婚約解消されたので祝杯をあげていたら、大嫌いな幼馴染みに見つかりました
ある日の夜、ある街のレストランにて。
「祝杯ですわ――――――!!」
ある一人の令嬢が、酒がたっぷりと入ったグラスを掲げて叫んだ。
彼女は自慢の金髪縦ロールを揺らしながら、ゴクゴクと一気に中身を飲み干す。目の前のテーブルには、ステーキを始めとしたご馳走が所狭しと並んでいた。
「ああ……これが夢にまで見た、街で評判のレストランのお味ですのね……!」
上品な仕草でステーキを口に運んだ令嬢は、頬を押さえ、大きな赤い瞳をウットリと潤ませる。
彼女はロザリンデ・フェルナー公爵令嬢。
ここグランディエ王国の未来の王妃……に、なる予定だった女性である。
そう、過去形だ。
彼女はたった数時間前に婚約を解消されたばかりなのである。
婚約解消。それは本来、不名誉で悲しむべきことなのだろう。
しかし――……
(ああ、なんて開放的なんでしょう。お酒がおいしすぎますわ)
……ロザリンデは、まっっったく気にしていなかった。
むしろ、長年のプレッシャーから解放されたことにより、人生で一番浮かれていた。
それはもう。娘を心配する父親に「今日は一人にしてくださる?」と悲しむ演技をして、王妃教育を受けていた頃では絶対に行けなかった街のレストランに、一人で(とはいっても一応、気心知れた護衛が数人、離れて見守ってくれてはいるが)繰り出して行くくらいには。
そうして今、彼女はほとんど意味を成していない変装をした状態で、憧れのレストランにいる。
必然、グラスを口元に運ぶ手は止まらない。ボトルの中身はみるみる減っていくわけで。
「……あら? もうなくなってしまいましたの?」
そう、首を傾げた彼女が、店員を呼ぼうとしたときだった。
「……随分とお楽しみですね、ご令嬢?」
背後から、柔らかな声が耳に届いた。
普段の彼女なら、返事はしなかっただろう。しかし今のロザリンデは、普段からはちょっと考えられないほど浮かれていたのである。
「ええ! 最高の気分ですわ!」
「おやフェルナー公爵令嬢、何か良いことでも?」
「だって、婚約解消されたんですのよ! 晴れて自由の身! まさに最高の気分、で……」
上機嫌で答えた彼女は、そこではた、と気づいた。
変装しているからバレないはずなのに……目の前の人物は今、自分のことを〝フェルナー公爵令嬢〟と呼ばなかったか、と。
「い、今、なんて仰いました?」
ギギギ、と音がしそうな動きで後ろを振り向く。
そして彼女はサァッと血の気が引いていくのを感じた。
「あーあ、喋っちゃったねロザリンデ。……それ、機密事項でしょ?」
そこには、見たことないほど満面の笑みを浮かべる大嫌いな男――優男らしい見た目に反して腹黒だとロザリンデの中でもっぱら評判の幼馴染みである、ユリウス・ネーヴェ侯爵令息がいた。
***
時は、数時間前に遡る。
王宮の一室。ロザリンデは、重々たる面々に囲まれていた。
「……すまない、ロザリンデ」
「まあ! とんでもございません。どうか頭をお上げください」
国王夫妻と婚約者である――いや、正確にはたった今、元・婚約者となった――王太子アルバートに頭を下げられ、ロザリンデは慌てて首を振った。
「国家の存亡に関わりますもの。婚約解消など、私は全く気にしておりませんわ」
ロザリンデは七歳になった頃、王命により王太子アルバートの婚約者となった。
そして、二人の成人を待って結婚し、ロザリンデは正式に王太子妃となるはずであった。
だが現在、ロザリンデは成人して数ヶ月を迎えたところだが、まだ婚約者のままである。
その原因としては、大陸情勢が関係していた。
少し政治的な話をしよう。
ここ数年、周辺諸国は国土拡大を目論む北の軍事国家の影響で、緊張状態が続いている。
これに対抗すべく、グランディエ王国は昨今、大陸東部を治める大帝国・レヴァン帝国との同盟強化に邁進していた。
そして、同盟強化の方法として最も簡単かつ有効な手段は結婚である。
そのため、その手段を選択肢として残しておくべく、アルバートとロザリンデの結婚は先送りにされていた。
そして一年近くの交渉の末、ついに帝国から皇女が輿入れすることが決まった。
そんなわけで、ロザリンデの婚約は解消されることとなったのである。
「あなたは今まで、王家にとてもよく尽くしてくれました。その結果がこんなことになって、本当に申し訳ないわ」
「とんでもありませんわ。私こそとてもよくしていただき、光栄でした。王妃教育にて学んだことは、臣下として役立てて参りますので、本当にお気になさらないでください」
申し訳なさそうな表情を浮かべる王家の面々に対し、ニコリと笑顔を浮かべるロザリンデ。
その反応に、王家の面々は「なんて健気なんだ」とでも言いたげに目を潤ませている。
しかしロザリンデ、実は内心大喜びである。
(これで勉強漬けの日々から解放されるんですのね……!)
ロザリンデはグランディエ王国を愛していた。婚約者のアルバートに対して恋愛感情はなかったが、アルバートは非の打ち所がない人間であったし、王妃になることに不満はなかった。
けれども、寝る間も惜しんで勉強しないといけないわ、行動はいちいち制限されるわ、常に笑顔を浮かべて気を張っていないと足元を掬われるわ……そんな日々に、正直ウンザリする気持ちがあったのも事実。
今回の婚約解消は、ロザリンデからすれば降って湧いた幸運なのである!
まあロザリンデとて、これから嫁いでくる帝国皇女の能力に不安があれば、さすがにここまで喜びはしなかっただろう。
だが、今回輿入れが決まった皇女――エレオノーラ・アウレリア・レヴァン皇女は、眉目秀麗才色兼備との評判が、国を超えて轟くような人物だ。
ロザリンデも一度、帝国への訪問に同行した際に話をしたことがあるが……幅広い知識とバランス感覚、そしてカリスマ性を持ち合わせた素晴らしい方だった。
麗しい黒髪と高貴な紫の瞳は、ロザリンデの印象に深く残っている。
彼女が王妃になるのなら、グランディエ王国は今後も安泰だ。
となれば、安心して浮かれることができるというわけである。
「大陸情勢については、未だ危ういところが多い。皇女の輿入れにあたっても、邪魔が入ることもありえよう。……ということで、申し訳ないが、実際に皇女が輿入れするまでは、二人の婚約解消については機密事項とし、表向きは婚約関係が継続しているように振る舞って欲しい」
「承知しました」
当然心得ている、とばかりに深く頷くロザリンデ。
しかしこの頃には、彼女の脳内は今夜の祝杯のことでいっぱいだった。
「それから、ロザリンデの婚約者についても、皇女の輿入れまでに内々で決めておかねばならないが……まあ、さすがにこの場でその話をするのは無粋であろう。この話は改めて進めさせてもらう。よいな、フェルナー公爵?」
「国王陛下のお心のままに」
そんなやりとりを最後に、ロザリンデたちは帰宅した。
その後ロザリンデは、父親であるフェルナー公爵に対し一芝居打ち、外出許可をもぎ取った。
そして酒と料理をしこたま楽しみ――今に至る。
以上。回想終了。
***
そう。確かにロザリンデの婚約解消は、現段階では国家機密。
例え幼馴染みのユリウスが相手といえど――とてもではないが、酔った拍子にポロッとこぼしていい話ではないのである。
「ななななななんでユリウスがここにいるんですの!?」
「いやぁ、すごい偶然だね」
そう笑う幼馴染みを、怪訝な顔で見つめるロザリンデ。
(腹黒ユリウスのことですもの。絶対偶然じゃありませんわ……!)
そう彼女が思うには理由があった。
目の前の銀髪碧眼の優男……ユリウス・ネーヴェ侯爵令息とロザリンデは、先に述べたように幼馴染みである。父親同士の仲が良く、またユリウスとロザリンデが同い年であったことから、二人は物心ついた頃からよく遊んでいた。
だが、それもロザリンデが七歳になる頃までの話。
昔から賢くなんでもできたユリウスに対し、ロザリンデはちょっとだけ不器用であった。
そのせいか、ロザリンデはユリウスから何度も失敗をからかわれた。いたずらや意地悪をされたことも、一回や二回ではない。
あるときは、頑張った刺繍を笑われた。
『あはは! ロザリンデ、その図柄、全部逆になってるよ!』
『うう~……だって、難しいんですもの……』
『もう、ロザリンデはダメダメなんだから。仕方ないから、僕が教えてあげる』
またあるときは、不名誉なあだ名をつけられた。
『あちゃー、またインクをこぼしちゃったの? ロザリンデは抜けてるなぁ。このポンコツ姫』
『ポンコツだなんて、ひどいですわ! やめてくださいまし』
『なんで? かわいいじゃん、ポンコツ姫!』
そして――王太子の婚約者になったことを、褒めてもらえなかった。
『ユリウス、聞いてくださいまし! わたくし、アルバート殿下の婚約者に選ばれたんですの!』
『……ロザリンデが、殿下の婚約者?』
『ええ! すごいでしょう? 褒めてくれてもいいんですのよ!』
『……無理だよ』
『え?』
『ロザリンデに王妃は向いてないよ。今からでも、別の人にしてもらったら?』
王太子の婚約者というのは、単に家格が高いだけでなれるものではない。未来の王妃として選ばれるのは、令嬢たちにとってこの上ない名誉だ。
だからきっと、ユリウスも一緒に喜んでくれると思っていたのに。
冷たく言い放たれたあのときの怒りと悲しみは、今もハッキリとロザリンデの脳裏に焼きついている。
(思えば、ユリウスのことを「大嫌い!」になったのは、あれがきっかけでしたわね)
以降、ロザリンデは露骨にユリウスを避けるようになった。
まあ、あえて避けずとも未来の王妃にはやることが大量にあったため、ユリウスと遊ぶような時間は取れなかったのだが。それでもロザリンデには、ユリウスを避けているという自覚があった。
そんないきさつがユリウスとロザリンデにはあるわけだが。
(はあ……ユリウスにも困ったものですわね)
今、成長したユリウスは、見目麗しく、優秀な青年になった。
そのうえ、成人したてという若さでありながら、文官としての頭角をメキメキと現しているらしい。
一見すると穏やかな好青年といった容姿と、将来有望な仕事の成績も相まって、同年代の令嬢たちからは人気らしい。なんでも、常に礼儀正しく優しいところが、令嬢たちの心を掴んで離さないのだとか。
この歳にして珍しく、婚約者がいないというのも令嬢たちからのアタックが止まない原因の一つらしい。
そんなみんなの貴公子ユリウスは、おそらく腐れ縁だとでも思っているのだろう。困ったことに、未だにロザリンデにだけは気安く話しかけてくるのだ。
(確かに、昔ほどは嫌いではありませんわよ? でも……どう接したらいいかわからないんですもの!)
今思えば、ユリウスの言動はあの年頃の少年によくある、可愛いものなのだと思う。
けれども、染みついた苦手意識は拭えず。ロザリンデにとって、ユリウスは未だに「大嫌いな幼馴染み」の枠を脱していなかった。
言わば、天敵に近い存在なのである。
「にしても、ロザリンデが婚約解消か。となると、殿下の新しい婚約相手はレヴァン帝国のエレオノーラ皇女かな? うーん、これは大変な話を聞いてしまったなぁ」
「は、嵌められましたわ……」
「人聞きの悪いこと言わないでよ。……でも、聞いちゃったものは仕方ないよねぇ。国・家・機・密・漏・洩♡」
よりによってそんな男に、国家機密漏洩という弱みを握られてしまった。
お酒も入って浮かれていたとはいえ、王妃教育を受けたものとしてありえない失態である。
(近くにいるはずの護衛たちも、ユリウスが来たなら教えてくださればいいのに。そうしたら、もうちょっと心構えができて、こんなことにはならなかったはずですわ)
心の中で、まったく非のない護衛たちへの恨み言を唱える。ロザリンデは今すぐ駄々を捏ねて泣き喚きたい気持ちだった。
「ううう~いったい何が望みですの?」
「おっ、話が早いね」
「ユリウスのことなんてお見通しですわ~……」
元々賢いユリウスのこと。きっと文官として働いているうちに漏れ聞こえた国際情勢から、皇女が輿入れすることを察していたのだろう。
そしてロザリンデが王宮に出かけて行ってーーその日のうちに街に繰り出していったのを知って、確信に至った。それくらいのことはしてみせるのがユリウスという男だ。
あんなカマかけに引っかかってしまうロザリンデもロザリンデだが……こんなにまわりくどいことをしてみせたのだ。ユリウスにも、何やら思惑があるに違いない。
ある種の確信のもとにそう言いながら、ロザリンデはがっくりとうなだれる。酔いはすっかり冷めてしまった。
ユリウスはそんなロザリンデの横の椅子に、自然な流れで腰かけた。
ロザリンデが持っていたグラスを奪い、残っていたワインを煽る。
それから、この上なくわざとらしく笑って話を切り出した。
「ロザリンデには、一個だけ僕のお願いを聞いて欲しいんだよね」
「お願いですって? あなたがわざわざお願いなんて……」
「いいから聞いてよ。実は僕、そろそろ婚約しようと思ってさ」
婚約。
予想外の言葉に、ロザリンデは目をぱちくりした。
「まあ! 侯爵様が『アイツは一生独身なんじゃないか』と泣くほど婚約の打診を断り続けていた、あのユリウスがですの!?」
信じられず、大きな声が出る。
だが、ロザリンデが驚愕するのも当然の話。だってネーヴェ侯爵はユリウスのあまりに意思の固い様子に、本気で涙を零していたのだ。
優秀な癖に、こと結婚に関しては頑として頷かなかったあのユリウスが……と、ロザリンデは口をぱくぱくさせた。
けれどもユリウスはロザリンデの反応に驚く様子もなく、あっけらかんと話を続ける。
「そうそう。でも、相手と親に頷いてもらうのに苦労しそうな気がしていてねー」
「まあ……ユリウスともあろう人が片想いですって? あなたほどの優良物件を悩むお相手がいるなんて……大変ですわね」
「でしょ? だから、ロザリンデには味方になって欲しいんだよね」
「もちろん。私は応援いたしますわ」
「……うん。君ならそう言ってくれると思ったよ」
なんとなく優しげな微笑みを浮かべて、ユリウスは続ける。
「じゃあ、ここからが本題ね。明日、僕の両親を連れて君の家に行くから……僕が両親と話してる間、君は僕の隣で笑っていてよ」
「笑っている……それだけでいいんですの?」
「うん。何もせず、ただ笑っていて。僕が話している内容を『全て理解している』って顔でさ」
「構いませんけれど……相手のお嬢さんはどんな方なのかしら? まさか既にお相手がいる方とかなんじゃ」
「ああ、それは大丈夫。相手はちゃんと貴族の令嬢で、今のところ婚約者もいない」
「そうですの」
ロザリンデはよくよく考えた。
ユリウスの婚約を後押しするために、明日、彼の隣でただ笑っているだけ。
それなら別に、ロザリンデにもフェルナー公爵家にも害はない。
むしろ、それだけで国家機密漏洩を黙っていてもらえて、加えて次期ネーヴェ侯爵に恩が売れるとなれば……もはや良いことですらあるのでは?
「仕方ありませんわね。そういうことなら、任されましたわ」
「っ、ありがとう! ロザリンデ!」
ロザリンデが渋々という顔で了承すると、ユリウスは目を輝かせてロザリンデの手を握った。
思ったよりも嬉しそうな顔にギョッとしつつ、最後に念を押すことも忘れない。
「その代わり、ちゃんと秘密にしてくださいましね?」
「……うん、約束する」
危ない。これは念を押さなかったら忘れられていたかもしれない。
どことなく歯切れの悪かったユリウスにぷりぷりしながら、ロザリンデは残っている料理に手を伸ばした。
***
翌日、ユリウスは宣言通りネーヴェ侯爵夫妻と共にフェルナー公爵家へ来訪した。
メイドに呼ばれて応接室へ向かうと、そこにはなぜかロザリンデの両親も同席していた。
「――ですから、僕が今まで婚約の打診に頷かなかったのは、彼女のことを愛していたからなのです」
「うーむ、まさかユリウスがそこまであの子を好いていたとは……」
会話の内容から察するに、ユリウスは婚約したい相手とやらに長い片想いをしていたようだ。
幼馴染みの恋路に内心ニヤニヤしながら部屋に入る。
すると、誰より先にユリウスが反応した。
「ああ、ちょうどいいところに来てくれたね。ロザリンデ」
促されるまま隣に座るロザリンデ。
そして彼女が笑顔を浮かべた瞬間――
「ロザリンデ。君は昨日、僕の願いを聞き入れてくれたよね」
「え、ええ」
「ということです。フェルナー公爵、父上」
「うーむ……」
――ユリウスは、謎に圧力を感じる笑顔を向けてきた。
ロザリンデの口元が一瞬、ひく、と動く。
だがロザリンデは、王妃教育にて培った能力をフル発揮し、すぐに涼やかな微笑みを浮かべた。
幸い、誰にも違和感は与えなかったようだ。
(危なかったですわ……! ここで変に疑られては、ユリウスの願いを聞いたことにならないかも……機密漏洩を黙っていてもらえないかもしれませんもの)
ホッとしながらも、ロザリンデは気を引き締めた。
「ロザリンデ、お前は本当にこの婚約に異存はないのか?」
すると、これまで考え込んでいた父が、心配そうにロザリンデの顔色を伺ってきた。
(……? なぜ、私の反応を気にするのかしら?)
不思議に思いながらも、笑って頷く。
「……もちろんですわ。私自身、このお話は大変喜ばしく思っております」
「そうか……」
すると、父は今度は悲しそうな表情をした。
だが、それもほんの数秒の話。すぐに背筋を正したフェルナー公爵は、オホン! と大きな咳払いをしてから口を開いた。
「ロザリンデも了承しているということであれば、断る理由もあるまい。両家が結びつくことによる勢力の偏りだけが懸念だが……まあ、そこは私がうまくやろう」
そこに、ネーヴェ侯爵も続く。
「当家としても、一時は一生独身なのではと気を揉んだ愚息がついに婚約に頷いた……しかも相手が彼女であるならば、願ってもない話だ」
「……では」
「ああ」
フェルナー公爵夫妻とネーヴェ侯爵夫妻は、共に慈愛の笑みを浮かべ、深く頷いた。
「両家の名のもとに――ユリウスとロザリンデの婚約を認めよう」
「え?」
聞き捨てならない言葉が聞こえ、さすがのロザリンデも笑顔が剥がれ落ちた。令嬢らしからぬ声が漏れる。
だが、もはやここまで話が進んでしまっては、ロザリンデの反応など誰も気にしないらしい。
「っ、ありがとうございます!」
「うむ」
「ユリウス君、ロザリンデをよろしくね」
「ああ、本当によかった……僕も孫の顔が見られるんだね……」
「もう、あなたったら! さすがに気が早いわよ。まずは結婚式からでしょう?」
和やかで幸せいっぱいな空気があたりに満ちていた。
その空気は、ロザリンデの口をつぐませるのに十分な威力を持っていた。
***
「じゃあ後は若いおふたりで」なんて言われながら、庭園の散歩に送り出されたユリウスとロザリンデ。
「どどどどどどういうことですの!? どうして私とユリウスが婚約することになっているんです!」
幸せな空気を壊すこともできず、しばし呆然としていたロザリンデだったが、両親が見えなくなった途端、水を得た魚のようにユリウスへ詰め寄った。
「言われたとおりただ隣で笑っていたら、こんなことになるなんて……! こんなの詐欺じゃありませんの!?」
「嫌だなぁ、嘘は言ってないじゃないか」
「ハッ……確かに……! で、でもでも! ユリウス、あなた婚約したい女性がいるって言ったじゃないですの! だから私に応援しろって!」
「うん。それが君ね」
「ですから……うん?」
「だから、僕が婚約したい相手は君だよ。ロザリンデ」
ユリウスは急に足を止めて振り向いた。
心なしか、頬がほんのり染まっているように見えた。
「君は王妃になるんだからって、ずっと諦めてたのに……いきなり婚約解消されるんだもの。絶対手に入れなきゃって、なりふり構っていられなかった」
バチ、と視線がぶつかる。
普段のユリウスの様子とは違う、真剣なまなざし。
(……これでは、まるで)
「ゆ、ユリウス? それだと、まるであなたが私のことを……す、好きみたいに聞こえるのですけれど?」
「そう言ったつもりだけど」
「んええ!?」
「ちなみに、ほとんど出会った頃からね。……あの頃はまだ幼かったから、恋心に戸惑って天邪鬼な行動をしてるうちに、君には嫌われちゃったみたいだけど」
思いつきを冗談めかして口にしたら、間髪入れずに肯定されてしまった。
しかも、有無を言わさず追撃まで!
(そんな……まさか、ユリウスが私のことをす、好きだったなんて……)
ロザリンデは自分の顔がぽぽぽ、と熱を持っていくのを自覚した。
(おかしいですわ。ユリウスのことなんて、嫌いなはずなのに)
頬に手を当てて、熱を冷まそうと試みる。けれど、手の方がポカポカと温まっていくばかりで、なんの意味も為さない。
「ねえ、ロザリンデ。僕は君が好きだ。君以外には誰もいらない。……そう言ったら、君は嫌? 僕の気持ちは、困る?」
「……うう」
「ロザリンデ?」
「こ、困りますわ」
「……そう」
「なぜか嫌じゃないので、とても困りますわ!」
どうしたらいいのかわからなくなって、ロザリンデはついに大声で叫んだ。
ユリウスが驚いたように目を見開く。その様子からぷい、と顔を背けて、ロザリンデは告げた。
「どうせ、もうお父様たちの了承は得てしまったんですもの。すぐに気持ちは切り替えられませんけれど、あなたのことは信用しています」
「じゃあ」
「ええ。だから……その、まずは、お友達からということで」
そこから、たっぷり数十秒。庭園には沈黙が横たわった。
返事がないので不安になって、ロザリンデはチラリとユリウスを横目で見てみた。
そこに居たのは、感極まったとばかりに口を押さえ、体を震わせるユリウスだった。
「……あなた、」
「わかった」
ロザリンデが何か言う前に、ユリウスが口を開いた。
「どうか僕がお友達の距離感に収まっていられるうちに、好きになってね。ロザリンデ?」
そうして視線を寄越してきたユリウスは、見慣れた憎たらしい表情をしていた。
でも――……
(どうしてかしら)
……今までよりもちょっとだけ、ユリウスのことがカッコよく見えてしまうのだ。
(……私って、チョロすぎませんこと?)
自分でも呆れるほど簡単にときめいた胸に、思わずため息を吐く。
きっとそう遠くない未来、自分はユリウスの魔の手に落ちてしまうのだろう。
けど、それも悪くないかも?……なんて思ったのは、もう少しだけ秘密にしておこう。
「……善処しますわ!」
せめてもの仕返しに、と。ロザリンデはそう決めたのだった。
END




