夏化け②
「な、なあ相河。お前九尾さんと仲いいんだろ?」
「んあ?まあ、そこそこな。」
「ちょっと俺を紹介してくんね?」
「おいずるいぞ山本!抜け駆けすんなよ!!」
夏休みまで残り1週間。
女に飢えた猛者達は、最早学年No.1とまで謳われる《九尾美春》を挙って狙っていた。
サッカー部員たちにとって、その九尾さんの知り合いがいるとなるとかなり心強い!とか思ったのだろう。
だが、相河柊真はそれを許さない。
内気で友達すら作ろうとしなかった親友、真柴愁がようやく気になっている九尾さんなのだ。
お前らのような野蛮な男共に美春ちゃんはやらん!!!
「いやー、美春ちゃんは男の子苦手とか言ってたしやめとけ。」
「じゃ、じゃあせめてメアドを…!」
「ケータイ持ってない。」
「ぐぁぁぁぁ!こうなったら明日直接…」
「やめろっての!!」
「お、まさか相河が狙ってんのか?」
「かーっ!お前が相手じゃ勝てねーよ!」
そんなわけがない。
確かに可愛いとは思うが、その感情は持ち合わせていない。
誰が見ても分かるくらい、美春ちゃんは愁のことが…
「ま、分かってないのは本人なんだけどな〜」
「なにそれ?」
「何でもねーよ。それよりバーベキューの日程決めましょう!」
部室の前にいた1年生達はドスドスと戻ってゆくと、後ろから冷たいペットボトルを首筋に当ててきた女がいた
「よくやった!」
肩に手を置いたソフト部のユニフォームを着た夏希が満面の笑みで話しかけてくる。
「そりゃドーモ。うちの親友の邪魔はさせねえからな…!」
「そーだよな…そのお前んちのはどーなのよ?心の変化ってやつは?」
「あの言い草だと、自分でも惚れてるって気づいてるな。もう少し背中押してやるわ。」
「あー…うちの美春はそもそも《likeとloveの違い》を分かってないからな。愁も苦労するわ〜」
「え、どう違うの?英語わかんね!」
「…お前はもういいや。」
「えー教えろよ!!」
「お前が補習やってるときに買い物行ってくるから。美春が水着無いんだと。」
「エロいのでよろしく。」
「黙れ。」
♡
待ちに待った夏休み初日。
待ち合わせ5分前、愁はきっちりと時間を守り姿を現した。
今回行くショッピングモールは僕達の住んでいる稲荷町から電車で二駅の近場
「あ、愁く〜ん!」
夏希の腕を引っ張って元気に手を振る九尾さんの露出度高めな服装を見てふと思った。
「ああ、これが夏休み…」
「どうかした?」
「何でもないよ、そろそろ電車来るから行こう。」
「ふぁ〜…まだ眠いっすよ…」
切符を買って電車へ乗り込み、3人並んで座る
「それにしても、何で今回は近場なの?もう少し遠くに行けばもっと大きいところが…」
「あーそれなんだけど…実は美春、家から一定の距離を離れると《生命力》が格段に落ちるんだ…」
突然の、かなりシリアスな告白に表情が固まる
「何とかギリギリ行けるのがあそこなの…遠くに行きたかったならごめんね。」
美春は笑顔を振りまいているが、きっと気にしているだろう。
余計なことを言ってしまった…
「いやいや、僕だってあんま遠出は好きじゃないし、落ち込まないで。」
「うん、ありがとう♪」
いつもこの不意に出るお礼の言葉と笑顔に、愁は何度もドキッとしてしまう。
「愛だねぇ〜」
「なっちゃん、今なんて言った?」
「何でもないよ、電車はえーなーって」
乗り慣れない電車に揺られながら、十数分で目的のショッピングモールへたどり着く。
「うわー!大きい!!」
「ここ、1回増築したんだよね?大きくなってから来るのは初めて…」
「アタシはよく来るよ?じゃあアタシが指揮をとってやろう!」
「お願いします!なっちゃんさん!」
夏希のツアーの元、ショッピングモールを回り始めた。
まずは洋服売り場へ直行した
「美春も新しい服買いなよ!愁も何か買え!」
「何で強制なのさ。」
「お洋服!私の着る服ってだいたいなっちゃんのお下がりだからね〜」
「それって夏希のなんだ…」
「そうなんだよ、こいつ細いしチビだからアタシの中学の頃の服とか着れちゃうんだよ〜」
「ふーん…お前こんなの着てたのかよ…」
「うっせーな!そこはほっとけよ!!」
過去の夏希の姿が想像出来ないくらい清楚な服装に戸惑いながら、美春の買い物が始まった。
「あ!愁くん、こんなのどう?」
「うん、似合ってるよ…」
どれを着ても完全に可愛いのだが、口下手な愁は表現できないのでこれしか言えない。
「あんたさ〜もうちょっとボキャブラリー増やせよ。」
「厳しい。」
「そーですか〜」
「ねね!これとかは?」
愁が顔を上げると、いつもとは少し違う黒の大人っぽい服をまとっていた。
「九尾さんは、ホントに何でも似合うね。」
「そう?嬉しいなぁ〜♪」
別に投げやりで言ってるわけではない、子供っぽい一面も、大人っぽい一面も持ち合わせていて、いつでも笑顔の絶えない…
「オレ、ミハルちゃんが好きです!」
「うわっ?!」
後ろから夏希が低い声で囁き、思わず声が出てしまう。
「とか、思ってたんだろ?」
「…別に。」
「柊真から聞いたぞ〜?男になれ!」
「…」
「分かったよ、謝るからそんなこえー顔すんなよ…」
美春が少し離れた試着室へ行ったところで、愁は少しだけ本心を話してみることにした。
「自分にとって未知な人間は怖いでしょ?それと同じように、僕は他人が怖い。例え友達でも…」
「そういうもんなのか?」
「良いように例えれば、石橋を叩いて渡るとか」
「じゃあ、アタシらが鉄橋にでもなればいいんだろ?」
ニヤリと笑って、愁の顔を覗いてくる。
「…そうかもね。」
辛気臭い話を吹き飛ばすように、美春がなかなか奇抜な服装で恥ずかしそうに歩いてくる。
「これはなっちゃんのオススメなんだけど…やっぱ恥ずかしいよぉ…」
そう言って普段履かない膝上のミニスカートに白くて生地の薄いTシャツをまとっていた彼女も、また魅力的だった
「…」
「いいだろ?」
「だ、ダメかな…?」
「いいと思…ぐっ…」
眩しい、というか危ない。色々と危ない。
正気を失いそうになるが何とか意識を保つ
「愁くん大丈夫?!」
「う、うん…それより、その…下着透けてる…」
「え?…キャァァァァァ!」
「バッカ愁!それ言うなよ!」
「無理だよ!触れるなって方が無理だわ!」
「うわぁぁ…恥ずかしい…」
急いで試着室へ駆け込むと、夏希が話しかける
「どうだった?この御褒美。」
「…鼻血出そうだった。」
「アンタ意外と素直だよなぁ」
「嘘はつかない主義だから」
一通り服を買って店内をウロウロしていると、愁は《異変》に気付く。
「九尾さん、さっきより元気無くない?」
「そうかな?私は平気だよ!」
「ならいいんだけど…」
このときはまだ僅かだったので、本人も気付いていなかったのだろう…
続いてゲームセンター
「よっしゃ!ここはアタシのホームスタジアムだ!!」
「いけいけなっちゃん!!」
早速クレーンゲームに挑むが、あまり上手くない事が数回で分かった。
「ぐぬぬ…恐るべきクレーンゲーム…」
「私もやってみたい!!」
初めてクレーンゲームをやるのか、どれも的外れな方向へ行ってしまう。
「ぐぅ〜これ難しすぎだよ!」
「はぁ…ちょっと貸して。どれが欲しいの?」
「うーん…そのピンクの奴!」
愁は慣れた手つきでボタンを押し、颯爽と目的のぬいぐるみを手に入れる
「ほい。」
「ふぉぉ…愁くん上手ーい!なっちゃんより上手い!」
「くっそ愁のくせに!今度はあれだ!!」
使った金額は夏希が1500円、九尾さんは800円、僕は300円だった。
「ま、まあ今回はゲーセンに金を寄付してやったようなもんだ!ありがたく受け取っとけ!」
「意地張るなよ。」
「アハハハ…」
やはり、美春の様子がおかしかった。
笑っているが、この笑顔は辛いときに出る笑顔だと、愁は覚えていた。
「やっぱり変だよ、冷房かかってるのにそんなに汗かいて…」
「だ、大丈夫だよ…」
「ダメ。座れる所に行こう。」
そう言って初めて、愁が先頭を切って店内を歩く。
それでも愁は、チラチラと美春の様子を伺って歩いていた。
「ここでいいかな、飲み物買ってくるよ。何がいい?」
「私はお茶でいいよ!」
「アタシカルピス〜」
「夏希は元気だろ…まあいいや。」
そう言い捨てて2人に背を向けて歩き出した。
「何で隠してたのさ?察したから黙ってたけどさ。」
美春は俯いて答える。
「何か…初めてあんなに楽しそうにしてる愁くんを見てたら、迷惑かけられないなと思って…」
「…アイツはさ、世話焼くの大好きだろ?いつもの柊真みたいに。だから、美春ももう少し甘えてもいいんじゃないの?」
「…いいのかな?」
「その方が、愁も喜ぶってもんよ。」
「そっか…よかった…」
唇を噛んで、取ってもらったぬいぐるみを抱き締める。
愁が帰ってくると、何故かポロポロ涙を零している美春の姿が目に映った。
「ちょ、九尾さん…どうしたの?」
「何でもないよ…でも、嬉しくてつい…」
「夏希、何か言ったろ。」
「うげっ…アンタホント鋭いよな〜怖いわ。」
再び美春の顔に笑顔が戻ったところで、食事を済ませて早く帰ることにした。
だが、最後の難関が一つ…
「水着買いましょー!」
「おおー!」
「じゃあ僕はここで待ってるから。」
「君も来なさい…男子の意見は必要不可欠!」
「いらないよ…」
「いいから来い!!」
無理やり引きずられて水着コーナーへ向かう
「たまには柊真の意見を参考にして、エロいの選ぶか!」
「えぇ〜やだよぉ!!」
「柊真の意見だから反対。」
「とか言って〜愁もそれがイイんだろ?」
「…」
「悪かった、悪かったからその顔やめて!」
「愁くん顔怖いよ!」
柊真も太鼓判を押す威圧顔は夏希や美春によく通用した。
数少ない表情ボキャブラリーの一つである
「あれだな、愁って表情のやつ喜怒哀楽の怒しか無いだろ?」
「顔に出ないだけで割と一喜一憂してますよ。」
「もっと笑った方がいいよ!」
「それは無理。」
「えー何で?私は笑ってる愁くんも見てみたいな〜」
突然の美春の期待の目に、愁は一歩後ずさる。
「そ、それは…」
「ほら1回だけでいいからさ!ニコッと!」
「無理だっての。」
「むー…愁くんのケチ!」
「ポーカーフェイス!」
「意地悪!」
「むっつり!!」
「最後は違う。」
話は脱線したが、本題は美春の水着選びに戻る。
「あ、これいいなー…アタシ買お!」
「夏希が買うのかよ…」
「なっちゃんはや!!」
「美春が遅いの!体力も限界なんだからさっさと決めちゃいなさい!」
「うーーん…愁くん!」
「お好きなのをどーぞ。」
「またそれ〜?じゃあ愁くんは私にどんなの着て欲しいの?!」
「えっ…」
思いがけない質問に愁が固まる。
しまった、その質問は考えてなかった
そりゃ本音ならあのフリフリのやつとか…いやダメだ、これじゃ趣味がもろにバレてしまう。かといってこれは地味だし…これはその…柊真路線だし…うーんんんんんん
「素直に言っちゃえよ〜♪」
「うるさいなぁ…じゃあ、これ…かな?」
愁が指さした水着を美春は躊躇なく取る。
「え、いいの?僕の一声だけで…」
「だって、私は選ぶの苦手だし…愁くんが好きなのでいいかなって!」
うっ…いっそあのエロい奴にすればよかった…
「あのエロいのにしようかな〜とか思ってんでしょ。」
「…夏希実はエスパーでしょ。」
「実はね♪」
ようやく買い物が終わり、電車へ乗って稲荷町へ帰る。
電車では、乗り込んですぐに隣の美春が寝落ちしてしまった
「早すぎ…」
「ふっふっふ…そいっ!」
夏希が軽く美春の肩を押すと、美春が愁へ寄りかかる。
「…っ!!」
小さく寝息をたてて眠る彼女を見たのは2度目だが、やはり落ち着かない。
「どうだ?いいだろ?」
「ホント余計なことするよね…」
ふと寝ぼけた美春が唇を少し動かす。
「…いい匂い…」
愁は耐えられなくなり、自らの手で顔を覆う。
「え、どうした?美春なんて言った?」
「何も言ってないよ…?」
「じゃあそれ何だよ、完全におかしいだろ。」
「別に普通だよ…」
「え〜?」
♡♡
一度寝たらかなり面倒くさい美春を引きずって何とか《美春の家》、つまり神社へ送り届ける
門前では母親らしき人間が立っていた。
相当心配だったのだろう、美春を見つけるなり大きなケモ耳がピンと立った。
「夏希ちゃん!あと、愁くんだよね?」
愁は軽く会釈をする。
この人が九尾さんのお母さん、若くて髪も肌も真っ白なその姿は歴史書物などに出てくる《白狐》そのものだった。
「なるほど…あなたが真柴愁くん…」
「はい…」
ジロジロと僕を見つめた後、目から緊張がなくなり、優しく微笑む。
「ちょっと影のある感じだけど、優しい目をしている。いつも美春の面倒を見てくれてありがとうございます。」
「い、いえ…」
「ところで、うちの娘のことどう思ってんのよ?」
突然声のトーンを下げて、ニヤニヤと顔を近づける。
「えっ…いや、別にそういう目で見てるわけでは…」
「…そう、その方が助かるんだけどね。」
「どういうことですか?」
意味深なセリフに食い下がろうとするが、笑うだけで相手にしてくれない。
九尾さんをとられたくない?
それなら単純でいいのだが、僕の勘は納得してくれなかった…
「じゃあね2人とも!今日はありがとう、また海で会おうね!!」
元気に手を振って、神社の中へ入ってゆく。
「美春、愁くんのことどう思ってるの?」
「もちろん好きだよ!なっちゃんとか柊真くんも!」
「それならいいんだけど、《約束》忘れてないよね?」
一つの言葉に、美春は固まってしまう。
「…私にはそれがよく分かんない…けど、約束は守るよ。」
愁は心にモヤを残したまま、海で遊ぶ日までの時間を無機質に過ごしていった。