【78】ローレン先生との顔つなぎ
俺たちは冒険者ギルドに報告書を提出し、のんびりと市民街を歩きながらダラダラと話していた。
「ん〜……終わったぁ……。レポート出した後って、なぁんでこんなに解放感あるんだろうなぁ……」
「気持ちは分からんでもないな。ひと仕事終えた感覚だ。怪盗とはまた違った達成感がある」
歩きながら、ユーディアが片手を上げる。
そこにパシッとハイタッチを返した。
「イエーイ!お互いお疲れ様、だな!」
「フッ、私の天才的な閃きあってこそだ。感謝するがいい」
「へいへい、ありがとなっと……それより、リナ達にアジトの修繕頼んで正解だったよな」
「うむ。あそこまで器用だとは思わなかった」
俺たちは昨日のことを思い出す。
リナは雨漏りや壁の穴を塞いだだけではない。アジトが崩れないよう支柱を追加し、個室用の仕切りまで作り、防水用の塗装液を買ってきて建物全体に塗ってくれた。
休む間もなく夜まで働いてくれたおかげで、たった一日で、ほぼ“普通の木造小屋”と言っていいレベルまで仕上がったのだ。
リナ曰く、本来なら風化に耐えるために石やレンガで外壁を覆うのが理想らしい。しかも、それも自分で出来るという。
なので、ここから先は“お願い”ではなく正式に依頼することにした。
小金貨3枚を見せた瞬間、すごい勢いでもぎ取られ、
「任せな!」
小金貨を見つめながら、元気よく請け負ってくれた。
あのやる気なら、完成が楽しみである。
「さて、次は……」
「あぁ。ーー行くぞ。職業訓練所へ」
いよいよ俺たちは、あの人の元へ向かうことにした。
――この前、怪盗として渡り合った、ローレン先生のところへ。
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職業訓練所へ入ると、周りの人達がザワッ……とざわめく。耳をすませば、ヒソヒソと「あれって、アルノーさん?」「生きてたって本当だったんだ」と聞こえてきた。
冒険者ギルドに生存報告したのが数日前なのにもう俺が生きてたということが知れ渡っているようだ。
その時。
「アルノォーーーーッ!!」
懐かしい大声。
ドシドシドシッ!と床が震えんばかりの足音が響き、視線を向ければ――こちらへ一直線に駆けてくるベレー先生の姿があった。
「よくぞッ!!よくぞ生きてたッ!!先生はッ……先生はッ……!!うおぉぉぉおおおんっ!!!」
既に顔面は涙と鼻水でビショビショだ。
そのまま勢いよく、俺を抱きしめてくる。
ユーディアはすっと避けたが、俺は今回ばかりはそのままベレー先生の全力抱擁を受け止めた。
コートがギリリ……と締め付けるベレー先生の剛腕を防いで守ってくれる。
……案外魔力が持っていかれるんですけど。
「ベレー先生、ただいま戻りました」
「うおぉぉおおおおん!!」
もはや列車の汽笛のような泣き声に、周囲の視線がさらに集まってくる。
「アルノーさん!」
「良かった、生きてたんだ」
「心配してたのよ」
声を聞きつけたのか、他の先生たちも姿を現し、生徒たちも次々と顔を出す。
ホールはあっという間に大賑わいになった。
「アルノーさんっ!」
ふと、つい先日聞いたばかりの声が聞こえてきた。
ローレン先生だ。
「あぁ、本当に……なんということでしょうか……」
ハンカチを取り出し、そっと目元を押さえる。
つい先日まで傭兵として戦っていた、“八冠聖人”の威圧感は影もなく――そこにいるのは、いつもの穏やかなローレン先生だった。
「魔力制御もろくに出来てないのにダンジョンなんて行ってもロクな目に合わないとは思っていましたが……まさか死んでしまうとは思わず……」
「死んでませんけどっ!?」
相変わらずオブラート無くなっちゃった系の物言いだ。
――だが。
安堵したようにこちらを見つめるその視線の中に、やはりユーディアの姿は映っていなかった。
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ベレー先生を、他の先生方が数人がかりで俺から引き剥がす。その隙に俺たちは、ローレン先生の研究室へとやって来た。
室内に満ちる薬草の香りが、どこか懐かしい。
余韻に浸りつつ席へと案内され、ほどなくしてお茶と茶菓子が運ばれてくる。
「それで、アルノーさん。そちらの方は?」
――やはり、覚えていないらしい。
ふと近くの棚に目をやると、以前はぎっしり並んでいた、魔力の波長を変えた土の瓶が半分ほどに減っていた。
ここでもまた、ユーディアの痕跡は消えているようだ。
俺は気を取り直し、改めてユーディアを紹介する。
「俺の友人で、パーティーメンバーのユディです。コイツのおかげで、何とかダンジョンから生きて帰ってこれたんですよ」
「お初にお目にかかります、ローレン殿。彼の友人でパーティーメンバーのユディと申します。お会いできて光栄です」
以前と同じく、どこか芝居がかった丁寧な挨拶をする。それにつられるように、ローレン先生もわずかに姿勢を正した。
「初めまして。ミレアス支部の魔法部門と神官部門を担当しております、ローレン=エルダーグリーンと申します。アルノーさんを連れ帰っていただき、ありがとうございました」
「いえ。私も彼に助けられましたから。アルノー君がいなければ、今私はここにはいません」
「フフフ、その様子では良きパーティーを組めたようですね。何よりです」
そう言って、ローレン先生はのんびりとお茶を口に運ぶ。
「あの、講義とか大丈夫なんですか?」
本来なら、この時間は講義の最中のはずだ。
俺たちに付き合っていていいのだろうか。
「実は今、謹慎中でして」
なんでもない世間話のように、ローレン先生は穏やかに微笑んだ。
「き、謹慎中?」
思わず聞き返す。
謹慎になるなんて、いったい何をやらかしたんだ……?
「“魔物恐慌”の件はご存知ですよね?あの討伐に傭兵として参加した際、少々やり過ぎまして……結果として、ダンジョン封鎖区画一帯を消し飛ばしてしまったんです」
「は!?」
「んぐっ!?」
ユーディアが茶菓子を喉に詰まらせ、慌てて紅茶を流し込む。俺も飲んでいたら、確実に吹き出していた。
「それで、謹慎……ですか」
「はい。王国の研究と傭兵業は一ヶ月、職業訓練所の講師は一週間。他にもいくつか制限が付きました」
だが当の本人は、まるで気にしていないどころか、どこか晴れやかな表情だ。
「とはいえ、収穫もありまして。グランケーンという魔物をご存知ですか?陸上に適応したクラーケンの一種なのですが」
俺とユーディアは、ちらりと視線を交わす。
――あの巨大コウイカのことだ。
「えぇ、まぁ……知ってます」
「それを討伐した際に、魔石を頂きましてね。これがまた大きくて!この品質であれば、しばらく研究には困りません」
そう言って、ローレン先生は研究室の奥へと向かい、台車に乗せた“それ”を運んでくる。
現れたのは、両手でも抱えきれないほど巨大な、臙脂色の魔石だった。
内部では魔力が渦巻き、その輝きは遠目にも分かるほど強く眩しい。
――その時。
ゴロ……と、鈍い音が響いた。
台車の上の魔石が、ひとりでに転がり落ちたのだ。
しかも、まっすぐこちらへ向かってくる。
「「ひぇっ!?」」
思わず、ユーディアと同時に飛び退く。
魔石になってなお、こちらを追ってきているかのような気配。その執着じみた動きに、背筋がぞわりと粟立った。
「すみません、固定が甘かったですね」
ローレン先生は落ち着いた様子で手をかざす。
すると近くの植木鉢から蔦が伸び、魔石を絡め取って持ち上げ、そのまま台車へと戻した。
カラカラと音を立てながら、再び奥へ運ばれていく。
しっ……心臓に悪すぎる。
「謹慎と言っても、王国からの依頼を合法的に断れるというだけですからね。私にとっては、むしろ好都合ですよ」
そう言って席に戻ると、ローレン先生は紅茶を一口すする。
……あの物理も魔法も効かなかった化け物を、いったいどうやって倒したんだよ、ホント……
「ローレン殿。小耳に挟んだことなのですが……貴殿は“八冠聖人”なのですよね?それほどの方が、なぜ王都ではなくミレアスに?」
落ち着きを取り戻したユーディアが、静かにローレン先生へ問いかける。
その疑問は、俺も気になっていた。
王都はここから遠く離れた北東に位置する首都だ。
元とはいえ宮廷魔術師であるローレン先生が、なぜ国境沿いのこの街にいるのか――謎だったのだ。
「おや、小耳にしてはお早いですね」
ローレン先生は、いつも通り柔らかく微笑んだ。
「私は土属性の“八冠聖人”でして、広域魔法を得意としておりますからね。いざという時の防衛戦力として、この地に配置されているのですよ」
一帯を草原に変え、大地を揺るがし、果ては溶岩すら操る力。
“魔物恐慌”や他国からの侵攻に備える切り札としては、これ以上ない存在だろう。
その説明に納得しつつ、俺はもう一つ、胸に引っかかっていた疑問を口にした。
「あの……ローレン先生ってもしかして、貴族……ですか?」
口にした瞬間、わずかに空気が張り詰める。
平民とは思えない魔力量に、多彩な魔法。
そして何より――貴族である騎士達が、ローレン先生を“様付け”で呼んでいたこと。
そこから導かれる答えは、一つしかない。
……ローレン先生は貴族じゃなかろうか。
……それも、かなり高位の。
「今は平民ですよ」
あっさりとした返答だった。
「……“今は”、ということは?」
ユーディアが、値踏みするような視線を向ける。
だがローレン先生は、軽く肩をすくめただけだった。
「いやはや、大したことではありませんよ。人に歴史あり、というやつです」
それ以上は語らない。
穏やかな笑みの奥に、踏み込ませない線が引かれているのが分かる。
――これ以上は、今は無理だな。
そう判断したところで、今度はローレン先生の方が、ぐいと身を乗り出してきた。
「それよりも……私としては、お二人のお話を是非伺いたいものですね」
興味を隠さないキラキラとした視線が、俺とユーディアを交互に捉える。
「ダンジョンで遭難して、2ヶ月半。……一体、何があったのですか?」
――来た。
探るようなその目に、俺はあらかじめ用意していた“シナリオ”を口にする。
「あれは……恐ろしい体験でした。口にするのも、憚られるほどに」
両腕を抱くようにして、わずかに身体を震わせる。
「詳しくは言えません。何せ……貴族に関わることでして」
「……!」
ローレン先生の目が、はっきりと見開かれた。
「貴族……ですか。なるほど、それで先ほど、私の身分を……?」
「俺の口からは、何とも」
わざと視線を落とし、言葉を濁す。
恐怖に震えるようにわずかに身体を揺らしてから、
ゆっくりと顔を上げた。
「……それより、俺も一つ聞きたいことがあります」
怯えを残したまま、まっすぐに見つめる。
「ダンジョン地下2階層にあった、人工の花畑……何かご存知ではありませんか?」
――今日一番の本題だ。
あの規模の人工栽培。
ローレン先生の研究資料にも似た記述はあったし、《草木魔法》の使い手であるこの人なら、技術的にも資金的にも不可能ではない。
もし関与しているなら――その時は、距離を置くしかない。
「ダンジョンに……人工の花畑、ですか?」
ローレン先生は、わずかに首を傾げる。
「いえ、初耳ですね。そのようなものが存在しているとは……」
その返答を聞いた直後、【契約回廊】に声が響いた。
『…………白だ。嘘はついていない』
『……良かったぁ……』
胸の奥に詰まっていたものが、一気に抜ける。
――ユーディアの《注目律》を応用して、ローレン先生の発言の真偽を見極めたのだ。ローレン先生がやばい毒花の生育に関与してないことが、これで確定した。
……関係がなくて、本当に良かった。
ローレン先生が“敵”でないと分かっただけでも、大きい。この人は――間違いなく、敵に回したくない相手だ。
「その花畑が、どうしたのですか?」
ローレン先生の問いに、俺はわずかに言葉を濁す。
「あまり、話したくはないのです……ただ、それがきっかけで、俺たちはダンジョン地下38階層に落とされた、としか……」
「さ、38階層!?そんな深層に!?」
ローレン先生が思わず身を乗り出す。
「どうやって!?何があったのです!?38階層とは、どのような場所だったのですか!?」
矢継ぎ早の問いかけに、俺は視線を逸らし、吐き気を堪えるように口元を押さえた。
「うっ……すみません……これ以上は……」
言葉を途切れさせると同時に、俺の肩へ、そっとユーディアの手が置かれる。
「ローレン殿」
ユーディアが、まるで俺をかばうかのように静かに割って入ってきた。
「想像に難くないかと思いますが……ダンジョン初心者の我々が、深層まで落とされたのです。命の危機には、幾度となく晒されました」
ゆるやかに首を振りながら、憂いを帯びた視線をローレン先生へ向ける。
「……あの時の記憶を無理に呼び起こさせるのは酷というもの。どうか、これ以上はご容赦いただきたい」
「はわわわ……す、すみません……私としたことが、配慮が足りませんでした……」
ローレン先生は慌ててハンカチを取り出し、額の汗を拭う。
――と、まぁ、こんな具合に。
俺たちは“深層でトラウマを負った初心者冒険者”という設定で通すことにしたのだ。
そもそも、初心者が前人未到の深層から生還すること自体が前例のない話だ。
ならば、その過酷さは――経験を積んだ者ほど、想像するに難くない。
ちなみに、嘘は言っていない。
実際には、貴族が関与した人工の花畑が引き金となり、ユーディアの技能が暴走して深層へと落ちたわけだが……間接的に見れば、「貴族が関わっている」という点に偽りはない。
そして俺たちは、紛れもなくダンジョン初心者だ。
――あとは、その“空白”をどう埋めるかは、聞き手に委ねればいい。
「人工……栽培……?それに、貴族が関与……?」
ローレン先生は小さく呟き、思考を巡らせる。
「なら、最近の……いえ、しかし……この違和感は……いや、まだ早計ですかね……」
ぶつぶつと考え込むその様子を横目に、俺はテーブルの下でそっとユーディアへピースサインを送った。
それに気づいたユーディアは、かすかに口元を緩めると、俺にだけ見えるよう親指を立てて応じる。
「それよりローレン先生。本日伺ったのは、もう一つお願いがありまして……」
今回ローレン先生のところに訪れた、もう一つの目的を切り出す。
「個人授業、またお願いしたいのですが……ユディも一緒に受けられませんか?」
「ユディさんも、ですか?」
ローレン先生はユーディアへと視線を送り、わずかに思案の表情を浮かべる。だが、一度はOKして貰えたのだ。ユーディアは自信満々に自己アピールをする。
「“八冠聖人”の前で申し上げるのも恐縮ですが……私もアルノー君と同じく、《魔力操作》と《魔力知覚》を有しております。ご研究のお話は彼から伺っておりますゆえ、ぜひご助力させていただきたく」
「え、え、えぇぇ!?」
ローレン先生の目が見開かれる。
「《魔力操作》と《魔力知覚》持ちなのですか!?」
勢い余って大きな声を上げたローレン先生は、はっとして咳払いをひとつすると、浮きかけた腰を椅子に落とした。
「……失礼しました。私の研究では、土壌内の魔力の波長を変えられることが最低条件なのですが……可能でしょうか?」
「アルノー君よりも得意です。実際に、何度か土壌内の魔力の波長を変えたこともあります」
「実際に土壌の魔力の波長を……?私の研究以外で、そのようなことを……?」
ローレン先生はキラリ、と研究者らしい興味の色を強める。
「差し支えなければ、ユディさんのご職業をお聞きしても?」
『しまった!』
【契約回廊】から焦りの感情が流れてきた。ついつい口走ってしまったらしい。
「えぇと、職業は……」
このおっちょこちょい怪盗め。
目を泳がせるユーディアに変わり、俺はにこやかに答えた。
「“山菜採り”です」
「さ、山菜採り??」
『コラッ!また私を珍妙な職業にする気かっ!』
抗議の声が飛んでくるが、知ったことか。
むしろナイスカバーだろ、これ。
その意図を読み取ったのか、ユーディアはぐぬぬと歯を食いしばり……やがて、観念したように口を開いた。
「そ、そうですね……山菜採りです。山菜の……声を……聞くために……土の魔力の波長を調整することがありまして……」
「なるほど〜」
ローレン先生はのほほんとした笑みを浮かべ、素直に頷く。
「さすが《魔力知覚》持ちです。私も《草木魔法》は得意ですが、草木の“声”までは聞いたことがありませんねぇ」
疑う様子もなく、紅茶をひと口。
どうやら何とか誤魔化せたらしい。
「ユディさんが経験者であれば、むしろこちらからお願いしたいくらいです。まさか《魔力知覚》持ちが、こんな身近に二人もいるとは……これなら、本格的に茶葉の栽培が進められそうですね」
「それじゃあ、研究の手伝いの報酬として……ユディも一緒に個人授業、受けてもいいですか?」
「もちろんです」
即答でOKしてくれた。
よしよし、これで今日の目的は全部果たせたな!
ローレン先生は引き出しから例の資料――茶畑計画書を取り出し、こちらへ差し出す。
「ちょうど今は謹慎中でして、研究に充てられる時間がたっぷりあるのですよ。――さぁさぁ!お話はアルノーさんから聞いているとは思いますが、一からご説明しましょう!」
やけに元気なのは、そういうことかぁ。
きっと久しぶりの長期休暇の気分で、一日中研究尽くしの生活を送っているのだろう。
俺はノリノリのローレン先生から資料を受け取る。
……いや、前回より明らかに分厚いな?
ぱらりとめくると、俺たちがダンジョンで遭難している間に、土壌改善の研究はかなり進んでいるようだった。少量ながら実践栽培にも成功しているらしい。あとは俺たちの能力で裏付けが取れれば、一気に完成へ近づくだろう。
ふと横を見ると、久しぶりに見る文字の濁流に、うっ……とユーディアが顔をしかめていた。
『これから図書館でも調べ物をするんだぞ。これくらいでへこたれるなよ』
『ぐっ……分かっている』
【契約回廊】で声を飛ばすと、ユーディアが心底嫌がっているのが感じ取れた。文字ってのは慣れが重要だ。出来れば毎日文字に触れさせるようにしたいところである。
「では、ここ最近の研究結果からご説明しますね!」
ローレン先生は、実に楽しそうに語り始めた。
――その結果、俺たちは数時間にわたり、これまでの研究も今後の進展についても、みっちりねっとりと聞かされることになったのだった。




