プロローグ 悪夢の予兆
火に包まれた建物、仲間の悲鳴、武器を持った人間、血が流れ落ち、痛む身体。必死に暗闇へ走っているところで、わたくしの目は覚めた。
「きゃああっ!」
悪寒走る悪夢の情景を掻き消す勢いで腕をふると、わたくしは天幕の垂れる寝床にいることに気が付きました。嫌な汗で身体が濡れており、柔らかい耳まで髪がぴたりと付いています。周りを見回し、悪夢の気配が無いことを確認したところでやっと一息着けました。
悪夢を見るのは随分と久しいですね。できれば、もう見たくないものですが……。
重い溜め息を吐き出し、わたくしはベッドから足を降ろしました。ふと天幕を見ると、可愛らしい刺繍の入った真上が、大きく斜めに裂かれています。どうやら、先程腕を振り回した時に破いてしまったようです。主にばれれば、また過度に心配して騒がしくなることでしょう。素早く天幕を外し、裂かれた部分が見えないように畳みました。主が起きる前に変えなければなりません。
着替えの準備をした後、水浴びをする為、小さなシャワー室へ駆け込みます。丹念に身体を洗った後、腕や尻尾を伸ばし、プルッとふるわせ水気を落としました。淑女としては、顔をしかめる行為ですが、これをしなければいつもすっきりしないのです。
「おはようございます」
着替えを終え、チョーカーの向きを整えた後、わたくしは先に朝食をとっていた同僚に挨拶しました。
「おはようございます、ユグ」
「おはよう、ユグさん」
皆、ぴょこりと耳や尻尾を動かし、挨拶を返します。今日の朝食はベーコンエッグのようです。湯気がたち、油がパチパチ弾ける様子から、まだ出来上がって間もないようです。料理人のナナイさんはとても腕が良いので、いつも食事が楽しみです。
「お嬢様はまだ寝ていらっしゃいますか?」
カラトリーでベーコンエッグを食べやすい大きさに切り分けながら、ドミニカさんに尋ねました。
「まだベッドの中ですよ。今日は遅れると困るから、早めに起こしてあげてちょうだい、ユーグウィン」
いつものことですが、主はまだ夢の中のようです。最後のサラダを口に運ぶと、丁度7時になりました。ミューレがテーブルに埋め込まれた細長い円柱状の機械に触れると、新しく届いたニュースレターが流し始めます。
「まあ、またペット達の反乱があったのね」
不機嫌そうにドミニカさんは言いました。新しいニュースレターでは、ペット達のクーデターで大規模な破壊活動があったようです。今日、主がパーティーを開く会場の近くで起こったようです。側仕え兼、護衛として主に付くことになっているわたくしは、もう少し警備を増やした方が良いかもしれません、と思いながら、食器を片付けました。
「どうして反対派のペット達は、このように人間に反抗し続けるのでしょうか」
サーレが憂鬱そうに首元のチョーカーに触れます。下働き用のチョーカーは、側仕え用のチョーカーに比べると幾分質素ですが、わたくしの着けているものと機能は変わりません。
「彼らがこのように騒ぎを起こすことで、わたくし達全員が白い目で見られることを、いつ分かってくれるのでしょうか」
サーレの隣でフォーンが憤ります。
フォーンの言葉で、おもわず昨夜の悪夢を思い出してしまいました。嫌な気分を振り払いながら、主がわたくしのような思いをしないよう、警備は万全の状態に整えておこうと決めます。
どんなに文句を言おうと、このチョーカーを外し生きていく力は、わたくし達には無いのですから。
そろそろ主を起こさなくてはなりません。フォーンとミューレを連れて主の部屋へ向かう為、下働き用の部屋を出ました。
思い付くままに書いていきます。投稿は毎週月曜日にすることにしました。話数はその時の気分で変わります。