉ではなかった。

 そのことを、目の前の通信兵の様子を見て悟る。


 クリスは動揺していた。

 きっとうまく隠せているつもりなのだろう。でも、わたしに向けられた目には焦りが滲んでいる。

 彼は兵士だ。……宰相様の名代としてこの地に赴いた、王国の兵士。

 密命を帯びていても何も不思議じゃない。

 わたしが気がつくなんて微塵も思っていなかった……そんなうろたえ方をしている。


 わたしも甘い上に、迂闊だった。

 たとえ気がついていたとしても口にするべきではなかった。……味方の一人もいない、こんなタイミングで。

 どうして声に出してしまったのだろう。


 外にいるはずのベルモントに助けを求めようかとも思う。でも、背中を見せるわけにはいかない。

 目の前にいるのは、屋敷内でも帯剣を許された兵士なのだから。

 侮らせず、隙も見せず、華麗に撤退するしかない。視線を逸らす一瞬の隙が命取りになる。


 ……こんな緊張感、王宮を出て以来だ。


 彼はわたしをじっと見つめたまま動かない。

 わたしの反応を見ているのだ。

 わたしも視線を外さない。外せば終わりだろう。


 どうすれば切り抜けられる?

 今までだって助けのない場面で一人で切り抜けてきた。

 力に頼らないせめぎ合いなら可能性はゼロじゃない。……彼が剣を抜かなければ、だけれど。


 それを考える時間も惜しい。ひとまずそれのことは忘れて、糸口を探す。


 彼は宰相閣下の名代としてここに来た。普通に考えれば、閣下の差し金を疑うのが筋よね。

 だって、わたしとの接点は彼がこの地に来るまでなかったはずだから。

 あるとしたら……リリーくらいかしら。

 彼女がこの地にとどまっているのは、わたしが何もしないからだもの。

 でも、それでは薄い。

 リリーがここに来るために宰相様と婚姻を結んだことの方がまだ理由になる。


 リリーは、任務が終われば離縁するようなことを言っていた。

 わたしの知る宰相閣下は冷血漢ではなかったと思う。

 愛妻家であったと聞くし、後添えをもらわない理由もそれだった。

 なのに、リリーの望みを叶えるためだけに、自らとの婚姻を申し出た。

 そんな閣下が、仕事が終わったからとあっさり彼女を放り出すとは思えない。その後の面倒まで織り込み済みなのではないか。

 その相手がクリスなのだとしたらーー?


 もちろんわたしの勝手な想像でしかないけれど、わたしの考えが正しければ、クリスがここに派遣されて来たことも理由がつく。

 どうしてただの通信兵が、宰相閣下の名代なんかになれたのかも。


 でも、閣下があれを仕掛けた理由には繋がらない。


 カルディナエ公爵家には釣り合う歳の女性がいない。養女でも立てることにしたの?

 だとしたら、もっと早くに動いているはずだし、本気でわたしを害そうとするなら、つむじ風では終わらないだろう。

 わたしなら、あんなことはしない。いたずらに警戒を強めさせるだけだもの。


 わたしが王宮を去ってからもうじき半年。いまさら遅すぎるのではないの?

 何か起こっているのだろうか、王宮で。

 それとも、黒幕は他にいて、何かを企てている……?


 嫌な閃きに眉根を寄せると、クリスの目がすっと細められた。剣呑な雰囲気をまとった視線が突き刺さる。


「何のことだ」


 長い沈黙の果てに絞り出された声は、お世辞にもいつもの声とは言い難くて、クリスの焦りを感じる。


「いえ、愚問でしたわね。あなたは宰相閣下の名代ですもの」


 黒幕は他にいるのかもしれない。でも、あえてそう聞く。……引っかかってくれるといいけれど。

 クリスの表情は変わらない。沈黙の間に腹は決まったのかしら。それとも。


「……何が言いたい」

「あなたこそ言いたいことがあるのではなくて?」

「何を勘違いしているのか知らないが、閣下は関係ない」

「では、誰なのです」


 少し強めに言うとクリスは黙り込んだ。


 誰かの命を受けていることはこれで明白になった。

 三家?

 いや、もしやるならもっと早くに行動を起こしているはず。あの方たちは半年も待たない。各派閥に属する家も、三家を慮るだろう。

 それ以外の……宰相一派は他と比べれば穏健派だ。

 閣下のご子息を見るに野心がないとは言わないけれど。

 どこにも所属しないーー我が家のようなところはそもそもそんな力はない。

 となれば、あとは外国勢力ぐらいしか……。


 一国の王太子だもの、そう言う話があってもおかしくない。北の国が南進したがっていることはわたしでも知っている。

 魔術師は皆、北の国にある塔で学ぶと言うし、もしもそれ絡みなのだとしたら。

 ……勝てるわけがない。


「……わたしがいなくなれば良いのですか?」

「何を」

「ああ、いっそのこと隣国にでも行きましょうか。殺されるよりはマシですもの」

「どうしてそうなる!」


 クリスが勢いよく立ち上がった。


「確かに、手紙を取り違えたのは俺だ。でも、俺の正体を知ったからって、なんであんたが殺されなきゃならねぇんだよ。て言うか、なんで領主一族のあんたが知らないんだよっ」

「……え?」


 取り違え?

 正体?


「あ」


 目を見開いたクリスは、顔を両手で覆ってへなへなとソファに崩折れた。

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