夏化け①
夏。
海だ!祭りだ!花火だ!夏休み最高ー!
「の前の期末テストだよ。」
「テストッテナンダッケー?」
「あ、赤点って何点…?」
「俺の屍を越えてゆけ!」
6月。梅雨でじめじめした日が続き、気分も鬱になってしまいそうな季節。
そんな季節の風物詩が、期末テストである。
「柊真諦めるの早すぎ…」
「だって…部活しかやってないんだもん!」
「正確には部活と恋愛でしょ。」
「ぐっ…ご名答。」
「あれ?柊真くんこの前別れたって言ってたよね?」
「ああ、俺は新しい嫁を見つけたのさ…!」
「いいか美春、あれがクズだ。」
「くず??」
「変なこと教えんなよ夏希ちゃん!」
現在期末テストに向けての作戦会議を始めたはずなのだが、案の定話題が早くにズレた。
「テストどうすんの?教えてほしいなら日程決めてよ…」
「くっお前は余裕でいいな!赤点の怖さを知らないな?!」
「普通取らないし。」
「」
「私はいつも暇だから、愁くんの都合のいいときでいいよ!」
「じゃあアタシと美春は毎日真柴先生に教えてもらおう〜マントはサッカーとユミちゃんに時間費やしてろ。」
「トウマな。てか何でユミちゃんの名前知ってんだよ?!」
「アタシだって顔は広いんだぞ?」
「デカイだけだろ。」
「ああ?今なんつった?!」
「柊真くんとなっちゃんって実は仲いいよね〜」
残念ながら僕はそれどころではない
隣に九尾さんが座っていて、毎日一緒に勉強するなど…平常心を保てるわけが無い。
「つら…」
「あっ嫌だったら減らしていいんだよ?」
「別にいいよ、自分の勉強にもなるし。」
毎日九尾さんと喋られるのは願ったり叶ったり。
これこそ矛盾の境遇である。
「安心しな愁、美春に手ぇ出したらアタシが止めてやるから。グーで。」
「全然安心できないんだけど…」
柊真が部活へ行ったところで、もう一度話をまとめる。
「じゃあ学校が終わったらここでいい?」
「いいよ〜!」
「異議なし!」
これで憂鬱な梅雨をハッピーに乗り越えられる…!
「じゃあとりあえず、中間テストの結果見せてよ、どの程度か知っときたいし。」
「?!えっと…笑わないでね…?」
「……」
そう思えたのは、たった数分だった。
「…柊真より全然いいよ。」
「うわぁぁぁぁんごめんなさいぃぃぃ!!」
「美春は昔から英語苦手だよな〜」
「そういう夏希も人のこと言えないじゃん。全体的に低いよ。」
「違いますぜ旦那、あっしは興味のあることしか覚えられないタチなんすよ。」
「でもこれじゃ赤点だよ?」
「だって授業とかくそつまんねぇんだもん!だから真柴先生にお願いすんだよ!」
ここで僕の脳裏に一つの光景が浮かんだ。
まったく理解できない九尾さんの困った顔と、理解しようとしない夏希の眠そうな顔が。
「頭痛い…」
「大丈夫?辛かったら帰ってもいいよ?」
「いや、辛いのはこれからだから…」
「??」
そんなこんなで話が終わり、並んで校舎を出る
傘を片手に歩いて、後ろから美春と夏希がついてくる。
方向は同じだからしょうがない。
「んじゃアタシこっちだから、バイビ〜!」
「ん。」
「バイバーイ!」
2人きりになって、少し気まずい空気が流れる。
どうしよう、話すこと無くなった。とりあえず勉強の話を…
そう思って口を開けようとすると、隣から車がやってきて大きな水しぶきをあげた。
「キャッ?!」
「あっ…」
美春はその水しぶきをかなり被ってしまった。
「うへぇ…ビショビショだよぉ…」
出ていた大きなケモ耳が垂れる。
「大丈夫?風邪引くから早く帰った方がいいよ…」
「ここから遠いよぉ…あっそうだ!愁くん家のお風呂貸してもらっていいかな?」
「…え?」
♡
僕は今、ご乱心である。
我が家の風呂に好き…かもしれない女の子、九尾美春がいるのだ。
平常心でいられるわけが無い。
びしょびしょの制服を着ていただけでも打ち抜かれそうになったが、僕のだぼだぼの服なんか着てしまったら…アウトだ。
その服は洗わずに保管しておこう…
「お風呂ありがとう!さっぱりしたよぉ〜」
「う、うん…!!」
やはりだぼだぼのTシャツを着てきた彼女は異常なまでの色気を放っていた。
子供っぽい顔をしている割に身体は…
「どうしたの?顔ヘンだよ?」
「あっすっすいませんでした!!」
「なんで?!」
普通の男なら部屋に招き入れた時点で何かやらかしそうだが、僕は柊真ではない。
柊真とは違って理性が強いから大丈夫だ。
「雨弱まるまでここにいていい?」
「いいよ。母さんは今日遅いし…」
「ふぅん…」
ふと見るとまたベッドに横たわっていた。
「ちょ、降りて…」
「ふぇ?ごめんね、何か眠くて…」
「ご飯食べる?」
「ありがと…じゃあ待ってるよ…」
急いで夕飯を作って部屋へ運ぶと、やはり美春は寝てしまっていた。
スースーと小さく寝息をたてて幸せそうに眠っている
「…とりあえずそっとしとこう…」
……落ち着かない。
当然だ。同年代の、しかもあんなに可愛い娘がすぐ目の前で寝ているのだ。
「そろそろ起こそうかな…」
立ち上がって美春の前へ立つと、そこにはキレイな鎖骨と、その下には男のロマンが姿を現していた。
くっ…僕は屈しないぞ…
おそるおそる右手を美春の肩へと伸ばす。
ガチャリ。
「よぉ愁!頼む勉強教えて…くれ……?」
突然入ってきた柊真の目に映ったのは、幸せそうに寝ている美春と、そこへ手を伸ばす愁の姿だった。
「あっ柊真…これは…」
愁の顔が真っ赤になる。
「…触ったのか?」
「触ってない!!!」
「ふあ?あれ、柊真くんがいる。」
「まさか…ヤッたのか?!」
「もう帰ってよ!!」
「ちょ、待て!要件は別にあるんだぁぁぁ!」
フーフーと荒く息をたてて柊真を外へ追いやった。
「愁くん…どうしたの?」
完全に寝ぼけ眼でふらふらと愁のところへ歩いてくる。
「い、今のは幻覚だよ…」
「げん…あっ」
ふらふら歩いていた美春が足元の鞄に足を引っ掛けて前へ倒れる。
「あぶなっ…」
咄嗟に近寄ると、愁の肩を掴んで美春の身体がぴったりとくっつく
目の前には美春の頭、シャンプーのいい匂いがした。
身体には、柔らかな美春の身体が…
「あっ…ご、ごめん愁くん。大丈夫…?」
その何気ない仕草は上目遣いになっていて、愁の思考回路はまたもショートした。
ここまでしか記憶がない
このあと僕は倒れて、柊真が面倒を見てくれて、九尾さんとご飯を食べて帰ったらしい。
はっきりと覚えているのは、そこまでの出来事と、九尾さんの温もりだけだった…
その翌日。
「おはよう愁くん!昨日はありがとね!」
「う、うん…」
「えっどうしたの?」
美春は寝ぼけていて、よく覚えていなかったらしい。
僕は再び、彼女と目を合わせられなくなった。
「もしかして私、悪いことしちゃった?」
「いや、全然…」
むしろいいことをしてくれたというのは内緒にしておこう。
♡♡
日曜日、学校近くのファミレス。
「ごめーん!ちょっと遅れちゃった!」
「全然いいよ美春ちゃーん♪夏希ちゃんは余裕で遅刻っぽいな。」
「あの人、多分間に合わせる気無いデショ。」
「アハハ…なっちゃんは待ち合わせとか苦手だからね〜」
午後から4人で勉強会の予定を組んでいた。
テストは水曜からの怒涛の3日間で運命が決まる勝負の瞬間!by相河柊真
愁以外の赤点危機軍団はせっせと勉強を始めた。
「生徒の調子はどーですか、真柴先生?」
「九尾さんには公式と使い方を一通り教えて、演習させたから多分大丈夫。夏希はちゃんとやればできる奴だったから特に何もしてない。」
「上々だね〜俺もそんな感じになりてえっすわ〜」
「絶対値aが0より小さいときは?」
「ゼッタイチ?何それオイシイノ?」
「これがテスト3日前のセリフかよ…」
呆れてマンツーマンで指導を始めた。
その様子を、美春は肘をついてぼーっと見ていた
愁くんはいつも面倒見てもらってる印象だったけど、こうやって柊真くんの面倒見るときもあるんだよね…私は、なっちゃんにばっか頼ってて全然恩返しできてないや。
「ホントに、2人って仲いいんだね…」
「ま、中学のときからの付き合いだからな〜」
「腐れ縁だけどね。」
「せめてこう、もっといい感じの言葉にしてくれよ…」
「フフフ…愁くんはいい人だね。ホントに…」
思わず心の声が出てしまう。
「いきなり何?」
「ち、違うのっ!私達みたいな人のことも、ちゃんと見捨てずに助けてくれるんだなって…」
少し違う。
ちょっと掴めなくて、怖いところはあるけど…愁くんは《他の人とは違う何か》を持ってる気がする。ベッドからは愁くんの、優しい匂いがした…
「おやおや〜何だか入りづらい空気だなぁ〜」
「なっちゃん、いつの間に?!」
「今来たから安心しな〜」
「おいおい夏希ちゃん。折角俺が頑張って空気になってたのに壊すなよな!」
「しょーがねーだろ!タイミングの神様に文句をいえ!」
「まあいいや、腹減ったし飯にするかー?」
「賛成〜!」
「ゴチになr」
「しないぞ?」
ご飯やらパフェやらを食べだし、束の間の休憩に入る。
「これぱふぇって言うんだっけ?美味しいねぇ〜♪」
美春が美味しそうにパフェを食べる光景に、男2人は思わず見入ってしまった
「お前らやめんか!!」
夏希が二人の頭を叩き現実に引き戻す。
「不可抗力…」
「美春ちゃんがいちいち可愛いのが悪い!」
「ええ?!私のせい?!」
わいわいと話をするうちに、美春の《妖術》の話になった
「具体的に何ができるの?」
「私は下手だから…変身と、発火と、幽体離脱しかできないよ〜」
「いやいや、普通できないって。」
「お父様とお母様と、お兄様はもっとできるんだよ!」
「へぇ…お兄さんいるんだ。」
「うん!ちょっとウザいけど…」
「あー…柊真みたいな感じか。」
「何かそれ俺がウザいみたいじゃん!!」
「ん?てことは幽体離脱でふらついて、皆の解答用紙を見れるのでは?!」
「できるけど、そんなのズルだよ!やっちゃだめ!」
「真面目だなぁ…俺なら絶対やるのに。」
「アタシも〜」
「それじゃ自分の力にならないじゃん…」
本来、祀られる側の存在なら下界に降りて人間と同じことをする必要は無いのだが、美春のどうしてもという願いでこうして毎日下界に来ては《人間の生活》をしているのだ。
そんなことをして点をとっても何も残らない
「さあさあ!もう一息頑張りましょー!」
「うえーい…」
やる気のない返事も聞こえたが、勉強を始めた
楽しい夏休みを迎えるために、彼らは努力した
そして日付は、決戦の水曜日。
「行くぞお前ら…笑顔で夏休みを手に入れるために!!」
「「おー!!」」
「大袈裟だよ、うるさいなぁ」
運命を決める(以下略)は始まり、学校は静寂に包まれる。
シャーペンの書く音だけが響く、この空間が案外心地よかったりする。
迷いなくペンを進め、黙々と空白を文字で埋めてゆく。
チラリと後ろを見ると、口をへの字にして必死に答案を埋めている美春。
前では、激しく頭をかじる柊真がいた。
そして、2日後…
「終わったぁぁぁぁぁ!」
「やったーーーー!!!」
柊真と美春は飛び跳ねて喜んでいる。
夏希はぐったりと机に横たわっている
「テスト、大丈夫なんでしょ?」
「ああ…だがやはり三徹は良くないな…」
「やっぱ終盤の押し込み型なのね…お疲れさん。」
「あ、私も言ってほしい!」
「俺にも言って真柴くぅ〜ん♪♪♪」
美春の目は本気で、言ってあげたくなった。
柊真は悪意に満ちていたので腹が立った。
「九尾さんの真似ならうまいよ。皆に赤点が無かったら僕も嬉しいんだけど…」
「心配なのは英語だけ…」
「全体的に心配っす!!!」
「柊真はさっさと部活行けよ。」
「冷たい!いいし、赤点1個も取らずに自慢してやるぜバーカ!!」
情けない捨て台詞を吐いて教室を去ってゆく。
柊真がいなくなるなり、夏希が悪巧んだ表情を浮かべて顔を近づけてくる。
「柊真だけ赤点だったら3人でどっか行こうぜ〜!」
「え〜柊真くん怒りそう…」
「さんせーい。」
「さすが愁、一瞬の迷い無し!」
祈りの土日が終わり、テスト返却、もとい運命の決定日がやってきた。
「じゃあ報告お願いしまーす」
「はい!先生のおかげで赤点回避できました!」
「おぉ…偉いぞ美春!中学の頃は下から数えた方が早かったお前が…うっ…」
美春の朗報に、夏希は目に涙を浮かべる。
「泣くほど?!でも本当に良かった!ありがとう、愁くん♪」
「ん。ところでさっきから寡黙な相河くんはどうでしたか?」
「先生のバカヤロー!!」
「あ、逃げた!」
あの調子では恐らく…
「じゃーあいつも無事落ちたことだし、どこ行く?」
夏希が嬉しそうに立ち上がって黒板へ走り寄る。
「夏といったら?」
言葉通り黒板に書き、美春をチョークで指す。
「私?!えっと…お盆?」
いきなり予想外の回答にその他2人は思わずズッコケる。
「なんていうかこう…もっと何かあるだろ…」
「海とかね…」
愁が小さく呟いたセリフを夏希がすかさず拾う
「そう!それを待ってたんだよ!!」
「海かぁ〜…私水着持ってないよ…?」
ここで思いついたのか、夏希が両手で大きく教卓を叩く。
「よっしゃ!第1弾は買い物行こう!隣町のショッピングモール!!」
「ふおぉ…賛成〜!!」
「愁はこれでいいか?」
普段ならイヤ、というところだが今回は九尾さんがいるのだ。断るわけがなく、返事はせずに軽く頷いてみせた。
様々な期待を胸に人生史上、最も暑い夏が始まる。