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極悪非道もサジ加減!~ポンコツ怪盗の弟子になった俺は、悪事で悪党共を救う〜  作者: 一二三 五六
【第1章】怪盗は夜空を舞い、弟子は宙を仰ぐ

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【85】スルシャーナ=エストランド

「エストランド?」


どっかで聞いたことがある名前だ。

確か……


「エストランドとは、例の薬物事件で取り潰しになった……あの貴族か?」


ユーディアの言葉にピンときた。

そうだ。時々噂で小耳に挟んでいた、不祥事を起こした貴族の家名だ。

確か――エストランド家当主、オルディーが薬物中毒に陥り、領主の弟であるフレデリック先生に捕縛されたとか。その後、家は取り潰しになった……はずだ。


じゃあ、この狐娘……スルシャーナは、元貴族?


「……父は、立派な人です」


ぽつりと落とされた声に、思考を引き戻される。


「薬物に関しては……きっと、誰かに嵌められたのです……」


狐耳を力なく垂らし、スルシャーナは悲しげに目を伏せた。


「父――オルディーは、ミレアス騎士団の団長でした。何よりもこの地を護ることに心血を注ぐ、心優しき人です。アーヴァンテール王国に仇なすような薬物をばら撒き、己の懐を肥やすような真似をする方ではありません」


騎士団長――それも、確かに聞いたことがある。

地位も名誉も、申し分のない人物だったのだろう。


……そういえば、スルシャーナから貰った激重ロングソードは「家宝」とかなんとか言ってたはず。……じゃああれは、由緒正しい貴族の本物の家宝だったのか。そりゃあ、高い値がつく訳だ。


「それだけではありません」


スルシャーナは顔を上げ、ぐっと拳を握る。


「横流ししていたとされる薬物に……父自身が侵されていたのです。日に日に衰弱し、医師にも見放され……余命幾ばくもないと言われた、その時――」


一歩、俺に近づく。


「アルノー様。貴方様が、あの万能薬を与えてくださったのです」


真っ直ぐな視線が、突き刺さる。


「お陰で父は一命を取り留め……今では、床に伏せながらも食事ができるまでに回復しました」

「あぁ、まぁ役に立ったなら良かったけどさ……ベッドでってことは、まだ歩けないのか?」


激ヤバポーションを渡したのはダンジョンへ潜る1週間ほど前のことだ。そこから俺たちがダンジョンで遭難したので……およそ3ヶ月間、あの激ヤバポーションを使ってもベッドの中から出られるほど回復出来なかったのか。どんだけやばい薬物なんだ?


「生きているだけで、奇跡なのです。常に魔力枯渇に陥り、その度に細胞が壊死していくような状態でしたから……」


俯き、物憂げに長いまつ毛を伏せる。相変わらず美人だな〜なんて呑気に思っていた、


次の瞬間。


弾かれたように顔を上げると、目にも止まらぬ速さで俺の両手をガシィッ!と掴んだ。


「貴族位を剥奪されて以降、資産はすべて没収され、私の手元に残ったのは、この身一つと……高すぎる犯罪数値だけでした。その時点で、もはや人として扱われません。仕事を選んでいる余裕もないと覚悟を決めた、まさにその時――アルノー様と出会ったのです」


祈るように、縋るように、細い指が俺の指へと絡みつく。


「あれほど犯罪数値の高い私を、アルノー様は対等に扱ってくださり……あまつさえ、あの貴重なポーションまで分け与えてくださいました。あの時、あの場所でお会いできなければ、きっと私も父も、今こうして生きてはいなかったでしょう」


ぐっと、手に力がこもる。


「アルノー様は――暗闇を彷徨っていた我が一家を救い上げてくださった、まさしく救世主なのです!」


整った顔立ちとは裏腹に、見開かれた瞳は異様なほどに爛々と輝いていた。


「ですので、どうか……この私に出来ることがあれば、何なりとお申し付けくださいませ!」

「しっー!しっー!だったらまずは声を落としてくれ!」

「あっ……コン……」


視線を横にやると、司書カウンターの奥から銀髪の司書がじっとこちらを見つめている。

やべぇ、俺たちマークされている。


「……と、とりあえず場所を変えようか」


ユーディアが先ほどまで興味を示していた書棚の奥へと移動する。司書の視線が切れたところで、俺は未だに掴まれたままのスルシャーナの手をゆっくりと引き離す。


「えーと、“出来ることがあればなんなりと”って言ってたけど……具体的には何が出来るんだ?」

「何でもいたします。どのようなことでも!」


解いたのにまた俺の手をガバッと掴んでくる。

俺はそれを丁寧に引き剥がした。


「いや、だからその“何でも”って――」

「何でも、です!」


ガッシィ!と再び強く手を握る。

また剥がそうとするが、ギッチギチに掴まれてて離れない。指一本剥がせない。筋力がえげつない。その異様な握力に背筋がじわりと冷える。


手を引き剥がせない俺に、スルシャーナはゆっくりと顔を近づけてきた。


「あの時、貴方様に出会えなければ……この命はとうに失われていたでしょう。ですから、この身のすべては貴方様のものです。どのように扱っていただいても構いません。いかなる命令にも、必ず従いましょう」


ぎらりと光るその瞳は、もはや信仰にも似た熱を帯びていた。

思わず後ずさると、背中がドン、と本棚にぶつかる。

だがスルシャーナは構わず距離を詰め、そのまま俺を本棚へ押し付けるように追い詰めてくる。


「さぁさぁさぁ!――どうぞ、お命じくださいませ!」

「いだだだっ!?」


握り締められた手に、ミシミシと嫌な音が走る。骨が軋むほどの力にも関わらず、スルシャーナはまるで気づいていないかのように力を緩めない。



ーー怖い!この子、やばい気配がする!



どんなに見た目が好みでも、俺は清純派の恥ずかしがり屋なピュアな子が好きなのだ。こんな狂信系肉食女子は俺の守備範囲外である。


「お望みであれば奴隷にでも何でもーー」

「おっほん」


ヤバそうな単語が飛び出した瞬間、ユーディアが控えめに咳払いを挟む。

その音でようやく我に返ったのか、スルシャーナは「コンッ……」と小さく鳴きながら頬を赤らめ、すっと俺から距離を取った。


た、た、助かった……。


まだドクドクと鳴り続ける胸を押さえる。これはアオハル的なときめきなどでは断じてなく、ただの純粋な恐怖だ。吊り橋効果という、恐怖による動悸を恋と錯覚する現象があると聞いたことはあるが――あれは所詮、多少の揺れがあってこその話だ。


ここまで来ると、吊り橋はちぎれて谷底へ真っ逆さまである。


うん。勉強にはなった。

いや、こんな形で知りたくはなかった。


『大丈夫かね?』

『怖ぇよぉ……女の子怖ぇよぉ……』


ちょっと色が変わってしまった指をさすっていると、怯える俺を庇うようにユーディアが前に出てくれた。情けないが、ここは師匠の背中を借りよう。俺はそっとユーディアの影に隠れる。


「スルシャーナ嬢。ここは図書館。他の利用者もいるのだ。彼と話をしたいのならば、まずは声量を抑えて頂けるかな?」

「コン……すみません。私、昔から真っ直ぐすぎると言われておりまして……」


真っ直ぐというか、どう見ても猪突猛進だ。

狐というより、もはやイノシシじゃないのか?


「ふむ……では、スルシャーナ殿は図書館に詳しいかね?我々は契約関係の書物を探しているのだが」

「いえ……すみません。私、あまり図書館や本には詳しくなく……」

「そうか。ならば、一緒に本を読んで情報を探してはくれんか?」

「も、申し訳ございません……。読書は苦手でして……」


何でもすると言った割に、結構出来ない事ばかりじゃないか、この狐娘……。おそらくユーディアも同じことを思っているのだろうが、それを一切表に出さず、淡々と言葉を続ける。


「ならば、この図書館には何をしに来ているのかね?」

「ここへは仕事で来ております」

「仕事?本の整理などかね?」


その問いに、スルシャーナは小さく首を横に振った。


「いえ、写本です。一冊につき銀貨8枚で請け負っております。座学は苦手なのですが……文字だけは綺麗だと評価されておりまして」

「写本か」

「はい。一冊を書き上げるのに数日を要しますが……」


この世界にはコピー機など存在しないが、印刷技術らしきものはある。現に、職業訓練所で受け取った本は、まるで判で押したように整った文字で印字されていた。

つまり、本は増産が可能なのだ。

金のある者であれば書物は購入できるし、そうでなければ借りて読むという選択肢もある。


その中で、あえて写本を依頼する理由となれば――料理本のように手元で何度も確認したいものなど、限られた用途に絞られるだろう。

手間も時間もかかる仕事であることを考えると、決して実入りの良い稼業とは言えない。


ユーディアの後ろからひょいと顔を出し、スルシャーナへ声をかける。


「そのー……スルシャーナは、他に何が出来るんだ?」

「あとは……剣術くらいです。騎士団に入るための教育は受けてまいりましたが……今は剣すらまともに買えませんので、何の役にも立ちません」


武器を買う金がないのか、それともそもそも売ってもらえないのか……どちらにせよ、あの長剣を俺に渡したのは相当な覚悟だったのだろう。


……正直なところ、今の俺たちにスルシャーナの手助けは必要ない。


技能や契約に関する書物を闇雲に写本させるにしても、時間も金もかかりすぎるし、読み終えた後の扱いにも困る。


――とはいえ、このまま放っておけば「何かさせてください!」と、そのままアジトまでついて来そうだよなぁ。


どうしたものかと頭を悩ませ、ふと視線を横に流すと――ユーディアが先ほど足を止めていた、宝石の歴史に関する書棚が目に入った。

俺はその中から一冊を手に取り、軽く掲げる。


「――じゃあ、これの写本を頼むよ」

「っ……はい!喜んで!」

「よいのか?技能関係の書物でも構わんのでは……」


ユーディアはどこか遠慮がちに言葉を濁す。


「これ、気になってたんだろ? ローレン先生の研究資料だけじゃなくて、暇な時に読める本があった方が文字の勉強にもなるだろうしさ」


読み終えた後は、ユーディアの部屋に置いておけばいい。確か、まだ何も置いていない本棚があったはずだ。趣味の本なんてものは、どうせ何度でも読み返したくなる。


「フッ……そうだな。勉強には、これ以上ない教材と言えるだろう」


ユーディアは満足げに微笑む。本当は凄く読みたかったくせに。

俺はコートの内側から銀貨を取り出した。


「じゃあ、写本の料金は銀貨8枚だったよな?」

「いえっ!恩人であるアルノー様から、金銭など頂けません……!」


狐耳をぴんと立て、ぶんぶんと首を横に振る。

だが、俺だってスルシャーナのおかげでこの超高性能コートが手に入ったも同然なのだ。


「いいから受け取れって。それに、あのポーションの代わりに、スルシャーナだって大事な長剣をくれただろ?だからそこまで恩義を感じなくていいからさ。気持ちだけで十分だよ」

「ですが……」

「スルシャーナ嬢。よければ受け取ってくれたまえ」


ユーディアが一歩前に出て、穏やかに言葉を重ねる。


「彼は生粋のお人好しでね。アルノー君のためを思うのであれば、ここは受け取ってくれた方が、きっと彼も喜ぶ」

「ユディ様……」


差し出した銀貨を、スルシャーナはおずおずと受け取る。

それを両手で大事そうに抱きしめると、ふわりと金色の尻尾が左右に揺れた。


「ありがとうございます。これで久しぶりに、父や母に良いものを食べさせてあげられそうです」

「そういや、資産は没収されたんだっけか」

「はい……ですが、家族が生きているだけで、今の私には十分です」


朗らかに微笑むその顔は確かに美しいが――よく見れば、頬はわずかにこけ、髪の艶も失われている。服も質素で、初めて会った時とは比べものにならないほどやつれていた。


……狂気じみたところはあるが、それを除けば、ただの家族思いのいい子なんだよな。


『また何か考えているな』

『……【契約回廊】繋げてたなら言えよ』

『フッ。魔物すら救おうとする君が、猪突猛進とはいえ、これほど健気なレディを放っておくとは思えなくてね』

『まぁ……そうだけど』

『なら、こういうのはどうだ?』


【契約回廊】越しに、ユーディアの考えが流れ込んでくる。

……多少、私情は混ざっているようだが――今回はこれを採用しよう。


俺はコートから小金貨をひと掴み取り出し、そのままスルシャーナへ差し出した。

予想外の量に、彼女の尻尾がびくりと跳ねる。


「……あの、これは?」

「その様子だと、写本の依頼も他にないんだろ?だったら、この金で出来る範囲で、この棚の本を全部写本してくれよ」


そう言って、ユーディアが見入っていた書棚をコンコンと叩く。


「期限は特にないからさ。とにかく丁寧に頼むよ。俺たちも時々ここには来るから、出来た分だけその都度持ってきてくれないか?」


趣味で読む分なら急ぐ必要はないし、少しずつ本が増えていくのは、ユーディアに新しい文章を読ませる練習にもなる。


「よ、よろしいのでしょうか……?まだ私の仕事ぶりも分からないのに、こんな大きな依頼を……」

「文字が綺麗なんだろ?それに、最悪読めればいいからさ。だけど……いいか?これは、た・だ・の!依頼だからな?変に恩義とか感じて、“救世主”とか呼ぶのは禁止だぞ」


もうその呼び名は、エル=ナシェルの民だけで十分なのだ。


スルシャーナは小金貨を胸に抱きしめたまま、じっとこちらを見つめ――


「かしこまりました。ご依頼、確かに承りました。――我が君、アルノー様」


……ん? 我が君?


どこか不穏な響きに首をかしげる間もなく、スルシャーナはぺこりと頭を下げ、本を抱えて足早に去っていった。……図書館は走っちゃダメだぞー。


「……なぁ、お前の趣味の本を写本させるならさ、ユーディア自身で依頼した方がよかったんじゃね?」


あの子はどこか狂信じみたところがあって、正直少し怖い。

その熱を少しでも分散させた方がよかったかもしれない――そんな後悔が頭をよぎった瞬間、ポスッと背中を軽く叩かれた。


「私は彼女の身の上を聞いても、犯罪数値が高いなら仕方ないとしか思えんかった。君のように、何とか金銭を工面してやろうなどとは考えもしなかったのだよ」

「女性に優しくって言う割には、そういう人たちを何とかしようとは思わないのかよ?」

「優しさとお人好しは違う。それに、君が“助けたい”と思ったその気持ちを、横からかすめ取ろうとは――さすがの怪盗でもせんよ」


そう言いながらも、ユーディアの表情はどこか満足げだった。スルシャーナが嬉しそうにしていたのを見て、内心ほっとしていたのは、お前も同じだろうに。


俺たちはそのほかにも必要そうな本をいくつか抱え、読書スペースへと向かった。

広々とした机にはほとんど人影はなく、静まり返った空間が広がっている。


どさり、と重たい本を机の上に置き、ユーディアと肩を並べて腰を下ろす。


「それじゃあ、早速始めるか」


俺は分厚い革張りの本を手に取り、長い長い文字の大海原へと漕ぎ出した。

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