ギルド
サムライジャパンがんばれ!
――早朝の森の中。カイトは木の幹を避けながら飛んでいた。雨粒が容赦なく顔面を叩きつける。が、ゴーグルをつけているため視界に問題はない。
(おっ、いたいた)
前方30メートルの場所にうさぎを発見する。さっと腰につけた網に左手をのばし、右手だけで傘を掴んで体を支え、そのまま飛行する。
うさぎまであと10メートル。
飛んでいる速度はそんなに速くないのだが、さらに勢いを増した雨粒がカイトの進行方向を阻む。
あと5メートル。
(よし、まだ気付いてない)
すっと網を構える。
ザンッ
「キぃぃぃぃ!」
左手の網が一瞬で獲物を捕らえた。
蜘蛛の巣に絡まった蝶のように、うさぎは網の中でもがいていたが、やがてぐったりと固まった。恐らくショック死したのだろう。カイトは死体を腰に着けた袋に入れる。
辺りを警戒しながらそのまま飛んでいると、西の方角に黒い影が見えた。
人だ。おそらく狩猟中。この国の食料生産は狩猟が大きな割合を占めている。農業もあるにはあるらしいが生産量はさほどでもない。銃ギルドが人気を博している理由の最も大きなところは狩猟だろう。銃を使えるようになると獲物を仕留める範囲が格段に広がる。さらに、網を利用する方法に比べて獲物に気付かれにくいため成功率も飛躍的に上がる。
今のカイトは飛んでいる人を見ても冷静でいられるようになった。初めて目にした時は衝撃だったスカイウォークも、練習のかいあって今やパイクよりも使いこなせている。
傘の先と柄にスカイウォークトンクをセットすれば、空飛ぶ傘が完成する。この飛行原理は未だに解明されていない。また、トンクとは何なのか。これも同じく解明されていない。それらは、この王国に住む皆にとって当たり前のことに属する。カイトは理解できているのは、傘に接続させてその形を変形させる。それだけだ。
傘先のトンクは自転車のハンドルのようなT字形になっているので、ハンドルを持って傘の上に体ごと乗っかる要領だ。
柄の部分のトンクから直接推力が発生するので、体を起こすタイミングに慣れないと自然と市中ひきずりまわしの刑を受けることになる。
タイミングのコツさえつかめば、あとは傘に捕まりながらバランス感覚を鍛えるだけでスカイウォークをマスターする事ができる。何のことはない、自転車の訓練と一緒のようなものだ。
そんな簡単なことに衝撃を受けていたあの時のカイトに対して、パイクは親切にも一からスカイウォークについて教えてくれた。加えて、その時に別のことも教えて貰ったのだが、これもまたカイトにとって衝撃だった。
「――傘が武器になる?」
「ああ、そうだ」
「傘が……。いや、空飛ぶぐらいだからそれぐらいできて当然か」
「なんでお前さんこんなことすら知らないんだろうな。本当に思い出せないだけか?」
パイクからしたら、子どもに教えるのとなんら変わりはない。いや、下手をしたら子どもの方がカイトよりうまく傘を操れるだろう。
「まぁ、悪いけどホントに傘については何も浮かばないんだ」
「脈とか瞳孔とか俺らが知らないことは知ってるくせに?」
「そうなんだよなぁ」
広場に二人の笑い声が響く。
「まぁ、仕方ないか」
パイクは、すっと傘を両手で持ち腰の前で構えた。
「これが俺の使っている武器だ。よく見とけよ」
カシャンと音がしたのと同時に、腰に構えていた傘が一気に伸びた。
「おおお!」
今日何度目かの衝撃にも関わらずカイトの口から声が漏れる。パイクは伸びた傘を片手に持ちかえ、大きく振りかぶった。やぁ、という掛け声と同時にパイクの放った傘は15メートルほど先の木に突きささった。すごい。
「投げ槍だ……」
カイトは声を絞りだす。
「そう、槍は槍でも投げる槍だ。狩猟にも使えるぞ」
木の幹から槍を抜いてパイクが戻ってきた。
「見せてもらっていい?」
「ああ、ほら」
手渡されたパイクの槍は、柄にトンクがセットされている。傘のコウモリ部分がきれいに槍先を形作っており、その先端は鋭利な刃物にしか見えない。
「すごいな」
「まぁ、いろいろと武器は種類があるから、すごいかは分からないがこれが武器としての傘の一例だと思ってくれ」
傘が武器になることについて、何となく理解ができてきた。それと同時に、カイトの中からある欲求がむくむくと頭を伸ばしてくる。
「武器には他にどんな種類があるんだ?」
「んー、そうだなぁ。詳しくは知らないが剣や斧、弓とかが一般的だな」
「……銃は?」
そう言葉を発した瞬間。どくん、とカイトの心臓が高鳴った。
「ああ、銃もあるぞ」
(……なんだ、今の感覚は?)
「でも確か銃は上級武器だからギルドに入らなければいけないんじゃなかったかな――」
(――思えばあれがきっかけだったな)
カイトは今、上級武器ギルドの1つ【銃ギルド】に所属するためこの特訓を続けている。パイクによると、上級武器ギルドに入るたの試験は年に一回しかない。そして、今年の試験日は一週間後に迫っている。
なぜかあの時、銃と聞いてカイトの心臓が高鳴った。その理由は未だに分からない。傘に銃という組み合わせに惹かれた、なんて単純なものではなかった。ただ、今の記憶喪失という状況を打破するなんらかの助けにはなるのではないか。そう思い、カイトは審査を受けることに決めたのだった。
バシュッ
「キぃぃぃ!」
気がつけば本日5匹目。袋の重量が限界に近づいているため、そこで切り上げることにした。捕まえた獲物を解体屋に売り渡した頃には、空はすっかり薄暗くなっていた。
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