春化け①
秘密。
かくして人に知らせないこと。公開しないこと。また、その内容。(広辞苑より)
信頼できる友達の間でのみ展開されるのが秘密、内容は様々だが、人の秘密を知れたときに何故か嬉しくなってしまう。
その人と距離が縮まったような親近感が沸くからだろう。
だがもしも、その大事な秘密が《特に興味の無い他人》に知られてしまったら、彼らの関係はどうなってしまうのだろう…
僕の名は真柴 愁
この春から高校生をやる15歳の少年だ。
通常なら、期待と希望で胸いっぱいのはずなのだが…
「行きたくない…」
僕は今、部屋に籠っている。
「おーい出てこい愁!今日から高校なんだぞ?!新生活だぞ?!」
僕の部屋の扉をガンガンと叩き、高校へ連れ去ろうとしているのは中学の頃からの親友 相河 柊真だ。
「何でも新しくなればいいってもんじゃないの…春休みが終わって学校行きたくない症候群なんだよ〜」
「それが新1年生のセリフかよ…友達たくさんできるかもだぞ?」
「友達はいらない…柊真だけでいい…」
この言葉に裏はない。
事実、友達と呼べる人間は柊真しかいない。
「またそのぼっち主義か…お前趣味多いし、頑張ればそれなりにできるはずだ!」
「イヤ。」
「くっ…カノジョとかできるかもだぞ?!」
カノ…ジョ?
ありえない、ただでさえぼっちなのに、彼女?
無理というか、欲しくない。
こんなことを思春期の男子が言っても信じてもらえないだろうが、生まれてこの方彼女が欲しいと思ったことは1度としてない
ツ○ッターで見かけるカップルのツーショットを見てもバカらしいとしか感じない。
ただし羨ましくもないので爆ぜろとも思わない
天涯孤独に一生を終えるのが我が人生のコンセプトだ。
それでも少しだけ、分かり合える人が欲しい気もした。
ここで突然、愁が扉を開ける。
「じゃあ賭けしようよ、僕にカノジョができたら柊真に何か奢ってあげる。」
「おっマジで?じゃあ俺も頑張ってあげようかな!」
「柊真の友達はカウントしないから。」
「わーってるよ。ほら、さっさと行くぞ。」
ようやく愁を引っ張り出した柊真は意気揚々と玄関へ向かう。
「愁、柊真くん、いってらっしゃーい!」
愁の母が2人の背中へ手を振って見送る。
僕達がこれから通う戸倉高校は家から徒歩15分。
これが決め手で選んだのだけれど
「3年間、目立たないように頑張ろう。」
「抱負がそれかよ、何だか目に見えるなぁ…」
「寂しくなったら柊真のとこに邪魔しにいくから。」
「そうならないように友達作れっての!」
「ぬー…」
入学式は午後から、暖かい気候に春の心地よい風が2人を包み込む。
「はぁ…まぁあれだ、お互い頑張ろうってことで。な?」
「うん…」
校舎の前に貼り出されたクラス分けの掲示を見かけるが、人が多くて見えない
「柊真、見える?」
「えーっと…あっ同じクラスだ!俺ら1組だぞ!」
「とりあえずよかったよ…究極のぼっちになるとこだった。」
「だーから…まあいいや。行こうぜ。」
4階まで昇ると、すぐ手前に僕達の教室はあった。
入ってみると、既に20人くらいの生徒が入っていた。
「ふむふむ…カワイイ子いないかなぁ〜?」
「やっぱそれなんだ…」
愁もふと全体を見ると、一人の生徒が目に止まった。
その女の子は眩しいくらいの白っぽい金髪をなびかせて、友達らしきコと笑っていた。
「…」
「何見てんだ?誰かカワイイ子でも…おぉ、こいつめ!なかなかいい目してんじゃねえか!」
愁の視線の先を見るなり、柊真は目を輝かせる。
「たまたまだよ。」
あのモテモテな柊真でさえ喜ぶのだから、あの人はかなりの美人だということが分かった。
そんなこんなで、自分の席に着く。
僕は一番窓際の後ろから3番目
柊真は同じ縦列の一番前
さっきの女の子は隣の列の一番後ろ
全ての席に人が着くと、担任らしき人の導きで体育館へ向かう。
入学式では長ったらしい校長の話のあと、コーラス部の校歌斉唱を聞いてから再び教室へ戻った。
ここからが、僕の難関だ
「それじゃあ皆1人ずつ自己紹介。相河から〜」
「はい!石山中出身の相河柊真です!サッカー部でキャプテンやってました、高校でもサッカーやるので、よろしくお願いします!」
元気いっぱいの柊真の自己紹介に、クラスメイト達は拍手を送る。
周りからはヒソヒソと話し声が聞こえる。
「あの人イケメンじゃない?」
「あとで話しかけようかな〜」
当然だ、柊真は昔からモテるし女子人気は異常に高い。
そんな柊真が僕を見てニコリと笑うなり、僕の周りがどよめく。
(なに今の?!誰に向けてやったの?)
(私だったりして!)
(そんなわけないじゃん!)
その通りです、僕です残念でした。
前から順番に立っていき、すぐに愁の出番がくる。
「石山中出身の真柴愁です。」
一言だけ言って座ると、担任が遠くから僕の顔を覗いてくる。
「真柴…もっと言うことないのか?」
「特に無いです。」
「あっ…そ、そうか。じゃあ次〜」
プイッとそっぽを向いた後、少しだけ柊真に目を向ける。
案の定、ものすごい形相でこちらを睨んでいたのですぐに目を逸らした。
「桜乃中出身、九尾 美春です。えっと…皆さん、お気軽に話しかけてください!」
恥ずかしそうに俯く美春に男子勢がそわそわと動き出す。
(九尾ちゃんって可愛いな…)
(このクラスで間違いなくNo.1!)
さっきの女の子、九尾さんっていうんだ…
とりあえず名前だけ覚えておくことにした。
どういう感情か分からないけど、何故か僕の心は彼女を特別視していた。
僕にも分からない、可愛いから?最初に目に入ったから?
自分でもよく分からない感情を持ったまま、窓へ向かってあくびをする。
「じゃあ最後に…担任の小野だ。これから1年よろしく!てことで、今日はここまで。あんまり長居せずにすぐ帰れよ〜」
チャイムが鳴ると、生徒達は渦のようにそれぞれが思い思いの場所へと動き出す。
柊真は早速女子に囲まれてライン交換をしている。
わらわらと人が動いているのを見て、愁はうんざりする
「鬱陶しい…」
このふわふわした明るい空間にいることが、愁には苦痛だった。
そそくさと帰ろうとすると、柊真が見つけて止める。
「あっちょっと待てよ愁!一緒に帰ろうぜ?」
「…」
「ああもう…ごめんね皆、また来週!」
「バイバイ相河くん!」
「じゃあね〜!」
女子達を振り切って柊真が追いついてくる。
「相変わらずドライだな〜ホントに友達作る気無いだろ?あの自己紹介だってちょっと怖いぞ?」
「いいんだよ、あの方が人が寄ってこないし…」
「はぁ…こりゃまだ訓練が必要だな…」
「いらないし。」
「お前の母ちゃんに頼まれてんの!」
友達を作るのは容易いかもしれない。
でも、僕には必要ない。
欲しいとも思わないし、僕はこれでいい。
こうして3年過ごせればいいんだ。
この瞬間の僕は、そう思っていた…
「どうせまた帰宅部だろ?せめて何か部活にでも入ったらどうだ?」
「興味無い。昼寝部なら入ってもいいよ。」
「やる気のかけらも無しか〜」
柊真と別れてすぐに家へたどり着く。
「おかえり!高校はどうだった?」
「今までとたいして変わらないよ…」
母と一言だけ会話を交わし、2階の自分の部屋へ戻る。
ケータイを見ると、早速柊真からクラスのグループチャットの招待が来ている。
一応入って、しばらく放置するとしよう。
お気に入りのヘッドホンを付けて好きなバンドの音楽を聞きながらベッドに横たわる。
「僕は、こっちの方が幸せなんだ…」
♡
入学直後の実力テストが終わり、部活に入った人達は鞄を持って外へ走ってゆく。
「んじゃ行ってくるから、先帰っててくれ。」
柊真が軽く手を振り、外へ歩いてゆく。
一人荷物をまとめていると、数人の女子から声をかけられる。
「ねえ君。相河クンの友達だよね?相河クンのこと教えて〜!」
君。苗字すら呼ばないということは僕のことはどうでもいいのだろう。
まあ、その方が楽だからいいんだけど
「別に、柊真はいい奴だよ。こんなぼ…俺にも優しくしてくれるし、頼れるリーダーって感じ。」
「やっぱりね〜!それでそれで、好きなものとかは?」
「それはよく分かんない、柊真に聞いて。」
「えぇ〜《友達》なのに分かんないの?」
友達。
僕はこの言葉があまり好きではない。
知り合いと友達の違いって?
友達の事は何でも知ってなきゃいけないの?
本当は知っている。
プリンが大好きで、僕と同じバンドが好きで、たまにウザいけど、本当は寂しがり屋で僕が突き放すと、しょんぼりした顔で着いてくる。
でもそんなことを他人に易々と話していいのかと思い、言わなかったのだ。
少しだけ、イラッとした。
「友達だからって、何でも知ってるとは限らないんだよ?」
そう言い捨てて教室を後にする。
「な、何か真柴くんって怖いよね〜」
「それな。何か近寄りづらいオーラ出してるよね、一匹オオカミ気取ってんのかな?w」
「アハハ!それウケる〜!」
ガララッと教室の扉が開く。
そこには真柴愁の姿があった
「あっ…」
ツカツカと歩み寄ってくる愁に女子達は思わず後ずさる。
「いやっあの…今のは冗談で…」
愁は聞こえてないかのように通り過ぎ、机から筆箱を取り出すと黙って去ってゆく。
女子達は、まるで声が出なかった
校舎から出て、校門をくぐり、独り呟いた。
「別に…気取ってるわけじゃないし…」
少し涙目になっていた。
独りぼっちのオオカミは、ガラスのハートの持ち主だった。
「…で〜って言われてて…」
『お前ってホント脆いよな。』
その夜、愁は柊真に電話をかけた。
「でも、知らないコにペラペラ教えるのもアレかなと思って、何も言わなかったよ。」
『別によかったんだけどなー…でもまぁ、ありがとな。お前がそんだけ大切にしてくれてるって分かったから、俺は嬉しいよ。』
「うん…ありがと。じゃあもうご飯だから。」
『はいよ。また明日〜』
愁はケータイを置いて、1階へ降りてゆく。
「大切だからこそ、増やすのは面倒なのかな…よく分かんねえけど、やっぱほっとけねえなぁ〜」
柊真は少し嬉しくなって、ベッドへ跳び込む。
♡♡
「おい愁…」
「何?」
「お前、何番だった…?」
「60。」
「カァーッ!相変わらずあったまいいなおい!」
「普通だよ。柊真が悪すぎるだけ。」
先日実施された実力テストが返ってきた。
愁は60位。246人中なのでかなりいい方である
問題は柊真だ
「で、何位だったの?」
「…にじゅう」
「120?まあまあジャン。」
「に、220…」
「」
愁は絶句した。
柊真が勉強ができないことくらい中学から知っていた
この学校に来るのもギリギリだったから、当然といえば当然だ。
だが…
「このままじゃ夢の赤点ライフだよこんちくしょー!」
「…」
「…助けてくれないの?」
「どうせ助けるまでゴネるんでしょ?いいよ。」
「やたー!!!」
こうして柊真の勉強を見てあげるのも、中学の頃から恒例だった。
「サッカー部に頭いい人いないの?」
「ああ…皆100後半とか言ってたような…」
おのれ脳筋運動部め。
「中間まで1ヶ月ちょいあるし、何とかなるよ。」
「お願いします先生!!それでは部活に行ってまいります!!」
勢いよく走り去ってゆく柊真の背中をぼんやりと見つめる。
早く帰りたいのだが、今日は担任と二者面談の予定が入っていたためそれができない
机に座って順番待ちをしていると、九尾美春が教室へやってくる。
あまりに突然の出来事だったので少しドキドキしてしまう
(あれ、僕なんでドキドキしてんだ?)
ふと我に返ったのですぐに平常心に戻った。
話すこともないし、第一関わりが無いので話すわけが無かった。
そんなことを考えていると、担任からお呼びがかかった
彼女の前を通り過ぎるが、目もくれずに本を読んでいた。
それが普通だ…
「真柴、お前ちゃんと友達作ってるか?」
担任の小野にいきなり言われた事がこれだ。
テスト後の面談なのに、成績の話ではなくこれだ。
どこかの脳筋と同じことを言ってきたのだ
「はぁ…特に作る気無いです。」
「うーん…せめてもう少し愛想よくできないか?」
「これが通常モードです。」
「あのな…クラスの奴ここまで何人か面談したけど、大体の人が怖い人にお前を挙げたぞ?」
グサリ。
こいつ…プライバシーって言葉知ってる?
「そうなんですか…別に、僕には柊真がいるからいいです…」
「まあお前がいいならいいんだけど…折角の高校生活なんだし、色々やってみたらどうだ?」
「気が向いたらしますよ。」
職員室を出て、荷物を取りに教室へ向かった。
扉を開けたその先には…
「なっちゃんおそーい!どこ行ってたの?まったく〜ずっと引っ込めてると辛いんだ…よ…」
窓の前から誰かと勘違いして話しかけてきたのは、九尾美春だった。
さらに、驚くのはそこだけではなかった。
「あっ…」
彼女の頭からは犬のような耳が生え、大きな尻尾がフリフリと動いていた。
「あっ……」
秘密。
誰にも知られなくない、秘密。