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子爵令嬢は自由になりたい【連載版】  作者: と〜や
第十一章 子爵令嬢は客をもてなす
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104.子爵令嬢は手紙を受け取る

 馬の手綱を馬丁に預け、先を歩くユリウス君の背中を見つめる。

 館に帰り着くまで、ユリウス君は一言も喋らなかった。


 女の子に負けたことはかなりショックだったみたい。

 朝ごはんを振舞われた後、お師匠様を捕まえている彼の姿があった。

 わたしの手合わせも見ていたのかどうか怪しいものね。

 ユリウス君がいるからと少し張り切ったのだけれど、つむじ風のせいで中断になってしまった。

 そのままなし崩しにお師匠様と総当たり戦になって、せっかく込めた気合が空振りしたのはちょっとだけ虚しい。


 まあでも、ユリウス君はお師匠様から手ほどきを受けることになったらしいから、砦に連れてきた甲斐はあったと思う。

 父上は侯爵家の跡取りに怪我ひとつ負わせるなと言っていたけれど、自ら進んで負う傷は防ぎようもないよね。


 そういえば、カレルもこんな時があった。わたしとは年が離れているし体の大きさでも負けていたのに、わたしに勝つことを目標としていたっけ。

 カレルが十の歳にわたしが王宮に上がることになって、手合わせもしなくなったけれど。


 今頃はセレシュとともに騎士団で頑張っていることだろう。次に帰ってくるのはいつになるのだろう。

 兄上も、わたしが知っている限り、あの方のそばを離れたことはなかった。

 なのにーー。


「お嬢様?」


 するりと落ち込みそうになった思考が途切れる。

 顔を上げると、ベルモントがほんの少しだけ眉根を寄せて立っていた。


「ええ、何?」

「お疲れなのではありませんか?」

「そう見える?」


 思わぬ言葉に目を瞬かせる。

 たしかに、祭りの準備で忙しくはあるけれど、基本的なことはベルモントが補佐してくれている。

 本当はベルモントがやる方が早い。去年までは彼がやっていたことだもの。

 でも、ベルモントはきちんと一線を引いて、わたしに委ねてくれている。

 ……わたしにとってここが居場所だと主張するために。


「ハインツ領から帰ってきたばかりでございましょう」

「馬で行ったわけじゃないから大丈夫よ。それに、最近は見回りは父上が行ってくれているし」


 大して広くない領地だからこそ、領民が困っていないか、変なことが起こっていないか、見て回るのも領主の務め。

 短い夏は一日が貴重だから、邪魔しないようにしなきゃならない。これは昔から変わらない、我が領の決まりごと。

 なのにわたしが行くと、なぜかみんな出てきてしまうので、結果として仕事の邪魔になっているのよね。

 父上だけの時はこんなことないって以前グレンも言っていたから、夏の間はわたしは行かないことにしている。


「それなら良いのですが、あまり無理はなさいませぬよう。それから、こちらを」


 差し出されたのは分厚い封筒だった。宛名を見なくてもフェリスからのものだとわかる。

 ふと今朝見かけたクリスのことを思い出した。

 もしかして、手紙を渡してくれるつもりで鍛錬場に顔を出したのかしら。なら声をかけてくれれば良かったのに。


「ありがとう」


 いつもなら部屋に戻ったところでセリアが持ってきてくれるのだけれど、届いたばかりなのかしら。珍しいわね。

 今回もずっしりと重い。今回からセレシュの文が入っているはずだから、六人分ね。

 それにしても、こちらから送ったのは三日前だったと思うのだけれど、そんなに早く戻ってくるものかしら。

 返事を書く時間を考えれば、片道一日ってことになる。鳥便は早いとは聞いていたけれど、こんなに早いとは知らなかったわ。

 どうして使わなくなったのかしら。

 読んだらすぐに返事を出したいけれど、こんなに短時間で届いてしまうのなら、あまり頻繁だと迷惑よね。

 今日も予定は目白押しだし、夜にゆっくり読むことにしよう。

 部屋に戻って引き出しにしまうと、すぐに階下にとって返した。



 一日の予定を終え、部屋に戻ってきたのはもう夜も遅い時間だった。


 あのあと、ユリウス君を連れて街へと降りた。

 本当は祭りの打ち合わせがあったのだけれど、ユリウス君の案内役となるために免除してもらっている。

 父上としては彼が自由に出歩くことを制限するつもりはないらしい。護衛さえつければそれほど危険なところはないし、大抵の人は顔見知りだもの。

 でも、初めての街に一人で放り出すわけにはいかない。ユリウスおじさまからお預かりしたんだもの。

 それに、街の子供達にも引き合わせたかった。

 ……まあ、こちらはうまくいかなかったのだけれど。


 やっぱりウェイド侯爵ほどの高位貴族になると、領民とは距離が開いてしまうものなのね。

 領地経営に関わる役人も多いし、警護も厚くなるから領主が直接領民と接することも少ない。

 領主の子供も領民の子供も一緒になって野山を駆け回るなんて、我が領ぐらいのものかもしれない。

 高位貴族になればなるほど危険度は増すものね。……子供ならなおさらに。

 ユリウス君が街の子たちやわたしに警戒を解かないのも、そこなのだろう。

 こればかりは仕方がなくて、顔合わせだけで終わってしまったけれど、少なくともユリウス君がわたしの客ということはみんなには伝わったみたい。

 互いにうまく打ち解けてくれればいいのだけれど、あの様子だと前途多難ね……。


 ともかく、全てを終えてセリアも下がったところで引き出しを開け、封筒を取り出す。


 封を開けようとひっくり返して、白い封筒の隅に赤い模様が描かれているのに気がついた。

 円の中を埋めるように蔦が絡みあっているように見える。

 誰かの紋章だったかしら、と記憶を探るけれど、こんな紋章の家はなかったはずよね。新しく作られたのかしら。

 そんなことを思いながら指でなぞると、ピン、と甲高い音が鳴ってふわりと空気が動いた。


「え」


 そのまま、くるりと動き出した空気が渦を巻き、風を起こす。

 手に持っていた手紙から便箋が一枚溢れてくるくると踊り始めーーぱたりと風が止んだ。

 宙に漂う便箋はゆらゆらと降りてきて手の中に収まる。

 部屋の中を見回す。

 夏とはいえ窓は開け放っていない。天窓からこんな風が入ってくることもない。

 それになによりーー今のつむじ風。


 ……まるで今朝の鍛錬場で吹いたつむじ風のようだった。

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