【74】師匠のお誘い
ユーディアにそう言われ、俺は「あっ」と間抜けな声を上げた。そうだ、ダンジョンから出たらユーディアに指輪を取り返して貰うつもりだったのだ。
というか、最初は『指輪を取り返す』ってことにユーディアが乗り気じゃ無かったから、まさかコイツからそれを提案されるとは思ってもみなかった。
「いいのか?」
「ダンジョンから出たら指輪を取り返して欲しいと言っていただろう?」
そう言って、ユーディアはワインを軽くあおる。
「弟子の願いのひとつくらい、聞いてやらんとな。この私が動いてやるのだ。感謝したまえ」
「はは〜!お師匠様、よろしく頼みます〜!」
「うむ、良かろう。頭を上げるといい」
相変わらず偉そうだが――こいつの腕なら、きっと取り返せる。ひとつ問題が片付きそうで、少しだけ肩の力が抜けた。
「だが、私だけで行くのも味気ないだろう?アルノー君も一緒に来るといい」
安心しきって大口で唐揚げを頬張っていた俺は、その言葉に思わず喉を詰まらせ咳き込む。
「ゲホッゲホッ…………は?」
「君を遊びに誘っているのだよ。友人としてな」
「遊びって……指輪を盗みに行くだけだよな?」
恐る恐る尋ねる俺に、ユーディアはニヤァ……と悪どい顔で答える。
「大勢の前で、正式に君を弟子と認めたのだ。なのに私だけがコソコソ盗みに入るのも勿体ないだろう?」
「まさか……」
「そう。予告状を送り、正々堂々ーー正面から盗みに入る」
そう言って、ユーディアは指先で俺をくい、と招く。
「共に怪盗をやろう。アルノー君」
今度一緒に映画でもどう?みたいな軽いノリで、悪の道に誘ってきた。
「いやいやいや!普通にそっと忍び込んで、パッと取り返して、サッと帰るだけでいいから!あの時は注目を集める為に弟子として働いたけど、本業にする気はないぞ!?」
「そう言うな。一度やれば、やみつきになるぞ」
「物騒な誘い文句やめろよっ!?」
怖い!この師匠、弟子を悪い道へ引きずり込もうとしてくる!!
とにかく、こういう時はちゃんとNO!と断るのが大事だ。悪いこと、ダメ絶対。
そう、俺はNOと言える日本男児である。
「絶対やらないからな!絶~っ対!」
腕で大きくバッテンを作って全身でNOを表現する。
しかしユーディアは引き下がる様子もなく、顎に手を当てて考え込み――やがて、ちらりとこちらを見た。
「……先程、君が関与したものは私の《無名讃歌》でも消えなかった、という話をしたな?」
「し、したけど……」
「私はこれまで一人で怪盗を続けてきた。どれだけ派手に動いても、世間の噂は長くて2週間。それが消える前に、また次を仕掛ける――その繰り返しだ」
ユーディアはふっと目を伏せ、薄く笑う。
「怪盗そのものは楽しい。だが、休みなく動き続け、注目を保ち続けるのは……正直、骨が折れる」
その声音は軽いが、どこか本音が滲んでいた。
「君が共に動いてくれれば、私への認識はすぐには消えんだろう。少しくらいは俗世から離れて……ゆっくりする時間も持てるはずだ」
「うぐっ……」
「で?どうする?無理にとは、言わんが」
――それを言われると、弱い。
断れないと分かっていて提案をしている。
「きったねぇ手、使いやがって……」
「何せ、悪党なのでな」
悪びれもせず、ユーディアは肩をすくめた。
そうだった。
こいつは“悪い奴ではない”が、“悪いことをする側”の人間だ。にやにやと楽しそうにこちらを見ている顔が、また腹立たしい。
おのれ、確信犯め。
俺は両手を上げた。降参のポーズである。
「…………ご一緒させていただきます」
「よくぞ言った!」
ぱっと顔を輝かせ、ユーディアはバシバシと俺の肩を叩く。
なんて晴れやかな笑顔なんだチクショウ……。
一方の俺はというと――どうにも上手く丸め込まれた気がして、なんとも複雑な気分だった。
「やるからには、今回はしっかり下調べをしてからだな!初心者でも忍び込めるルートを見ておこう!……ああ、もちろん怪盗服が出来てからになるが、超特急で仕上げてもらうぞ!特急料金でも何でも払ってやろう!金ならあるからな!」
ハハハハ!――と、両手を広げて高らかに笑うユーディア。完全に怪盗モードだ。
……今日はテラス席が貸し切りで本当に良かった。
傍から見れば、朝から酒に溺れているダメな大人か、何かヤバいものでもキメている危ない人にしか見えない。
こういう時こそ、《無名讃歌》で存在感を消してほしいんだが。
「ああ、そうだ。怪盗をする時、アルノー君は白い服にするのだぞ?怪盗アルバートは白いコートを纏っている設定だからな」
「はぁ!?あれ着んの!?お前みたいに姿消せないのに、目立ちすぎるだろ!?」
「君が白い服を着たのが悪い。諦めたまえ」
そ、そんなぁ……。
あの時の俺は確か、白いコートに仮面を付けた完全な中二病スタイルだったはずだ。
思い出しただけで羞恥が込み上げる。《偽相盗用》でも使わないと、とてもじゃないがやっていられない。
また、あの姿で駆け回るのかぁ……。
あの時、レオニスにバレないよう、なんとなく白を選んだ過去の自分を全力で恨んだ。
そんなやり取りをしているうちに、朝食兼昼食をぺろりと平らげていた。
一悶着はあったが、酒もほどよく楽しめて大満足だ。
「「ごちそうさまでした」」
席を立ち、出口へ向かいかけた――その時。
ふと、ランチメニュー表が目に入った。
〆に何か頼もうかとも思っていたが、これ以上食べたら動けなくなりそうだ。今回は見送るとして……せめて、どんな料理があるのかだけでも見ておこう。
何気なく手に取り、ぱらりとめくる。
――その瞬間、ドクン、と胸が跳ねた。
「……ユーディア。異世界人って、俺の他にもいるんだよな?」
視線をメニューに落としたまま問いかけると、店内に入ろうとしていた、ほろ酔いのユーディアが振り返る。
「ああ、恐らくな。以前にも言った通り、異世界人は強力な力を持つことが多い。だからこそ、その出自を隠して生きている者がほとんどだ。……あの時は君にも分かりやすく説明したが、その“強力な力”とは《定理技能》のことだ」
それがどうした、とでも言いたげな声。
だが――俺は、メニューから目を離せなかった。
サンドイッチ、パスタ、ピザ、ステーキ、ソーセージ。
西洋風の料理が並ぶ中に――明らかに“異物”が混ざっている。
肉じゃが。
お好み焼き。
芋煮。
おでん。
もつ鍋。
……極めつけは、筑前煮だ。
「ユーディア。この料理、何か分かるか?」
肉じゃがの文字を指さすと、ユーディアはあっさり頷いた。
「肉じゃがであろう?食べたことはないが、ミレアスの名物のひとつだ」
「肉じゃがって……日本の料理のはずだぞ?」
肉じゃがは、イギリスのビーフシチューを元に日本で生まれた煮込み料理だ。
そして何より――“じゃがいも”という名称自体、この世界には存在しない。
この世界で流通しているのは、“コロン”という芋だ。見た目も味も似ているが、名前はまるで違う。
「これは、アルノー君の世界の食べ物なのか?」
俺が頷くと、ユーディアは顎に手を当てて思案する。
「だとすれば……随分前から異世界人がこの世界の食文化に影響を与えていたのかもしれんな。この名物はミレアスの開都当初から存在すると聞く。……あるいは、《定理技能》によって生み出されたか、だな」
俺の考えでは――おそらく後者だ。
このラインナップは、日本各地の名物料理ばかりだ。
少なくとも、テレビやインターネットによって地方の情報が広く共有されるようになってから、全国へと広まったものばかりである。
つまり――本来なら一つの場所に揃うはずのない、ばらばらの地方料理が並んでいるということは、日本でも比較的近代に入ってから、有名になった料理ばかりだということだ。
ミレアスほどの大都市が誕生した当初から存在していいはずがない。
そもそも――公用語が日本語であること自体、よく考えれば異常だ。
これまでは「異世界だから」と曖昧に納得していたが、《定理技能》という“世界を書き換える力”の存在を知った今、その考えは通用しない。
ーーわりと近くに居るんじゃないだろうか?
《定理技能》を持った日本人が。
それも、この世界の食文化や、言語体系に影響を及ぼすほどの、神に等しい力を持った人が。
「もしや、異世界人の《定理技能》を疑っているのかね?」
「まぁ、な。いつからこれがあったのか分からないけど……多分、無関係じゃないと思う」
「なるほど……分かった。だが安心したまえ。《定理技能》で世界がどこか書き変わったら、ちゃんと君にも教えよう」
「教えるって……《定理技能》によって世界が変わったとしても、気づけないんだろ?」
気づけない変化を教えるなど、矛盾している。
だがユーディアは、得意げに指を振った。
「《無名讃歌》を持つ私はこの世界とはズレた存在だ。例え世界を書き換える《定理技能》でも、“この世界と重ならない者”に対して、影響を及ぼすことは出来ない」
「は!?つまり、お前なら《定理技能》をかわせるってのか!?」
「そうとも」
つまり、《定理所有者》にとってユーディアは……唯一、影響を及ぼせない存在。
デメリットは大きいが、それを差し引けばほぼ無敵の能力だ。
……もしかして、俺の師匠ってとんでもない奴なんじゃないか?
ユーディアへの評価が、ほんの少し上がった。
「さてと。では、食事の支払いはアルノー君に任せるとしよう」
「へ?」
唐突な一言に、思考が止まる。
「宝石の加工に服のオーダーと、これから出費がかさむのでな。どうせ君は金の使い道もないだろう?身分札の提示くらいは私が何とかしてやる」
そう言い放つと、意気揚々と店内へ入っていく。
……金なら腐るほどあるくせに。
その背中を見送りながら、俺は上がった評価をそっと元に戻した。
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【せせらぎ亭】での支払いを済ませ、商業街へ向かう。
この後は、ユーディアの宝石加工と怪盗服のオーダーをしに行く予定だ。
昼過ぎということもあって、通りには屋台が立ち並び、あちこちから食欲をそそる香りが漂ってくる。
「さてと。それで、依頼する店は決まってんのか?」
行くとしたら布製品の通りだろうか。
あそこなら仕立て屋が何軒かあったはずだ。
そう思い、ユーディアの方へ振り向くと――
「ゔっ……」
「ん?どうした?」
「……ぎもぢわるい……」
腰を折り、膝に手をついている。
顔色はみるみる青ざめていった。
……案の定だ。
あの短時間でボトル一本空けたせいで、完全に酔いが回っている。歩いたことで、一気に来たのだろう。屋台から漂う肉の匂いも相まって、今にも吐きそうな顔だ。
「言わんこっちゃない」
「ゔぅ……アルノー君……酔い止めのポーションを……買ってきてくれ……」
「いやぁ~俺、身分札ないからさぁ~!」
にやりと笑って、わざとらしく肩をすくめる。
「た、確か……冒険者ギルドでも……売っていた……冒険者札を使えば……」
「自業自得だ。受け入れろ、運命を」
きっぱりと言い切る。
俺は止めた。これはユーディアの責任だ。
「酔いが収まるまで、アジト戻ってくんなよ。掃除くらいはしといてやる」
「ま、待て……!師を……友を……置いていくのか……!」
「止めたよな?俺。なのに飲んだのはお前だろ。……酒の怖さ、身をもって知れ」
俺はそのまま路地へ入り、コートを使って屋根へと跳び上がる。
くるりと振り返り、下を見下ろした。
「酔いが覚めたら、何か食材買ってこいよ。夜まで外食にしたら、また酒飲むだろうしな」
「私を小間使いにする気か……!」
「人にポーション買いに行かせようとした奴の台詞じゃねぇだろ」
顔色が青から白へと変わりつつあるユーディアを置いて、俺はさっさとアジトへと戻った。




