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付き合って。  作者: 紅葉
4/7

04 こういうことされたいの?

“愛羅……”

“ユージーン……”

“参ったな、君が敵だと知った今でも君の事を愛している”

“ごめんなさい”

“いいんだ。君に本気になったときから負けは決まっていた”

“……”

“俯かないで。愛羅の哀しい顔なんてみたくない”


 きゃーーーー!


 来たよ、来ましたよ、このシーン!!


 唇を噛んで俯いている愛羅の顎をつまんで、上を向かせてのキス~♡

 この強引さが堪らない。

 そして報われない愛が萌える、萌え上がるぅ~!!


 葉桜の季節にまだ若くて柔らかい葉を摘んでいたヒロイン愛羅と、ヒーローであるユージーンの出会い。

 ユージーンは和菓子に惚れ込んで和菓子職人になるべく来日したイギリス国籍の韓国人。愛羅は老舗和菓子店の看板娘。

 店同士のいがみ合い、次々に訪れる障壁に二人の恋は燃え上がるんだけど、ユージーンは実はUK菓子公正取引委員会の諜報部員だったの。そして愛羅もまた菓子テロ工作員として、その世界では有名な存在だった。敵同士と知った後でのこのシーン、涙無しでは観れません!!


 胸の前で固く手を握り締め、スクリーンを凝視していた。


 件のシーンが終わり、後半のアクションシーンに突入する。

 私はまたポップコーンを頬張りつつ、映画を楽しんだ。




 ユージーンの仲間が撃った弾丸に愛羅が倒れる。


 そして、エンドロールが流れた。


「本日は『葉桜と餅』の試写会にお越し下さいましてありがとうございました」


 スクリーンの前に数人の人間が立っている。


 この映画の監督と、原作者の廣田アイキと、ユージーン役の韓国人俳優のヤン。そして愛羅役の新人女優佐渡万里江。


 映画館の中は上映中とはまた違った熱気に包まれていた。

 念願の『葉桜と餅』が映画化されることが決まり、クランクアップして、近所の映画館で舞台挨拶付きの試写会が行われることを知り、チケットを当てようとどれだけハガキを書いたか!!

 ああ、神様。一枚も当たらないなんて残酷です。


 そんな私がどうしてここにいるか。


 それは、今隣にいる廣田さんがどこからかこのチケットを手に入れて誘ってくれたから。もう、感謝、感激、雨あられ。でもタダでチケットをもらうのもなんだか怖いので夕ごはんをごちそうすることで話をつけました。

 廣田さんも快くその提案を受け入れてくれて安堵なのです。


 私は一言一句、廣田アイキ先生のお言葉を聞き漏らさないように集中した。

 はーーあ、楽しかった♡


 舞台挨拶も終わり、照明が明るくなって気が付いた。


「あれ? 私のポップコーン、どうして減ってないんだろう」


 あんなにポリポリ食べていたのに。


「どうしてだろうね」


 廣田さんが苦笑している。


「俺のポップコーンは、映画の中盤で空になったよ、そんなに食べなかったのに」


 クスクス声をたてて笑いはじめると同時に、私は顔を赤くして俯いた。やっちまった~。


「すみません」


 私が食べました。


「左利きなもので、つい左のポップコーン食べちゃうんですよね……」

「左が俺で良かったよね」


 いいえ、全然!!

 左がどなたでも、食糧を奪って良かったなんてことはありません。本当に申し訳ない。

 プルプルと首を横に振ってから頭を下げた。


「本当にすみません」


「楓ちゃん、新歓コンパの時も左にあった俺の酒飲んじゃったもんね」


 はい、そういうこともありましたね。

 どうやらツボに入ったようでクスクス笑いが止まらないようです。


 ザワザワと人の捌けていく物音が遠くなっていく。

 そんなとき、うつむいている私のアゴに男の人のものと分かる指がかかり、人差し指で引っかけるようにして持ち上げられた顔の先には廣田さんの端麗なお顔があった。


「いいんだ。君が右に座ったときからポップコーンの運命は決まっていた」

「……」


 それって、あれのパクりですか?


「俯かないで。楓の哀しい顔なんてみたくない」

「廣田さん……」


 ゆっくりと近付いてくる廣田さんの唇を凝視しながら考えていた。今のセリフはキスの前段階のムードとして著しくそぐわない。

 案の定、途中で堪えきれなくなった廣田さんが吹き出した。


「ごめんなさい。私のポップコーン差し上げますから許して下さい」

「どうしようかな」

「そんなぁ~」


 クスッとひとつ笑うと廣田さんが提案した。


「今から食べたら夕ごはん入らなくなるし、公園の鳩にあげちゃおう」

「でも……」

「楓ちゃんと一緒のごはん楽しみたいから、ね?」


 廣田さんは「行こうか」と、私の分の空のジュースの紙コップと自分の分の紙コップふたつを持って座席を立った。スプリングで座席がはねあがる。

 私もポップコーンの紙コップを手にその後を追った立ち上がった。




 あなたは公園でポップコーンを鳩にあげたことがあるだろうか。

 始めは一羽の鳩にのんびりとポップコーンを投げていた。すると、どこからともなく鳩が飛んでくる。3羽、8羽と増えていき、私の足元は鳩で埋め尽くされた。

 ヤツらは極秘の通信機を持っているに違いない。でなければどうやって遠方の仲間にポップコーンがあることを教えられるのだろうか。

 鳩はおチビさんの私をチョロイ人間だと舐めてかかっているらしい。調子に乗り出した鳩は、私の頭に飛び乗った。


「きゃあ!!」


 羽ばたきの音と急に頭に乗られた重みと、頭に刺さった爪の痛さに悲鳴を上げ、尻もちをついた。

 その拍子に手に持っていたポップコーンのカップは地面に転げ、ポップコーンを散らしながら転がっていく。

 ミッションを達成させた鳩は、頭から飛び降り悠然とポップコーンを追いかけ群れに交じった。

 もうヤツはどれか分からない。


「楓ちゃん大丈夫」


 ポップコーンを手放した私には、鳩でさえ用なしの人間となったらしい。取り残され無様に座りこんだ私に、廣田さんは手を貸して立たせてくれた。

 乱された髪を長い指が梳いていく。

 どうしよう、ドキドキが止まらない。鳩に襲撃されたショックがまだ残っているんだろうか。

 いや、違う。この甘くも切ない、きゅんきゅんした気持ちは……恋。

 私は身分不相応にイケメン様に恋をしてしまったらしい。


「……」


 下ろしていた髪を梳いていた指が、後頭部で止まった。

 皮膚感覚が鋭くなっていて、廣田さんの指の感覚が伝わってくる。

 少し力を込めて引き寄せられたと思ったら、私は腕の中にいた。

 廣田さんの体温に温められたコロンが微かに香る。


「もう、驚かせないで。怪我したかと思って心配した。……どこも痛くない?」


 廣田さんの気遣ってくれる言葉が優しくて、嬉しくて、戸惑った。

 身動ぎして腕から抜け出す。身長差30センチは、膝を曲げればよほど逃がさまいと抱きつかれていなければ、いとも簡単に抜けられる。


「どうして……こんなに優しくしてくれるんですか」


 ちびで地味で、本オタクで、左利きで人の食糧うっかり食べちゃうような女なのに。


「『付き合って』って言ったでしょ? うんって頷いてくれたよね?」


 ……なんと、あれは『本屋巡り』に付き合ってという意味だけではなかったのか。


「でも、あれは……」


「うん。楓ちゃん怖がってるみたいだったから、ずるい言い方した。ごめんね」


「でも……なんで」


 私なんか? 他にも綺麗な人も可愛い人もいっぱいいたのに。


「楓ちゃんが可愛いな、って思ったから。それだけの理由じゃダメ?」


 でも、でも、でも。


「それとも直接的な言葉が欲しかった? 楓ちゃんを愛してる、って」


 身体中の血液が頭に流れ込んでくる錯覚を覚えた。カァっと頭が熱くて、一気に血流がよくなったものだから足元がふらふら、ふわふわする。


「そのまま突っ立ってていいの? NOなら逃げないと。それとも、こういうことされたいの?」


 地面に縫い留められたみたいな私を廣田さんが易々と捕まえる。

 真っ直ぐに向けられた視線から麻酔のようなものでも分泌されているんじゃないだろうか。それともさっきの打ち所が悪かった? いえいえ、お尻しか打ってなかったはず。それなのに、蜘蛛の糸にかかった蝶のように抵抗という言葉を忘れてしまっていた。

 映画館の時のように、ううん、それよりもっと甘い何かを放ちながら、廣田さんの指が私の頤にかかる。

 空を見上げるみたいに上向いた私に、廣田さんの唇が……。


「……楓ちゃん、目、閉じようか」


 クスッと笑った廣田さんが囁く。


「廣田さん、本当に私でいいんですか」


「楓ちゃんが……いい」


「腰を屈まないとキス出来なくても?」


「今後もっと凄い事もするけどね」


 熱い息と共に囁かれた言葉は、さらに私を赤くさせる。

 楓が紅葉とか……。


「……楓ちゃんは?」


 廣田さんはズルイ。でも、言葉にせずに済ませてきた私はもっとズルイ。


「わ、わたしも……廣田さんのことが……すき」


 震える声で、それでも言えた。


 自分のことなのに自信のもてない私を好きって言ってくれる廣田さんが好き。

 優しくて、ちょっとずるくて、実は強引な廣田さんが好き。

 余裕がありそうなフリをしているのに、実は緊張しているのかな。私の返事を待って、縋るような目に変わっているのをいつからか気付いていた。そんなところも好きだと、心にしまっておいた箱から温かい何かが溢れだす。


「ありがとう」


 嬉しそうに笑った廣田さんの唇が私の唇に触れる。壊れモノに触れるような、そんなキス。

 

 なのに私は腰を抜かしてしまった。

 ごちそうするって言っていた夕ごはんは、結局ファーストフードのハンバーガーになってしまった。


 




 



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