【8】ポン子
キョトンとしたポン子と目が合う。
今はドレスではなく、動きやすそうなふわふわパジャマ姿だった。
ーーと、その瞬間。
スゥー……
隣に居た怪盗の気配が薄くなった。
なけなしの魔力を振り絞り、技能を発動させたらしい。
パンイチはほっといて、俺は口に人差し指を当てた。
「しぃー!大声を出すなよ」
「っ……、……はい」
地下での俺の恫喝が効いたのか、
間があったが、ちゃんと返事が帰ってきた。
「よし。
……なぁ、ここに服は置いてないか?
ヒョロい男でも着れるやつ」
ポン子はワタワタと視線を彷徨わせた後、部屋の角にあるクローゼットを指さす。
同時に、気配だけがそちらに猛スピードで向かっていった。
あいつ、必死過ぎるだろ。
「……、……っ、あのっ」
哀れな怪盗の気配を追っていた俺は、
まさかポン子から話しかけて来るとは思わず、少し驚いた。
俺の対応的にも、深夜に寝室に忍び込んだことからも、きっと怖がられていると思っていたからだ。
「ん?なんだ?
……あ、寝てるとこに来たから、悪かったよな」
「っ……!い、いえ……」
相変わらず、そわそわ、もじもじ。
落ち着かない様子のポン子。
全然口を開く様子がない。
コイツが喋るまで待たないといけないのか?俺?
トントン。
突然扉が叩かれ、俺は飛び上がった。
ーーマズイ。
「おいポン子、俺がここにいることは黙っててくれ」
「……?」
「キョトンじゃなくてな!?
俺、悪くないのに追われてるんだよ!察しろ!」
トントン。
「失礼いたします」
ガチャリ、とドアノブが回る。
俺はポン子の後ろに回ると、
その背中を押して扉の前に突き出した。
「あら、起きていらしたんですか?」
侍女らしき人が扉を開けて入ってくる。
俺はドアの裏側に張り付き、息を殺した。
「先程、どうやってか死刑囚が逃亡したそうでして。先程ご覧になられた、あの“白札”ですよ」
ちらり、とポン子は俺の方を見る。
俺は鬼の形相でジェスチャーを伝えた。
ーーこっち見んな。
ーー俺は居ない。
ーー帰ってもらえ。
ちらちら、とポン子はこちらを見つつ、
いつも通りワタワタする。
侍女はそんな態度に慣れているのか、返事を待たずに話を続けた。
「ルルシェラ様。いつ死刑囚が現れるか分かりませんからね。内鍵を、どうかしっかりとおかけくださいませ」
ルルシェラ。
それがポン子の本名らしい。
……言いづらいな。
調書を取っていたオッサンが、俺の名前を「言いづらい」とぼやいていた意味が、今になって分かった。なるほど、文化の違いである。
もうポン子でいい。心の中でそう決める。
「それにしても……怪盗がまだ屋外にいるかもしれないからと、こんな地下にルルシェラ様を閉じ込めるなんて……」
侍女は溜息交じりに続ける。
「屋敷にお戻りになれれば、このような事に巻き込まれずに済みましたのに。本当に、なんてことでしょう」
「……」
「ルルシェラ様もお辛いでしょう? もしや、眠れないのでは?」
「……」
「あぁ、お可哀想に。果実水をお持ちしましょうか? 暖かいミルクもございますよ。必要であれば、子守唄も……いえ、もうご卒業でしたね」
「……」
「あら、もうこんな時間ですね。
ルルシェラ様、夜更かしをなさらぬよう、
今日は早めに寝てくださいませ
私との約束ですよ」
一方的に話し終えた侍女に対し、
ポン子は、にこ、とだけ笑った。
その笑顔に安心したのか、侍女は
「内鍵をお忘れにならないように」と念を押し、部屋を出ていく。
……随分と過保護である。
「夜に咲く、美しき白牡丹の君よ」
低く、よく通る声。
「その献身に、心からの感謝を」
気付けば、黒いパジャマ姿の怪盗が、
ポン子の手を取って片膝をついていた。
芝居がかった優雅な所作。
だが、数分前までパンツ一丁で服を漁っていた不審者である。
「っ……!」
ポン子はここでようやく、
“二人目がいた”ことに気付いたらしい。
声が出なかっただけ、奇跡だと思う。
「……とりあえず助かった。ありがとな、ポン子」
そう言って、俺はふわふわの頭を撫でる。
手を取られ、頭を撫でられ、ポン子は更にワタワタし始めた。
平常運転だ。
「さて」
服を着てご機嫌な怪盗が、胸を張る。
「落ち着いたところで、ここから出る方法を考えようではないか」
「と言っても、お前の魔力が回復するまで待つしかないだろ。階段には衛兵がいるし、さっきの陽動でも動かなかったからな」
本当なら、さっきの“パンイチ騒動”で階段の衛兵も釣れるのが理想だった。
だが現実はそう甘くない。
指示された持ち場をきっちり守る、実に優秀な衛兵だ。
「ふむ。君を連れて、先ほどの技能を使うには……」
怪盗は顎に手を当て、少し考えてから言う。
「明日の昼まで待ってもらう必要があるな」
「今、何時だ」
「夜の二十二時……君が就任式を台無しにしてから、ちょうど丸一日だ」
「もうそんなに経ったのか……」
どうりで空腹と疲れが溜まっているわけだ。
「ふむ。さすがに淑女の部屋に隠れ続けるのは、彼女の世間体的によろしくないな」
「なぁ、他に便利な技能はないのか?お前、有名な怪盗なんだろ?」
「フッ、この怪盗ユーディアに“不可能”の文字はない」
その直後、(魔力があれば……)と小さく呟いたのが聞こえた。ダメだこりゃ。
俺はポン子を見る。
会話に入りたそうだが、ずっとワタワタしている。
侍女の様子を見るに、相当な箱入り娘なのだろう。
……ルルシェラ様、ね。
その時、俺の脳裏に名案が閃いた。
「なぁ、ポン子」
「っ、はい」
「たまには侍女に内緒で……“悪いこと”、してみないか?」
「ひぇっ!?」
俺は、にっこりとポン子に微笑みかけた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
地上への階段前。
警備兵達の前に、
奇妙な3人組が現れた。
「る、ルルシェラ様!
このような時間にいかがなさいましたか?」
寝巻き姿のルルシェラが、
衛兵一人と、寝巻き姿の男性を連れてやってきたのだ。
「ポン……ルルシェラ様は、外の空気をお吸いに行かれたいそうだ」
「なっ、いけません!今は危ないですし、早くお戻りに……」
寝巻き姿の男が、ぽんっ、とルルシェラの肩に手を置く。
すると、ルルシェラはトコトコ警備兵へ近づいていき、
「しぃー……」
口に人差し指を当てた。
その愛くるしい姿に、警備兵達は一斉に胸の奥がギュゥウっと締め付けられる。
「何も遠出なさるわけではない。
ポン……ルルシェラ様は、地下の衛兵共の小汚い香りとカビ臭い空気に気を病まれ、眠れなくなっていらっしゃる」
「そ、そんなに!?」
警備兵達はあわてて自身をくんくんする。
ルルシェラは何か言いたそうに衛兵を見上げたが、
衛兵に頭をポスポスされ、
再び前を向いて「しぃー」とする。
「ポ……ルルシェラ様は、お前たちに責が及ばぬよう、
お忍びで来られている。
これ以上、ルルシェラ様の健康を損ねるならば、
今すぐこの屋敷にいる全兵を叩き起し、
冷水で隅々まで洗えと命じるぞ!」
「おっ、お気遣いに気が付かず、大変申し訳ございません!!」
警備兵は慌てて扉を開け、3人組を通した。
3人組を見送った後、警備兵達は顔を見合わせる。
「……ところで、あの寝巻きの男は、なんだったんだ?」
「さぁ……?」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ポン子の付き添いなら通れるかもと思ったこの作戦。
俺のアドリブと、怪盗仕込みのあざと可愛いポン子のポーズにより、予想以上にすんなりと上手くいった。
周囲の対応からして、ポン子はかなりいいとこの箱入りお貴族様だろう。
やはり、持つべきものは、権力である。
階段を上がると、そこは俺が最初に来た屋敷の1階だった。俺は領主邸の地下に囚われていたらしい。
夜の暗い廊下が初めてなのか、ポン子はドキドキした様子で先導し、屋敷の中を進んでいく。
裏庭を出て、その先の林の中まで進んだところで、
ようやく俺達は息をつけた。
「ッはー!!脱出成功ーー!!」
「美しい女性を使うなど私の信念には反するが……今回ばかりはルルシェラ嬢に感謝しよう」
俺達がポン子に一言言おうと振り向くと、ポン子は夜空を見上げていた。
「……きれい」
ポン子が呟く。
俺も見上げてみるが、確かに周囲に灯りがないので、小さな星まで良く見えた。
だが、俺のいた世界とは星の感じがなんか違う。
やけにカラフルに見えるのは気のせいだろうか。
これはこれで電飾みたいで綺麗だが、俺の世界もあれはあれでよかった。
「俺は、元いたとこの星の方が綺麗だと思うけどな」
「そうなのですか!?」
ポン子がバッと俺を見る。
珍しく、間のない返事だった。
一拍置いて「あっ……」と顔を赤らめるが、俺は頭をポスポス撫でてやる。
「ちゃんと言えるじゃん。言いたいこと」
「っ……、……」
またワタワタし始めるポン子。平常運転である。
俺は、とびっきり悪い顔をする。
「な?悪いことして良かったろ?」
「……はい」
初めての“夜更かし”。
侍女との約束を破ったからか、
綺麗な星空を見れたのか……
どちらか分からなかったが、ポン子は俺の言葉にしっかりと返事をしてくれた。
「さて、縁もたけなわだが、我々はそろそろ行くとしよう」
「行くって……どこに?」
「市街地だ。人を隠すなら人混みの中だからな」
なるほど。流石は犯罪者である。
俺達はポン子から離れつつ、彼女と向き合った。
「じゃあ、ポン子!助かったよ!」
「白牡丹の君、どうか安らかな夜を」
そう言って、背を向ける。
「……あのっ!」
ポン子の大きな声に、俺達は驚いて振り向いた。
胸の前で手を組み、声を震わせ、ポン子が言う。
「ーーまた、逢えますか」
俺達は顔を見合せ、片手を振る。
「生きていれば!」
「必ずや」
それを見て、
ポン子もーー同じように手を振った。




