魔王様とご対面 そして、旅の決意
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眼を覚ますと、目の前には見知らぬ天井が広がっていた。
辺りを見回すと、空のベッドが複数個と、部屋の真ん中に置かれた机の上に広がる医療器具。どうやら医務室的な場所らしい。それにしてはやたら壁や天井の色がダークテイストだが。
いや、そうじゃねぇ。
「………………なんで俺……生きてんだ……?」
俺は即急に最後の記憶を思い出す。
上空に放り出され、落ちて、落ちて、落ちて、ファンタジー世界なのにビックリして、更に落ちて、落ちて、城の屋根に激突。
明らかにあの時の俺の落下速度は100km/phを越えていた。その状態で煉瓦製の屋根に激突すれば、全身強打、内蔵破裂、全身複雑骨折、脳挫傷エトセトラで確実に死ぬはず。
それなのに、今ベッドに横になっている俺は至って健康、無傷。
強いて言うならば手足に少し痺れが残るが、それも正座を長時間行ったとき程度の物。耐えられない訳がない。
四肢も指も、耳も鼻も眼も口も、五体満足だった。
──いったい、何が起こったって言うんだ?
幾らなんでも、「その時不思議な事が起こった」では済まさせる気はない。
仮に俺が落ちた城の方々が助けてくれていたとしても、ここまでの完璧治癒はおかしすぎる。落下の衝撃で皮膚はズタボロ、骨はボキボキ、内臓グチャグチャになっていてもおかしくないのに、それが全く見られない。
いずれも数時間で治癒するような怪我ではない。早くても1ヶ月やそこらはかかるだろう。それを数時間(多分)で治すって俺どんな超回復だよ。
──いや、もしかすると魔法かもしれない。
さっき落ちてる時にみたあの景色。
もしここがファンタジー世界ならば、当然魔法の類いも存在するはず。そしてその中には当然病気や怪我を治す治癒系の魔法もあるはず。
確かハ○ーポッ○ーでは無くなった骨を生やすのに一晩で済んでいたから、骨自体をくっ付けるのはもっと早く済むだろう。内臓と皮膚もその手の魔法を使えば完治可能だろうし。
────異世界すげーよ。
恐らく瀕死状態になった俺をここまで回復させてくれるなんて、魔法のちからってすげーっ!!
そうなるとここは他にも様々な魔法があるって事だよな? ヒ○ドとかベ○マとかメ○フレアとかザ○とかザ○キとかザ○キー○とか使える訳ですか!?
──オタクでよかったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!
オタクじゃなかったらこんなに嬉しい事はないよ、うん!! 俺に魔法が使えるかは分からないが、魔法が存在するだけで超嬉しーーーっ!!
と、一人で狂喜乱舞していたのも束の間、不意に目眩が襲ってきて俺はベッドに倒れ込む。流石に血は復活できなかったか。要するにこの症状は貧血。
きっと屋根に激突した際に幾らか出血したのだろう。それで、傷は魔法で治ったが、血だけは体内で再生産しないといけない。
そんな血が足りてない状況で狂喜乱舞して血圧上がれば流石に目眩もするわな。
──という訳で寝よう。
そう思い寝返りを打つと、俺は目蓋を閉じ深い眠りの底に────
「やっと起きたか、人間」
────落ちれ無かった。
俺の眠りを妨げた声のする方向を見ると、一人の少女がこちらに歩いてきていた。
ゴスロリ調の服に身を包んだ彼女は、優雅で、かつ隙を感じさせない足取りでこちらに歩み寄ってくる。
「誰だ……お前?」
「私か? 私は魔王だ」
────え、今、何て言った?
今この娘魔王って言わなかった? 言ったよな? 言いましたよね? こんなにかわいい娘が極悪非道な魔王な訳がないよね?
取り合えずもっかい聞いてみよう。
「ごめん、もう一度言ってくれるか?」
「ん? だから私は魔王だ」
あ、どうやら本当みたいですねーこれ。よく見たら頭に悪魔っぽい角生えてるし。
「で、自己紹介の途中だから続けるが、私は『悪魔の巣窟』第18752代目魔王、『フィアナルーク・アスティエンス』。これからよろしくな────付き人」
「つ……………………付き人…………?」
え、マジそれ意味わかんないんですけど。付き人ってあれですか? 江戸幕府とかの将軍とかに就いてた側用人みたいな感じですか? そんなんだったら俺そんなの勤まらないっすよ? 俺、どこにでもいるただのオタクですよ? 18歳ですよ?
とても魔王様の付き人なんて果たせません。
だがそんな俺の思考とは裏腹に、少女改めフィアナルークは俺に更に近付くと、ベッドに横たわる俺を抱き起こした。
──で。
むぎゅ。
その露出度も高くかつ豊満な胸に抱き寄せられた。
「───────────────っっ!?」
「そうそう、お前────名は何という?」
「ぐごご………………き……霧風……ソウマ…………」
大きさに比例して半端ない弾力と柔らかさをもつフィアナルークのそれを強引に押し退け、俺は必至に返事する。
いや、この状況俺にとっては至福の一時ですよ?
年頃の女の子の豊満な胸に顔を埋めるという、俺の叶うはずが無かった夢────それを叶えられたのだからっ!!
でも、相手のおっぱいが大きすぎて窒息しそうです。
アメリカか何処かに胸で木製バットを叩き折る女性がいたが、多分それと同じくらい殺傷能力あるってこれ。
「ん? ああ、苦しかったか。すまんな」
「いえ、寧ろもっと胸に埋めさせてください」
「あっはっは、そうかそうか」
ギュウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ。
「ぃたい痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ!! ギブギブ!!」
あまりの痛みにフィアナルークの腕をぺちぺち叩くと、彼女も理解してくれたのか俺を束縛から解放する。
あー痛い。締め付けられ過ぎてどっかの猿の妖怪みたいに頭がヒョウタンになるところだった。
────ていうかそれよりも。
「あのさ、俺を付き人にするっつったよな? その理由とその他諸々教えてくんね?」
「いいぞ。ではこの世界の説明とかもしてやるから、ちょっと人を呼ぶぞ」
「人?」
その言葉に首を傾げる俺を無視しながら、フィアナルークは腕に付けた機械を起動させる。マイクとスピーカーのような物が見えることから、恐らく通信機の類いだろう。
「あー、あー。サンジェルマン、サンジェルマンは居るか?」
『はい、魔王様。いかがされましたか?』
フィアナルークの声に対して通信機から返って来るのは、初老と思われる男性の声。物腰からして執事かその辺りか?
「私が呼び出した付き人にこの世界の事を説明したい。ちょっと来てくれ」
『かしこまりました。少々お待ちを』
通話の相手がそこまで言うと、ブツン、と通信が切れた。
「さて、上から来るぞ。気を付けろ」
「う、上…………?」
そう言われて天井を眺めるも、特に何も起きない。
10秒経った。
──何も起きない。
20秒経った。
──相変わらず。
30秒経った。
何も起きな──
「呼ばれて湧き出てズモモモモ──でございます」
「どわっ!?」
「あ、すまん。下からだった」
──突然、足元から男性が湧き出てきた。いや、本当に湧き出たとしか言えないんだよ。
床が突然泡立つような変化を起こしたかと思ったら、その中心からゆっくりと。これを湧き出ると言わずに何とする!
「魔王様、こちらが……?」
「うむ。ソウマ・キリカゼという名だ」
あ、こっちではそういう名前表記になるんですね。外国と同じか。
と、床から湧き出たおっさんがこちらを向いた。
「驚かせて申し訳ありません。私は魔王様の執事をしております、『サンジェルマン・アール』と申します」
「よし、サンジェルマン。ソウマにこの世界の基礎知識を教えてやれ」
「御意」
フィアナルークに頷くと、湧き出たおっさん改めサンジェルマンは俺の質問にも答えつつ、この世界について話始めた。
──この世界、「ヴァルシュエル」は巨大な大陸と数多くの島々からなる。
──そしてこの世界には26の種族が存在し、相互協力しながら平和に暮らしている。
──そのうちの悪魔系の7種族「悪魔系統」は大陸の1/5を保有し、その地域を「悪魔の巣窟」と呼んで自分達の国としている。
──パンデモニウムには全てのデビリーシャンの頂点に立つ「魔王」と呼ばれる存在がいる(俺の想像とは違い、単に国の統治や政治を行うだけなので、悪役という訳ではない)。
──言語は全種族共通で、「ニージャパーズ語」(元の世界の日本語に相当するが、少なからず英語も含まれる)を使用する。
──通貨単位は「エル」。1エル=1円に相当する。
──元の世界で言うファンタジー要素はこの世界にほとんど含まれている。
──生態系は元の世界と同じ。それらの名前も全てそのままだが、生物はそれらを代表する物しかいない(カエルならアマガエルやヒキガエルなど)。
──魔法を利用した通信機器としてスマホ(元の世界と同義語)が存在する。ただし昨日は通話とメールの送受信に限定される。
──世界観は中世ヨーロッパのそれだが、武器製造技術や魔法に関する技術は21世紀のそれらを遥かに越える(21世紀には魔法はそもそもないが)。
と、この他様々な事を教えて貰った。
──もう、ほんとファンタジーですねこの世界。
「では私はこれにて」
フィアナルークに一礼すると、サンジェルマンはさっきと逆の手順で床に沈んでいった。あいつの部屋は下にあるのか?
「では、私がお前を呼んだ理由だが──」
そう言って話始めたのはいいが、無駄話が多かったので一部割愛すると、
──自分はかれこれ600年くらい魔王をやっていて国民の支持も高かった。
──だが、ずっと国内しか回ったことが無かったので世界を回ってみたくなった。
──しかし魔王一人で旅をさせるのは危険と言われ、付き人を用意することになった。
──どうせなら自分の好みの男がいいと思い、異世界からその条件に加え「自分を好く男」を召喚魔法で呼び出した。
──呼び出して数十分。俺が王の間の天井を突き破って落ちてきた。
──との事だった。
「という訳で我の旅の付き人、宜しく頼むぞ!」
「どうしてそうなる」
笑顔のフィアナルークに、俺は真っ向から反対する。
考えてもみてくれ。いきなり他人の家に呼び出され、いきなり「一人で旅に行くのは怖いからついてきて」と言われてホイホイ付いていくか?
つまりはそういうこと。
──だが、逆に付いていきたい自分がいる。
だってさ、だってさ…………。
──可愛いじゃねぇかっっっ!!!!
きりりと先を見据える金色の瞳、風が吹けば靡くであろう金のロングヘアー。身体は俺と同世代に見えるが、同世代では到底太刀打ち出来ない大人らしさと妖絶さを放ち、見つめるだけで吸い込まれそうな豊満な胸。
──完全に俺の好みですっっっ!!!!
確かに俺は付いていきたい。
だが、それは俺の雑念として良しとしない俺が邪魔をする。
ああ、俺はどうすればいいのか……。
「ふーむ、迷うのか……。ならばこれはどうか?」
そんな俺を見かねたのか、フィアナルークはこの状況を打ち破る究極の一手をその口で紡ぐ。
「無事に旅を終えたら────ソウマ、お前を我の夫として迎えよう」
「よし! 俺はお前に付いていくぞフィアナルークッ!!」
俺の中の雑念が、俺の良心を消し飛ばす。
ここまで言われて了承しない男など、男ではない!!
それを即決した俺はつまり、男中の男っ!! マン・オブ・マンなのだっ!!
「おお! やっとその気になってくれたか! では、早速支度だ!」
フィアナルークが手を軽く叩くと、部屋に大勢のメイドが突入してくる。
ほ、本物の働くメイド…………!! 生きてる間に見られるとは……!!
「お前たち、我とソウマの旅の支度を大至急行え! いいか、我は3分間しか待たんぞ──よいか!!」
「「「「はい、魔王様っ!!!!」」」」
フィアナルークが号令を挙げるや否や、メイドの群れは一瞬で部屋から消え去った。
な、何というカリスマ性……。そこに痺れる憧れるぅっ!
と、フィアナルークは俺に再び歩み寄った。
「ソウマ……フィアナルークは長ったらしいから『フィアナ』と呼べ。よいな?」
俺に面と向かってそう告げた顔は──頬を朱に染めていた。
「──わかったよ。フィアナ、これからよろしくな」
「うむ、こちらこそ宜しく頼むぞ!!」
──こうして、普通のオタクの高校生だった俺は、美少女の魔王と二人で旅をすることとなった。
──この先、一体何が待ち受けるかは分からない。
──なら、俺は魔王の付き人として、魔王を守ってやる。
──それが、俺の確固たる信念その物だった。