笑
「・・それって単に表情筋とかの問題じゃないんですか?」
「表情筋、ですか・・。」
彼女はあいかわらず無表情のままで首を少しだけ傾げた。いまのところ、我々のほかには誰も通らない湖の岸辺はとても静かだった。
秋の始まりの明るい午後。
小鳥のさえずりだけがピチッピチッと響き渡り、木々の間から射し込む柔らかな光を受けて湖の水面がキラキラと反射している。
青い空と連なる山々をバックにして修道院の建物が見えた。
鳥たちはそちらの方角へ向かっていっせいに飛び立っていく。
そんな景色の中。散歩をしていた僕と彼女はたったの10分ほど前に初めて出逢ったのである。
そして10分が経った今、どうやっても笑えない、笑うことができない・・という謎すぎる彼女の悩みに、僕は必死に向き合っているというのである。
「困ったわ。これだと主人に家に入れてもらえない。」
「えっ。」
「『お前のような陰気な女は笑えるようになるまで家に戻ってくるな』って言われてしまったんです。」
彼女はがっくりと肩を落とした。それを聞いて僕は絶句する。
「それは・・いくらなんでもひどすぎやしないですか?」
「・・・・・・・・」 彼女はうつむく。 横顔が美しい。
しばし沈黙が流れる。突如、飛んできた少し大きめの鳥が急降下してきて、水面に脚をすべらせるようにしたかと思うと水面にそのくちばしを突っ込む。
しばらくして、顔を上げた鳥は小魚をくわえていた。
鳥はそのまま空に向かって飛び去って行った。
そのわずかな時間の中で、僕は自分でもびっくりするような大きな決断をしていた。
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「いったい何がそんなに面白いんだね?」
白髪の老紳士が椅子に腰かけ、窓の外を見ながらクスクス笑っている妻に話しかける。
だって、と呼びかけられた上品な老婦人が笑いながら夫の方を振り返った。
「・・だって。面白いのよ。小鳥がね。そこの枝に止まってたんだけど・・。いつもだったら”ピチピチッ”って鳴くんだけど、今日に限って”ピーヨッ”って鳴いたのよ。もうおかしいいわ~。ピーヨですって。ウフフフフフ。」
「・・・・・・・・・・」
妻は笑い転げている。何がおかしいのか彼にはさっぱりわからなかった。
彼女はいつも笑ってばかりいる。
そう。あの日、湖で出会った時以来、まるで別人のように。
完
今回もまた、ヨーロッパの”とある”おとぎ話をモチーフにしてみました。(知っている人は知っているかも?)
ここまでお読みいただきありがとうございました。




