春化け③
GW前日。
愁は一人で家に向かっていた
「はぁ…何でよりによって俺ん家なのさ…」
放課後、その悪夢のような計画は組まれた。
「ウチは猫が3匹いるからダメだ。」
柊真が最もな理由をつけて候補から外そうとする。
「柊真の部屋に来ないから大丈夫だよ。」
「ダメなもんはだめ!」
「アタシ猫アレルギーなんだよ〜」
夏希が机に座って足をバタバタと動かす。
「そういう長澤さんは?」
「ウチは、あー…汚いからダメ!美春知ってるでしょ?」
「うー…ん、何か変な本がたくさんあるよ?」
「ほほう?」
柊真がニヤニヤして夏希へ顔を近づける。
「食いつくなトウ…なんだっけ?」
「柊真ね。さては覚える気ないでしょ?」
「わざとですが何か?」
「この小娘が…」
柊真と夏希の間でバチバチと火花が散っている
「何で二人は対立してんの…」
愁がやる気のない声を出して机へ横たわる。
「方向性の違いだ!」
「そうだ!この男は真柴より気に食わん!」
2人のいうことは一理ある
柊真は愁と美春をくっつけたいと奮闘している
一方夏希は、真柴という得体の知れない男に大事な幼馴染みの美春を渡していいのか、という悩み真っ最中のため暫定は《敵》として見ている。
さらにその敵を必死に近づけてくる柊真はさらに強大な敵として捉えている。
「第一お前みたいなチャラッチャラした男が美春に近づくな!純情な美春が汚れるわ!!」
「それは違うな。お前みたいな痴○が近くにいた方がよっぽど教育に悪い!!」
「なんだと童○のくせに!」
「誰が○貞だ!経験くらいしてるわボケ!」
「チジ○?ドウ○イ?何それ?」
「お前らが一番教育に悪いと思う。」
愁が2人の口喧嘩をスッパリと切ったところで、会議が再開される。
「てことで、泊まるお家は真柴家でけってーい!」
「わーい!!」
柊真は狙い通り、という顔をしている。
「おい真柴。部屋に変なものあるなら隠しとけよ。」
「無いよ…失礼だな…」
「私お泊まり会なんて初めて!もう楽しみだよ〜♪」
「み、美春!気を抜くな!尻尾出てる!!」
「キャーーー!」
「お、ホントに狐だ。三次元の妖狐もやっぱ可愛いんだな〜」
愁は静かに3人を見ている。
正直、家に泊まるのは大反対だが九尾さんが喜ぶなら構わない。
でもやたらに友達を呼ぶのも…しかも長澤に関しては友達としてカウントしてない。
とても複雑な心境である…
「お菓子は各自持ってこいよ!それじゃあ解散!」
「うえーい。」
皆が散り散りに動き出す
柊真も着実に、自分のやりたいことを進めているようだ。
「おい夏希ちゃん。ちょっと付き合えよ?」
「あ?ヤダけど。」
「頼むって〜」
何をやってるんだか…
「それじゃあ楽しみにしてるね!バイバイ、真柴くん!」
素っ気なく手を振り返して返事をする
「じゃあ俺は用ができたから、愁は帰っててくれ!」
「ん、じゃあね。」
数時間後、学校近くのファミレスにて裏会議が行われている。
「だからだな、今まで一ッッッッ切友達を作りたがらなかった愁がようやく興味を持っているんだ、俺はこのチャンスを生かしたいんだよ。だから頼む!」
「でもなー…うちの美春は男に疎いのに、あんな得体の知れない奴を近づけたら危ない気がするんだよなぁ〜」
「違う。愁は無口で恥ずかしがり屋なだけなんだ。仲良くなれば色々話してくれるし、嘘はつかないし素直で純粋な奴なんだ。」
「溺愛だな、ちょっと引くぞ?」
「夏希ちゃんも分かるさ、愁のドジっ子エピソード聞くか?可愛いぞ?」
「お前まさかソッチ系か?!」
「ちっげーよ!お前だって九尾ちゃんにはデレデレじゃねーか!」
「そりゃお前、美春可愛いだろ?」
「真顔で言うなよ、なんかこえーよ。」
「今はブレザーで隠れてるけどな、身体は細いくせに結構アルんだよ。」
「D寄りのCが俺の推定」
「正確かよ!キモ!!お前にだけは絶対許可しない!」
全く進まない会話に飽きた2人は一旦落ち着く姿勢をとる。
「とりあえずだ。お泊まり会んときにお前なりに愁を見てくれ、どうしてもってんなら俺も考える。」
「分かったよ。結構色んな人脈持ってるお前にそれだけ言わせる真柴を、ちゃんと見てみるさ。」
「よし、んじゃ帰るか…」
「ゴチになりまーす!」
柊真の一言を待っていたかのように凄まじいスピードで店から出ていく。
「ちょっ…あの女ぁ…!」
やはり食えない。
だが俺の野望は終わらない!何としても親友に彼女を作らせてみせる!
だが、本心はもっと真面目な理由がある…
「さぁて、もうひと頑張りだな…」
♡
GW初日。
愁はいそいそと部屋の掃除を始めた
といっても、キレイ好きな彼はいつも掃除をしているのだが
部屋には邪魔な親友がゴロゴロ転がっている。
「やっぱ愁の部屋はいつもキレイでいいわぁ〜」
「邪魔だからどっか行っててよ。てか部活は?」
「今日は午前中で終わり。明日は午後からだからピッタリなんだよ!」
掃除機を引っ張り回していると、母がジュースを持ってくる。
「柊真くん、部活お疲れ様〜!」
「お母様!ありがとうございます〜」
「母さん、あんま甘やかさなくていいよ。」
「だって〜今日は女の子も来るんでしょ?お母さんすっごく嬉しいのよ?こんな日が…来るなんて…」
「泣くほど?!」
母のいうこともその通りだ。
今まで柊真以外を家に連れてきたことが無かったので、いつも心配している母にとっては奇跡のような日なのだろう。
「お父さんも帰ってこないし、ゆっくりしてってね!」
「お言葉に甘えて〜」
「そろそろ九尾さん達迎えに行ってきてよ。」
「もうこんな時間か…仕事してきまーす!」
「はいはい、いってらっしゃい。」
掃除を終えると、愁は腕を組んで机の前の椅子に座る。
よくよく考えてみよう、これから僕の部屋に九尾さんと長澤さんが来るんだ。
緊張するわけでは無いんだけど、何かこう…落ち着かない。
今まで柊真しか入らなかったこの部屋はどうなのだろう?女子からして大丈夫なのか?バンドのポスターとか貼ってあるけどいいのかな?
考えれば考えるほど分からない。
あ、どうやって迎え入れればいいんだろう。
自然に振る舞えばいいんだよね?
あれ、自然って何だっけ?
グルグルと回る頭の中で一つのセリフが浮かんでくる。
「うわぁ、真柴くんてこんな人なんだ〜へぇ〜」
ふと過去の映像がフラッシュバックで甦る。
いや、そんなことは無い。きっと…?
ピンポーン
そんなこんなですぐに皆が来てしまった。
急いで玄関へ走る
「「こんにちはー!」」
「い、いらっしゃい…」
思えば今、初めて女子の私服を見た
九尾さんは露出度の低いロングスカートの白中心の服装。
夏希はその逆、男っぽいTシャツにハーフパンツのフレッシュなイメージの服装。
「いらっしゃーい!二人とも可愛らしいお嬢さんね!こんなに…可愛らしい…うっ」
「母さん!頼むからここで泣かないで!」
オロオロと泣く母をリビングに押し込んで3人を部屋のある2階へ招き入れる。
美春がキョロキョロしていると、愁の隣の部屋を見つける。
「真柴くん、他に兄弟いるの?」
「あー…姉さんが一人。今は東京の大学に通ってていないけど。」
「へぇー!どんな人なの?」
「すっごく嫌い。」
眉間にシワを寄せて姉の部屋を睨みつける。
「ハハハ!秋乃さんは愁大好きだからな!」
「あー…なるほどね」
そんなうちに、3人は愁の部屋へ入った。
「うわぁ…すっごくキレイだね!」
「よし、エロ本探しでもするか。」
「無いよ…」
とりあえず印象は良さそうで安心する。
「わーい♪」
それは突然の出来事。
何を思ったのか、美春は愁のベッドへ跳び込んだ!
「?!」
「うあ?!」
「ちょ、美春?!」
3人は、まさに狐につままれたような表情を浮かべる。
「ウフフ…真柴くんの匂いがする…」
(何か、いい匂いだなぁ…)
「み、美春?とりあえず降りなさい?」
「えっ何で?」
「九尾ちゃん、愁のライフはもうゼロだ…」
そういった柊真の指先を見ると、床に倒れている愁がいた。
「え?何で?真柴くーん?!」
「もう…ダメ…」
動かない愁を必死に揺さぶる。
「なあ夏希ちゃん。」
「なんだい?」
「無知って、怖いな…」
「奇遇だな…アタシもそれ思った…」
ようやく愁が起き上がり、4人は丸い小さなテーブルの周りに腰掛ける。
まずは第一ステップ
「課題を終わらせるぞー!」
「「おー!」」
「僕はもう半分くらいやった…」
「あ!抜けがけすんなよ!」
「授業中にやればこんなもんだよ」
「あ、真柴くん悪ーい!」
「いいじゃん、暇なんだし…」
ここで、美春は小さな疑問が浮かんだ。
何故か愁くんは、私の目を見て話してくれません
柊真くんやなっちゃんのときはちゃんと見てるのに…
もしかして私、嫌われてる?!
「何だ美春?分かんないのか?」
夏希が固まっていた美春の二の腕をつつく
「はぅっ?!」
「プッ。九尾ちゃんどこから声出したのw」
「ほっといてよー!でも、この問題分かんない…」
夏希と柊真が覗き込む。
「アタシ説明できない〜」
「俺分かんない〜」
「むー…」
頬を膨らませて問題を睨みつける
「あ、真柴くん分かる?」
「ん、これ?これはこの公式を使って…」
「おー!真柴くんスゴーイ!」
「べ、別に…」
また目を逸らした。
嫌い…なのかな?
「ウチの愁はこう見えて勉強できるんだぞ?」
「お前のじゃない。」
「ほほぉ、隠れたスペックの持ち主か…やるな…」
まったく進まない勉強会。
ため息をつくと、母がおやつを持って部屋へ入る。
「お疲れ様ー!おやつですよ〜!」
「「「やっふーい!!!」」」
三人同時におやつへ跳びつく。
さっきまでの勉強モードはどこへやら…
おやつを堪能してすっかりぐうたらを始めた3人はズルズルと床を這って散策を始めた。
「もう…立つのめんどくさい…」
「みんな揃って自分の家みたいにするのやめてよ。」
「ムムッこれはベアーズのポスター…?!」
夏希が壁に貼ってあったポスターに食いついた。
「ベアーズ知ってるの?」
「知ってるよ〜!ちょっとおデブな4人組バンドでしょ?バンドマンって細い人なイメージあったけどこの人達って風格あるし迫力あっていいヨネ!」
「僕はPONNの力強い声が好き。」
「お、分かってるね旦那〜!」
突然の共通点の発見により、愁と夏希の距離が縮むのを目の当たりにした。
「いいなぁなっちゃん…」
その後ろから柊真がいきなり話しかける
「何がいいって?」
「ふぁ?!な、何でもないよ…?」
「ふーん…黒か。」
「…?…あっ!」
そう、皆が寝転がっている隙に柊真は見たのだ。
ロングスカートの中にある楽園を!
「こんのエロ男〜〜!!!」
すかさず夏希が柊真の顔面を蹴り飛ばす
「ぎゃあああああああああああああ!!」
「ふぇぇ…助けて真柴くぅん…」
涙目になって甘えた声で擦り寄ってきた彼女に、愁はドキドキしていた。
やっぱり、真柴くんは私の顔を見てくれない。
「真柴くん…私のこと嫌い?」
「えっいや、そういうわけじゃないんだケド…」
美春の心に、モヤッとした物が残る。
声も表情もいつもと同じだし、難しい人だなぁ…
その状況を察した柊真がすかさずキラーパスを送る
「そーいえばさ〜愁は美春ちゃんのことどう思ってんの?」
柊真がさり気なくとんでもない爆弾を持ってきた、なんてことしてくれんだ!!
「えっ…と…」
目の前には本人がジッと見つめている
こんなに気まずい状況は無い。
「その…嫌いじゃないよ。いつも僕に声かけてくれるし、優しいし…」
「ホントは可愛いな〜とか付き合いたいな〜とか思ってんだろ?」
またも、大型爆弾を持ち込んだ。
いつもこうだ、柊真は調子に乗り出すと止まらない
僕は柊真と違って人付き合いは苦手なんだ
余計なことすんなよ…
ここまで少しずつ溜まっていたイライラが、思わず爆発してしまった。
「もう…何なんだよ!さっきから地雷ばっか踏みやがって!俺には俺のペースで仲良くなるんだからほっといてくれよ!!」
柄にも無く大きな声を出してしまう。
はっと前を向くと、耳の出た美春が大粒の涙を溜めている。
「その…ごめんね?あんまり好きじゃない人に家とか来られたらイヤだったよね…ホントにごめんね…」
訳が分からなくなった愁は、この空間から逃げ出すことを選んだ。
唇を噛み締め、部屋の扉を勢いよく開けて外へ飛び出す。
愁のいなくなった空間は、重苦しい空気が漂った。
「バカ。」
夏希が柊真の頭をグーで殴る。
「そう…だったよな。すっかり調子に乗っちまった…謝りに行ってくるわ。」
「待って!私が…行ってくる!」
「ちょ、美春?!」
美春も愁の後を追って走り出す。
♡♡
家を出てから海に向かって走ると、テトラポットの上に愁がちょこんと座っていた。
必死によじ登って隣に座る
「ごめんね、真柴くんのこと考えてなかった…柊真くんからちゃんと聞いてたのに。
でも、私は真柴くんのこともっと知りたい。もっと仲良くなりたい!」
チラッと美春を見る
涙で少し腫れてて、真っ直ぐで、キレイな瞳はこちらを向いていた。
嘘をつけない。純粋で、だけどすぐ泣いてしまうけど、彼女は魅力的だった。
彼女になら、心を開いてもいい気がした
「…だよ。」
「ん?」
「僕もだよ…でも恥ずかしいというか、怖いんだ…もしもっと僕を知って、失望されたらどうしようって…九尾さんはいつも明るく話しかけてくれて、眩しかった…でも、その光に慣れたい。もっと、仲良くなりたい…」
ああ、そうか。
真柴くんは、お喋りするのはちょっと苦手なんだね
真柴くんは、誰よりも他人のことを見ているんだね
それでもあのときみたいに、優しく助けてくれるんだよね
真柴くんと、もっと友達になりたい!
「そっか…よかったぁ〜!もしホントに嫌われてたらどうしようかと思ってたよ!」
「ごめん…もっと早く言えなくて。」
「謝らないで!…ねぇ、愁くんって呼んでいい?」
「え、べっ別に…」
「そーじゃなくて!イエスかノーで!」
「うっ…い、いいよ。」
口を尖らせてそっぽを向く
「じゃあ私のことも、美春って呼んでくれる?」
「…そ、それはハードル高い…」
「いつか呼んでよ!約束だよ?」
「あっ…」
美春の手が、僕の手を引っ張った。
白くて小さな手だったけど、とても暖かい…
春のさわやかな海風が、彼女の長い髪をなびかせる。
そのとき僕は確信した
これが《恋》なのか、と。
その会話の下で、柊真と夏希が盗み聞きをしている。
「やっぱ、愁に美春ちゃんがいてくれてよかった。あいつメンタル弱いから、ああやって支えてくれる人がいてくれれば、俺としてはかなり安心できる。」
「うーん…まあ、審議中だけどアイツになら美春を任せられるかもな…すぐ凹むし、泣くけど…ああやって面倒見てくれる人が欲しかったんだと思う…恋路はサッパリだけどな。」
「ハハ…俺らお互い、サボートしていこうぜ?」
「今度はドジるなよ?」
「うっ、肝に銘じておきます…」
皆で家に帰った後、ご飯を食べて、ゲームをして、夜遅くまで色々なことを喋った
これからも、四人仲良くいられますように。
「柊真とはもう喋らないから。」
「ごめんて!ホントにすまなかった!!」
「私も柊真くんはちょっと…」
「株ダダ下がりだな。」
「信じて!もっと俺を信じて!!」
そして2人の背景は、春から夏へと変わってゆく…