【63】顛末
『……ア……ノー……』
意識の奥深く。
俺の魔力……その内側から、声が聞こえる。
『アル……君……』
なんだ?聞いた事のある声だけど……誰だったか……
『アルノー君ッ!!』
突然ハッキリと聞こえた大声に、俺はハッとした。
……ユーディアの声だ。
『……ユーディア?』
『っ!聞こえるかね!?アルノー君!』
『そんなに大声出さなくても聞こえて……』
『君は今何処にいる!?』
『どこって……』
……あれ?俺、何してたんだっけ?
すると、ふと脳裏にこれまでのことが過ぎった。
ダンジョン地下20階層。
巨大コウイカ。
19階層から、落ちたこと。
……なんで俺、無事なんだ?
そこで初めて……俺は自分が水の中ではなく、どこかに寝かされていることに気がついた。しかも、ふわふわの暖かい布団の上にだ。
目を開けようとしたが、瞼が重く、体も力が入らない。
『わっかんねー。どこだろうな?』
『っはぁ〜……なんと呑気な……』
気の抜けたような声が聞こえてきた。分からないものは分からないのだ。仕方ないじゃんか。
『っつーかさ、ユーディアお前今どこにいるんだ?なんか俺の中から声が聞こえてくるんだけど。俺の幻聴じゃないよな?』
脳内ユーディアとか怖すぎる。
《偽相盗用》の使いすぎで、俺もとうとう頭がおかしくなったか?
『誰が頭おかしいだと?この猿め。貴様の脳内に出てくるなど、こちらから願い下げだ馬鹿者』
『えっ。俺の考え……読めるん?』
驚いて聞き返すと、また大きなため息と『当たり前だろう』という声が聞こえてきた。
『【契約回廊】を通じて、君の魂に直接語りかけているのだ』
『は?そんなこと出来んの?』
『あぁ。エル=ナシェルの民……ネフィル達は皆同じ“御霊”から生まれたと言っていただろう。話を聞けば、どうやらそれは“魂”の事らしい』
なんだか疲れた声で、ユーディアが説明してくれる。
『“魂”が繋がっているからこそ、意識の底ではお互いを認識して会話も可能だと聞いた。我々は【契約回廊】で魂が結ばれているからな。同じことが出来るかもしれん、と試してみたのだ』
『すげぇ〜。さすがは頼れるユディえもんだ。つまりは、テレパシーってことだろ?』
『アル太君は時々、訳の分からんことを言うが……まぁ君が理解出来たのならそれでもういい』
呆れた声と共に、『とにかく』と話を強引に切り替えられる。
『まずはこちらで分かっていることを共有する。君は約5日間、行方不明だったのだ』
『は!?そんなに!?』
俺は自身の魔力を確認してみる。
……大体、1割だけ回復していた。
魔力欠乏は1日か2日寝れば、体調は万全でなくとも起きられる。3日も寝れば魔力は全回復するはずだ。
なのに5日間も昏睡状態。
しかも、魔力もろくに回復してない。
こんなダンジョン内で、よく生きてたもんだ。
『君が20階層に落ちた後、【契約回廊】で君の行方を
追っていたのだ。……君が死んだ場合、【契約回廊】が切れるからな』
ユーディアからすれば、それはヒヤヒヤものだったろう。
『ヒヤヒヤどころではなかった』
『……思考読まれんの、嫌なんすけど』
『意図せずとも読めてしまうのだ。諦めろ』
俺が続きを促すように意識をすると、ユーディアは落ち着いた声色で続ける。
『着水してしばらくした後……突然、君が消えたのだ』
『……消えた?』
『そして、一瞬で我々から遠く離れたダンジョン地下19階層に現れた』
『なにそれ?瞬間移動?』
『私が知りたい』
つまり……俺に何かが起きて、ワープしたってこと?
ダンジョンのトラップ?もしくは、上層に上がる何かのギミック?何が何だか分からない。
『今、我々は君の近くに来ている。すぐ傍にいるのは分かっているのだが……君の姿が見えんのだ。なんでもいい、そちらで分かることはないか?』
『とは言っても……』
目が開かないのだ。強いていえば、ふわふわの布団くらいだが……
その時。
チャチャチャ……
爪の生えた生き物が、硬い地面を走るような音が聞こえてきた。
な、何かいる!結構近い!
チャチャチャチャチャチャ……
チャチャチャチャチャチャチャチャチャ……
しかも、めちゃくちゃ多い!!
『な、なんかいる!爪の生えた、たくさんの生き物に囲まれてる音がする!』
『落ち着け!とにかく、なるべく動かず、目を開けて確認しろ!』
『目が重くて開かないんだよ〜!』
『《影足》を使ってでもこじ開けろ!』
ハッとする。その手があったか。
また魔力欠乏にならないように、目にうすーく魔力を纏わせ、心の中で「《影足》」と呟く。
瞼に力が入り、なんとかゆっくり開けることが出来た。
――そこは、真っ白な森のような場所だった。
草も木も地面も空も、すべてが白く、色という概念だけが抜け落ちている。
まるで塗り絵の絵本のように、輪郭だけがはっきりと認識できた。
そして周囲には……無数の小さな影が、俺を見つめている。
見たことがある。
イタチのような見た目の魔物……シーフラだ。
しかし……それは俺の知るシーフラとは違っていた。
それらは全て、雪のように真っ白な毛並みをしている。シーフラは確か黒い毛並みだったはずだ。
ネフィル達と一緒に過ごして感覚がバグっていたが……
ダンジョン内で目立つ色を見かけたら逃げる。
何故ならそれは“亜種”だから。
そんな冒険者の常識を、改めて思い出した。
『……タスケテ、ユディエモン』
ーー俺は、とんでもない数の“亜種”シーフラに囲まれていた。
『助けて?どうしたのだ、一体?』
『……真っ白な、シーフラに、囲まれてる……』
『白だと?まさか、亜種か!?』
慌てたユーディアの声が響いてくる。
『逃げられんのか!?』
『無理……身体が重いし、魔力が全然回復してないから《影足》を全身に使うのも難しい……』
『なんだと!?』
シーフラ達が俺の所へジリジリと距離を詰めてくる。ま、まさか、生きたまま食べられる!?
全身の血の気が引く。
あまりにも恐ろしい想像に身を強張らせていると……
「ミューイ」
猫撫で声で、俺の頬にふわふわの毛並みをすりつけてきた。
普通のシーフラよりもかなり質のいい毛並みだ。
ダンジョンの中なのに、洗いたてのような真っ白な毛並みが俺の全身あちこちでモフモフと体を擦り付ける。
でも……なんでこんなに懐かれているんだ?
すると、1匹の亜種シーフラが俺の顔の前にやってきた。
そして、俺の顔に顎を乗せて甘えてくる。
……あれ?この子……
「……お前もしかして、地下2階層で俺が助けたやつか?」
「ミューイ」
ぴょこん、と跳ねた毛並みが揺れる。
地下2階層でユーディアがシーフラ達に手を差し出したとき、その掌にちょこんと顎を乗せていた個体だ。顔立ちというより、額のあたりで跳ねた毛の癖がよく似ている。
改めて周囲を見渡すと……取り囲む白い個体たちも、どこか地下2階層で見た普通のシーフラ達によく似ていた。
モゾ……と、俺の背中の下が動く。
やけに柔らかい。しかも温かい。
……これ、布団じゃない。
布団の一部から、「ミューミュー」と声がする。
そこで俺は察してしまった。
亜種シーフラ達が折り重なるように集まり、その上に俺は横たえられているのだ。極上の毛皮で出来た即席の寝床だった。
『大丈夫か!?喰われているのか!?』
『だ、大丈夫。信じられないけど……このシーフラ達ダンジョン地下2階層で出会った奴らにそっくりなんだよ』
『亜種が、か?』
困惑した声が聞こえるが、俺だって困惑している。
だが、地下2階層にいたコイツらがこんな地下20階層にいるってことは……
「もしかして……俺たちを助けにきてくれたのか?」
「ミューミュー」
シーフラは仲間意識が強いと聞く。だが俺たちは、あの時地面に吸い込まれ、彼らの前で突然消えたのだ。あれから1ヶ月以上は経っている。それでも、もし本当に追ってきてくれたのだとしたら……なんて、いい子達なんだろうか。
さらに何匹もの個体が寄ってきて、全身がふわふわに包まれる。……あったけぇ。
その毛並みの隙間から周囲を見渡していると、少し離れた場所に小さな黒いシーフラがいるのが見えた。おそらく生まれたばかりの子供だろう。
その前に、真っ白な大人のシーフラが何かを置く。
――青い牡丹のような花。
俺たちがこうなった原因の『リリスの百刑』だ。
思わず、体がびくりと震えた。
黒い子供シーフラが、その青い花にかじりつく。
ガリガリと夢中で食べ進め、あっという間に花弁は消えていく。
食べ終えた、その瞬間。
黒い毛先から、じわりと色が抜け始めた。
墨が水に溶けるように、闇がほどけていく。
色はみるみる失われ、数秒後には――周囲と同じ、真っ白な毛並みへと変わっていた。
『……黒いシーフラが『リリスの百刑』を食べた途端に、白色になったんだけど』
『……夢でも見ているのか?』
『夢じゃないやい』
だが、これで大体の見当はついた。
『リリスの百刑』には、魔物を亜種化させる力があるのだろう。あの花畑に俺たちがシーフラ達を招いたせいで、彼らは花を食べ、亜種になったのだ。
そういえばリナが、ダンジョン内で亜種が増えていると言っていた。おそらく、貴族が密かに量産していた『リリスの百刑』を、紛れ込んだ魔物が食べて亜種化したのだろう。
……毒花を栽培。
……増える亜種。
……捕まった魔物。
……地下20階層で命を落とした、貴族。
いよいよこの世界の貴族が信用ならなくなってきた。
「ミューミュー」
「俺もう大丈夫だから、離れてくれないか?」
俺がそう言って顔を動かして退けようとすると……
チュウチュウ……
「……ん?」
ぞわり、と背筋が冷える。
体の奥が空洞になる感覚……何かが、抜かれている。
視線を落とすと、周囲のシーフラ達が俺にぴたりと密着し、満足そうな顔で毛を震わせていた。
俺の、わずかに回復していた魔力が――シーフラ達に吸われている。
また身体が重くなる。指先が冷たくなってくる。
……魔力が回復しなかったのって、シーフラに吸われてたから!?
「すと、ストーーーップ!めっ!これ以上は、めっ!」
声を上げると、シーフラ達はぴたりと動きを止めた。
「ミュー……」
名残惜しそうに鳴きながら、素直に離れていく。
……声をかけただけなのに、やけに聞き分けがいい。
何となく、話が通じてる気がする。
そういえば亜種スペキュラスも、ネフィル達も、亜種の魔物は知能が通常よりも高かった。
もしかすると、シーフラ達も知能が高くなっているのかもしれない。
「なぁ、俺をユーディア……地下2階層で俺と一緒だった奴のもとへ連れてってくれないか?」
試しにそう声をかけると……
「ミュ!」
任せろ、とでも言うように小さく鳴き、白いシーフラがこくりと頷いた。
やはり、言葉は通じているらしい。
次の瞬間、俺を支えていたシーフラ達が一斉に身を起こす。
ふわりと持ち上げられ、俺はそのまま背に乗せられた。どうやら、このまま運んでくれるようだ。
そのとき。
ズズズ……と、空間そのものが歪み始めた。
白い森の景色がねじれ、紙を丸めるように巻き取られていく。
捻れた空間の向こうに広がっていたのは――明るい草原地帯。
そして。
驚きに目を見開いたユーディアと、身構えたエル=ナシェルの民達の姿があった。
「……やぁ」
シーフラ達に荷物のように運ばれながら手をひらりと上げると、ネフィルが一拍遅れて目を潤ませる。
「救世主様ァ!」
次の瞬間、ネフィルは膝をつき、声を上げて泣き出した。
「ご、ご無事で、何よりです!ユーディア様は『生きている』と仰っていましたが、数日もお姿が見えず……心配で、心配で……!」
ネフィルを皮切りに、エル=ナシェルの民達も次々と涙をこぼす。膝をつく者、顔を覆う者、それぞれだ。
……そりゃそうだよな。
5日間もダンジョンで行方不明なら、普通は死んだと思う。
一方で、ユーディアは腕を組み、比較的落ち着いた様子で立っていた。
すでに【契約回廊】で俺と話せていたからだろう。だが、その表情はどこか不服そうだ。
「……シーフラ達よ。アルノー君を助けてくれたこと、感謝する」
そう言ってしゃがみ込み、白い毛並みを優しく撫でる。シーフラ達は「ミューミュー」と嬉しそうに鳴き声を上げた。
「俺の心配はしてくれねーの?」
「【契約回廊】で無事を確認出来ていたからな。それより、これほど懐いているとは……本当にあのシーフラ達なのか」
さらっと俺を流し、ひたすらなでなでしている。
生きて再会できたのだ。ネフィルほどとは言わずとも、もう少し感激してくれてもいいだろうに。
「いつまで寝ている。さっさと起きんか」
不機嫌そうな声とともに、【契約回廊】を通じて魔力が流れ込んでくる。
じわりと体の奥が温まり、重かった手足に力が戻る。
ようやく俺は上体を起こした。
「全く……師を投げ飛ばしたと思えば、今度は勝手にいなくなるとはな。人の安否を気にする所は君の美点だが、もっと自分を大事にしたまえ。5日間も音沙汰がなく、どれだけ皆に心配をかけたと思っている?」
「うっ……ごめん……」
せっかく体を起こせたっていうのに、師匠からクドクドと怒られる。俺はもう一度ふわふわの暖かいシーフラ達の上に寝そべりたくなってきた。
「その調子では、シーフラ達にも礼はまだだな?」
「あっ……」
「全く。ほら、早く礼を言いたまえ」
今言うところだったんだよ……。
起きて早々、お説教で時間が取れなかったのだ。
俺はベッド兼タンカーになってくれたシーフラ達に向き直り、背中を撫でる。
「ありがとな、お陰で助かったよ」
「ミューミュー」
「これは……初めて見る種族ですね……シーフラと言うのですか」
エル=ナシェルの民も恐る恐る近づき、同じように撫でる。シーフラ達は気持ちよさそうに喉を鳴らした。
他の魔物同士、喧嘩にならなそうで、よかったよかった。
ぐるりと見回すと、出会った当初よりもシーフラの数が増えているようにも見える。
エル=ナシェルの民とシーフラのふれあい広場を眺めていると、突然、後ろからユーディアが、ガシィ!と俺の頭を掴んできた。
そのままぐしゃぐしゃと髪をかき回す。
「なんだよ!おい!」
ペシッとその手を払って睨むと、ユーディアはフンッといつも通り鼻を鳴らした。
「今回はあまりにも無茶をし過ぎだ、馬鹿者。落ちた時は本当に肝が冷えた」
「まだ怒ってんのかよ……機嫌直せよ……」
「怒ってはいない」
そういう奴ほど怒ってるもんじゃん……。
ユーディアは眉間にシワを寄せて、俺を見た。
……見たことない顔だ。
怒っているというより、この顔は……
「……君が魔力を振り絞って技能を使っていなければ、私はきっと死んでいただろう」
しばし、沈黙。
そして、視線をフイッと逸らす。
「……ありがとう」
「へ?」
思わず、間の抜けた声が出た。
あのユーディアが。
感謝を口にしてもせいぜい「助かる」程度だった男が、はっきりと礼を言ったのだ。
つまり、さっきまでの不機嫌は……
「照れてたのかよ〜このこの〜」
「うるっさい!空気を読め!この猿め!」
肘で小突いた瞬間、再び頭をガシガシとかき回される。
……不器用なやつめ。
苦笑しながら俺が片手を差し出すと、ユーディアは照れ隠しなのか仏頂面のまま、
バシン!
と、痛いくらいの勢いでハイタッチを叩きつけてきた。
「ただいま、師匠」
「門限はとっくに過ぎているぞ、バカ弟子」
そんなやり取りを交わしながら……
俺たちは、ようやく再会を果たしたのだった。




