目覚めて、少しの苦闘
──目を開くと、そこには青空が広がっていた。
──左手を動かすと、心地よい草の感触と香り。
──足を踏みしめると、ざらざらとした土の感触。
「──無事、転送完了……か」
取りあえずは一安心だな。ちゃんと五体満足だし、眼も鼻も口も耳も髪も指も全部揃ってる。これでどっか身体が無くなってたら発狂するところだ。神様ありがとう。
心の中で感謝すると、寝転がってる俺は右隣に目をやる。
「すぅ……すぅ…………すぅ……」
そこには、安らかな笑顔で寝息を立てる魔王様が。どうやらこの魔法、転送先で少しの間気絶するらしい。もし気絶中に拐われたりしたらどうするのだろうか。魔法も案外無責任だこと。
でも──流石にずっと手を握られてるとこっちも動きづらいんだよな。
恋愛は程々がよいという言葉を聞いたことがある。要するに、行きすぎた恋愛はいけない。
人間と言うものは、互いに恋愛感情を持ち合う異性と触れ合うと、更に近付きたくなるものだという。
──ちょっと手を繋いでみたい。
──もうちょっと深く手を繋ぎたい。
──抱き締め合いたい。
──服なんて邪魔な物脱ぎ捨てて、もっと抱き締めたい。
──そして遂には一線を越え、産む準備も出来ていないのに、子供を孕む、孕ませてしまう。
そういった観点から、恋愛は来るときが来るまで行きすぎない──そういう考えだ。
よってこのフィアナの左手はいつか俺の性欲を大・大・大・大・大爆発させてしまうかもしれない。
俺だって性欲に身を任すのは畜生の所業だと思っている。だから、離して貰わなければ。
心の中で色々と呟き、俺は右手を軽く引いた──
ぎちっ。
──が、物凄い力で手を握られ、俺の手はフィアナの左手から離れない。いくらグイグイ引っ張っても外れない。
ならば、と思い今度はフィアナの指に手をかける。指を1本1本伸ばせば幾らなんでも外れるだろ。
そう確信した俺は、フィアナの指に引っ掻けた自分の指を思いっきり引っ張った──が、
う、動かんっ!!
フィアナの指はまるで溶接したかのように微動だにしない。俺がどんなに力を込めようとも、その指はコンマ1mmも動かない。
指……っ!! 動け……っ!! 指……なぜ動かんっ!?
この子どんだけ俺と手を繋いでいたいの!?
「んー? 何をやっておるソウマ……」
あ、眠り姫のお目覚めだ。
フィアナは半開きの眼で辺りを見回し、自分達が無事転送完了した事を確認する。
──そこには必死になって自分の手を剥がそうとする俺がいるわけで。
「いや……その、な? お前がいつまで経っても手を離してくれないから、自分で剥がそうとしてただけだ……本当だぞ!?」
「あー、そうだったか。すまんな、いらん迷惑をかけてしまった」
そう言ってフィアナは俺の手を離してくれた。おお、愛しき我が右手よ!
「おお、そう言えば大事な事を忘れていた。ソウマ、ちょっと顔を貸せ」
「ん? なんだよ急に……」
フィアナが手招きしてそう言うので、俺は言う通りに顔を寄せる。
と、フィアナは更に自分の顔を俺に近付ける。あの……ちょっと近すぎやしないですかね…………? もうこれ鼻と鼻がくっついちゃいますよ? いったい何が始まるんです?
「肉体強化だ」
「えっ……肉体…………強化?」
俺が聞き返すと、フィアナは無言で頷いた。
「我の付き人をしてもらうのだから、貧弱では困る。そもそもお前の力は平凡過ぎるしな」
「貧弱で悪かったな平凡で悪かったな」
今のフィアナの台詞には腹が立ったが、俺の身体能力が平凡過ぎるのは事実だ。
100m走は13秒53、握力は左40kg右60kg 、垂直跳びは230cm、その他エトセトラに及ぶまで平凡過ぎる。
──俺って運動で取り柄ねぇじゃん(泣)
よってフィアナにはこれ以上反抗は出来ない訳で。
「というわけで、今からお前の肉体強化を行う──」
「えっ────?」
──俺は一瞬、何が起きたか分からなかった。
──だが、少しずつ……はっきりと状況が飲み込めた。
──俺の後頭部に回されたフィアナの両手。目の前に広がるのは、目を閉じているフィアナの顔。
──これらが意味する事とは。
──フィアナが俺にキスをしていた。