9.第二王子は兄のヘタレぶりを知る(3/4)
「フェリス、いい加減に泣き止みなさい」
「だってレオ兄様、ユーマ姉様が遠くに行ってしまわれたんですのよ? 悲しくないんですかっ?」
王宮に帰る馬車の中で、フェリスは兄に牙をむく。
レオは苦笑を浮かべて妹の頭を撫でた。
「悲しくないはずがないだろう? だがそろそろ到着する。他の者たちに泣き顔を見せるつもりかい?」
「それまでには泣き止んで見せますわっ」
そう勢いよく答えたものの、妹の目尻からは新たな涙がこぼれ落ちている。
レオはハンカチを妹に差し出した。
「兄様……」
ありがたく押し頂いて目尻を拭う妹の頭に手を置く。
「国外に嫁に行ったのとは違うんだ、会いたければいつでも会えるだろう?」
「似たようなものですわ。……ベルエニーの領地は遠いもの。簡単には会いに行けません」
「でも、遊びに行くと約束したんだろう?」
「ええ。姉様の生まれ故郷は短い秋と冬が素晴らしいと聞いていますから、なんとしてでもいきますわっ」
「そうだな」
だが、冬の初めにはあの土地につながる街道は封鎖される。本当に行くつもりなら半年はいるつもりでないと無理だろう。
「それにしても……どうしてこんなことになったのかしら」
「……ああ、そうだな」
返事をしたレオの声音は暗い。
視線を膝の上の拳に落とす。
兄とユーマがうまくいっていない、という噂はもう一年以上前から宮中では流れていた。
愚兄が公開プロポーズをしてからユーマは王宮に上がった。すでに三人の王太子妃候補者が王妃教育を施されていて、ユーマはそこに途中から割り込んだ形だ。
当然、三人の令嬢と関係各家は面白く思うはずもない。
もともとそのために育てられてきた彼女たちとは違い、ユーマはただの下級貴族の娘だ。それを数年で王太子妃候補に仕上げるために、王妃教育は彼女だけ別プログラムで進められることになった。
三人と直接接触するのは、王族が全員揃う晩餐や、茶会や夜会などの公式な行事だけだ。だが、それでも宮中でも影に隠れた陰湿なイジメはあったと聞いている。なにしろ、王太子自らが見出し、プロポーズまでした女性だ、風当たりが強くないはずがない。
それに加えて、一番彼女を近くにいて支えるべき兄は、何もしなかった。いや、できなかった。
王太子として、父王の後継としての教育だけでなく、一部の公務も任されるようになって、視察や遠征で王都を空けることが多くなった兄はユーマを放置した形になった。
悪意ある者たちがユーマにあらぬことを吹き込んだのもあるのだろう。次第に兄とユーマの関係はギクシャクしたものになっていった。
自分としては、兄の不在を埋めるようにフェリスとともに彼女に会いに行っては彼女の無謬を慰めてきた。
だが、それすらもユーマの評判を落とすことになり、自然、レオの足も遠のいた。
フェリスだけが、常に彼女の側にいた。一番彼女をよく知る妹が憤るのも当然なのだ。
「レオ兄様、わたくし、愚兄に会ってきますわ」
「あってどうするつもり?」
「ユーマ姉様が何も言わなかった分、わたくしががつんといってやるんですのっ」
「フェリス。……君はどうしてあのバカが婚約破棄したか、わかってる?」
「わかっています。陰湿なイジメのことも、悪質な噂のことも、姉様は何もかも知っていて、何も言わなかった。愚兄も何も言わないし、きっと宮廷での生活に疲れたんです」
「それも、あるね」
レオは苦笑を浮かべる。妹の言葉もあながち間違いとはいえない。宮廷での生活に疲れたのは事実だろう。
だが。
「ヘタレだからだよ」
「へたれ? そんなの最初からわかってますわ。前に聞いたことがありますの、姉様から」
「何を?」
「愚兄は……姉様に一度も好きだとか愛しているとか言ったことがないって」
「……それ、ほんと?」
レオの低い声にフェリスは顔を上げた。
「レオ兄様、顔が怖いです」
「すまん。それより」
「本当ですって。いきなり公開プロポーズしたとは聞いていましたけど、贈り物や手紙などにも一回も愛の言葉はなかったって」
「……あのバカ」
拳を握り締める。
なるほどな、どれだけ兄がユーマのことを思っているかを説いても、信じられるはずがなかったのは、これが原因か。
「フェリス。俺も一緒に行く」
「え?」
馬車がゆっくり止まる。
フェリスをエスコートしながら、レオはにっこりと微笑んだ。
「用事ができた」