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極悪非道もサジ加減!~ポンコツ怪盗の弟子になった俺は、悪事で悪党共を救う〜  作者: 一二三 五六
【第1章】怪盗は夜空を舞い、弟子は宙を仰ぐ

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【84】ミレアス図書館

「これは……酷いな」

「うーん……統一感がないっていうか……」


リナとユーディアの容赦ない酷評を聞き流しながら、俺はコートから家具を取り出しては部屋に設置していく。気分転換も兼ねて部屋を整えているというのに、横で好き放題言われているせいで、昨日からガタ落ちしたテンションがなかなか癒えてくれない。


テンションが落ちている理由は……昨夜の訓練が原因だ。黙々と作業しつつ、昨夜の事を思い返す。




 




結論から言えば……昨日の訓練は散々だった。

無声での技能発動は結局最後まで何の手応えも掴めなかった。もっとも、それについては始めたばかりだし、まだいい。


問題は……《無名讃歌》の方だ。

あれは、本当に精神を削られる。

発動した瞬間、全ての感覚が一斉に途絶える。視界も、音も、重力すらも消え去り、自分という存在がどこにあるのかさえ分からなくなる。

ただ“無”だけが広がる暗闇の中で、自分がそのまま溶けて消えてしまいそうになる――あの感覚が、何よりも怖い。別に暗所恐怖症ってわけじゃない。だが、あれだけはどうしても慣れる気がしなかった。


しかも、《無名讃歌》を解除すると、今度は体が地面に埋まっている。


解除のタイミングが少しでも遅れれば、胸のあたりまで地面にめり込み、呼吸すらままならなくなる。そこから《影足》を全力で発動して無理やり脱出するのだが、そのたびにごっそりと体力を持っていかれた。


その後、ユーディアの提案で少し高い木に登ってから発動をしてみた。その場合、地面に埋まることはなかったが――代わりに、思いきり地面へ叩きつけられた。


どうやら《無名讃歌》を発動すると、あの自動防御をしてくれる万能コートでさえ、周囲の状況を一切把握できなくなるらしい。解除直後、一瞬だけコートの状況確認でコートが自動では動かなくなるのだ。

解除したタイミングも悪かったらしく、コートの受け身が間に合わずに、結果として俺はまともに地面へ激突した、というわけだ。

さすがのユーディアもそれには眉をひそめ、「今日はここまでだ」と訓練の中断を告げた。


技能の扱いを覚えるどころか、感覚も手応えもまるでない。挙句に全身打撲で終わる始末。


……おかげで、俺のモチベーションは見事に地の底まで落ちていた。


 


そんなわけで。


今日はそのガタ落ちしたテンションを少しでも引き上げようと、朝からリナ達に壁紙や絨毯を張ってもらい、個室のコーディネートに勤しんでいる、というわけだ。

3人へ朝食も振る舞ったおかげか、リナはすぐに作業へ取りかかってくれた。ちなみにエドとユノは、レンガの発注や道具の購入のため、朝市を走り回っているらしく、今はここにはいない。


……だからこそ、この好き勝手なダメ出しを止める者もいないんだけどな。


最後にベッド横にランプを置くと、「そこにか?」「なんでさ」と背後から声が飛び交い、いよいよ俺の堪忍袋の緒が切れた。


「うるっせぇー!!なんだよ!どこが変なんだよ!言ってみろ!」


俺の部屋は、地球で見た“ちょっといいマンションのモデルルーム”をイメージした内装だ。

真っ白な壁紙に、床には黒い絨毯。黒い鉄製のラックに黒いベッド、その横にはサイドテーブルとモノクロのランプ。窓際には広めのテーブルと椅子を置き、申し訳程度に観葉植物も添えている。天井からはシンプルな照明をひとつ。


パッと見は、シンプルでシックな“大人の部屋”――の、はずだった。


リナとユーディアが顔を見合わせ、遠慮なく口を開く。


「まず色がない。真っ白な壁にしているのに、肝心の壁に何も飾っていないではないか」

「なんで鉄製の棚なんだい? まるで倉庫じゃないか」

「それに黒が多すぎる。壁以外ほとんど黒とは……正気か?」

「家具も置きすぎてるね。これじゃ余計に狭く見えるよ」

「灯りも足りぬな。天井とベッド脇だけでは、常に薄暗い部屋になる」

「窓際のテーブル、何に使うのさ?一人でお茶会でもやるレベルの大きさじゃないか」

「純粋にセンスがない」

「金の無駄遣いだねぇ」


「ストーーップ!!わかった!わかったから!!」


ボコスカに叩きのめされ、もはやオーバーキルである。そこまで言えとは頼んでいない。

俺はすっかり拗ねて、ベッドにボフッと倒れ込んだ。


「かっこいいじゃん……モノクロで……」

「いやさ、どう見ても倉庫だよ」

「うむ。美しさの欠片もないな」


リナとユーディア曰く、どうやら裕福な家庭や貴族というのは、鮮やかな色彩や細やかな装飾を好むものらしい。

つまり、日本でよく見るスタイリッシュなデザインは、こちらの世界では“質素で味気ない”部屋に見えてしまうのだとか。


……いや、俺だってさ。せっかく異世界に来たんだから、それっぽい部屋にしたかったんだよ?

でも、日本での一人暮らしが長すぎたせいで、そういう“それっぽいセンス”が全然思い浮かばなかった。

気がつけば出来上がっていたのは、日本の賃貸みたいな部屋。



――これが、日本人のサガってやつだ。



「そういうユーディアの部屋はどうなんだよ……」


これまでまともな“自分の部屋”を持ったことがないユーディアだ。きっと、どこかズレたヘンテコな内装に違いない。


「見てみるかね?」


どうやら既に完成しているらしい。

――酷い出来だったら、今度はこっちが遠慮なくギッタンギッタンに言ってやる。


そんな意地の悪い期待を胸に、俺はユーディアの部屋へ足を踏み入れた。





――そこは、まるで別世界だった。





深みのある紅の壁紙には、金糸で繊細な紋様が織り込まれている。壁に設えられた小ぶりのシャンデリアが柔らかな光を落とし、その紋様を上品に浮かび上がらせていた。


同系色で統一された木製のベッドには、細やかな彫刻が施されている。装飾は決して過剰ではないのに、確かな品格が滲んでいた。


床には落ち着いた灰色の絨毯。窓際にはゆったりと揺れるロッキングチェアと、まだ空の本棚、そして整然としたクローゼット。

天井のシャンデリアが部屋全体を包み込むように照らし、壁に飾られた絵画や小ぶりの灯りまでも、すべてが調和の中に収まっている。


華美ではない。

だが一目でわかる。


ーーそこは、確かな美意識によって作り上げられた、大人の貴族の私室そのものだった。


「はぁ〜……ユディってセンスいいねぇ」

「貴族の部屋は何度か訪れたことがあってな。多少アレンジは加えたが……なかなかの出来であろう?」

「なかなかどころかさ、品はあるのにゴテゴテしてないこの感じ、すごく素敵だよ。あたし好きだなぁ。こんな部屋で過ごせたらきっと朝から気分最高だねぇ」


リナは目を輝かせながら、部屋の隅々まで見入っている。


「どうだね?アルノー君。何か感想は?」

「ぐっ……き、キンキラキンで……落ち着いて寝れねぇじゃん……」


自分でも苦し紛れだと分かる言い訳だ。

案の定、ユーディアはそれを見透かしたように、余裕の笑みを浮かべる。


く、くそ……悔しい……!


別に勝負していたわけじゃない。

それでも何かに負けた気がしてならなかった。


「あーもうやめやめ!今日は図書館に行くんだろ!こんなことしてないで行こうぜ!」


「まだ私の部屋の評価を聞いていないのだが?」


「はいはい!かっこいい部屋だな!これで満足かよ!?」


ヤケクソ気味に吐き捨てると、ユーディアは満足そうに「うむ」と頷いた。


「ではリナ嬢。我々は出かけるが、キッチン周りとダイニングの壁紙や絨毯なども頼めるかね?」

「ああ、いいよ。食器棚とか買ってるなら、こっちで整理もしとくから出しといて」

「承知した。……何か礼の希望はあるかね?今日は図書館の近くにあるプリンでも買ってこようかと思っていたのだが――」

「プリン!?あそこの有名なやつでしょ!一度でいいから食べてみたかったんだよ!」

「フッ、ではエド君たちの分も買ってこよう」


いつの間にか、すっかり打ち解けている二人。

気が合うのか、それとも好みが近いからなのか。


……まあ、仲がいいのは結構なことだが。


その横でせっせとコートから荷物を取り出している俺のことも、少しくらい労ってくれていいんじゃないか?


そんなことを思いながら荷物を吐き出し終え、

俺たちはようやく図書館へと向かった。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






図書館は職業訓練所の裏手にある、大きなドーム状の建物だ。貴族街寄りということもあってか、周囲の建物と比べても一際重厚で、高級感のある石造りになっている。


入口には受付があり、そこで簡単な説明を受けた。


入場料は一人、銀貨2枚。平民にとってはなかなかに痛い出費だ。しかも本の貸し出しは禁止。調べ物はすべて館内で済ませる必要があるらしい。

さらに、本を盗んだり汚損した場合――内容や価値にもよるが、一冊につき大金貨1枚相当の罰金。

加えて、意図的と判断されれば犯罪数値も加算されるという。

それを聞いた瞬間、ユーディアの表情がわずかに引き締まった。

……まあ、貧乏性怪盗としては無視できない話だろう。


その他の規則は一般的なものだ。

私語は控える、走らない、他者の迷惑にならないように――といった基本的なマナーが並ぶ。


「それでは、ごゆっくりお過ごしください」


受付の言葉とともに、重厚な扉がゆっくりと開かれた。




――その瞬間、思わず足が止まった。




目の前に広がっていたのは、巨大な書棚が幾層にも連なる、大図書館だった。


吹き抜けの4階建て。天井のドームはガラス張りなのか、日差しを程よく入れていてとても明るい。

中央には円形のカウンターがあり、そこから放射状に書棚が広がっている。壁という壁が本で埋め尽くされ、視界のどこを見ても書物しかない。


図書館特有の、古紙とインクの匂いが静かに鼻をくすぐる。外の音は一切届かず、自分の呼吸さえもやけに大きく感じる。おそらく、何らかの魔法で遮音されているのだろう。


そして何より――本棚が、宙に浮かんでいた。


ゆっくりと回転する棚の間を、色とりどりの本がひとりでに飛び交い、意思を持つかのように正しい位置へと収まっていく。



魔法で管理された書庫――ミレアス図書館。



物語の中でしか見たことのない光景が、今、現実として目の前にあった。


「す、す、すげぇ……!」


思わず声が漏れる。

慌てて口を押さえながらも、視線はあちこちへと落ち着かない。


「あぁ。図書館に入るのは初めてだが……これは圧巻だな」


俺とは対照的に、ユーディアは落ち着いた様子で近くの柱に手を触れ、そのまま視線を上へと滑らせていく。


「古い歴史を感じさせる、珍しい建築様式だ。この保存状態で今も現役とは……相当、手入れが行き届いている」

「え、そっち?」

「む? 違うのか?」

「いやほら、本棚浮いてんじゃん」

「あぁ……確かに。あの本棚も年季が入っているのに保存状態が素晴らしいな。彫刻の造形も実に美しい」


……どうやらユーディアにとっては、“浮いていること”よりも“造りの美しさ”の方が重要らしい。

俺には、さっぱり分からん。


とりあえず、中央の司書カウンターへ向かう。

声をかけようとして――ふと、気がついた。


カウンターに座っているのは、銀髪の女性だった。

野暮ったい黒縁の眼鏡をかけているが、その奥にある淡い紫の瞳は白い肌によく映え、思わず息を呑むほどに整った顔立ちをしている。


そして何より――耳が、長く尖っていた。


――エルフだ!


この世界に来たばかりの頃、一瞬だけ視界の端に映ったあの種族。ついに、ちゃんとした形で出会えたのだ!


込み上げる興奮に、思わず声が大きくなりそうになる。慌ててそれを飲み込み、代わりに【契約回廊】でユーディアへと話しかけた。


『ユーディア!エルフ!エルフだぞ!』


抑えたつもりでも、興奮は隠しきれていなかったのだろう。すぐに『落ち着け』と、たしなめる声が返ってくる。


『確かにこの辺りでは珍しいが……間違っても、彼女の前で“エルフ”などと口にするなよ』

『ん?なんで?』

『その呼び名は、人間種が勝手につけた“蔑称”だ。彼女らはエルフェルーンと名乗る』


気をつけたまえ、と釘を刺され、慌てて軽く息を整える。……危ない危ない。ユーディアがいなければ、「エルフですか?」とド直球で聞くところだった。

ドワーフやノームはそのままだったのに、エルフだけ違うのか。


「失礼。鈴蘭のように白く、凛とした美しきレディ。少々お尋ねしたいのだが」

「……何でしょう」


整った視線がこちらへ向けられる。

感情の起伏を感じさせない、ひどく冷静な目だ。


「契約の破棄に関する書物を探しているのだが、どのあたりを見れば良いだろうか?」

「あー、あと、技能の封印とか、技能の消去とか、技能一覧表とかも欲しいんですけど」

「……」


俺たちの言葉を無言で受け止めると、司書は手元のパネルに指先で軽く触れた。


「……契約関連は3階、E列からG列。技能関連は1階、A列からC列です」


それだけを告げると、彼女はすぐに視線を落とし、仕事へと戻ってしまう。


……ずいぶんと、クールな人だ。


ひとまず1階の技能関連の棚へ向かう。

予想していた通り、蔵書量は桁違いだった。


背表紙を目で追いながら、それらしい本を片っ端から引き抜いていく。


「うーん……ひとまず、技能関係はこんなもんでいいか」


「……それを全部読むのか?」


「これだけじゃないぞ。まだまだあるからな?」


あからさまに顔をしかめるユーディアを無視して、次は契約関連の棚へ向かう。

すると、とある一角で、ユーディアがぴたりと足を止めた。


「……?」


何かあるのかと視線を向けると、その棚には宝石や魔石に関する書物がずらりと並んでいた。

歴史書、加工技術、価値評価――見ているだけで目が回りそうな専門書ばかりだ。

そういえばコイツ、クラリスさんと歴史の話で盛り上がるくらい、この手の分野が好きだったな。


「……ほう。魔石を宝石の品質まで高める方法か。こちらはマーロンド式のデザインカットの歴史……おお、時系列ごとのカッティング様式の変遷とは――」


そのまま本棚の奥へ吸い込まれそうになるユーディアの肩を、後ろからガシッと掴む。


「本を読みたいなら、ここに山ほどあるぞ?」

「ぐっ……分かっている。分かってはいるが……」


名残惜しそうに指をわきわきと動かしながら、本棚を見つめ続けている。


だが、この図書館は貸し出し禁止だ。

入館するたびに銀貨2枚を払う必要がある以上、趣味に時間を使う余裕はない。


……とはいえ。


文字も読めなかったこいつが、ここまで目を輝かせる本だ。少しくらい、読ませてやりたい気もするが……。


しょんぼりと肩を落とすユーディアの背中をポンポン叩き、移動しようとした、


ーーその時だった。



「貴方はっ!!あの時のっ!!」



静かな図書館で、突如後ろから大声で呼び止められる。少しだけ聞き覚えのある声に俺が振り向くと、そこには、


「……あれ?あの時の狐娘?」


金色の髪に、狐耳とふさふさの尻尾。

物々交換をしていた際にローレン先生から貰った激ヤバポーションをあげた、あの人だ。代わりに激重ロングソードを貰った覚えがある。


狐娘は耳をピンッと立ててツカツカと俺に歩み寄ると、ガシッと両手で俺の手を掴んだ。


「あの時はありがとうございましたっ!!お陰で父は一命を取り留め、今は食事を取れるまでに回復しております!!」

「あぁ、それは良かっーー」

「それもこれも、あの時私に施しを与えてくださった貴方のおかげですっ!!」

「別に構わーー」

「ずっとお礼を言いたかったのですが!!あのポーション屋に行っても見つけられず!!お礼が言えずじまいだったのです!!」

「あの、少し静かにーー」

「しかし!!ここで会えたのはきっと何かの縁!!神のお導きでしょう!!」

「あの」

「何か、私に出来ることはございませんか!?何でもします!どうぞ、ご遠慮なく!!」


は、は、話を聞かねぇ〜!!

図書館で大声を出すなと言いたいのに、それすら割り込む隙がない。そのでかいふさふさの狐耳は飾りか?


『君の知り合いかね?随分と情熱的なレディのようだが』

『まぁ知り合いっちゃ、知り合いだけど……前から話を聞かない子でさぁ……』


周りに迷惑だから少し落ち着いてほしい。

――そう思った、その時。




――ぷつり、と。




世界から音が消えた。


目の前で狐娘が口を動かしている。だが、何も聞こえない。自分の呼吸音すら感じ取れず、息をしているのかさえ曖昧になる。


完全な、無音。


視線を巡らせると、すぐそばにあの銀髪の司書が立っていた。木の枝のようなものを掲げている。


「図書館では、お静かに」


その声が聞こえた瞬間、音が戻る。


紙をめくる音、足音、かすかな息遣い。

現実が一気に押し寄せてきて、思わず大きく息を吐いた。


どうやら、無意識に呼吸を止めていたらしい。



『今のは《静寂》という技能だ。あれを使われると、発声を伴う技能は封じられる』

『あれが……』


聞いてはいたが、体感するとまるで別物だ。

息すら意識できなくなるほどの無音――これでは言葉を正確に発することもできない。


……無声での技能発動、頑張ろう。


「あっ……すみません。シルヴィア……私ったら、つい……」


狐娘は耳をしょぼんと垂れさせ、反省するように視線を落とす。それすら絵になるような美しさなのだが、あのガツガツ来る感じがこの繊細なイメージをぶち壊していて、プラスマイナス0である。


シルヴィアと呼ばれたクール系司書さんは、ハァ、と軽くため息をついた。


「スルシャーナ。友人としてここで働く事を許可してはいますが、最低限の節度を守ってください。私でも庇えることには限度があります」


スルシャーナと呼ばれた狐娘は、「コン……」としょげた様子でひと鳴きした。

鳴くのか、コンって。


「では、私は戻ります」


司書――シルヴィアは踵を返し、静かにカウンターへと戻っていく。

その背を見送ったあと、スルシャーナはぺこりと頭を下げた。


「ご迷惑をおかけして、申し訳ごさいません……」

「あー、まぁ、とりあえず落ち着いて話そうな?」


そういえば、まだ名乗っていなかった。

声量を抑え、ひそひそと自己紹介をする。


「改めて……俺はアルノー。こっちは友達で、師匠で、俺のパーティメンバーのユディだ」

「弟子より紹介に預かった。ユディだ」


ユーディアは一歩前に出ると、いつものように優雅に一礼する。


「イチョウのように輝く黄金の姫よ。あなたと巡り会えた奇跡に、心より感謝を」


その芝居がかった挨拶に、驚くかと思いきや……スルシャーナはぴしりと背筋を伸ばした。


次の瞬間――騎士のようにその場に傅き、深く頭を垂れる。


「ご挨拶を賜り、恐悦至極にございます。私はスルシャーナ=エストランド」


凛とした声が、静かな図書館に落ちる。


「改めて――我が父、オルディー=エストランドを救ってくださったこと、心より感謝申し上げます」

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