第3話 敵意渦巻く学び舎にて
2029年 4月14日(土) 月日原学園 総合体育館
第2学年になって早5日。今日はいよいよ、と言うべきか。
実習の授業。そう、あの一の担当教科だ。
あの盛大な告白をしてくれやがった始業式。
あれ以降は目立った事柄も無く平穏そのもの…とは言い難かったが。主に陽菜の所為で。
しかし特筆する様な事も無く、今週が無事に終わろうとしていた。
今日さえ終われば、の話だが。
土曜の午前は丸々実習訓練に当てられている。つまりこれから3時間、あの顔を見続けなければならない、と言う訳だ。
実技担当者は別段奴一人と言う訳ではない。各々のGIFTの適性に合わせて実技授業は組み分けされ、担当教官がその指導に当たるのだが。
私の所属するのは近接格闘系クラス。そして、その担当教員が奴だった。
「はぁ~~~」
「おっきなためいきだね~美月ちゃん。しあわせがにげちゃうよ?」
そりゃ溜息も出ようと言うもの。
ファイト! と無邪気にガッツポーズを取る陽菜に癒されながら、その時を待つ。
と、チャイムが鳴ると同時に入口から奴が来た。
いつも通りの寝癖だらけに白髪だらけのボサボサ頭。流石に服装はジャージだが、そのジャージもえらく草臥れている。
ハッキリ言って、やる気と言うものは欠片も感じられない。
「では、整列。2人組になって準備運動後に再度集合。以上」
と、それだけ言うと一は目を閉じて体育館の壁に寄りかかってしまった。
一応は教師である事だし、指示に従って陽菜と準備体操を済ます。
全員が準備を終えて並び直ると、一はやっと目を開いてこちらにやって来た。
一は手の動きだけで私達を座らせると、口を開いた。
「さて、実習と言っても、今日の所はまず座学からだ。
お前達が戦う事になる…いや、半数以上は姿を見る程度か。まぁ、『軍勢』共について、だ」
…気のせいか、『軍勢』と口にした時に一瞬、一の表情が歪んだ気がした。
そう言えば、怪我でここに来る事になったんだったか。それなら当然だな。
等と思い一の方を見ていると、視線が合う。
…思いっきり睨まれた。『軍勢』と言った時と同レベルの表情の歪みで。
「影宮、『軍勢』とは何だ」
と、まさか話を振られるとは。仕方が無いので立ち上がって答える。
「はい。突如としてこの世界に現れた異形の化物。
目的は不明。人を殺しますが、他の生物には一切危害を加えません。
死ぬと溶けて地に沈む様にして消える為、その生態は依然不明。
出現時の前兆として、出現位置を中心に空間全体が振動する様な現象、通称『界震』が起こります。
現れる軍勢の規模は界震の規模に比例し、深度と言う階梯が定められており、『天啓機関』が打ち上げた人工衛星によって地表は監視されており、界震の発生には細心の注意が払われている。以上です」
「教科書まる写しの解答など何の役にも立たん」
……一言で切り捨てられた。と言うかどれだけ私を嫌っているのか知らんが、せめてこっちを見ろ。
質問しておいて何故PDAを弄っているのだこいつは……相手にしても仕方ない。続けるとしよう。
「『軍勢』は大きく分けて6種類。
最下級、兵士級から順に城塞級、僧侶級、騎士級、女王級、そして最高位、王級に分けられています」
「それぞれの特徴は」
「兵士級は大型の類人猿が全身に硬質の外骨格を纏った姿に例えられます。
外骨格のモース硬度は10、剛性も極めて高く、.500S&W弾で漸く凹みが見られる程度。
主な攻撃方法は外骨格と同じ材質の牙と爪。また、その膂力は人間を容易く撲殺せしめます。
城塞級は塔の様な円筒状の体に多脚。高さ10m、直径3mを超える巨体の為歩行速度は遅い代わり、その体は兵士級の外骨格を遥かに凌ぐ硬度で、対艦ミサイルでさえ傷1つ付く事は無く、体内で生成したガスを爆発させて飛翔。小回りこそ効かないものの、瞬間速度は時速700kmをも超えます。
攻撃手段はその体内で生成した砲弾による砲撃。最大射程は2kmを超え、弾速は超音速。移動方法同様にガスの爆圧を利用しているものと考えられています」
と、そこで一旦区切る。
第2学年以下に開示される『軍勢』の情報はここまで。
これ以上は最高学年の範疇だ。
「…どうした」
「続けろと?」
「私は止めろと言った覚えは無いが」
……初めから私に言わせる気だった、と。
逆らっても仕方が無いので続ける。悪いのは私では無く、言わせたこの男だと証言しよう。
「僧侶級、その姿は人に近く、膂力、移動速度も人のソレと変わりません。
そして、僧侶級の最大の特徴は他の『軍勢』と異なり、一切の外骨格を持たない事。
それ故に耐久力は『軍勢』最低。しかし、個体によって様々な超常能力を保有しています。
例としては、プラズマによる自然発火能力や念動力等。
次に…騎士級」
少し息を吸い、ゆっくりと吐き出してから再び声を出す。大丈夫だ。震えてない。
「騎士級は今までの『軍勢』と異なって個体差が明確に有る事が特徴で、未だに3体しか確認されていません。
いずれも馬に乗った騎士の姿をしていますが、それぞれ外骨格の色が異なり、紅、蒼、黒。
その外骨格は城塞級さえ超える程堅牢。それに加えて、僧侶級が持つ様な超常能力も保有。
女王級は5年前に確認された個体。他に存在するかは不明。出現すると周囲の物質を分解、吸収し始める。その範囲は広大で、出現地点から半径20Kmは完全に消失。
この時だけは『軍勢』共通である人間以外の生物を害さない、と言う法則から外れます。
そして王級。3年前の大界震で現れた最大の『軍勢』。分かっている事は少なく、」
「そこまでで良い。さて、A級ライセンス様から御高説賜ったところでお前らに言っておく。
今の知識など、実際の戦闘に措いて何の役にも立ちはしない」
それだけ言うと一はPDAから目を上げ、睨みつける様な視線を私にくれてから私の横に座る陽菜に目を向ける。
「さて、陽菜・サンライズ…影宮に語らせる間に照会したが、君のクラスはここでは無い様だが。間違えているならば速やかに移動しなさい」
妙に長々と喋らされると思ったら、そんな事をしていたのか。
と言うか何故私は今睨まれたんだ。
「えぇと…み、美月ちゃん、なんだっけ」
と、陽菜は縋る様に私の体操着の裾を握ってくる。
保護欲が溢れてはち切れかねないので止めて貰えますか陽菜さん。
「陽菜・サンライズの保有GIFTは既存のいずれとも異なるものであり、単純な組分けによる授業カリキュラムに組み込むことは不可能。故に、実技の授業中は、彼女に関する一切を一任されている私の目の届く範疇にて見学、となっているはずですが。
私の説明に不足があるならば、校長に照会を」
「…成程成程。詰まる所は……A級ライセンスを笠に着た君の横暴という訳か」
場が響めく。この男、何を妄言を。
「私のライセンスは関係有りません。A級と言っても在学中は仮の物。横暴を通す権限など。
理由は先ほど説明したとおりです。不満があるならば学園長にどうぞ。決定をしたのは学園長です」
私の持つA級ライセンス。確かにライセンスは『天啓機関』内での階級だが、それ以前に私の今の身分は学生。
とてもではないが、そんな横車を押す様な真似は通らないし、他の4人はどうだか知らないが、元々私にA級ライセンスを笠に着る気は無い。
「能力の特異性故、か。既存のGIFTEDに当てはまらないモノが在るのは知っていたが…
…では、それを証明して見せろ。でなくば、到底承服しかねる」
この男…何を言い出すかと思えば…!
「上の決定に逆らうと?」
「組織に属する以上、上の命令は絶対。そんな事は今更、君に説かれるまでも無い。
だが、仮にもここは学校機関。指導要領が無いからと見放す事が学校のする事か?」
もっともらしい事を一が述べるが、受け入れるわけには行かない。
陽菜のGIFTはこんな所で使って良いモノではないのだから。
だが、次に私の耳に飛び込んだのは、到底信じがたい言葉だった。
「み、美月ちゃん、私、いいよ?」
「陽菜ッ!!!」
有り得ない。有り得ない。有り得ない。
陽菜にアレを使わせることなど有り得てはいけない。
そんな事になる位ならば…!
「一先生!」
「…何だ、影宮」
あえて先生と強調して名を呼ぶ。
流石に一もそれをスルーする訳には行かないのだろう。
「陽菜・サンライズのGIFTを御見せする事はできません」
「…それは通らんと先ほどから言っているのだが、君には極東語が通じないのか?」
「陽菜・サンライズのGIFT使用には国連軍総司令の許可を要します。
また、その詳細の開示にも同様に総司令の許可を要します。
私にも、陽菜・サンライズにもその権限が在りません故、御見せする事は出来ません!」
陽菜当人にも、A級ライセンス保持者にも、GIFTを使う、使わせる、詳細を伝える権限が無い。
それは異常な事だ。
A級ライセンス保持者ですら出撃に許可こそ必要だが、GIFTの行使に許可など要らない。
で、あればこそ。
「……まさか」
「その疑念にお答えする事も出来ません。ご了承下さい。
陽菜・サンライズのGIFTは未確定な事も多く、発動には危険が伴います。
たとえ先生の御指示と言えど、容易く使用出来る物ではありません。
この通達は『天啓機関』総司令からのものです。
確認を為されるのであれば、学園長に照会をお願いいたします!」
一の反駁を受け付けず、一気に捲くし立てる。
嘘は言っていないのだ。全てが事実。そして、そんな存在はたった1つしか無い。
呆然と私を見つめる級友達にはまず気付かれないだろう。
だが、仮にも百体討伐達成者。最前線に身を置いた事があるならば風の噂で聞いただろう。
A級ライセンス保持者以上、『天啓機関』将校のみが知らされているとされる例の噂を。
この場で陽菜にGIFTを使わせるくらいならば、少し情報を仄めかせてこの男を釣る。
『軍団』への復讐心も強いようだし、ならばこそ、あの噂が真実ならばと思わせられれば。
「わかった。事の真偽は後ほど学園長に照会しよう…陽菜・サンライズ」
「はっはい!」
「すまなかった。だが、実技の最中は講義の邪魔にならぬ場所で待機する事。
その際は…チッ影宮・美月の目の届く場所に居るように。以上」
今、この男舌打ちしなかったか。
…まぁいい。どうやらうまく行った様だ。後は学園長に任せるとしよう。
学園長がどういう対応をするかが気になる所ではあるが…
流石に1週間で秘密が他者にばれるとは…いや、ばれていない。
そうだ。私は事実を語っただけで、そこから一がどのような妄想をしようが私には関係の無いことだ。
……私の所為じゃない。うん。この百体討伐達成者サマが悪い。そういう事にしておこう。
あとがき(と言う名の言い訳):1年2ヶ月ぶりです。第3話です…えぇ。言い訳の仕様もありません。
別に忘れてたとかではないのですよ? 純粋に時間がですね…いえ。何でもありません。
今までもちょくちょく出てきた『天啓機関』。1話冒頭の『軍団』の説明と、ライセンスの説明の時にも少し触れられていましたが、これが美月達GIFTEDの所属する機関です。
その辺の説明も追々。
平穏とは言い難いまでもそれなりな日々を過ごす美月と陽菜。
そんな2人に忍び寄る暗雲。それこそが事件の引き金だった。
次回『異臭漂う腐海にて』お楽しみに。