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『GIFTED』  作者: Hagalaz
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第2話 湯気湧き立つ湯殿にて


  2029年 4月9日(月) 月日原(つきひはら)学園 学生寮 女子棟 406号室前


 波乱の始業式を終え、ようやく私達は自室に辿り着いた。

あの(にのまえ)の問題発言の後、あの男とどんな関係なのかと聞きたそうに寄って来る輩共を視線で封殺し、陽菜の手を取ってここまで駆けて来た。

と、


「美月ちゃ~ん。もういいよ~はずかしいよ~」


 私の腕の中の陽菜が手足をじたばたとさせている。

何故私の腕の中に陽菜が居るか。

それは走り続ける途中で息が切れ始めた陽菜に無理をさせまいと、抱き上げて走っていたからだ。

いわゆるその、お姫様だっこと言う奴で……いや、仕方が無かった事だ。

陽菜を背負うと、何だ。うん。ソレはそれで幸せだったのだろうが、私の理性が持たない。

とは言え、この体勢もなかなかに悪くは無い。だが、無常にも、目的地には着いてしまった。

陽菜が降ろして欲しいと望む以上、私が取る行動はたった1つだ。

陽菜を足から優しく降ろし、少し散らばってしまった髪を取りだした櫛で梳いてやる。


「ありがと~」


 えへへ、と天真爛漫な笑みを浮かべる陽菜。

久しぶりだが、こういう少し子どもっぽい所は変わっていない。


「私、おもくなかった?」

「ううん。そんな事は無いよ」


 そんな事は無い。

陽菜の体は羽毛の様に軽く、仄かに香る柑橘系の匂い。

正直いつまで抱き上げていても疲れる事は無いだろう。

などと考えつつ、制服の内ポケットから取り出した学生証を扉の認証機に読み込ませる。

すると、ピッと言う電子音と共に、扉のロックが解除された。


「おぉ~! 『はいてく』だねっ!!!」


 と、いきなり陽菜が感嘆の声を上げた。

瞳を輝かせて、本当に子どもの様だ。

私は一旦扉を開けると、中には入らずに再び扉を閉める。

首を傾げる陽菜に学生証を持たせると、その手を認証機に近付けた。

再度、電子音と共に解除される扉。


「わぁ~~~!!!」


 満面の笑みで笑う陽菜。

放っておくといつまでもやりかねないので、部屋の中に入る様に促す。

2つあるベッドの内、片方はベッドメイクがされていない。

ここは本来2人部屋なのだが、私には特に仲の良い友人もいなかったので、たまたま出来た1人部屋に応募し、勝ち取った。

…私が応募した事が広まった途端に、応募者が居なくなった事を勝ち取ったと言えるなら、だが。


「部屋の扉はオートロックだから、寮内でも学生証は手放しちゃだめよ?

 いつも持ってなさい。手放していいのは寝る時だけね」

「は~い」


 その後、部屋の案内を陽菜にしていると、陽菜のお腹が盛大に自己主張した。

時計を見れば12時を回った所。丁度良いので、案内も兼ねて1階に有る食堂に向かう。


「食堂は朝6時から夜9時まで。その間ならいつでも使えるわ。朝昼夜でメニューも変わるわよ。

 注文機はそこね。学生証をかざしてからボタンを押すの」

「私、お金持ってないよ?」

「心配要らないわ。全部タダだから」

「全部!!?」

「そう、全部。だからって食べられない量を注文するのは駄目だからね」

「むぐぅ…」


 学生証を取り出して翳し、ボタンを連打しようとした陽菜に釘を刺しておく。

陽菜は渋々といった様子でオムライスのボタンを押した。

私も学生証を取り出すと、きつねうどんのボタンを押す。

2人並んで受け取り口に向かい、暫く待つとオムライスときつねうどんが出て来た。

それを持って適当な席に向かい合って座る。


「いただきます」

「いっただっきま~す!!!」


 2人揃って手を合わせると、食事を始める。

このご時世、こうして食事が3食出るだけでも有り難い事なのだ。

故に、作って下さった農家の方、調理して下さった調理師の方、そして何より食材そのものに感謝して。

…そうすれば、この味気ない食事も義務感で成し遂げられるだろうから。


「ふぉうふぃえふぁふぁ」

「陽菜、口の中」

「んぐ…そういえばさ」


 オムライスを頬張ったまま口を開く陽菜を窘めると、慌てた様にそれを呑み込んで再び陽菜は口を開いた。


「私と、美月ちゃんの学生証って、ちょっと違うよね? 何で?」

「…あぁ」


 そういえばまだ言っていなかったか。

私はまた学生証を取り出すと陽菜が取りだした学生証の横に置く。

私の物と陽菜の物で違う所、それは縁取りだった。


「美月ちゃんは金色で~私は…赤?」

「赤銅色、ね。私のはA級ライセンスである事を示す物、陽菜のはC級ライセンスよ」

「え~…私も美月ちゃんと同じが良かった~」

「無理言わないの」


 ライセンス。それはGIFTEDに与えられる能力(ギフト)のランク分け。と同時に、『天啓機関(オラクル)』内での階級を示す物でもある。

戦闘向きでは無く、微力なGIFT保持者はE級、戦闘に参加できる、若しくは前線でサポートができるGIFT保持者はD級、兵士(ポーン)級を1対1で打倒出来るだけのGIFTにはC級が基本的に与えられる。

ただ、単純にGIFTの強さだけで与えられる物では無く、ライセンス発行時には厳正な審査が行われる。

上級ライセンス保持者には最前線で戦う者とは別に戦線の指揮を行う人間が必要な為、戦闘向きでは無かったり、D級相当の戦闘能力でもB級ライセンス保持者は存在する。

と、そこまで思い返して、つい先ほどの事を思い出す。

(にのまえ)(はじめ)

E級ライセンスでありながら百体討伐達成者(ナイト・コマンダー)受勲者。

ありえない。E級ライセンスに認定される様なGIFTは一般人に毛が生えた程度の物。

にも拘らず百体討伐達成者(ナイト・コマンダー)。馬鹿げている。

百体討伐達成者(ナイト・コマンダー)の受勲には兵士(ポーン)級だけでなく城塞(ルーク)級の討伐が必須になる。

列車砲さえ通さない外骨格を持つ城塞(ルーク)級をGIFT無しで倒せるわけが…


「美月ちゃん! 美月ちゃんってば!!!」

「え? あ、ごめん陽菜。何?」


 考えに没頭し過ぎて陽菜の呼びかけに気付かなかったとは。一生の不覚。


「何? じゃないよ。おうどんのびちゃうよ?」

「あ、うん。ありがとう」


 陽菜に言われて慌ててうどんを啜る。のびようがなんだろうが、大して差など無いのだけれど。

まぁ、どうでもいいか。結局、私はそう結論付ける事にした。

GIFTの中には特異な物も多い。そう言ったGIFTなんだろう。

うどんの汁を飲み干し、陽菜がオムライスの中に入っているニンジンを器用に避けているのを窘め、完食させてから2人で部屋に戻る。

と、途中で陽菜が立ち止まる。何事かと振り向いてみれば、陽菜は目を奪われた様にじっとそれを見つめていた。

その顔を見つめていると、くりんと首を巡らせた陽菜と視線が合う。


「美月ちゃん!!!」

「私は入らないからね」

「え~いっしょに入ろうよ~」


 目は口ほどに物を言う、と昔の人はよく言ったものだ。

陽菜の言いたい事は、例え私以外の人間でも理解できただろう。

陽菜が見ていたのは、大きく『ゆ』と書かれた暖簾。

そこは大浴場の入り口だった。

部屋には備え付けのシャワーもあるので、私はそちらばかり使い、ここを使用した事は無い。

人前で裸になるのは遠慮したい所ではあるし。


「…どうしても?」

「どうしても!」

「…………仕方が無いね。今なら人も居ないだろうし…」

「いいの!!?」

「うん。いいよ。一緒に入ろうか」

「やった~~!」



  2029年 4月9日(月) 月日原(つきひはら)学園 学生寮 女子棟 大浴場



 カポーン、と床に置いた桶が良い音を立て、それが浴場内に響き渡る。

予想通り私達以外の人はおらず、実質貸切の様な状態になっていた。

仮に誰か居たとしても、私が入ってきた時点で出て行っただろうからあまり意味の無い心配では有ったが。


「陽菜、かゆい所は無い?」

「うん。大丈夫」


 シャンプーハットの向こうから陽菜が答える。

色々と子どもっぽい所の多い陽菜だが、御多分に洩れず、1人では頭を洗えない。

だからこそ私も一緒に入浴している訳だが、まだ治っていなかったらしい。


「お湯かけるよ?」

「うん~」


 ザバッと桶に溜めた湯を陽菜の頭にかける。

流し残しが無いよう丁寧に泡を流し、余計な水気を払ってタオルを巻いてやる。


「はい。後は体ね。そっちは自分で出来るでしょ」

「え~…そっちも美月ちゃんが洗ってよ~」


 …何を言いだすかなこの子は。


「ば、馬鹿な事言わないの」

「じゃぁさ、じゃぁさ、背中流しっこしようよ~」

「…それくらいなら」


 こちらに向けたままの陽菜の背中を、泡立てたスポンジで優しく洗って行く。

間違っても傷などつけない様、ゆっくりと丁寧に。

くすぐったそうに身を捩る陽菜を大人しく座らせながら洗い、最後に桶に溜めたお湯で洗い流す。

水滴が浮かぶ陽菜の肌のハリは相変わらず。古傷だらけの私とは大違いだ。

等と埒も無い事を考えながら、陽菜に声を掛ける。


「はい、おしまい」

「ありがと~次は私が美月ちゃんを洗ったげるね」

「ん、じゃぁお願…い…?」


 そう言って背を向けようとした所で、陽菜は私の胸をスポンジでこすり始めた。

…背中の流しあいじゃなかったの?


「ひ、陽菜? そっちは前だよ」

「あ、ほんとだ。ごめんごめん背中と間違えちゃった」


 …別段、そこまで気にしている訳ではないけれど。

正直それは酷くないかな、陽菜。

いいんだよこれで。刀降る時邪魔にならないし。


「…そう言う陽菜は大きくなったよね。背丈は全然変わらないのに」

「はぅっ!!?」


 仕返しとばかりに、陽菜が気にしている身長の事を指摘する。 

以前2人並んで歩いていた時、姉妹と間違われて以来、陽菜はそれがコンプレックスらしい。


「…美月ちゃんきらい」

「ごめんなさい」


 湯船に潜らんばかりの勢いで頭を下げる。

こんな事で陽菜に嫌われる等、冗談では無い。


「ごめん陽菜許して。何でも言う事聞くから」

「…む~…じゃぁね」

「何?」


 先を促すと、陽菜がこちらに抱き付いて来る。

抵抗せずに抱きとめると、私の胸板の上に陽菜の胸が当たる。

…柔らかいなぁ…


「今日ね」

「うん」


 陽菜が私の耳元で囁く。

いつもの鈴の転がる様な声では無く、どこか甘さのある子猫の様な声。

陽菜のささやきが私の鼓膜をくすぐり、少し…気持ちいい。


「いっしょにねよ?」

「うん…ぅえっ!?」


 勢いよく身を引き、驚いた様子の陽菜を正面から見つめる。

と、すぐに陽菜はにへらっと表情を崩し、再びこちらに抱きついてきた。 

私の肩に顎を乗せると、そのまま抱きしめられる。


「いや?」

「嫌じゃ…ないよ」

「えへへ~美月ちゃんすき~」

「私もだよ」


 そう言って私も陽菜を抱きしめ返す。

全く以て敵わない。

元々、私が陽菜の願いを断る訳も無いが。

あの日から、この身体はもちろん、心も魂さえ、私は陽菜に捧げている。

この子の望みは私が叶え、この子は私が守る。

それが、陽菜に助けられた私の命の使い道だ。





あとがき(と言う名の言い訳):はい、第二話です。


ライセンスの説明が少し入りましたね。

作中で美月が言っている通り、ライセンスのランク=強さのランクではありません。

戦闘技能だけでなく、指揮官適性やら色々な事を加味した総合評価です。

とは言え、大体の場合強力なGIFTならC級、それに加えて指揮官適性が有るからB級、と言った風にGIFTの強さありきな点も有りますが。

例外的に、情報を扱うテレパス系は高ライセンスを与えられる事が多いです。


 『軍勢(レギオン)』の方も、兵士(ポーン)級や城塞(ルーク)級と言ったクラス分けが有ります。

この辺は次回詳しく語られる事でしょう。


次回、『敵意渦巻く学び舎にて』

(にのまえ)(はじめ)VS影宮(かげみや)美月(みつき)勃発!?

お楽しみに。

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