プロローグ
小学校を卒業する辺りまではごく普通に暮らしていられた。
多少やんちゃで、屋外で遊ぶのが好きで、両親は心配のし通しだったという。
剣道を習い、熱心に通っていたのもこの頃だ。
中学生になった頃には、剣道を続け防具を買い替える、そういった事は自分には縁がないのだ。そう諦めるようになっていた。 治る見込みのない病だという医師の説明と両親の謝罪。 子供の頭でも理解は出来たが、納得は出来なかった。何度も家族に八つ当たりし、涙を流され、そして自分でも涙を流した。
その後は入退院を繰り返し、病院で過ごす時間が増え、本やゲームの世界に生きる事は多くなった物の、物分かりのいい子供だったと思う。
高校進学は諦めざるを得ず、病室にはペインコントロールの為に袖机ほどの大きさのマシンが常駐することになった。
そして、そのマシンこそは福音だった。
脳機能のマップ化が進んだ現代における、最高の娯楽装置。それはもう一つの世界を個人の内部に創造する(世界は元々個人的なものなのだけれど、と説明に来た線の細い技師は付け加えた)。
その世界は現実に等しい精彩を持ちながら、現実の肉体の味わう痛みはなく、その世界での痛みや五感の刺激だけを味わう事が出来た。よく使われる強化現実ではなく、やや高価な、完全な仮想現実。
「勿論、最高のゲーム機でもある」
そう言って、設置してくれた技師は同時に『Savage Garden』を設定してくれた。
Savage Garden。野蛮の園というタイトルのそのゲームは、仮想現実を利用したMMORPGの一つだった。ベースはファンタジーだが世界は広大で、中世的封建社会から未開の暗黒大陸までカバーされている。プレイヤーは王国を築くことから狩猟採集生活を営むことまで自由だった。
現実の体は病室のベッドに有りながら内側では刀槍を振い、狩りをし、山野を駆ける。
辰巳伊織は、導入されてすぐにその二重生活を愛する事が出来た。
そして17歳を迎える前に、辰巳伊織の愛した生活は終わろうとしている。
ゲームのタイトルの寿命も近いが、何よりも伊織自身の肉体的限界によってだ。
医師や家族は機器との接続を出来るだけ保とうとしてくれていたように思うが、数日前からその接続は断たれ、両親のどちらかが病室で寝起きするようになった。
人工呼吸器がつけられる頃には覚悟とはいかないまでも自覚は出来ていた。
自分は死ぬ。
VR環境の中で、両親宛ての手紙を残した。涙ながらの別れはせずに済むだろう。
仮想世界の中で死ねるなら、痛みも苦しみも味あわずに済むだろうが、両親は酷く傷つく。おそらく。
伊織にもそれぐらいの事は分ったし、後悔や悲しみ溢れた生活というのを両親に過ごして欲しい気持ちはなかった。体調が変化してからもう数度、ごめんなさいとありがとうを言い合ったのだ。
出来るならこの世界の事は忘れまい。両親の立ち働く姿、気遣う声。ことさらに穏やかそうな顔。
枕元にある私物たち。気に入りの時代小説、修学旅行のペナント、原野や風景を切り替えて映し続けるフォトフレーム。子供の頃に書いた書き初め『我 事において後悔せず』
後悔は、多分ない。することが出来まい。
少し面白みを感じつつ、思う。
未練は、残るだろう。
ああ、できるなら。もう一度あの世界で…。
未練。そして何かを手放す感覚。