【77】丸投げDIY
今日はユーディアと一緒に【せせらぎ亭】のサンドイッチを買ってきて、適当なベンチに腰掛けて昼食を取っている。
昨日は朝から晩まで丸一日、アジトにこもってダンジョンでの出来事をどう報告するか相談していた。報告書は下手に嘘を書くとバレるため、“嘘ではないが真実とも言い切れない”ギリギリのラインを攻める必要がある。
だが、翌朝になっても書くべき内容は山のように残り、さすがに煮詰まってきた俺たちは、気分転換も兼ねて外へ出た。青空の下、人の往来を眺めながらサンドイッチを齧っている。
「はぁ~……図書館に、怪盗の準備に、それからローレン先生のところにも生存報告に行かなきゃだろ?ギルドでの報告をさっさと終わらせて、クラリスさんのとこでタルト食いたいよ……」
「仕方なかろう。図書館は時間がかかるだろうし、怪盗の準備にはオーダーした服の完成が必要不可欠だ。ローレン殿のもとへ行くのは構わんが……その際に、ギルドへの報告と食い違いが出るのはまずい」
「だから先にギルドでの報告だろ?分かってるって……」
ダンジョンの報告書では、到達した階層すべてを申告する義務がある。各階層ごとに進行ルート、出現した魔物、採取した素材、罠の情報など、細かい記録を求められるのだ。
正直、面倒だから10階層くらいで切り上げたいところだが、踏破階層をごまかすことはできないらしい。つまり、38階層分――合計38枚の報告書を書く必要がある。
大学のレポートですら3~5枚程度しか書いてこなかった俺にとっては、これは相当な重労働だ。ユーディアも手伝ってはくれるが、内容を精査しながら進めるため、思うようにペンが進まない。
「も~無理だってこれ……大学のレポート地獄から解放されたと思ったら、今度はこれかよ……」
「見出しと各階層の要約はすでに書けているだろう?ほら、残りは半分と少しだ」
「それ、まだ半分以上あるってことじゃん……」
泣き言を漏らしながら、メソメソとペンを握る。
ちなみに、報告書の紙とペンは冒険者ギルドからの支給品だ。
すると、通行人たちの会話が、途切れ途切れに耳へ入ってきた。
「怪盗ユーディアが出たってマジか!?」
「しかも弟子も一緒だったらしいぞ」
「弟子?」
「なんだっけ、怪盗アルバートとかいうやつ」
「俺、その場にいたけど、すごかったぞ。騎士を簡単に……」
「知ってるか?“魔物恐慌”は怪盗が引き起こしたって話!」
「いやいや、さすがに嘘だろ。人が起こせるもんじゃない」
「でも、知り合いの冒険者が、亜種の魔物に担がれて出てくる怪盗を見たってさ!」
「それはさすがに見間違いじゃ……」
「怪盗ユーディア、逃げたわけじゃなかったのか」
「しばらく姿を見せなかったしな。何してたんだ?」
「噂じゃ、弟子のアルバートってのをダンジョンで育ててたらしい」
「おいおい、その弟子……本当に人間か?」
「怪盗って悪いやつなんだろ?」
「一概にはそうでもないらしいぞ。悪徳貴族を成敗して、冒険者に黄金をばらまいたとか」
「私の知り合いがその場にいたけど、実際に拾った黄金見せてもらったよ。砂金どころか、小石くらいの大きさだったって」
「騎士団が躍起になって怪盗を探してるらしいぞ」
「その前にレオニスとかいう騎士の処分をどうにかすべきだろ。はぁ……騎士団も前はこうじゃなかったのに」
「それもこれも、騎士団長オルディー様の家がお取り潰しになってからだろ……」
「“八冠聖人”の戦い、初めて見たけど……ありゃバケモンだった」
「その“八冠聖人”の攻撃をかわして、怪盗ユーディアと弟子のアルバートは逃げ切ったんだろ?」
「ああ……あっちも十分バケモンだ。とてもじゃないが、俺たちがどうこうできる相手じゃない」
「ダンジョン、しばらく封鎖だってさー」
「えー、なんでー?」
「封鎖区画が吹き飛んだらしいよ。ギルドマスター、めちゃくちゃ嘆いてたって」
「“ 魔物恐慌”のせいかな?かわいそー……」
往来の多い通りだからか、ほんの数日前の出来事だというのに、俺たちの話はすでに街中へ広がっていた。
その中で、自分の怪盗名――『アルバート』が聞こえるたび、どうにもこそばゆいような、むず痒い気持ちになる。
一方のユーディアはというと、
「フフフ……皆が我々を恐れ、噂し、畏怖する。実に心地よいな……」
今にも涎でも垂らしそうな、うっとりとした表情でその様子を味わっていた。噂されることで脳から何かハッピー成分でも染み出ているのだろうか。もはや病気である。
……とはいえ、報告書の手を止めているのはいただけない。
「飯も食わずにだらしなく口を半開きにしてるなら、代わりに報告書をそこに突っ込むぞ。食うか書くか、どっちかにしろ」
「チッ……余韻くらい楽しませたまえ」
ユーディアはサンドイッチをむしゃりと口に詰め込み、そのままペンを手に取る。俺も周囲のざわめきに気を取られないよう、報告書へ意識を戻した。
「えーと……とりあえず、“谷から上がって森に入ったらイカがいて、土砂降りの中を上へ進んだ”……これ、どうよ?」
「報告書としては0点だな」
「デスヨネー」
……本当に分からん。どう書けばいいんだ、これ。
「ユディえもん、ユディえもん。なんとかしてくれよ~」
「他力本願だな、アル太君は。だが、この量を書くのは私も骨が折れる。さて、どうするか……」
ユーディアは顎に手を当てて少し考え込み、やがて何か思いついたように顔を上げた。
「……報告書は、詳細であればあるほど良いのだよな?」
「そうだけど……まさか内容を増やす気か?ただでさえ出だしで詰まってるのに」
「いや。文字で書くと、どうしてもボロが出る。ならば――書かなければいい」
「はぁ?」
ユーディアはニヤリと笑い、指を立ててくるりと回す。
「《空間読解》で読み取った、ダンジョンの地図を書くのだ」
「地図?」
「前人未到の階層の地図だ。冒険者ギルドなら喉から手が出るほど欲しがるだろう。それなら多少、文章が少なくとも目をつぶるはずだ」
「マジか!?」
文章をひねり出すより、絵を描く方がよほど楽だ。脳裏にはダンジョンの構造が細かく焼き付いている。それを書き写すだけなら、悩む必要もない。
「アルノー君が地図を描き、進路と遭遇した魔物、植生については私が補足で書き込もう。それなら文字で埋めるよりも早い」
「おぉー!さっすがユディえもん!頼りになるぜ!」
「フッ……調子がいいな、アル太くんは。ほら、始めるぞ」
残っていたサンドイッチを一気に口へ押し込み、俺はすぐに地図を描き始める。絵は得意じゃないが、地図は情報が伝わればそれでいい。
描き上げた地下38階層の地図をユーディアに渡すと、その時の進路や周囲の植生、確認できた情報を次々と書き加えていく。さすが、一度通った道を完全に覚えられるだけある。
ひらがなが多いのは……まぁ、ご愛嬌だ。
気づけば日が傾き始めていた。ベンチに座ったまま描き続け、ようやく38階層から20階層までを書き終える。
「よっしゃー!希望が見えてきたっ!」
「ふぅ……さすがに疲れたな」
ペンと報告書を片付け、アジトへ戻る支度をする。書き物に慣れていないユーディアは、肩を回しながら空を見上げた。
「……しまった。すっかり忘れていたが、もうすぐ梅雨か」
「梅雨?こっちにもあるのか?」
もしかすると、異世界人が四季を懐かしんで《定理技能》で再現したのかもしれない。ともかく――
「雨、降るんだよな?」
「あぁ。朝から晩まで、絶え間なくな」
今のアジトは、穴だらけの風通しだけはいい……あばら家だ。これまで雨が降らなかったから気にしていなかったが、このままでは中の物は全部水浸しになる。
「……さすがに梅雨の間は、宿を取るしかないか」
「どれくらい続くんだ?」
「おおよそ1ヶ月だな」
せっかく帰ってきたばかりだというのに、またアジトを離れることになるのか。それはちょっと名残り惜しい。
……どうにかならないもんか。
すると、
「いたいた!アルノー!」
「ん?」
声のした方を見ると、リナがこちらに手を振りながら走ってきていた。
「やっと見つけたよ。あんたってほんと神出鬼没だよねぇ。運が良くないと遭遇できないしさ!」
「人を珍獣みたいに言うなよ」
「だって盗賊のあたしでもなかなか見つけられないんだよ?」
「はいはい。で?なんの用だよ?」
そう言うと、リナはパンッと顔の前で手を合わせた。
「この前はゴメン!そっちの……えーと、アルノーのお友達さん、あたしらを助けてくれたんだろ?あたし馬鹿だから覚えてなかったけど、もし本当なら、すごく失礼なこと言っちゃったなって思ってさ」
ぺこりと頭を下げる。
「だから改めて、ごめん!それと、ありがとう!……アルノーのお友達さん!」
「フッ……構わんよ。わざわざそれを伝えに来てくれたのだな。感謝する、リナ嬢」
「り、リナ嬢!?やめてくれよ、恥ずかしい!」
……リナの記憶からは、ユーディアの存在は消えているはずだ。俺の話を疑ってもおかしくない。
ーーそれでも、自分の記憶より俺の言葉を信じ、律儀に気が付かなかったことを謝りに来たのだ。
おもわず、リナの頭をわしゃわしゃと撫でる。
「な、なにさ!?いきなり!?」
「いやー、お前いい奴だなぁって思ってさ」
「はぁ!?意味わかんないから!やめろよぉ!」
嫌がるリナから手を離すと、ペシペシと頭を手ぐしで梳かしながら離れた。せっかく来てくれたのだし、紹介しておこう。
「改めて紹介するよ。俺の友人で、師匠で、パーティメンバーのユディだ」
「弟子より紹介に預かった、ユディだ。ビオラのように凛々しく麗しきリナ嬢の心遣いに、敬意を表そう」
「な、なんだか照れるねぇ。そんな言い方されると。それでユディって、なんの師匠なのさ?」
「もちろん怪盗ーーゲフゥッ!!」
俺は肘でユーディアの鳩尾に一発入れると、ニコリと笑った。
「えっ、あんた、師匠に今……」
「気のせい気のせい。師匠についてだったよな?あー、うん。まぁ、盗賊とか?」
「とか??あんた、盗賊だったのかい?」
「そうそう、まぁ、そんなところ」
「なぁんかはぐらかされてるねぇ」
リナがジト目で俺を観察していると、【契約回廊】から怒号が飛んでくる。
『いきなり何をする!?小僧!』
『それはこっちのセリフじゃボケェ!ここは盗賊と言ってはぐらかすところだろ!』
『ならば、もっと師を敬うように優しく丁寧に止めるべきだろう!私の防御力を舐めるなよ!簡単に骨が折れるぞ!』
『それ防御力低いから舐めるなって事!?そんな偉そうに言ってて恥ずかしくねぇの!?』
やはり筋力ひよこ怪盗のコイツは、攻撃力だけでなく防御力もひよこだったようだ。
「……それで、今いいかい?」
睨み合う俺たちの間にリナが入り、手を挙げる。
「ダンジョンで約束しただろ?あたしに何か出来ることはあるかい?いつまでも借りっぱなしは性に合わなくてさ」
「あぁ、なんでもしてくれるんだっけ?」
「なっ、何でもじゃないって言ってるだろ!もうっ!」
顔を赤らめながら怒ると、おほんと咳払いをして背筋を伸ばす。
「あたし技能は少ないけど、何でも屋として働いてるからある程度のことは出来るよ。掃除とか洗濯とか盗みとか。……買い物は、出来ないけどさ」
リナは身分札に少し触れる。赤い文字でかかれた犯罪数値がチラリと見えた。
「けど、生きるために色々なことしてきた。家の雨漏りだって、あたしが直してんだ。結構器用なんだよ?」
その言葉に、俺たちは顔を見合わせる。
そして、二人でリナの両肩をポン、と叩いた。
「ならば……」
「ーー身体で、払ってもらおっか!」
「ファッ!?!?」
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トン、カン……トン、カン……
翌朝。
アジトには小気味いい音が響いていた。
「本当にこんなボロ家で梅雨を過ごすのかい?」
「悪いかよ?」
「悪くはないけど……宿屋を取った方が絶対いいのに」
理解できないという顔をしたリナは、トンカチを振りながら壁の穴を板で塞いでいく。
「姉貴!ユノ!持ってきたよ!」
ユーディアに連れられ、エドが戻ってきた。
エドが材木を切り倒し、他にも必要な素材を買いつけ、ユーディアがチビコートにそれを入れて持って帰ってくる手筈だ。
「にぃに、そこにおいといて」
一方のユノは、アジトの近くで木材の加工役だ。大きな木の板に向き直ると、身体ほどもある大きな長剣を「うんしょ」と構える。
「《けんじゅつ》!」
ユノが技能名を言うと、途端に長剣を小枝でも振り回すかのように片手で持ち、スパパパパッと木の板を適切な長さに切り分けた。
……ユノちゃん、すっげぇ強いじゃん……。
エドは荷物をユーディアから受け取ると、切った板をリナの方へせっせと運んで、修繕に加わった。
「こんな秘密基地みたいな所がミレアスにあるなんて、オレ初めて知ったよ!」
「おもしろいところだよね。でも、上からじゃないと入れないの、ユノはちょっとたいへん……」
「確かにね。でも、あたしはこの立地ちょっといいなぁとは思うよ」
リナは小声で「衛兵とか、簡単にまけそうだし……」と呟く。そんな様子を眺めつつ、俺は黙々とダンジョンの地図を書いていた。
ーー俺たちは、リナへのお願いとして、アジトの修繕をお願いしたのだ。
最初は雨漏りと壁の穴だけの修繕をお願いするつもりだったが、リナにアジトを見せたら「これは雨漏り所じゃないよ!?」と驚かれ、エドとユノも巻き込んで、アジト全体を修繕してくれる事になったのだ。
専用の技能を持つ職人に頼むには立地が悪すぎるし、俺たちの居場所が第三者にバレるのはリスクがある。なので他人に依頼なんてもってのほかだったが……経験のある友人にお願いすれば、この通り。
Do It Yourself。
つまり、DIYだ。
この場合、俺はやってないので丸投げDIYになってしまってはいるが、命の恩人である俺たちに恩義を感じ、進んで作業してくれているので、有難くここはお願いしよう。代わりに、あとで飯でも差し入れするか。
俺は小さい身体でキビキビ働くエドとユノに声をかける。
「エドにユノもありがとな。仕事の方は大丈夫なのか?」
「平気だよ!おやすみ貰ってきた!」
「梅雨まであとすこしだから、アルノーおにーちゃんとユディおにーちゃんのお家、はやく直さないとだもんね」
笑顔でそう答える2人は、俺の役に立てることが嬉しいらしく、ノリノリで作業を進める。
2人ともいい子や……。
俺がほっこりしていると隣にユーディアがやってきた。
「進捗はどうだね?」
「今日中に地図は全部描き上がりそうだ」
「うむ、いいペースだ。ならば、出来上がったものを貸してくれ。補足しよう」
リナ達が補強する間、俺たちは引き続き報告書を書いていく。
日が暮れる頃には、なんとか報告書を全て書き終えることができた。
ーーあとは、これを提出すれば終わりだ!




