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付き合って。  作者: 紅葉
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02 触っていい?

 数少ない友達に件のイベントサークルに引きずり込まれた私は、その後大学生活を平和に謳歌していた。

 そのうちのひとつがこの授業。永渕教授の『児童文学論』。絵本作家で児童文学も書いている永渕教授の講義は理論だけではない。

 子どもの心理、発達段階、色彩感覚そういったものを基礎に児童文学や絵本が書かれていることを知り、目からウロコが剥がれた思いだ。そして、最終的には自分で絵本を書くことが、この講義の最終課題なのらしい。

 それってちょっとわくわくする。

 

 永渕教授著作の児童文学論の書籍と絵本を最初にテキストとして買わされたけれど、一晩で読んでしまった。


 ああ! この絵本のつるつるとして、堅い紙が堪らない。


 感慨に耽りながらも、ホワイトボードをあまりお使いにならない永渕教授の講義をせっせとノートに書き留めていると、横からメモ用紙が回ってきた。


 誰だ、講義中に不埒な事をしているひとは。


 顔を向けるとそこには廣田さんがいた。

 な、な、な、なんでここに!?


 廣田さんが目を細めてにっこり笑う。


 ああ、そうか。このメモを私の右隣のカワイコちゃんに回せばいいんですね! 合点承知の丞!!


 親指を立てて合図を送ると、メモを隣に滑らせた。


 すると、廣田さんの腕が私の前を通過して、メモを奪われた。慌てて何かを書き込む廣田さん。


 そして目の前に音もなく置かれた二つ折りのメモ用紙の表には、先程まではなかった『楓ちゃんへ』という文字が追加されていた。

 それで初めて気付いたのだ。これは私宛のミニレターだったのだと。

 言っちゃなんだが、高校時代、授業中に回ってくるミニレターをいつも羨ましく思っていた。私の机を通過していくことはあっても終着駅ではあり得なかった。回すときに先生に見つからないかドキドキしたものだ。

 自分が書いたものでもなく、私宛でもないのに見付かって没収されたら責任重大のうえ、叱られたら割りに合わないからだ。これまでそのミッションを数多くこなしてきたものだが……!

 それが! それが!!

 苦節19年、ついに私宛のミニレターを手にしましたぞ!

 かくなるうえは迅速かつ秘密裏に返信しなくては!


 教授の目から隠れるように膝の上で開いたメモ用紙には、数字とアルファベットの羅列しか書いていなかった。

 何これ、暗号?











 いやいやいや!!

 これはあれだよ、携帯電話の番号とメールアドレスというやつですよ。予想外過ぎて咄嗟に脳がフリーズしたけど、そのくらい知ってるわ!!


『本屋巡りする約束してたのに、連絡先交換してなかったから』


 こちらに寄せられた一枚のルーズリーフに、男の人としては読みやすい分類の字で書かれている。

 それにざっと目を通し、廣田さんの顔をみる。彼はにっこりと微笑んでいた。


 これはアレか、交換というからには私の携帯番号も教えなくちゃいけないのか。

 いけないんだろうな、多分。ど、どうしよう。

 と、とりあえず……!!


『授業中ですので、すみません』


 廣田さんの字の下に小さく返事を書いた。廣田さんがそれを読む。


 ああ、でも、それだけって愛想がなかっただろうか。一秒後には後悔が押し寄せる。


『画面見ないとアドレス書けないので……後でも良いですか』


 言い訳をさらに書き連ねて様子を伺い見ると、彼は先ほどから変わらず柔らかく微笑んで小さく頷いた。





◇◇◇


「廣田さんは、児童文学論の講義取ってたんですか」


 講義が終わった後、スマホを操作する。


「あ、あれ? どうやったら自分の番号出るんだっけ」

「ア○ドロイド? ア○フォン?」

「え、ア○ドロイドだと思います」


 誰もいないんだから、ぴったり横に座っている必要もないのに、廣田さんは講義の間と同じように隣に座っている。

 あんまり近くにいられると緊張して指が震えるから離れてくれないかなぁ。


「んじゃ、設定の辺りにない?」


 覗きこむように身体が……近い、近い!!

 この人、誰にでもこんなに近いんだろうか。この人のパーソナルエリア狭いんじゃないのかな。


「触っていい?」


 どきゅーーーーん!


 なななななな、な!!


 お触りOKかどうかって事ですか?もちろんダメです、ダメです! ダメです!


「え、いや、それはちょっと……」


「そう? んじゃ、この辺開けてみて」


 と指さされたのは、スマホの画面。メニューを開くアイコン。

 勘違いも甚だしい!!

 恥ずかしい~~!!

 穴掘ってきていいですか、今すぐ!!

 地球の裏側まで逃げたい気分です。そりゃそうよね、こんなところで性的な意味のお触りなんかあるわけない、あるわけないよ!

 あああ! どんだけむっつりなんだ、私!!


「はい……」


 心の中は大嵐なのに、悲しきかなそれを素直に言葉には出来ない自分が恨めしい。大学デビューで生まれ変わるなんて、そうそう出来るもんじゃないし。言われるままにサクサクと操作し、自分の番号とメルアドの画面を開いた。


「この講義はね、去年単位取ったから取ってないんだよ。それより楓ちゃんもこの講義を取ってるってことは児童教育学科なの?」


 それってつまり、このメモを渡す為だけに教室に紛れ込んでいたっていうこと?


「はい、まあ」


 そのとおりです。いつまでも内緒に出来るものでもないし、内緒にするものでもないので、素直に頷いた。


「俺のこの時間は上の大教室なんだけど、今日は突然の休講だったんだ。掲示板でそれ知って一旦帰ろうと思ったんだけど、楓ちゃん見かけて追いかけて来ちゃった」


 来ちゃったって……!!

 

「楓ちゃん、この後は?」


「あ……5号館で児童福祉論です」


 廣田さんは自分のスマホに私の番号その他を登録し終えたらしく、私のスマホが帰ってきた。


「そっか。んじゃ、また連絡するから。たまにはクラブハウス寄りなよ?」


 廣田さんは机に置いていた鞄を肩にかけると颯爽と教室を後にした。

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