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極悪非道もサジ加減!~ポンコツ怪盗の弟子になった俺は、悪事で悪党共を救う〜  作者: 一二三 五六
【第1章】怪盗は夜空を舞い、弟子は宙を仰ぐ

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【82】劣化版《無名讃歌》

「へ?」


思わず間の抜けた声が出た。


その言葉の意味を理解するよりも先に、手の中の宝石が滑り落ちそうになり、慌てて両手で掴み直す。

硬質な感触が掌に食い込み、ようやく現実感が追いついてきた。


「……冗談、じゃない、よな?」


恐る恐る問いかけると、ユーディアはあっさりと頷いた。


「本当だ」

「だって……《定理技能》なんだよな?」


喉がひどく乾く。

下手をすれば、誰かを消してしまうかもしれない力。

それを自分が持つと考えた瞬間、背筋に冷たいものが走った。


「安心したまえ。そこまでの効力はない」


俺の反応を見て、ユーディアは軽く肩をすくめる。


「よく使っている範囲――気配や姿を消す、あるいは攻撃や壁を通り抜ける程度に抑えてある。……さすがに身分札を欺いたり、記憶を消去するような芸当までは無理だがな」


鼻で笑いながら、ユーディアはどこか懐かしむように目を細めた。


「出会った当初から、ことあるごとに私の《無名讃歌》を羨ましがっていただろう?自分も使ってみたいと」

「……まぁ、そうだけど……」


あの便利さを見せられて、憧れない方が無理だ。だが、これはただの技能ではない。今の俺はそれをよく知っている。


「本来ならば不可能だが……ここまでの高品質の宝石であれば、《定理技能》の一部の能力を移すことも可能になる」


そう言って、ユーディアは俺の手の中の宝石を指し示す。


改めて見れば、青みがかった深い紫の内部で、濃密な魔力がゆっくりと渦を巻き、先程のものよりも緻密な模様を浮き上がらせているのが分かる。宝石を持った時の感覚も、うっすらと魔力が滲み出ており、ただの装飾品とは明らかに違う、異質な存在感があった。


「い、いいのか?」


思わず問い返す。


ユーディアにとって《無名讃歌》は悩みの種であり、同時に怪盗業を行う上での生命線だ。

それを分け与えられるほどのことを、俺はまだしていない。


狼狽える俺を見て、ユーディアは愉快そうに口元を歪めた。


「餞別だと言っただろう?師よりも上等な宝石を恵んでやるのだ。遠慮せず受け取れ」


軽く言い放つその声音は、いつもと変わらないが――その奥にあるものは、確かに重かった。


「……ありがとな、ユーディア」


俺は宝石を大事に握り込む。

掌の中で、わずかに熱を帯びているように感じるそれは、単なる魔道具ではなく――ユーディアからの信頼そのもののように思えた。


ふと、宝石の大きさに目を向ける。


スピアの後ろに空いていた穴に、ちょうど収まりそうなサイズだ。装飾加工が終わったら、そこに組み込むのも悪くないかもしれない。


武器としてだけでなく――この宝石を、常に身に付けておくためにも。


「その代わり、君にはこれを頼むぞ」


しんみりしている俺に向かって、ユーディアがずいっと手に押し付けてきたのは、マゼンダ色に輝く不思議な色合いの宝石だった。俺のとは違い、大きく、ダイヤモンドカットがされているせいか立体感がある。

光を受けて鈍く煌めくそれは、まるでユーディアの魔力そのものを結晶にしたかのような、妙な存在感を放っていた。


「……頼むって?」


思わず眉をひそめながら問い返すと、ユーディアはこともなげに言った。


「君の魔力をたっぷりと詰め込んでくれ。私の杖にはめ込むのだ」

「は?」


何を当然のように言っているんだこいつは。


さらにユーディアは、腕にはめたチビコートのリングに手をかざすと、そこからジャラジャラと音を立てて先程受け取ったばかりの宝石を取り出し始めた。

赤や青、透明なものから淡く色づいたものまで、路地裏の薄暗さの中でも分かるほどに眩く輝いている。


「この辺にも頼むぞ。これも、これもだ。――あぁ、あとでこっちの宝石には、君の《神の舌》の技能を入れるからな」


無造作に差し出される宝石の山を前に、俺は思わず遠い目になる。


「お前……」


あきれた。

弟子から魔力を搾り取る気満々じゃねぇか。

それどころか、《神の舌》まで自由に使えるようになろうとしているあたり、この食いしん坊怪盗の執念には恐れ入る。

文句の一つでも言ってやりたいところだが、さっきとんでもない代物を餞別として受け取ったばかりだ。

ここで突っぱねるのも筋違いだろう。


「……時間と魔力が余ってたらやるよ」


渋々そう返すと、ユーディアは満足げに口元を吊り上げた。


「よろしい。ククク……カッティングしたこの宝石達をどう加工するか……おお、悩ましい」


指先で宝石を弄びながら、すでに次の工程に思いを馳せているらしい。

どうやら裸石(ルース)のまま扱うつもりはなく、何らかの形で装飾品にするようだ。


……ここからさらに金をかける気かよ。


内心でため息をつく。


確かに宝石の利便性や汎用性は理解したが、コスト面だけで言えば、魔物から取れる魔石の方が圧倒的に手軽だろうな。


「いたぞっ!!捕まえろ!!」


そのとき、不意に背後の路地から荒々しい声が響いた。


振り返ると、さっきの追っ手らしき男たちが、こちらへ向かって一斉に飛び込んでくる。

まさかあんなに引き離したのにまだ追ってくるとは。


「ふむ、早速その宝石が役に立ちそうだな」


ユーディアはまるで慌てる様子もなく、俺に渡した宝石――劣化版《無名讃歌》が封じられた石を、軽く顎で示す。


「使ってみたまえ。やり方は、先程と同じだ」

「了解!」


即座に頷く。


姿を消し、あらゆる攻撃をすり抜ける《無名讃歌》。

ずっと使ってみたいと思っていた技能が、今まさに手の中にある。


宝石を握りしめると、硬い感触の奥に、微かな熱――魔力の脈動のようなものが伝わってきた。


体が透けていくようなイメージを頭の中で組み立てる。

心が浮き立つのを必死に押さえ込みながら、俺は静かに、その名を口にした。




「――《無名讃歌》」




呟いた瞬間、手にした宝石から濃密なマゼンダ色の魔力が溢れ出し、まるで液体のように俺の腕を伝って、そのまま全身へと染み込んでくる。


肌の表面をなぞるような感覚が、一瞬遅れて体の内側へと広がり――





スッ……






――次の瞬間、目の前の景色が唐突に断ち切られた。






光が消える。






音も、気配も、何もかもが消え失せる。






そこにあったのは、完全な“無”。






視界は塗り潰されたような暗闇に閉ざされ、





耳を澄ませても何一つ届かない。





自分が立っているのか、




倒れているのか、




それすら分からなくなるほどの、









圧倒的な“虚無の世界”。








――す、ストップストップ!





本能的な恐怖に突き動かされ、慌てて技能を解除する。



すると次の瞬間、



パッ、と世界が弾けるように色を取り戻した。



視界が開け、ざわめきと空気の流れが一気に押し寄せてくる。


ほんの一瞬――体感では瞬きほどの時間だったはずなのに、元の世界へ戻ってこれたことに、思わずホッと安堵する。




……いや、待て。


なんか、おかしい。


さっきまでと比べて、やけに視点が低い。

それに、足元の感覚が――ない。



「……あれ?」



恐る恐る視線を落とすと、


俺の下半身は、膝どころか腰の辺りまで、綺麗に地面へと沈み込んでいた。

まるで最初からそこに埋まっていたかのように、石畳と一体化している。




……く、




…………く、




………………癖が、強いっ!!!



思わず心の中で絶叫する。


この技能、癖が強すぎる!!

いや、癖が強すぎるどころじゃない!!

使いどころ間違えたら、普通に死ぬ!!


「なんかよく分からんが、地面に埋まっている今がチャンスだ!!」


間の悪いことに、状況を好機と勘違いしたらしい野蛮な男たちが、一斉にこちらへと襲いかかってくる。


足音が迫り、武器を振り上げる気配。


だが――動けない。


《影足》は使えない。

かといって、この状態からどうやって抜け出せばいいのかも分からない。



……詰んでるぅー!!



「た、助けて!ユディえもーん!!」

「本当に君は技能を扱うのが下手だな、アル太君」


情けない悲鳴を上げた次の瞬間、肩に暖かな感触が触れた。

ユーディアの手だ。


すると、さっきまでこちらへ突っ込んできていた野蛮な男たちが、俺たちの体をまるで幻でもすり抜けるかのように、そのまま通り過ぎていく。ユーディアの《無名讃歌》の効果だ。


「どこ行きやがった!?」

「《転移》じゃない!おそらく別の技能で逃げたはずだ!」

「ならまだ近くにいるはずだ!探せ!」


怒号と足音を撒き散らしながら、男たちは路地の奥へと消えていく。

その背中を見送りながら、ようやく張り詰めていたものが緩み、俺は大きく息を吐いた。



――助かった……。



ホッと胸を撫で下ろしていると、


「《無名讃歌》を全力で展開しすぎだ。そんなことをすれば、全感覚が喪失し、体が地面を貫通するに決まっているだろう?」


呆れを隠そうともしない声が、頭上から降ってくる。


「知らねぇ〜……んな事……」


思わず、力なく返す。

全感覚の喪失――あれを一言で言うなら、ただただ“恐怖”だった。


何も見えず、何も聞こえず、自分の存在すら曖昧になるあの感覚は、思い出しただけで背筋が冷える。


ユーディアは、あれを平然と使いこなしているのか。

そう思うと純粋にすごいとも感じるが、それ以上に――先に言えッ!!という不満がじわじわと湧き上がってくる。


というか、《偽相盗用》で何度か使ったことのある《怪盗歩行》ならまだしも、まったく触れたことのない《無名讃歌》の出力調整なんて、いきなり出来るわけがない。


「ふむ……あぁ、そうか。技能を“授かった”わけではないから、感覚的に扱うのが難しいのか」


納得したように呟くユーディアに、俺は小さく頷く。


確かに、技能を授かった時は、使い方がある程度“本能的に”理解できる。もちろん使いこなすには訓練が必要だが、少なくとも何が起きるかの輪郭くらいは掴めるものだ。


……だが、宝石を介して、触れたことすらない技能を扱うとなると話は別だ。


例えるなら、原付の運転に慣れていた人間が、いきなり戦闘機の操縦席に座らされるようなものだ。

レバーや計器はある。だが、何をどうすればいいのか、まるで見当がつかない。


「……俺、これ、無理かも」


弱音が、ぽろりと漏れる。


「では、扱うための訓練も必要だな。怪盗訓練に《影足》の無詠唱発動練習の他、《無名讃歌》の練習も加えるとしよう」

「へ……?あの、俺、やっぱり《怪盗歩行》の方が――」

「今晩からやるぞ。良いな?アル太君?」


ぴしゃりと断言された。

その声音に、一切の迷いはない。完全に師匠からの“決定事項”として言い渡される。


……嘘じゃん……。


これからの夜が、どれだけ過酷なものになるのかを想像してしまい、俺はがっくりと肩を落とした。


「……わかったよ。とりあえず、ここから引き上げてくれよ」


そういえば俺は今――下半身が地面に埋まったままだった。じわじわと圧迫感が増してきていて、正直そろそろしんどい。


「無理だな」

「はい?」


即答。

思わず目を瞬かせてユーディアを見上げる。


「いや、《無名讃歌》で上手い具合に――」

「《無名讃歌》で君を引きずり出すとなると、一度アルノー君を完全に透過させ、そのうえで私の腕だけで地上へ引き上げる必要がある。……私に出来ると思うか?」


筋肉のないガリガリに細い腕を組み、自信満々に言い切る。


「お前だって《影足》使えるだろ?併用すれば――」

「いくら補助しようと、私ほどの貧弱さではテーブルひとつ持ち上げられんよ」

「……お前、マジで筋力ひよこすぎる……」

「誰が筋力ひよこだ」


フン、と不機嫌そうに鼻を鳴らし、ユーディアはわざとらしく優雅な仕草で手をひらひらとさせる。


「我が手が持てるものは、美しい宝飾品とレディ達の手、そして――食事用のカトラリーだけだ」

「どこぞのお嬢様みたいなこと言いやがって……」


つまり……俺の《影足》が再び使えるようになる夕方まで、このまま待機決定である。


「君が出られるまで、ここに居てやる。宝石でも愛でながらな」


そう言うとユーディアは、近くに置かれていた木箱に腰掛け、リングから取り出した宝石を光にかざし、うっとりと眺め始めた。



……どうやら冗談ではないらしい。



「……マジかよ」



呆然と呟く俺をよそに、時間だけがじわじわと過ぎていく。


結局、俺が地面から解放されたのは……日が傾き、路地に長い影が差し込み始めた、夕方頃のことだった。

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