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極悪非道もサジ加減!~ポンコツ怪盗の弟子になった俺は、悪事で悪党共を救う〜  作者: 一二三 五六
【第1章】怪盗は夜空を舞い、弟子は宙を仰ぐ

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【79】無詠唱技能の練習

ローレン先生の研究の話をひと通り聞いた後、俺たちはダンジョンの土産として持ってきていた『フワンプ・ツリー』の苗木を手渡した。

「苗木は初めて見ました!」と、ローレン先生は目を輝かせて喜んでくれた。どうやら紅茶との相性も良いらしい。

将来、ローレン先生が喫茶店を開く際にはメニューに加えるべく、繁殖の研究も請け負ってくれるとのことだ。

……かなり高級そうな店になりそうだが、この熱量なら、いつでも『フワンプ・ツリー』が食べられる日も来るかもしれない。


このままここに居れば、夜通し研究の話に付き合わされそうだ。

俺たちは適当なところで切り上げ、ローレン先生の研究室を後にした。









【せせらぎ亭】で軽く夕食を済ませた後、久しぶりにアジトでユーディアの文字の練習をすることにした。

以前の様子からして、なんだかんだでユーディアはローレン先生の資料をほとんど読みこなせていなかった。


というわけで――研究内容の復習も兼ねて、そして文章に慣れさせるためにも、新たな“教科書”としてローレン先生の土壌研究の資料を借りてきたのだ。


「“魔力の波長における”……ううむ。アルノー君、これは?」

「“地中内の含有魔力量の変質”、な」

「くっ……途端に難しい漢字が増えおって……」

「図書館だと、もっと難しいのがゴロゴロしてるぞ。今のうちにこういうので慣れとけって」

「分かってはいる……分かってはいるのだが……」


資料を睨みつけるように目を細めるユーディア。今にも頭から煙が上がりそうだ。


「“魔力穿孔指数を150まで上げることで、地中の”……んへぇ……」


ついに変な声を漏らしてギブアップする。


一時間ほど付きっきりで見ていた俺も、さすがに少し疲れた。

だが、以前と比べれば格段にスムーズに読めている。やはりこいつ、地頭はいいらしい。


「お疲れさん。今日はこのへんにしとくか。どうよ、ちょっとは慣れてきたんじゃないか?」

「……全然慣れた気がせんよ……」


新しく買ってきた椅子にもたれかかり、天井を見上げるユーディア。目は虚ろだ。完全に脳がオーバーヒートしている。


……こりゃ、気分転換が必要だな。


「なあ、この後さ。怪盗の訓練、つけてくれよ」

「む?」


その一言に、ユーディアの眉がぴくりと動いた。


「お前と一緒に怪盗やるんだろ?だったら師匠として、コツとか技能の使い方とか、色々教えてほしいんだよ。ダメか?」


――その瞬間。


キラリと瞳に光が戻り、口元が愉快そうに歪む。


「クックック……そこまで言われては仕方あるまい。未熟な弟子を導くのも、師の務めというものだ」


さっきまでの死にかけた顔はどこへやら。勢いよく立ち上がると、腕のチビコート……リングを軽く叩き、バサリとマントを取り出して羽織った。


「では行くぞ。ついてこい」

「ちょろ……」

「何か言ったかね?」

「楽しみだなぁ!早く行こうぜー!」


ぐいぐいと背中を押しながら、俺たちは夜の街へと繰り出した。






「それでは、久しぶりの怪盗訓練といこう」


俺たちは夜の商業街へやってきていた。

ダンジョンでは罠や魔物など危険が多く、動かずにできる《魔力操作》の練習ばかりだった。今回はユーディアの気分転換も兼ねているが、近々怪盗をする以上、しっかりと教えを受けておきたい。


「で? 久しぶりに衛兵ごっこでもやるか? 今ならかなりいい線いけると思うけど?」


死線を幾度もくぐり抜けてきたのだ。身のこなしや《影足》の扱いには自信がある。コートを使えば、ユーディアだって捕まえられるかもしれない。


「調子に乗るのは構わんが、今日は以前の続きだ」

「ん? 《影足》の出力のことか?」

「そちらはもう十分だ。もう一方の方だ」


ユーディアは口元をトントンと叩いた。


「技能の名称を言わずに使う技法だ」

「あぁ〜……」


確かにダンジョンへ行く前は、それを目標にしていた。結局できないまま、出発することになったが――


「別にそんなに困らなかったけど?」


技能名を言えば技能は使える。しかも無言より精密に発動できるらしい。わざわざ無言で使えるようにする意味が分からない。


「今回はたまたま無事だっただけだ。声が出せない状況でも使えねば、いざという時に困る」

「出せない状況?」

「それに無言で行えれば、発動も速い。何より――対人戦では、行動を読まれにくい」


対人戦。

確かに魔物ならともかく、人間相手なら技能名から次の動きを予測される。


これから怪盗をするなら、避けては通れない。


「分かったよ。でも、どうやればいいんだ?」

「ヤッ! とやるのだ」

「でたよ」


謎のユーディア語だ。


天才肌のこいつが、分かりやすく教えてくれると期待した俺が悪かった。

ユーディアは眉間にしわを寄せ、手をわきわきと動かす。


「ヤッ……ヤッ……」


うわ言のように呟きながら、手のひらの間を見つめている。


「……そうだな。ヤッとした時の――感覚だ。技能を使った時を思い出せ。魔力の流れ、使い方、質や波長、持続時間、体や環境への影響……すべてだ」


やがて手を止め、整ったと言わんばかりの顔でこちらを見た。


「魔力を練り、《影足》の感覚を模倣しろ。真似は得意だろう?」

「……すげぇ。師匠みたいなこと言ってる」

「今まで私を何だと思っていた、小僧め」


ジト目で睨まれるが、正直ちょっと感動している。


――こいつも、師匠として成長してるんだな。


しみじみとしていると、ユーディアは不機嫌そうに眉をひそめた。


「さっさとやれ、馬鹿者」

「へいへい」


俺は魔力を動かす。《魔力操作》は、すでに無言でもある程度扱えるようになっていた。

言葉にすれば精度は上がるが、今日はあえて使わない。


《影足》を発動した時のように、魔力で全身を覆う。

ぴったりと密着するスーツのように整え――


ふと、手が止まった。


「……で、ここからどうすりゃいいんだ?」


魔法なら波長――いわば“色”を合わせ、濃度を高めればいい。

だが属性を持たない《影足》は、何を基準にすればいいのか分からない。


試しに魔力の濃度を上げてみるが、反応はない。


「……師匠ぉ〜……」

「泣き言を言うな。普段使っているのにできんのか。一度発動して、感覚を掴め」


言われるまま、「《影足》」と口にする。


――次の瞬間。


魔力が一気に全身を駆け巡り、変化を捉える前に発動が終わっていた。


「……???」

「その顔は、分からなかったか」

「一瞬すぎて……」

「……これは長くなりそうだな」


呆れたようなため息。


正直、納得はいかない。


そもそも《影足》は一度発動すればしばらく持続する。人前で何度も使うものでもない。

それに今の俺なら、ほんのコンマ数秒で発動できるのだから。


「……なぁ、他の訓練にしねぇ?」

「驚くほど諦めが良いな。魔法の練習ではあれほど粘ったくせに」

「それはそれ、これはこれだよ。《影足》使って衛兵ごっこしようぜ?」


そう提案すると、ユーディアはやれやれと首を振った。


「では、もう一度《影足》を発動してみろ。口に出して構わん。それが出来たら切り替えてやる」

「は? マジ? やった!」


何を考えているのかは分からないが、俺は嬉々として口を開いた。


「《影あ――」



ゴボゴボッ!!



突如、鼻と口を水球が覆った。


「ごぼっ!?」


息を吸った瞬間、水が流れ込む。

咄嗟に手で払いのけようとするが――剥がれない。


息が、できない。


バシャリ!


「ゲホッ! ゲホッ!」


水球が弾け、ようやく空気が肺に流れ込む。

膝に手をつき、激しく咳き込んだ。鼻の奥がツンと痛む。


「技能名を呟くのは、二流の証だ。ローレン先生がほぼ技能名を呟いていなかったのを見ていなかったのかね?」


涙目で顔を上げると、ゆらりと魔力を揺らし、俺の方へ手を向けているユーディアがいた。


「今のように、発動前に潰される。特に水の魔法は扱える者が多い。使い方次第で、容易に発動を強制中断できる」


俺は濡れた口元を拭う。

ちょっと前まで魔法の出力が問題だったのに、魔法の杖を使ったことで感覚を掴んだのだろうか。的確な場所に最小限の水を発生させていた。


「他にも風で空気を奪う方法、《静寂》で音を遮断する方法もある。どんな状況でも発動できるようにしておけ。《影足》は命に直結する技能だ」

「ゲホッ…………はい、師匠……」


天狗になっていた鼻を折られ、ついでに無駄に膨らんでいた自信ごと叩き潰され、自身のレベルの低さを痛感した。


ついこの間まで、《魔力操作》を一緒に手取り足取り練習していたはずなのに……今では、精密さで完全に置いていかれている。



たったコンマ数秒。



技能名を呟く、そのわずかな時間が――

いつか、命取りになる。



それを、身をもって叩き込まれた。



「立ったままだと緊張感が出んからな。次は声を出して《影足》を発動して商業街の上へ飛び上がり、空中で一度技能を切れ。地面に落ちる前に《影足》を無言で発動し、着地をするのだ。技能を連発して、発動時の感覚をとにかく覚えろ」

「む、難しくね?」

「君にはコートがあるだろう?怪我はしないのだから思い切りやれ」


すっ……スパルタすぎる。

俺が絶望の顔をしていたのを見て、ユーディアは顎に手を当てて少し考え込むと、俺に背を向ける。


「手本を見せよう。ーー《影足》」


ゆらりとユーディアの魔力が身体を包む。

タンッ、と強く地面を蹴ると、商業街の細い路地の壁をジグザグに駆け上がり、あっという間にビルの4階くらいの高さまで飛び上がった。そこで1度、ユーディアが技能を切る。


体がふわりと宙で一瞬止まり、華麗にくるりとその場で一回転。


そのまま重力に引っ張られ、真っ直ぐ地面へ落下していく。

地面にぶつかる直前、フワッ……と華麗に着地した。

あの高さからの落下を、筋力ひよこのユーディアが無事、無傷で生還したのだ。


「おおー」


両サイドの壁を蹴って駆け上がるのも華麗だったが、着地はほとんど音もしない。口で技能名を言うのとほぼ遜色のない身のこなしに、パチパチと思わず拍手をする。


「分かったか?咄嗟に技能を発動させる事に慣れるのだ。良いな?」

「……あの高さからの落下とか、こえーんだけど」

「深層に落ちた時はこれ以上の高さがあっただろう?それに、あのグランケーンに叩きつけられるよりも怖くはないだろうに。四の五の言わずに始めるぞ」

「はぁい……」


確かに深層へのダイブやグランケーンよりマシだし、落下のダメージもコートのおかげで無い。でも別に高所からの落下に慣れている訳じゃない。10m以上の命綱無しの自由落下なんて、シンプルに怖い。


だが、俺から教えを乞いたのだ。やるしかない。


「《影足》」


ビビりながら技能を発動させ、ユーディアを真似て壁を駆け上がる。簡単そうに見えたが、垂直の壁を蹴って上へ上がるのはなかなかに難しい。ワタワタしながら何とか飛び上がり、上空で技能を切る。


途端にフッ、と体が空中に投げ出される感覚に、ひえっと声が漏れた。


ーー大丈夫!大丈夫!コートがあるから!


重力に従い落下する。

胃が浮き上がる不快感。

そして、身動き出来ずに徐々に速度が上がっていく感覚。


ーーこ、怖すぎる。


とにかく魔力で覆って――いや、その前に流して――いや待て、どうやって――


そうこうしているうちに地面が近づき、結局コートで受身を取った。


コートが解けると、ぺたりとその場に両手を着く。



ーーだ、ダメだ。咄嗟にやろうとして出来ることじゃない!



「まったく魔力が動いておらんぞ。もう一度」

「は、はひぃ……」


それから何度も、上がっては落ちた。

上がって、落ちて、また上がって……


結局、無言での発動は一度も成功しなかった。


ユーディアの帰宅許可が出る頃には、魔力も体力もほとんど底をついており、俺はへとへとの体を引きずってアジトへ帰ることになった。

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