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『GIFTED』  作者: Hagalaz
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第1話 日の光差す丘の学園で

  2029年 4月9日(月) 月日原(つきひはら)学園 学生寮 女子棟 406号室


 ――『軍勢(レギオン)』。突如としてこの世界に現れた異形の化物。

目的は不明。人を殺す。他の生物には一切危害を加えない。

死ぬと溶けて地に沈む様にして消える。その為、その生態は依然不明。

出現時の前兆として、出現位置を中心に空間全体が振動する様な現象、通称『界震』が起こる。

現れる軍勢(レギオン)の規模は界震の規模に比例し、深度と言う階梯が定められており、『天啓機関(オラクル)』が打ち上げた人工衛星によって地表は監視されており、界震の発生には細心の注意が払われている。


「…」


 そこまで読み進めた所で私は教科書を閉じた。

この教科書は一般の学生も使用する為、それ程重要な内容は書かれていない。

進級に伴って新しくなった教科書の確認をしてみたものの、共通教材ではこの程度だろう。

と言うよりも、これではあいつ等の事なんて、何も分かりはしない。

こんな文章では、あいつ等のどうしようもなさ等、伝わりはしない。


「…」


 と、そんな事を思いながら視線を時計に向ければ、既に予定していた時刻を超過していた。

私は眼前に見える顔を見つめる。

長い黒髪、我ながらそれなりに整っているであろうと自負する目鼻立ち。唇は堅く真一文字に結ばれている。

しかしながら、この顔にはまず真っ先に目につく特徴が有った。

顔面の右側に刻まれた爪痕。3本並んで走るそれはインパクト十分だ。

そしてそれに追い打ちを掛けるかの様な決定的な止め。この目付きだ。

斜め上へ釣り上がった一重目蓋に睨みつけるかの様な三白眼。どう言い繕おうともフォローの仕様は無い。ハッキリ言って異様だ。

自慢ではないが、道行く子供に泣かれた数ならば、この極東、否、地球上でも10指に入るだろう…


「…ふっ」


 完璧。そう思い、私は洗面台から離れる。

これでこそ、いつもの私だ。全く以て私は恵まれている。

この容姿の御蔭で、煩わしい人付き合いから解放されるのだから。

とは言え、人前に出るだけの身支度は整える。

人除けならばこの容姿だけで十分。不潔である事には、メリットどころかデメリットしかない。

洗顔料を手に取り、数回顔を洗う。

歯磨きも念入りに。虫歯等になれば、あの子に何と言われるか。

髪を梳り、あの子から貰った紅い組紐で結い上げる。

あの子がポニテポニテと喜んでいたからずっとこの髪型にしているが、ポニテとはなんだろうか。いつか聞いてみるとしよう。

再度鏡を覗き込み、おかしい所は無いかと確認する。

制服…問題無し。いや、ブレザーの襟が裏返っている。危ない所だった。

腕章…問題無し。今日からは2年生を示す濃紺。ハンカチ、ティッシュ…問題無し。

確認を終え、机の上に置いておいた鞄を手に取り、壁に立てかけた刀を腰のホルダーに鞘ごと固定。

さて、今日から新学期…そして、あの子と久しぶりに出会う日だ。

そう思うと自然と頬が緩む。そして、私は部屋を出た。


「…ん?」

「ひぃっ!!!」


 すると、丁度向かいの部屋から出て来る人影。

私の部屋は角部屋なので、向かいは番号続きで407号室になる。

さて、こちらを見つめたまま微動だにしないコイツの名前は何だったか。

…どうでもいい。

そう結論付けた私は歩き出す。

背後から視線を感じる。が、そんな事はいつもの事だと切り捨てた。



  2029年 4月9日(月) 月日原(つきひはら)学園 学園長室前


 登校すると同時、見計らったかの様に私の名前が呼ばれた。

至急、学園長室まで来る様に、と…まぁ、見計らったかの様に、では無い。

実際見計らったのだろう。この学園は登校時に教室にて学生証で認証を行い、出席確認を取る形式だ。

そのシステムを使えば私が登校すると同時に、こうしてアナウンスで呼び出す事も可能、と言う訳だ。

学園長直々の呼び出しとも有れば無視するわけにもいかない。

目の前の木製の扉を4度叩く。

と、中からどうぞ、と言う壮年の男性の声が聞こえた。

失礼します、と言いつつ、私がドアを開けば――


「あ~!!! 美月ちゃんだ~!!!」


 急に、間延びした能天気な声が響く。

姿を見るまでも無く、私にはそれが誰か分かっていたが、視線は自然とそちらを向いた。

窓から差し込む陽光を浴びて、まるでそれ自体が光を放っているかの様に輝く金の髪。

喜びを湛えた、空を映したかの様な碧眼、白く透き通った白磁にも似た肌。

線は細く、掴むだけで折れてしまいそうな程華奢。

まるで仏蘭西人形の様な可憐な少女がそこにはいた。


「み~つ~き~ちゃ~ん!!」

「ん。おいで、陽菜」


 満面の笑みのままにこちらへ駆け寄って来た陽菜を抱きとめる。

陽菜(ひな)・サンライズ。私の、影宮(かげみや)美月(みつき)の、たった1人の友達。

抱きとめた勢いのままに、陽菜の緩くウェーブした金髪が鼻をくすぐる。

太陽の、匂いがした。


「あの~…熱烈な抱擁中すみませんね」


 と、そんな幸せ真っ盛りな私達に冷水を浴びせるかの様な声が掛かる。

扉の真正面。黒檀の机に肘をつき、手を組んでその上に顎を乗せているのは壮年の男性。

年の頃は40中程だろうか。この月日原(つきひはら)学園の学園長。時岡(ときおか)総司(そうじ)

見た目は冴えない中間管理職の様だが、伊達にここ、極東守護の要、月日原学園の長を勤めてはいない。

何でも、かつては国連軍の名指揮官として名を馳せた……らしい。


「お呼び立てして済みませんね。時間も無いようなので端的に申し上げます。

 影宮(かげみや)美月(みつき)さん、貴女に彼女、陽菜(ひな)・サンライズさんの護衛を命じます。

 何が有ろうと、何が起ころうと、いつ何時であろうと、彼女に傷1つ付ける事は許しません」

「言われるまでも有りません」


 それは当然の事だ。そう。今更言われるまでも無い。

初めから、この子と出会ってからの私の使命はソレなのだから。


「…」

「…」


 暫く学園長と睨み合う形になる。こちらもそれを真っ向から受け止める。

と、陽菜がこちらを見上げながら何か言いたげにしている。

170近い私に対して陽菜の身長は150にも満たない。当然、必然陽菜が私を見るときは上目遣いになり。


「美月ちゃん? 喧嘩は駄目だよ?」

「すみませんでした」


 …と言う訳で視線を下に向けるついでに頭も下げる。

喧嘩をしている心算は蒙等無かったが、それが陽菜の望みなのだ。

頭程度、幾らでも下げてやろう。


「……では、お願いしますよ?」

「はい」


 ふむ、と鼻を鳴らした学園長はそれだけ言うと机の上に置かれた書類にサインを奔らせる。

と、途中でその筆を止め、こちらに問うてきた。その内容といえば。


「彼女の部屋は貴女と同室です。文句は?」

「有り得ません」

「…そうですか」


 力強く言い切った私に何故か冷や汗をかきつつ学園長が一歩退く。

今の会話に何か問題が有っただろうか?

そんな私の疑念を他所に、学園長は咳払いを一つすると、机の上に一枚のカードを置いた。


「では、サンライズさん。これが貴女の学生証です。この学園内での施設利用には必須ですから失くさない様に。細かい説明は影宮さんに聞く様に」

「は~い」


 陽菜は能天気な返事と共に学生証を受け取ると、それを色々な角度から眺めている。

そんな陽菜の様子を脳内メモリに名前をつけて保存する作業を繰り返していると、それを邪魔するように鐘の音が鳴り響く。

校舎屋上の鐘楼が、HRの5分前を告げているのだ。

……内心斬り倒してやろうか、と思わなくも無いが、流石に自重しよう。


「おや、もう間もなくHRですね。2人とも、遅れない様に行って下さい」

「はい。では失礼します」

「失礼しま~す」


 先に出た陽菜が勝手に言ってしまわない様に手を握りながら、学園長室の扉を閉じる。

と、気になった事が有ったので、陽菜に廊下で待つ様に言い、再度学園長室に足を踏み入れる。


「学園長」

「なんですか? まだ何か?」

「陽菜のライセンスはいくつになっていますか?」

「あぁ、C級ですよ」

「C級、ですか」

「えぇ。もちろん分かっていると思いますが」

「…例の事は他言無用。心得ています。あの子の周りを騒がせる気も有りませんから」

「………よろしい。では行きなさい。本当に遅刻しますよ?

 私は疾うの昔に退出を促しました。私と会っていた、は遅刻の理由に使えませんからね?」


 丁度、1分前を告げる二度目の予鈴が鳴り響く。

転入初日から陽菜を遅刻させる訳にはいかない。1礼して扉を閉めると、急ぎ私は陽菜の手を引いて歩きだした。



  2029年 4月9日(月) 月日原(つきひはら)学園 2-A教室


「ふえっ!?」


 無事本鈴前に教室に辿りつき、黒板に描かれた通りに着席すると、隣から異様な声がした。

どうでもいいので無視して、斜め前に座る陽菜に視線を送る。

と、周囲の人間、その殆どが陽菜を見ている。

ここ、極東の地では金髪は目立つ。加えて陽菜は誰もが認める美少女。仕方が無い事だ。

などと我ながら得心していた時、教室の前の扉が開いた。

現れたのは男性。背は高い。190はあるだろうか。だが、それに釣り合わない程に細い。

腕も足も長く、まるで針金細工の人形の様だ。見た目は20代前半だと言うのに、やたらと白髪が目立っている。

あんな教師は居ただろうか。少なくとも去年取った授業の教員で無い事は確かだが。

と、その教師はこちらに背を向けると、無言でボードにペンを奔らせる。

そこに書かれた文字は。


『一 一』


 …名前…なのだろうな。

素っ気無く引かれた2本の線の横に、殴り書きのひらがなで書かれた文字は、にのまえ、はじめ。

どうやらそれがこの教師の名前らしい。


「え~皆さん、初めまして。本日付を持ってこの学園に配属になりました、(にのまえ) (はじめ)です。

 担当科目は実習。追って始業式でもご挨拶する事になると思います」


 周囲が俄かに騒がしくなる。

当然だろう。この先生曰く、担当が実習。それはつまり、B級ライセンス保持者と言う事なのだから。


「はいはいお静かに。では、講堂へ移動してください。

 始業式は0900からですからね。遅れない様に」


 それだけ言うと(にのまえ)先生は早々に教室を出て行く。

教室は変わらずどよめいていたが、ここに居ても仕方は無い。


「陽菜。おいで」

「あ、うん。待ってよ美月ちゃん」

「待つよ。いつでもね」


 陽菜に声を掛けると、とてとてとこちらに歩いて来る。

差し出して来た手を繋ぐと、私は教室を後にした。

が、何やら教室が輪を掛けて喧しい。一体なんだと言うのか。



  2029年 4月9日(月) 月日原(つきひはら)学園 講堂


 式は45分ほどで終わった。

いつもの様に退屈な学園長の話、教科の先生方の紹介。

と、ここで(にのまえ)先生の名前もあがる。新任の教師と言う事で経歴を軽く説明されていた。

曰く、ここのOBである。曰く、百体討伐達成者(ナイト・コマンダー)である。しかし、その記録達成の際に重傷を負い、後進の指導に当たる事にした、等。

成程。B級ライセンスに相応しいだけの功績は上げて来た、と。戦えなくなったGIFTEDが後進の育成に当たるのは良く有る事だ。

内心納得しながら、壇上に立った(にのまえ)先生に視線を向ける。

就任に当たっての挨拶だろう。数回ハウリングを繰り返した後、一先生が口を開いた。


「え~…2-A、影宮(かげみや)美月(みつき)


 …名指しだ。周囲の視線が一気にこちらに向き、私が周りを見回すと一斉に視線を逸らした。たった3名を除いて。

陽菜、学園長、そして…壇上からこちらを見つめる(にのまえ)先生。

その視線には何の感情も見受けられない。いや、これは…憐憫? 憐みの視線…?


「私は…君が大嫌いだ」


 …断言された。

言い方としては大↑嫌いだ、と大を強調してまで。

そして(にのまえ)…先……生…はこちらには最早一瞥もくれずに再び口を開いた。


「それと、勘違いされるのが嫌なので先に言っておくが、私のライセンスはEだ。

 私をここに迎えてくれた学園長には感謝しますが、正直何を考えているのやら。

 あぁ、私の挨拶はこれで。では」


 それだけ捲し立てると(にのまえ)先…否、(にのまえ)は壇上を降りた。

講堂内は一気に騒がしくなる。当然だろう。通例として実習の授業担当はB級ライセンス保持者、少なくともC級ライセンス保持者が当たっていた。

それが急にE級ライセンス保持者、しかし百体討伐達成者(ナイト・コマンダー)

しかし、そんな事は私にはどうでもいい。

自分が人に好かれる性質で無いのは熟知している。それを私も利用している。

だが、完全に初対面の人間から大嫌いだ、等と言われて気分の良い者が居るだろうかいや居ない。


「…何だと言うのよ」


 ついため息が零れる。

今年度は…いきなり波乱の幕開けだった。



あとがき(と言う名の言い訳):はい、第1話、投稿です。


 主人公の名前登場。影宮(かげみや)美月(みつき)

そして前回連呼されていた『あの子』、陽菜(ひな)・サンライズ。

さらに謎の新任教師、(にのまえ) (はじめ)

生徒にも敬語の胡散臭い学園長、時岡(ときおか)総司(そうじ)

名前有りキャラは今の所これだけですね。


 少しだけ説明された『敵』、『軍勢(レギオン)』。

ライセンス、百体討伐達成者(ナイト・コマンダー)と固有名詞も増えてきましたね。

1~3、4話は暫く説明臭い点が有ると思われます。


 アニメ的に言うと、前回が1話アバンなら今回は1話Aパート。CM挟んで続きが有ります。

このやり方だから想像できなくなったらそのまま書けなくなるんだろうな…

改めてみるか。


次回、第2話『湯気湧き立つ湯殿にて』

はいそこ、いきなりテコ入れか、とか言わない。

お楽しみに。


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