【75】魔法の杖
アジトに帰った俺は、早速掃除を始める。
ユーディアの痕跡が完全に消えたアジト内は、俺が使っていた場所以外、すべてホコリと苔に覆われていた。
とはいえ、2ヶ月半も放置していた俺のベッドやテーブルといった生活空間も、多少は埃っぽい。
コートを箒に変化させ、天井や梁、そして俺とユーディアの生活スペースを順に掃除していく。
以前と違い、コートや《影足》を使えば掃除もかなり楽だ。
日暮れまでかかったが、なんとかアジトは元の状態まで綺麗になった。消えてしまった椅子や器、スプーンなどは、また今度買えばいい。金ならあるしな。
アジトでお茶を飲み、一息ついていると――ユーディアが帰ってきた。
「今帰ったぞ、薄情な弟子め」
「おかえり、自業自得の師匠」
まだ顔が青いが、その手には食材の入った紙袋を抱えている。ダンジョンでは食べられなかった、海の魚介類がいくつか見えた。ついでにコロンも入っている。このラインナップは、アレだ。
「望み通り食材を買ってきてやったのだ。分かっているな?」
「へいへい。ブイヤベースな」
むっすりとするユーディアから食材を受け取り、食事の準備をする。と言っても、下ごしらえをして鍋に入れて煮るだけだ。コロンも茹でて、潰したら器に添える。
「「いただきます」」
ユーディアには俺の器を使わせ、俺は鍋から直接食べる。
ダンジョン産の食材で作ったブイヤベースも悪くなかったが、やはり海の食材で作るものが一番美味い。しかも残飯ではなく、ちゃんとした具材でだ。
「掃除はしっかり出来たようだな。最初の頃は、埃を払うことすらままならんかったくせに」
「そういうお前は、初めて酒を飲んだ時あれほど反省してたのに、すっかり忘れてるようだな?」
「ハッ、まだ酒を飲むのは二回目だ。これから学んでいくのだよ」
「俺は止めてたけどな?ちゃんと」
軽口を叩き合いながら食事を終え、食器を洗う。
食後は、《神の舌》で『ルーファムストーンの花茶』味のお湯を二人ですすった。
「今日、訓練どうする?」
「……また今度にしよう。《魔力操作》くらいなら出来そうだが」
地上に戻ったら久しぶりに路地裏で衛兵ごっこをやりたかったのだが、酒のせいでユーディアは無理そうだ。
なら、いつも通り《魔力操作》の練習でも……そう思った時、俺は今朝のことを思い出した。
「《魔力操作》と言えば……俺さ、ローレン先生を《偽相盗用》しただろ?」
「あぁ、見ていた。凄まじい魔力の扱いだったな」
「技能解除した今では、あんな緻密な操作なんて無理だけどな」
ローレン先生を模倣した時、その魔力の扱いには今思い出しても驚く。
膨大な魔力を叩きつけるように流す俺とは違い、ローレン先生は一切の無駄なく魔力を制御していた。それどころか、使った魔力の一部を自身へ戻し、再利用していたのだ。
あの扱い方なら、同程度の魔力量でも、俺より長く魔法を使い続けられるだろう。
――だが、俺が気になっているのは、そこじゃない。
俺はコートからスピアを取り出した。
「武器なぞ取り出してどうした?」
「ローレン先生を模倣した時……このスピアに無意識に魔力を流したんだ。そうしたら、魔力の操作性が上がったんだよ」
スピアはこれまで、飛ばしたり殴ったりと、地味な使い方しかしてこなかった。
もともと武器を持つ相手への対策として用意したもので、ほぼ護身用の扱いだったのだ。
剣術や棒術の経験がない俺にとって、両手で扱うスピアはどうにも使いづらい。
だが――ローレン先生を模倣したあの時。
スピアに魔力を流した瞬間、魔法を槍のように飛ばしたり、火や水を瞬時に生み出したりと、今まで出来なかった精密な操作が可能になった。
「魔力の操作性が上がる?それは“魔法の杖”と同じ効果だと言うのかね?」
「魔法の杖?」
「ローレン殿も持っていただろう。本来、魔法は技能名を唱えたとしても発動に手間がかかるが、魔力含有量の高い木材で作られた杖を使えば、波長の変化や発動を補助してくれるのだよ」
確かにローレン先生は、“いかにも魔法使い”といった大きな木の杖を持っていた。
「だが、鉄製の武器は杖には向かんはずだ。人工的に圧縮された鉄や鋼は、魔力を通しにくいらしい」
「でも、俺は扱えたぞ?めちゃくちゃやりやすかった」
「ふむ……試してみるとしよう」
ユーディアと共にアジトの外へ出る。
俺はスピアを、指揮棒のように構えた。
試しに魔力を通すと――まるで体の一部のように魔力が流れ、スピアの先端へと自然に集まっていく。
「《魔力操作》」
そう呟いて、ローレン先生のように水の槍を生み出そうとする。
いつものように魔力の波長を変え、濃度を上げようとした――その瞬間。
俺の周囲に、水の槍が現れた。
色を変える工程すらいらない。
ただ“イメージしただけ”で、だ。
驚きながらも、そのままスピアを前へ振り払う。
――バシュン!
水の槍は猛スピードで飛び、遠くの壁にぶつかって弾けた。
「す、すげぇ!なんだこれ!」
今までは、魔力の色を変えて手のひらに水の玉を出すだけで精一杯だった。
それを“飛ばす”なんて、到底無理だったのに。
今は違う。
意識するだけで、イメージ通りに魔法が発動する。
――これこそ、俺が思い描いていた魔法の使い方だ。
「そんなにか?どれ、貸してくれ」
興味を持ったのか、ユーディアがスピアを受け取る。
その構えは指揮棒ではなく、まるで優雅なステッキを持つかのようだ。
スピアを軽く掲げると――
ポゥ……
ユーディアの周囲に、無数の光の玉が浮かび上がる。
――光の魔法だ。
純白に輝く光は、螺旋を描きながら空へ舞い上がり、やがて一点へと収束していく。
次の瞬間、ぶつかり合い弾けた光は無数の粒子となり、キラキラと降り注いだ。
一粒一粒が異なる色を放ち、七色の雪のように幻想的な光景を作り出す。
思わず、言葉を失った。
「……これは凄い。とんでもなく高品質の杖だ。私ですら、ここまで出力を絞れるようになるとは」
「な、なんで俺より先に光の魔法使えてんだよ!」
しかも、上手いし!!
見ただけで分かる。あの粒子一つ一つに、色の指定を与えているのだ。
とんでもない制御力と想像力だ。
「フッ、すまんな。何せ私は天才でね」
「く、悔しい……」
俺だってスピアがあれば出来るはず!
もう一本あるスピアを構え、ユーディアの真似をしようとする。
ポワッ……と白い光をスピアの先に生むことは出来たが、それをぶつけて散らす、という想像が上手く出来ない。なにせ、光は物質じゃない。何かにぶつかって、ガラスのように砕け散ることは無い。
そんな先入観のせいで、光の玉をむにぃ~と餅のように伸ばしつつ、ふたつにちぎることしか出来なかった。
「美しくはないな」
「う、う、うるせー!俺のおかげで《魔力操作》が使えるのになんで俺より先を行くんだよ!」
《魔力操作》で魔力の匂いを感じたり、俺より光魔法を上手く使えたりと、スタートは同じはずなのにどんどん引き離されている気がする。
「今度教えてやろう。師としてな」
「くっそ……お願いします……」
解せぬ。
だが、独学でやるより、先人がいた方がきっと覚えやすいはずだ。うん。
そう思うことにした。
「ともかく……本来“魔法の杖”としては成り立たんはずの鉄の武器が、こうして杖として機能しているのは不思議だな」
「それな。ポーターさん、一体何を素材に使ったんだ……」
確か、かなり良い素材を使ったと言ってたっけ。
ダンジョンで無茶な使い方をしたにもかかわらず傷ひとつ付いていないあたり、相当な代物なのは間違いない。
「もしかすると、ドワロフが打った武器だからか?」
「え?ドワロフって……確か、ポーターさんの種族で、ドワーフとノームの珍しいハーフ……だったよな?」
ユーディアですら初めて見たと言うほどの、かなり珍しい種族だったはずだ。
「そうだ。ドワーフ族は鉄や鋼を精製し、それを打って剣や弓といった堅牢な武具を作るため、金のある剣士や騎士は質の高いドワーフ製の武具をこぞって求める。一方でノーム族は魔術に長け、自然から生まれる力をそのまま杖や魔導具へ落とし込むことに優れており、強度こそ劣るが魔法使い達には非常に人気が高い」
なら、その両方の血を引くドワロフであるポーターさんは、一体どんな武器を作ったのか。
その答えが――このスピアなのかもしれない。
「本来、ドワーフとノームは姿こそ似ているが、金属加工を得意とするドワーフと自然を尊ぶノームでは気質が合わず、あまり相性が良いとは言えん。だからこそ、その両方の特性を併せ持つドワロフが打った武器だからこそ……双方の長所を兼ね備えたものになった可能性がある」
「……それって、このスピア、めちゃくちゃ珍しいってことか?」
「珍しいどころではない。正しく加工されていれば歴史に名を残した可能性すらある。……もしポーター殿が鍛冶を続けていれば、“魔法の杖”は鋼鉄製が主流になっていた未来すらあり得たかもしれん」
「ポーターさん……なんて惜しいことを……」
魔法の杖として優秀でありながら、剣のような耐久性まで備えているこの武器は、あまりにも有能でロマンがある。もし俺に渡る前に誰かがその価値に気付いていれば、“魔法の杖”という概念そのものを変える転機となっていたかもしれない。
とはいえ、荷を運び、気ままに商いをしているあの人の様子を思い返すと、あれはあれで楽しそうだったから良かったのかもしれない。
そもそも、材料の仕入れ量を間違えるような性格を考えれば、鍛冶師として大成する未来はあまり想像できない。
「……このスピアは、とても良いものだ。大切にしたまえ」
名残惜しそうにユーディアはスピアを返してくる。その表情を見れば、魔法の出力が課題の彼にとって、この武器がいかに理想的かは明らかだった。
「ユーディア」
そう呼びかけて、俺はスピアを一本放り投げる。受け取ったユーディアは驚いたように目を見開いた。
「アルノー君、これは……」
「やるよ、一本。俺には二刀流は無理だったしな」
ユーディアはしばらく無言でスピアを見つめたあと、わずかに戸惑ったように口を開く。
「……良いのか?こんな貴重なもの、私が持てば消えるかもしれんぞ?」
「お前がいつも持ち歩いてる怪盗服や、投げナイフは消えなかっただろ?」
それに、たった2ヶ月半だが、このスピアとは確かに一緒に戦ってきた。それなりに思い入れもある。
「元々は俺の持ち物だ。忘れるはずがないっての。俺が覚えててやるから、消えることは絶対にねぇよ」
その言葉に、ユーディアは少しだけ嬉しそうに口元を緩めた。
「ありがとう、アルノー君」
「どういたしまして」
投げナイフなどの武器はユーディアにはしっくり来ていなかったが、これならきっと違う。ユーディアの力になってくれるはずだ。
「なら、明日は宝石の加工や服のオーダーに加えて、このスピアも装飾加工に出さんとな」
「装飾加工?なんだよ、やっぱそれだけじゃ無骨ってか?」
怪盗らしく、見た目を気にしているのか?と思ったが、ユーディアは首を横に振る。
「そうではない。魔石をはめ込めるようにするのだ。“魔法の杖”として使うなら、その方が効率が良い」
「へー……」
なるほど、と納得しかけたところで、今度はスピアを見せびらかすように掲げた。
「あと、私が扱うなら金色と黒のステッキにしたいな!」
「って、やっぱ見た目じゃねぇか!」
「ククク……当然だ。怪盗に剣や槍は似合わんが、ステッキなら別だ。実に優雅で美しい」
スピアを見つめるその目は、新しい玩具を買ってもらった子供みたいに輝いていた。
「せっかくならば、君の分も加工に出そうではないか。魔石なら、私が君に最も合うものを用意しよう」
「え、俺に?宝石好きのお前が、俺なんかに?」
「フッ……君には貰いっぱなしだからな。多少は融通してやる。頭を垂れ、この慈悲をありがたく思うがいい」
「えっらそ~に言うなぁ……」
それでも、これがコイツなりの礼なのだろう。そう思い、素直に受け取ることにした。
その日はスピアで何度か魔法の練習をしたあと、ユーディアにまだ酔いが残っていることもあり、早めに休むことになった。
寝る時になって「梁ではなくコートの上で寝たい」と駄々をこねるので、俺はコートを広げて床に簡易の寝床を作り、二人並んで雑魚寝のように眠りについた。




