【66】デビュー
「なぁ、今って深夜3時だよな?」
「そのはずだ。一番人が少ない時間帯のはずだが……一体何が起きている?」
光の魔法でスポットライトのようなものが作られているのか、俺たちは眩い光の中に照らされていた。
ざっと数えても、500人くらいはいるだろうか。光も相まってライブのステージに上がった気分だ。
俺は視線を巡らせる。
どの冒険者もボロボロだ。まるでずっと戦っていて、風呂にも入ってないような見た目である。武器も盾もまともに手入れされていない。何かの体液でベトベトだ。周囲の地面にも何かの液体が散らかっている。
周りの冒険者達から、ざわめきが聞こえる。
「全部亜種だぞ!?」
「上のは……人型の魔物か!?」
「なんだアレは……!」
その声を引き裂くように、聞き覚えのある怒声が響いた。
「お前ェッ!!そのコートッ!見覚えあるぞッ!!」
群衆を割るように飛び出してきた声の主を見て、俺は思わず顔をしかめる。
「アイツだっ!この私を辱めた罪人はッ!」
ポン子を攫おうとして、俺に《激震ツボ》を押されて気絶したーーあの貴族だ。
ダンジョン入口から少し離れた安全圏に陣取り、どうやら指揮を執っているらしい。
正直、あまり好きな相手ではない。
だが、ずっと《致命顕現》で死んでいないか心配していたのも事実だ。
……まぁ、元気そうで何よりだ。
「それは本当ですか!?レオニス様!?」
「間違いない!顔は見えんが、体格とあの黒いフードのコートはこの目に焼き付いている!!」
そう言われたので、俺はシレッとコートをスゥゥゥ……と、白色に変える。
「ヒトチガイデスヨ」
「ふざけるな!貴様ッ!」
レオニスと呼ばれた貴族は剣を構え直し、周囲の衛兵達へ声を張り上げた。
「凶悪な魔物を先導し、“ 魔物恐慌”を引き起こした大罪人よ!騎士の名の下、今ここで魔物ごと切り伏せてくれよう!」
……は?“ 魔物恐慌”?
もう一度、俺はぐるりと周囲を確認し……ようやく合点がいった。
考えてみれば、19階層に上がってから魔物に一切出会わなかったなんて、明らかにおかしい。
恐らく……地下20階層があんな無限に続く地底湖だからこそ、普段であればそれより下の魔物が地下19階層へ上がってくることはないのだろう。
ーーそこに、深層でも元気にやっていた、俺たちという亜種の魔物軍団総勢400匹超が、突然這い上がってきた。
未知の脅威に魔物達は大混乱を起こし、
一斉に脱兎のごとく逃げ出したのだろう。
それはまるでドミノ倒しの如く、
俺たちが上がればその階層の魔物が更に上に、
その魔物に怯えた上層の魔物がさらにその上に……と、
俺たちに追い立てられるように逃げ出したのだ。
そして、俺たちがダンジョンから出るまで何の魔物とも出会わなかったということは……逃げた魔物は、全員……ダンジョンの外へ雪崩の如く出ていたはずだ。
つまり俺たちは……
国防級の災害である“ 魔物恐慌”を引き起こしてしまった張本人である。
やーーーーっべ。
冒険者達と衛兵が、ジリジリと迫り来る、
弓矢の弦が引かれ、魔力を込めた杖が向けられる。
その目標は……俺たちの周囲にいる、エル=ナシェルの民と、シーフラ達だ。
このままでは、こちらに犠牲が出る。
何とか注意を惹かなければ。
亜種の魔物など目にも入らなくなるほど、
視線を奪うにはーー
ーーより目立つ、強大な悪党が必要だ。
俺は【契約回廊】を通じて、ユーディアに意識を伝える。
『ユーディア。お前、目立つの好きだよな?』
『……それを持ちかけるということは、私に出番を譲ってくれるということかね?』
ニヤリ、とユーディアが楽しげに口の端をつりあげる。こんなに衆目に晒されているのが何よりも愉快と言わんばかりの悪い顔だ。
『あぁ。けど、俺も付き合う。魔力補給要員も必要だし、なんたって……怪盗の弟子だからな』
『フッ、よくぞ言った』
俺は視線を前に向けたまま、ネフィル達へ声をかける。
「俺たちが注目を引く。雰囲気に合わせてくれ。その後は打ち合わせ通り、ダンジョン封鎖区画の壁をぶち壊して逃げろ」
「ハッ。……ご武運を」
俺とユーディアは玉座から優雅に飛び降りる。
ユーディアの黒いマントと、俺の白いコートが風を受けてバサリとはためく。
地に足をつけた瞬間、ネフィル達は一斉にその場にひざまづいた。シーフラ達も真似をするように、俺たちへ向けて伏せをする。
「ま、魔物が……」
「頭を垂れている……!?」
ざわめく冒険者達の前へ、俺たちは悠然と歩み出る。
そして優雅に一礼した。
ユーディアがゆっくりと片手を上げる。
それだけで、周囲は自然と――シン、と静まり返った。
「諸君。我らからの余興は如何だったかな?ーーあぁ、言わずとも結構。その様子では、楽しめたようだね?」
「「「っ!」」」
その含みのある言い方に、冒険者達は息を飲む。
「まさか“ 魔物恐慌”を……?」
「これがプレゼントだって……!?」
明確な敵意が、俺たちへ注がれる。
しかし、ユーディアは楽しげな表情で続けた。
「今宵ーーこの美しき月夜の下、わざわざ我らが為にお集まりいただいた客人諸君。まずは、心より礼を言おう」
ユーディアはゆっくりと腕を広げ、まるで舞台の中央に立つ役者のように周囲を見渡した。
「これほど盛大な歓迎を受けるとは思ってもみなかった。ーーまさに壮観だ」
芝居がかったような動きで全体を見渡し、ユーディアは高らかに声を上げる。冒険者達も衛兵も、何を言っているんだ?という顔で彼を見つめる。
その一瞬の隙を、怪盗は見逃さない。
パチン、とユーディアが指を鳴らした。
その瞬間。
ガチャガチャガチャガチャッ!
金属音が連続して鳴り響く。
何が起きたのか理解するより早く、
冒険者達の手から、
剣が、槍が、弓が、一瞬にして消え失せ、離れた位置にいるユーディアの足元へ雪崩れ落ちていた。
ーー持ち主の意識が向いていない物を奪い去り、意識が向いていない箇所へ送るユーディアの《怪盗系統技能》……《怪盗遊戯》だ。
武器が無くなってから、ようやく我に返った冒険者達が「武器が!」「いつの間に!?」とざわめき、ユーディアの方へ視線を向ける。
「なっ……何者だっ!?お前たちは!?」
その言葉に、ユーディアはマントをバサァとはためかせる。
「夜を駆け、月下に踊り、隠蔽の檻すら軽やかに飛び越えて……真実の宝のみを頂戴する」
マゼンダ色の瞳が、愉快そうに歪められた。
「我が名はーー怪盗ユーディア」
手をクルン、と翻す。
途端に、冒険者達の頭上が真っ白に色付く。
空を覆い尽くすほどの、美しい白い花が舞い踊っていた。
ーー今朝つんできたばかりの、『ベールフローレン』。
華やかな香りと幻想的な光景に、全員が思わず上を向く。
瞬間ーー
ガシャシャシャ!
ユーディアの足元にあった武器が、冒険者達の所へあべこべに戻っていた。剣が矢筒に突き刺さり、弓が鞘にねじ込まれ、槍の先に杖が刺さってガンッ!と地面に落ちる。
「このッーー」
一人の弓使いがユーディアへ矢を放とうとする。
だが、
「あ、れ?」
瞬きの間に、冒険者が構えていた矢は――槍に変わっていた。
重さに耐えきれず、ガシャン!と地面に落ちる。
「美しい物に見惚れるのは分かるが……」
ユーディアが口元を歪める。
「私から視線を外すとは、妬いてしまうな?」
パチン、と指を鳴らす。
次の瞬間。
全ての冒険者の眼前に、一本の矢が宙に浮いていた。
一瞬の静寂。
そして――カラン、カラン、と矢が地面へ落ちていく。
「瞬き厳禁だ、諸君」
冒険者達は驚愕の顔でユーディアを見つめていた。
ーー正直、俺も同じ気持ちだ。
実際は技能で目の前に矢を置いただけだろうが……冒険者達には、いつの間にか目の前まで矢が飛んできていたように見えるはずだ。
つまりこれは、『いつでも殺せる』という無言のアピール。
怪盗ユーディアは不殺を掲げる怪盗なのでそんなことはしない。だが、その事を冒険者達が知る由もない。
ダンジョンでは、ちょくちょくポンコツなところもあった。
だが――
人の視線を操り、
誰一人傷つけず、
それでいて相手に格上のように演出し、心底震え上がらせる。
これが、怪盗の戦い方。
……なるほど。
魔力さえあれば、
怪盗ユーディアは、対人戦ではとんでもなく強い。
「ひ、ひぃ!?」
「化け物……!」
冒険者たちが、一歩、また一歩と後ずさる。
後方で指揮を執っていたレオニスが、驚愕の声を上げた。
「か、怪盗ユーディアだと!?」
驚くその顔を見て、ユーディアは愉悦を噛み締めるように再び一歩、前へ踊り出る。
「今宵、わざわざ“ 魔物恐慌”を起こしてまで諸君に集まってもらったのは他でもない」
ユーディアは芝居がかった仕草で、また一歩前へ。
「是非ともーー多くの者に、彼のことを知ってもらいたくてね」
そう言って、チラリと俺を見る。
「紹介しよう。……怪盗ユーディアが認めた、唯一の男を」
……認めた、か。
その言葉に、少し驚いた。
けれど、それ以上に胸の奥に広がったのは――誇らしさだった。
あまり人を褒めないユーディアが……
しかも、大勢の前で、そう宣言したのだ。
「覚えておきたまえ。ーー今宵より、怪盗は2人となる」
俺を皆に見せびらかすように、ユーディアは優雅に両手を広げた。
誇らしげに胸を張り、その顔にはーー師として弟子を何よりも自慢に思っているかのような笑みが浮かんでいる。
……今の俺は、見習い怪盗だ。
師匠がせっかく作ってくれたこの雰囲気を、無駄にはできない。
促されるように一歩前へ出る。
すると師匠は、待っていましたと言わんばかりに、高らかに声を上げた。
「我が自慢の弟子。怪盗アル……」
『ストーーーップ!!』
慌てて俺は【契約回廊】で割り込む。
何で俺の名前そのまま言おうとしてんだ!
相変わらずのうっかりポンコツ怪盗め!
『誰がポンコツだ!アルノー君の名前を言うわけなかろう!』
と、言っているが、俺にはコイツの心の声が分かる。
つい癖で俺の名前を口走りかけたのは、完全に筒抜けだ。
ユーディアは視線をウロウロさせる。
吐いてしまった言葉は戻らない。
「アル……アル……」
うわ言のように呟く。
そして、何か思いついたような顔をした後、ドヤァとした。
「……怪盗アルバートだ」
ーーアルバート??
どうやら咄嗟に偽名を作ったらしい。
『どうだ!良い名だろう!』という得意げな心の声が流れてくる。
アルバート……。
俺の名前からは離れているし、パッと聞いてバレることもないだろう。センスも、まぁ悪くない。
よしーーその名前で行こう。
俺は通話を切ると、ユーディアを真似して白いコートをバサァと翻す。
フードが脱げて顔を晒したら不味いので、コートを変形させ、目元を覆う白い仮面を作り出した。
中二病全開の見た目だが……怪盗なんてやってる時点で、今さらだ。
「師より紹介に預かった。諸君、ごきげんよう!」
どうせならユーディアのような口調にしてみる。
もし知り合いがいても、俺だと気付かれないくらい大袈裟に。
「俺……いや、私……いや、我――そう!我こそ、怪盗ユーディアの一番弟子!期待の新星、怪盗アルバートであるッ!」
羞恥心を振り払い、俺は仰々しく一礼した。
「若輩者ではあるが……どうぞお見知りおきを」
――こうして。
『怪盗アルバート』のお披露目会が、盛大に始まったのだった。




