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付き合って。  作者: 紅葉
3/7

03 声を聴かせて。

 きた、きた、ついにキターー!


 何がってそりゃ、お誘いのメールですよ。

 連絡するね、と言って去っていったあの日から廣田さんの姿を学内で見ることはなかった。もう忘れているんじゃないかとか、やっぱりからかわれていたんだって思っていたのに、それは突然きた。

 いや、メールが先に予告してくるわけがないんだけど。


 ちなみに『たまにはクラブハウス寄りなよ』と言われたけれど、一度も寄っていません。

 何が楽しくてあんな社交場に足を運ばにゃならんのですか。それなら生協の本コーナーを回りたい。


 廣田アイキの新刊が出ていたので、早速ゲット!

 バイトもしていないのに1500円の出費は痛いけど、懐は寒くても心は幸せ。早速コーヒーを買って読もうとしたときに、『メールだよ』と着信のお知らせが入った。ちなみに電話の着信は『電話が鳴ってるぞ』です。え、誰の声だって? 野暮なことはお聞きでないよ。


 いざお誘いのメールを貰うと尻込みする。

 それなら都合が悪いと返せばいいのにと思うけど、好きで人付き合いが苦手な訳じゃない。できることならたくさんはいなくても『友達』は欲しいし、恋だってしたい。

 だけど、どこまで人との距離を縮めていいのか分からない。

 だから歩み寄れないの。それは本にも載っていない実践しかないのかな。


 だから、『一緒に本屋巡りしたら楽しそう』と言ってくれた廣田さんの気持ちに応えてみよう。


 文面を考え、考え。1時間と30分かけて一通のメールを返した。


『了解です。\(^o^)/』と。


 デートじゃないとはいえ、あんな人と連れだって歩いていたら絶対悪目立ちする。

 どうしよう、何着ていこう。




◇◇◇


 うわーー! うわーー! うわーー!


 この本屋さんすごい!


 何がすごいって、取り扱いの本の冊数がハンパない!!

 えええ、どこから回ろう~!?

 こんなところお巡りさんに見つかったら絶対職質かけられちゃうよ、っていうくらい舞い上がってます。

 何が嬉しいって、この本の森に迷い混んだような本棚に埋もれる感じ。ああ、骨まで埋めたい。


「気に入ったっぽいね」

「はいっ!」


 悪いですけど、廣田さんの顔は見ていません。視線は本棚にロックオン。

 せっかくの『本屋巡り』だからと、少し大きい本屋さんまで連れて来てもらいました。自慢じゃないですけど方向音痴の私。一人じゃ街中までなんか出てこられません! いや、電車乗るだけなんで出てこられますけど、駅ビルから外に出る勇気がないもので。


 10階建てのそのビルは、最上階はオフィスらしいんだけど、1階から9階までが売り場になっているんだそう。ガラスの自動ドアを入るとそこは雑誌と話題の新刊書籍がずらり。2階は漫画とライトノベル。3階は文芸書と新書。4階は児童書と実用書。5階は文庫で6階から上は参考書、専門書のフロアだそうです。

 

 まずは新刊コーナーをぐるぐるぐる。気になる本を手に取り、パラパラしてまた戻す。


「わー♡ もうこれの続刊出てるんだ~」


 雑貨コーナーのノートもシャープペンシルも可愛い~♪


「あ~、可愛い♪」


 うおおお! 今流行りのコーヒーチェーンまで入っているじゃありませんか!


「え~!? ここで読みながらお茶出来るの? すごい!」


 ここは後で来よう、そうしよう。


 雑誌もたくさん。近所の本屋なら配本が少なくて手に入らない保育雑誌も山積みになっている。


「あ! MOI最新号!! ちょっとこれ買ってきます!」


 大好きな『グレとグロ』の特集なんだよ、今回は。

 こういう大型書店は各階で精算がセオリーだよね。


「廣田さん、次2階行きましょう!」


 意気揚々とエスカレーターに乗ると、鏡面仕上げになっている横壁に笑みを浮かべている廣田さんが映っていた。


「……何か?」

「いやいや。楓ちゃん楽しそうだなあって」

「そりゃ、楽しいですよ。あ! 廣田さんも見たいところがあったら行ってくださいね」

「うん。分かった」


 2階は漫画とライトノベル。

 あ~、でもどうしよう。ちょっと恥ずかしいな。廣田さんと一緒だったら背表紙がピンクのところにはチェックに行けないんだもん。


「廣田さん、ここは別行動しませんか」

「どうして?」

「どうしてって……どうしても、です」

「ふうん、まあ良いけど」


 姿勢のいい大きな背中が青年コミックの売り場に向かっていくのを確認してから私も少女漫画の売り場へと向かった。可愛い系、ちょっとおませな恋愛系、大人向けのレディースコミック、大判コミックにコミック文庫。

 ああ、やっぱり本屋さんはいいなぁ。

 バイトするなら本屋さんでしたいなあ。


 新刊コミックで揃えて買っている漫画の新刊を見つけた。そして次はティーンズノベルの売り場へいざゆかん。


 白い表紙の文庫から、恋愛色の強いピンクの背表紙へ順に足を向ける。

 『愛玩ドールと身勝手伯爵』かぁ。最近この手の小説増えてきたなぁ。ちょっと中は気になる。でも可愛い女の子の官能的な表紙にレジカウンターまで持っていく勇気がない。

 こういうのはMAMAZONで買わなきゃね、でも実家暮しの身には、これを母が受け取るかと思うと……。


 キョロキョロと辺りを見回し、誰もいないのを確認するとパラパラっと本を開いた。童顔の可愛い女の子がフリフリドレスのすそを乱して金髪(推定)の男性と絡んでいるイラストが目に飛び込んできて、慌てて本を閉じた。

 はぁーー、危険よ、危険。

 こんなところ廣田さんに見られたら痴女扱いされちゃうところだよ。


 ドキドキ弾む胸を押さえつつ、そっと棚に差した。


 さあ、次はレッドゾーンよ、楓!


 ここだけ空気が違う気がする一角に踏み込む。どぎついピンクの洪水に迎えられる。

 ドキドキしながら男性同士の絡む表紙を視線で撫でるようにして通過した。


 ああ、楽しい♪


 …………やっぱり『愛玩ドール』買っちゃおうかな。

 こうやって女の子って耳年増になっていくのね。


「楓ちゃん、ここにいたの」


 ドキーーン!!

 あわわわわっ!


 せめてハー○クインの前に居たかったぁ!

 まだ大人ロマンスの方が、傷は浅い。ロマンスの神様ぁ!!


「どうしたの、そんなに真っ赤になって」

「いや、あの、その……ここは通りかかっただけで、その」


 廣田さんは売り場を見回して少し恥ずかしそうに困惑した笑顔を見せた。そりゃ、そうだろと思う。

 ほら、後ろの棚の陰に恨めしそうにみている女性がいますから、さっさと退散しましょう。ここは男性のくる場所じゃないです。禁断の園なんです!!


 廣田さんの背中を押してその場から退散すると、3階行きの上りエスカレーターに乗った。


 ……ああ、愛玩ドール。



 文芸書、新書のフロアに入るとまた、廣田さんはぴったりとくっついて店内を回る。


 廣田さんはどんな本が好きなんだろう。

 じっと観察していると、まずはミステリーものを手に取った。そうかと思うと青春ラブストーリー、家族人情もの、歴史ものとジャンルに関係なく手に取る。そしてパラパラとページを捲っては平台に戻す。

 

「これ、今度映画になるんだってね」


 口元を緩めながら文芸書をぱらぱらと捲る様子は好ましい。読書が趣味だと言うのは本当らしい。

 

 ふと目に入った一冊の文芸書を手に取って廣田さんの前に掲げた。


「私、この作者さん好きなんですよ。この人だけは作者読みしていて」


 えへへと照れながら暴露する。


「この前も話しましたけど、この人の『葉桜と餅』は本当に感動して。どうして映画化されないのかなって思うくらい」

「へえ」

「良かったら貸しましょうか?」


 好きな話を共有したいと思って言うと、廣田さんは変な顔をした。


 あっ……。


「新刊屋さんで言う言葉じゃなかったですね、ごめんなさい」

「ははっ。そんなに気にしなくても、多分店員さんには聞こえてないよ。お勧めしてくれてありがとう。だけどその本、実はウチにもあるんだ。ウチっていうか実家だけど」

「そうだったんですか!」


 なんか嬉しい!!

 同じ本が好きってなんか嬉しい。


「だったら語り合いましょう!! 下のカフェでコーヒータイムしましょう♪」

「そうだね、でも先に5階の文庫本先に見ていい?」


 廣田さんが天井を指さす。蛍光灯が頭の後ろでちょうど陰になっていてまるで後光の射したお釈迦さまのよう。


「もちろんです」




◇◇◇


「でね、主人公が愛羅に顎クイするシーンでなんだかキューンときちゃったんです♡」


 文庫だけでなく児童書も見て回った後、私達は1階のコーヒーショップにいた。

 私はラテを、廣田さんは『本日のコーヒー』だ。どちらもトールサイズでショップのロゴの入ったマグカップに注がれている。


 さきほどから私は、『葉桜と餅』の名場面シーンをひとりで喋っていた。

 廣田さんはそんな様子を楽しげにしながら相槌を打っているばかりだ。


「なんか、すみません。私ばかり喋っちゃって」


 世の中にはハンドルを握ると人が変わるドライバーがいるという。おそらく私は、本を手にすると人が変わる人種である。


「そんなことないよ。楓ちゃんの声、もっと聴きたいな」


 んぐっ!


 ゲホッ、ゲホッ!!


 そ、そんな甘いセリフ乙女ゲームの中でしか聞けないと思ってました。

 しかもかなり際どいセリフですよね、これ天然なのかしら。天然のたらし?


 あー、ラテが変なところに入った。


「あ、いえ。私の声なんて……」


 子どもっぽくて好きじゃないんです。


「そんなことないよ。女の子らしい可愛い声だね、癒される」


 な、なにをおっしゃるのですか!!

 し、周囲の視線が気になる! 『ここにリアル乙ゲー攻略対象がいるぜ』、『なんだ相手はあんな地味子かよ』、『彼女かな』、『彼女のわけないじゃない、不釣り合いよ』な声が聞こえる!!

 ええ、彼女じゃありませんとも!

 ただの本友です! ホントモですからぁ~!!


 わ、話題を変えなくちゃ!!


「廣田さんは、廣田アイキのどの著書が好きなんですか」


 強引に話を変えたにも関わらず、廣田さんは嫌な顔もせず、うーんと腕組みして考えている。


「そうだなぁ、デビュー作の『遺跡の町で骨まで愛して』かな。でも俺、あんまりアイキの本読んでないんだよね」


 なんて気安い!!

 アイキ先生、もしくは尊敬の念を込めて廣田アイキとフルネームで呼ぶものではないの!?


 ちょいちょいと手招きされて耳を寄せる。

 耳たぶにかかる息がくすぐったいと思ったのは、衝撃の告白を聞くまでの僅かな時間だけだった。


「実は廣田アイキ、俺の兄貴なんだ。でもアイキの事そんなに好きなら、楓ちゃんには会わせなくないな」

 

 正面から見据えられる視線が外せない。

 そして相変わらず距離が近いですよ、廣田さん。


「これを嫉妬と呼ぶのかな、なんて」


 おどけたように、にっこり笑う。

 先ほどからのショックで脳がオーバーヒートしてるので正常な処理ができません。ビジー状態でこざいます。


「次の本屋行く? 本屋巡りっていうくらいだから何軒か回りたいんでしょ?」


 おすすめの本屋があるんだ、といって連れて行かれたのは、一見カフェのような佇まいの本屋さん。

 入ってみれば本棚も平台も低く、木を基調とした内装と什器、そしてそんな落ち着いた色の中に、たくさんの絵本が並んでいた。


「ここで取り扱っている絵本は、オーナーが厳選したものばかりなんだ。これからゼミや実習で絵本と付き合うことも多くなると思うから、悩んだら相談してみるといいよ」


 そういって店内の小さな子ども用の椅子にちょこんと座ってお母さんに読み聞かせしてもらっている幼児を見つめる廣田さんの目はとても優しくて、やっぱりドキドキしちゃったんだ。

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