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子爵令嬢は自由になりたい【連載版】  作者: と〜や
第十一章 子爵令嬢は客をもてなす
102/199

99.子爵令嬢は庭を散策する

 通された部屋は南向きで日当たりが良かった。夕方とはいえまだ日は高く、夜になるまでは時間がある。

 ベランダに出てみると、眼下に広がる庭園の向こう側に赤っぽい屋根の連なる街並みが見えた。

 夏とはいえ、この時間になると風が気持ちいい。


「セリア、少し庭を歩いて来るわね」

「はい、お戻りまでに部屋を整えておきますね」


 セリアはそう答えながらパタパタと動き回っている。

 ユリウスおじさまがいらっしゃるとはいえ、社交シーズン中にハインツ領まで来る人はほとんどいない。

 それは我が家も同じことで、客間をいつでもすぐ使えるように維持することはほとんどない。……今年が異常なだけで。

 この部屋も同じ。一通り使えるように整えてくださったらしいのだけれど、女性わたしの泊まる部屋としては落第点だったらしい。

 少し埃っぽい部屋を通り抜け、甲斐甲斐しく働く館の使用人たちに軽く頭を下げると、わたしは階下へと向かった。


 ここに最後に訪れたのはずいぶん前だけれど、館の構造は変わっていない。昔を思い出して道を辿れば、涼やかな風が流れてきた。


 庭は見事に整えられている。


 この庭の薔薇はユリウスおじさまが手塩にかけて育てたのもだと以前聞いたことを思い出した。

 武人としても名高いおじさまと薔薇がなかなか繋がらなかったのだけれど、実はどれも亡くなったおばさまに捧げるために作ったものだと聞いて納得した。

 おじさまは本当におばさまを大事にしていらした。おばさまが亡くなった後は、薔薇をおばさまと思って大切にしているのだ、と教えてくれたのは、前任の家令だったかしら。

 そんなことを思いながら庭を歩くうち、庭の南にある四阿からは北にそびえる山が見えたことに思い当たった。

 まだ日は高い。

 そちらに足を伸ばしても、明るいうちに部屋に戻れるはず、とわたしは踵を返した。


 ◇◇◇◇


 四阿には先客がいた。……正しくは四阿のそばだけれど。


 最初は大きな茶色い毛玉のようなものが蠢いているように見えた。

 犬か何かかしらと思って見ていたら、ひょっこり立ち上がった。

 後ろ足で器用に立つわね、と思ったけれど、どう見てもその足は生成りのズボンのように見えて。

 よくよく見れば茶色いベストを着た男の子らしかった。


 ……ええと、ここはユリウスおじさまの屋敷の中で、警備はされていたはず。

 街の子供がふらりと入れる場所じゃない。

 ……ということは、ユリウスおじさまの……お孫さん?


 ユリウスおじさまには三人の娘がいらして、すでにそれぞれ名のある家の嫡子に嫁いでいる。お孫さんも何人もいらっしゃると聞いたわ。

 そのうちの誰かなのかもしれない。

 でも、ご家族が帰っていらっしゃるとは聞いていないし、まだ幼いお孫さん一人で来られるとも思えない。

 何か事情があるのかしら。


 そう思いながら足音を立てないようにゆっくり近づくと、男の子の様子がよく見えるようになった。

 短い銀髪はボサボサであちこち跳ねまくっている。寝癖といっても酷すぎるわね。

 男の子のズボンの裾と手が泥で汚れている。足元には水たまりがあって、どうやら泥遊びをしていたみたい。

 再びしゃがみこんで泥をいじり始めた男の子に、どう声をかけようかと考えを巡らせていると、男の子が不意に立ち上がってこちらを向いた。


 ……エメラルドの瞳。ユリウスおじさまの色だ。


 男の子は一瞬驚きを見せたのち、わたしを睨みつけてきた。


「……おまえ、だれだ」


 思ったより低い声。警戒されているみたいね。

 わたしは淑女の礼をとった。小さくともハインツ伯に連なる者。


「初めまして、ユーマ・ベルエニーと申します」


 頭をあげると、男の子はわたしの方を向いていた。

 背すじを伸ばした姿は十歳……ううん、もう少し下かしら。それにしては泥遊びなんて……。四歳くらいの子が一緒にいるのならわかるのだけれど、ほかに幼い子の姿はない。そして。


「おまえが?」


 男の子は目を丸くして甲高い声を上げる。

 どうしてこんなに驚かれているの? まさか、こんな小さな子までわたしの噂を知っているのだろうか。そう思うと胸が締め付けられる。

 あれからもう四ヶ月。町の人たちの視線には慣れたはずなのに。

 まっすぐこちらを見る男の子の視線が痛くて目を伏せると、小さな声が聞こえた。


「うそだっ、こんな……ふつうの女じゃないかっ」

「……え?」


 目を開けると、男の子は眉間にしわを寄せてわたしをねめつける。


 ……ええと、わたしは普通の女性のつもりなのだけれど。

 どうしてそんなに驚かれるのかしら。


「あの」

「おじいさまのうそつきっ」


 ああ、やっぱりユリウスおじさまのお孫さんであってたみたいね。

 それにしても、嘘つきってどういうこと?

 おじさまはお孫さんに一体どんな話をしているの?

 まるでわたしが普通でないみたいに……まあ、一般的な貴族の令嬢ではないのは自覚しているけれど。


「どうしてこのぼくがおまえなんかをみならわなきゃならないんだよっ!」


 そう叫ぶと男の子は手にしていたものを投げつけてきた。避ける暇もなく飛んできたそれは、べしゃりとドレスの裾に落ちる。


「あっ!」


 淡い緑色の布地があっという間に茶色に染まっていく。

 ユリウスおじさまの目に合わせて薄い色にしたのは失敗だったな、と苦笑を浮かべて男の子を見れば、視線が合った途端に目を釣り上げて。


「ぼ、ぼくはあやまらないからなっ!」


 そう叫びながら走って行ってしまった。

新キャラ登場の回でした。

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