秋化け②
僕は、間宮綾子が嫌いだ…と言いきれない僕がいる
あんなことをされたのに、今だってあんなに詰め寄られているのに
感情を持て余した少年は、行き場のない不安に駆り立てられていた
明日、会ったらなんて言おう…
恋はしたくないから、断ることが普通なのに…どうして断りきれないんだろう
中途半端だなぁ、僕は……
「……ん」
「…しゅ…ちゃ…」
「愁ちゃん!」
ハッと目が覚めると、目の前には寝起きでボサボサな髪と寝間着姿の姉 秋乃がいた
「もう7時半だぞ?間に合う?」
「…やべ。」
部屋から見える玄関前を窓から覗くと、そこに柊真の姿は無い
当たり前…か
急いで支度を済ませて、走って玄関を飛び出していった
走っていると、後ろから見覚えのあるオレンジ髪の娘が走ってきた
「お、愁じゃん。珍しっ」
「今日はたまたま…夏希はいつもこの時間なの?」
「まあな。朝起きられねんだよ!」
「分かるような分からないような…」
2人で足並みを揃えて走ってゆき、教室前で別れた。
教室へ飛び込むと、目の前には間宮が笑顔で待ち構えていた
「おはようございます、愁くん♪」
「ああ、おはよ…」
目を合わせないように、逸らして自分の席へ逃げるように歩いていった
昨日の今日でよくするよなぁ…僕は無理だな。
立ち直るのが早いんだろうな
後ろから美春が歩み寄ってきて隣に立った
「おはよう」
「おはよ…」
「ねえ、昨日なっちゃんがね…」
美春へ体を向けて話す光景を、間宮は遠くから静かに見つめていた
「…九尾さん、なるほどね。」
その目に移るのは敵か、それとも…
「ほら間宮、席につけ」
「あら、すいません」
担任が入ったところでシーンは途切れる
だが、魔女の襲撃は終わらない。
♡
愁達のいる1年1組の隣の隣、3組では既に間宮綾子の噂が流れ込んでいた。
当然3組に属している夏希の耳にも入った
「夏希知ってる?1組にマミヤって転校生が来たらしくて…」
「1組に?へえ、どんな奴?」
「すっごい美人なんだけど、相河くんと仲悪いらしいよ…何かあったのかな?」
夏希の脳裏に、いつもへらへら笑う柊真の顔が浮かぶ
「いやいや、それはねーだろ。あの女ったらしに限って、しかも美女なんて!」
「前から思ってたけど、夏希って相河くんと仲いいよね?」
「んーまあ…ママ友みたいなもんだな。」
「ママ友?」
「夏希〜美春ちゃんが来てるよ!」
「ん?どうしたこんな時に?」
「なっちゃん…私殺られるかも…」
「何?!どうしたの急に?!」
美春は涙目になりながら、事情を説明した
「なるほど…間宮ってのが入ってきて、グイグイ詰め寄ってくる攻撃に愁が惹かれるのでは、と思ってるのな?」
「うっ…正解です。」
「しかし柊真の噂が本当とは…とんだ厄介者だな。」
シュンとした美春を見ると、思わず表情が緩んでしまった。
バカだね〜愁は美春しか見てないよ…
見てないはずだよ…
…だよね?
「何で笑ってるの!」
「ああ、ごめんごめん。」
「むー…」
「あれだ、何か機会があったらそいつと喋ってみれば?何か分かるかもしんねーし。」
「あっ…そうかも!ありがとうなっちゃん!!バイバイ!!」
勢いよく立ち上がったかと思うと、急いで教室から飛び出していった
「本能のままに行動か…さすがっすわ。」
次の授業は体育、来月に迫った文化祭+体育祭に向けてのリレー練習だ
そんなグランドでさえ、間宮は愁のもとへ駆け寄った
正直、周りからの殺気もイタイのでやめてほしい……
「愁くん…私、体調が悪くなってしまって…保健室へ連れていってもらってもよろしいですか?」
「えー…?」
すぐに状況を確認した柊真が足音を大きくたてて歩み寄る
「俺が連れてく。」
「あら、柊真くんいつからそんなに私のことが好きになったのです?」
「冗談は顔だけにしとけよ。」
と、柊真がグレてる…ここ数日で確実に荒れてる!
ていうか敵対視凄すぎる…
「だ、大丈夫だよ柊真。すぐ送ってくるから」
「っ…分かったよ。」
「ではおんぶしてください♪」
「てめえ…」
愁はチラッと美春の姿を追う
一瞬目が合ったが、すぐに目を逸らされてしまう
「…行こう。」
「はい♪」
愁がヒョイっと間宮を乗せると、またも痛々しい殺気が飛び交う。
もう嫌……
「はぁ…愁くんの背中は落ち着きますね。4年生の頃、こうしておぶってもらったことあるんです、覚えてますか?」
「そう…だっけ?」
「やはり…覚えてないんですね。」
「ごめん…」
「いいですよ、お気にせず!」
「あの…さっきから当たってるんだけど…」
「当ててるんですよ♪」
やはり抜け目ない…
首辺りに胸を押し付けてくる
美春より大きいかな…って何考えてんだ僕は!!
顔に熱が集まるのを感じ、唇を噛み締める
「ありがとうございました、少し寝てますね。」
「うん。」
「保健の先生もいないですし、看病という名目でサボってもいいんですよ?」
「…それでいいや。」
2人の間にふんわりした空気が流れる
何だかあの時を思い出す……
彼女は顔を向けずに、布団を被って口を開いた
「実は私…謝らなければならないことが2つあります。」
2つ…?
1つの検討はつくが、もう一つは…
「1つは、私が昔柊真くんを好きだった、ということです。」
「…そうなんだ。」
「はい、本当は…愁くんと話したくて、でもなんて話しかけたらいいか分からなくて…だから柊真くんを使ったんです。ひどい女でしょう?」
「ひどい…のかな?」
「そうですよ。」
「僕だって、人と話すのが苦手だ。口実をつけて話までいくのが大変なのはよく知ってる…」
「だったら、気づいてくれればよかったのに…」
「え…っと」
「愁くんって本当に鈍感ですよね、15になってもそのままとは、恋する乙女の難関ですよ?」
「えっと…よく分かんないかな…?」
「もう!私は4年生の頃から、貴方が好きだったんです!!」
「4年生…?あっ」
2人の回想が重なる、まだ10歳だった頃の記憶
体育でこけてしまった間宮を、僕が運んだときがあった
「うぇぇん…イタイよぉ…」
「泣かないで…えーっと…秋乃ちゃんから聞いたんだ、いたくてつらいときは楽しいことを考えてればいたくないんだって!」
「たのしい…こと?」
「うん。痛くなくなるまで、一緒にいてあげるから。」
胸がきゅっと締められるような感覚を覚える
身体の熱が急激に上がり、頭の中はぼんやりとしてくる
ああ、これが恋なんだ……
10歳といえど、当時の間宮は気付いた
それから、上手く話すことができなくなって
目が合うとドキッとしちゃって
他の女の子と話してるのを見るとモヤモヤしたり
私の世界は、一人の男の子ばかりになってしまいました
6年生になり、例の事件が起こり、もう終わりだと思った
あんなことをして、あんな反応をされてOKと言うわけがない。
つらいときは楽しいことを考えなきゃ…
…結局、全部愁くんじゃないか……
やがて、引越しを命じられた
東京へ行くそうだ。とても遠い距離
歩いたり、自転車ではとても行けない距離
再び、私は涙に明け暮れた
学校へ行っても、愁くんには必ず柊真くんがいた
あのとき、柊真くんに説教されたんだっけ…
「好きだの何だのは勝手でいいけど、親友を困らせるな」
そうだよね
それでも私は毎日笑って過ごしたよ?
つらくならないように、また愁くんと話せるように…
結局、謝ることすらできずにこの稲荷町を去った
せめてごめんなさい、と言いたかった…
そしてできるなら、返事も……
♡♡
「だから今、言わせてください…ごめんな゛さい……」
いつの間にか彼女の声は鼻声になっていて、僅かに見える肩は震えていた
近寄ってみると、起き上がってこちらを向いた
鼻先は赤くなっていたが、今も笑顔だった
いつもとは違う、屈託のない純粋な笑顔…
一瞬引き込まれそうになるくらい、美しい笑顔だった。
「こんなこと言うのもおこがましいかもしれませんが、あの時のお返事を聞かせてください…」
きっと、普通の人なら迷わずイエスと言うだろう
だが僕には迷う理由がある
変な自信に満ち溢れている割には消極的で、笑われると顔を真っ赤にして怒って、人間ではないが誰よりも人間くさい、世話のかかる妹のような存在…
僕が好きな人は、美春に他ならない
「その…ごめん。僕には」
「九尾美春さん。でしたっけ?」
「…?!」
間宮の笑顔が少し緩み、悲しげな目へ変わる
「一目見て分かりました、彼女にだけ対応が違うもの…それにカワイイですし。」
「それを分かってても、返事が聞きたかったんだ…」
「愚問ですわ。少しでも可能性があるなら迷わず攻める、私のポリシーです。」
「強いんだね…」
「ええ、メンタルは人一倍ですよ♪」
「私、諦めませんからね?」
「…えぇと、何て返せばいいのかな?」
「じゃあ、《僕の最強のキープとして待っててくれ、ハニー》とでも言ってくれれば。」
「いや…」
思わず笑顔が溢れる、僕の中にあったモヤモヤは無く、に過去の柵から解放された気分になり、表情が崩れてしまった
「あら、笑った愁くんもステキですわ♪」
「あんまり得意じゃないけどね…」
囁かな笑い声が響く保健室の扉の前で、柊真は少し安心していた
自分で克服し、自分の想いを貫くことが出来たのだな、と…
「あ、でも諦めるわけじゃございませんよ?今からでも寝取ってしまおうかしら〜」
「おいバカ魔女いい加減にしろ!!」
「あら、いらしたの?これから夜伽をするので保護者は早急に…」
「まだ昼だしするな!!あと保護者でもねぇ!!!」
もう何もかも面倒臭い、と投げやりになる愁であった。
♡♡♡
あれから数日。
間宮さんとは少し話すようになり、柊真も徐々に警戒を解いてきているが、まだ安心はできないらしい。
一方の美春はと言うと、口数こそ変わらないが、少しだけ気まずい雰囲気があるのは気のせいなのだろうか…?
文化祭が近付いたので、放課後は出し物の準備に取り掛かっていた
部活組はいなくなり、半分くらいの生徒が教室へ残った
「まさか本当に猫カフェになるとは…」
愁は肩肘をついて外を眺めていた
始まりは今日のLHRにて、出し物を決める時間が設けられた
「はい、じゃあ相河。仕切ってくれ」
「うーす!」
柊真が教卓の前へ立ち、咳払いしてから口を開いた
「では、出し物何やりたいか挙手!」
「演劇!」
「屋台!焼きそばとか!」
「それなら焼き鳥だろ!」
「何で焼き鳥?!」
「ここはパンケーキ屋とか…」
やはりまとまらないのが高校生
文化祭は皆が楽しみにしているのだ、熱が入るのも無理はない
かく言う僕は興味など無い。
さっさと終われとすら思っている
「はい、じゃあ真柴くんは何がしたい?」
?!
柊真のやつ、いきなり指名すんなよ!!
クラスが少しだけ静かになり、言いづらくなる
「…べ」
「別に以外で。」
「ぐっ…」
少し考えてみると、ふと口から行ってみたい店の名前が溢れた
「猫カフェ…とか?」
教室は一気に静まり返った、やばい死にたい。
その静寂を切り裂いたのは柊真ではなく、皆の笑い声だった
「アハハハハ!その発想はなかったわ〜!」
「いいじゃん、猫集めようぜ!!」
「待たれよ皆のもの。」
柊真が口調を変えてクラスを静めた
「…女子に猫コスしてもらって猫(人間)カフェにしね?」
「……相河ぁぁぁ!おまえ天才!!」
「えー恥ずかしい!」
「でも楽しそ〜!」
何だかあらぬ方向へ…
「さすがですわ、愁くん♪」
間宮がすかさず駆け寄ってきた
「テキトーに言ったんだけど…」
「いいんですよ、発案はだいたい貴方です!」
「…そーだね。」
そして今に至る。
思い返せば胃が痛くなるばかりなので忘れることにした
今度は美春が、僕のもとへやって来た
「さすがだね、愁くん!だんだんクラスにも溶け込んできたよね〜!」
「何か今まで浮いてたみたいじゃん。」
「あ、そ、そうじゃなくて…」
すると後ろから、間宮が僕達へ話しかけてきた
「九尾さん、私と勝負しませんか?」
「しょうぶ?何で?」
「それは、同じ男の人を好きになったのなら、当然ですよね?」
「なっ…」
美春はすかさず愁から顔を逸らした
僕は思った、別に美春は僕が好きなわけじゃないのに…
「勝負の日は、文化祭当日!内容は…」
……
「「えっ…えぇぇぇぇぇぇ?!」」
文化祭、嫌な予感しかしません。