【59】進撃のエル=ナシェル
ーーダンジョン地下36階層に来て、7日目の夜。
俺たちはテントの中で向き合っていた。
「……行くぞ」
目を閉じ、ユーディアが集中する。
ゆっくりとマゼンダ色の魔力が【契約回廊】を通り、俺の中の魔力を掴む。
それをそっと引き抜こうとするがーー
ずわぁっ!
俺の魔力を全て巻き込み、引きずり出そうとしてきた。
「ストップストップ!掴みすぎ!」
俺は《魔力操作》でユーディアの魔力を掴んで引っ張り返す。【契約回廊】内で魔力の綱引きだ。
しかし、俺の方が《魔力操作》は一枚上手である。ユーディアの魔力を丁寧に引き剥がし、ズルリと魔力を取り返した。
「はぁ〜……ここ数日で【契約回廊】に魔力を通せるようになったようになったけど、さすがに大雑把過ぎるだろ……」
毎晩、ユーディアと魔力の受け渡しの練習をしているが、【契約回廊】を認知させるのに3日。そこから魔力を通せるようになるのに更に3日かかった。だが、魔力を必要分だけ持っていくにはまだまだ時間がかかりそうだ。
「アルノー君のように少しだけ魔力を持っていくのは難し過ぎる。一体どうやっているのだ」
「そこは……なんて言うか……ヤッ!とやるんだよ」
「なんだそれは。全く分からん……」
「お前がいつも言ってるやつだよ」
そんなこんな言いつつ、俺たちは布団の中に潜り込む。
明日は8日目。
エル=ナシェルの民との一週間限定専属コーチ契約、最終日だ。
朝起きて、モゾモゾとテントから出ると……目の前の光景にギョッとした。
ナシェルの民達が、全員その場に傅いている。
先頭には、筋骨隆々なネフィルが同じく頭を垂れていて、微動だにしない。
俺たちが出てきたのを察すると、彼らは一斉に両手を頭上へ掲げ、三角形を作った。
「グーディギッティ……感謝ト祈リヲ。貴方様ノ道二、精霊ガ寄リ添ワンコトヲ」
まだ多少のカタコトは残るが、意思疎通にほぼ問題が無くなっている。
むしろ昨日より公用語の語彙が増えている。
グーディギッティ……この恭しい感じからして、最大級の感謝を示す言葉のようだ。
「7ツ日ガ沈厶マデ、導イテイタダイタコト、感謝ノ言葉ガ尽ツキマセン」
「こちらこそ。なんだかんだ楽しかったよ。報酬もたんまり貰えたしさ」
「私としても、何とも愉快な経験であった。エル=ナシェルの民達がこれから進む道を、我々は遠くから見守っていよう」
そう言って、俺はテントをコートへ収納する。
別れの雰囲気だ。ここまで成長したナシェルの民ならば、きっともう大丈夫だろう。
軽く手を振り、俺とユーディアは共に背を向ける。
「オ待チヲ」
ネフィルが、俺たちの進行方向に一瞬で移動してきた。
……あまりにも移動が早くて目で追えなかった。《怪盗歩行》並の速さだ。
ユーディアもヒクッと顔を強張らせ、作り笑いを浮かべている。
「な、何かね?」
ネフィルは再びその場に跪き、頭を垂れて三角形を掲げる。
「我ラモ救世主様ト、ゴ同行サセテクダサイ」
「えっ」
「我ラ、強クナリマシタ。ゴ迷惑ハカケマセン。ドウゾ、コノ地……ダンジョンノ外へ、我ラヲオ導キクダサイ」
「い、いやぁ、そのぅ……」
「露払イハ、オ任セヲ。我ラ、既二救世主様ノ忠実ナ臣下デアリマス」
「あの、本当に大丈夫ーー」
「不要デシタラ、イツデモ我ラヲ捨テ置イテ結構デス」
断れない。
ムキムキのナシェルの民を目の前にして、俺は首を横に振る勇気がなかった。
ふと、ガタガタと後ろから音がする。
俺たちが振り返ると、そこにはーー石で出来た、神輿のような玉座が鎮座していた。
「救世主様ヲ、歩カセル訳ニハ参リマセン。コチラへオ乗リ下サイ」
ナシェルの民で特に屈強な民が、4人で四隅を担いでいる。
……つまりは、あそこに乗れ、と?
ふと、いつの間にか俺たちはナシェルの民に囲まれていることに気がついた。
あれぇ……?さっきまで後ろで整列してたよな……?
ナシェルの民は一斉に跪き、頭上で三角形を作る。
そして、寸分の狂いもなく声を揃えた。
「「「ゲディーヤグーヤ…… 我ガ命ハ、汝ト共ニアリ。我ガ運命ハ、行末ヲ委ネタシ。精霊ガ見守ル星ノ下、我ラノ歩ミハヒトツトナラン」」」
低く、重なり合う声がダンジョン内に響く。
……食糧を分け与えた時、確かそんな言葉を言われた。
あの時は「なんか感謝されてんなぁ」くらいにしか思っていなかったが……どうやら、“俺の傘下に入る”的な、とんでもなく重い意味だったらしい。
「……ユーディア。どうする?」
「どうするも何も……今の動きを見ただろう? 我々より速い可能性すらある。断っても、追ってこられれば振り切れん。ならば――」
ユーディアが顎をクイ、としゃくる。
視線の先には、石造りの玉座。
……乗れ、と?これに?
「救世主様、ドウゾ」
神輿の前で、ネフィルが静かに四つん這いになる。
ふ、踏み台にならなくてもいいだろ……!
だがネフィルは至極真面目な顔だ。
しかも周囲の視線が、期待で満ちている。
……踏まない選択肢が、俺には無かった。
俺は覚悟を決め、ネフィルの背を踏み、神輿へと上がった。
そして――玉座に腰を下ろす。
「「「ワァァアア!!」」」
ナシェルの民から歓声が爆発した。
……いたたまれない。
その瞬間、ユーディアが軽やかに跳躍し、俺の隣へと着地した。しかも、ほんのり楽しそうな顔をしている。
「お前ェ……」
「私は救世主ではないからな。エル=ナシェルの民を踏み台にするなど、そんな可哀想なことは出来んよ」
「俺だって嫌だったわ!!」
「それより、せっかくだ。コートを白にしてはどうかね? “救世主様”?」
このポンコツ師匠、絶対に面白がっている。
ナシェルの民の視線が、一斉に俺へと集まる。
期待と敬意と、キラキラした何かが混ざった目だ。
「くっ……!」
同調圧力に屈した俺は、コートの色を白へと変化させた。暗いダンジョンの中で、やたらと映える。
「「「ワァァァアアア!!」」」
さらに周りの歓声が大きくなった。
……羞恥プレイか?
傍から見れば、どう見ても亜種ゴブリンの王である。
「救世主様、ゴ指示ヲ」
ネフィルが、真っ直ぐな瞳で見上げてくる。
……あーもう! こうなりゃヤケだ!!
なんとかなぁ~れ!!
「――目標、ダンジョンからの脱出!」
洞窟の天井に反響するほどの声で宣言する。
俺はビシッと上層への方角を指差した。
「上層への道!方角、北東!距離、約150km!ーー全速前進っ!進めぇーーーー!!」
「「「ギュイイイーーーーーーっ!!!!」」」
王の如く神輿に乗せられた俺たちは、新たな仲間……屈強なエル=ナシェルの民達総勢36名を連れて、再びダンジョン上層への冒険を再開した。
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エル=ナシェルの民たちの快進撃は、まさに目を見張るものだった。
まず移動。
俺たちを乗せた玉座を4人で担いでいるにもかかわらず、ほとんど揺れがない。それでいて速度は、俺たちが技能を使って全速力で駆けるのと同等――いや、それ以上だ。
魔法で風でもいなしているのか、爆走中だというのに快適そのもの。俺とユーディアは神輿の上でのんびりお茶を飲み、《魔力操作》の訓練まで出来てしまう。
次に、食糧。
このスピードで進みながら、何人かは隊列から離れ、獲物を狩っては夕刻には戻ってくる。
魚型の魔物、野うさぎのような獣、木の実に山菜。
正直、いつ狩っていつ追いついたのか分からない。
俺がすることといえば、フワンプ・ツリーの一部と交換したり、皆に再分配したり、《神の舌》で味を調える程度だ。……完全に給食係である。
そして何より――
エル=ナシェルの民は、強かった。
爆走する俺たちに近づく魔物はほぼ皆無。
姿を見た瞬間、パニックになって逃げ出す個体の方が多い。
それでも襲ってくる命知らずがいれば、屈強な腕が空気を裂き、ストレートパンチが一発。
魔物、即死。
以上、戦闘終了。
精霊だの祈りだの言っていた神聖な種族は――
いつの間にか、最強素手集団になっていた。
極めつけは、その成長速度だ。
魔物を倒すほど。
俺たちを担いで走るほど。
さらに体が大きく、硬く、逞しくなっていく。
怖いよ。
俺たち、これをダンジョンの外に連れていくの?
マジで?
だが、疲れを知らぬ彼らが、夜に眠る以外ほぼ休まず爆走してくれたおかげで、俺たちは驚異的なペースで上層へと進んだ。
ダンジョン地下35階層ーー足が沼に取られるような湿地帯では、取られた足を筋肉で引き剥がして爆走し、
ダンジョン地下34階層ーー大量の蜂が巣食う森では、パンチ一発で数mは更地と化し、
ダンジョン地下33階層ーー奈落のような落とし穴や、弓矢が地面から飛んでくるトラップ階層では、怪盗仕込みの移動術と脅威の直感力でそれを避け続けた。
俺とユーディアは、ただ神輿の上で果物を齧ってはお茶を飲んでくつろぎ、時折《魔力操作》の訓練をしているだけだ。新しい階層に入る度に、俺が《空間読解》をする以外……ほとんど救世主っぽいことはしていない。
あれよあれよという間に……約2週間が経過。
俺たちは、ダンジョン地下20階層まで到達していた。
明日はいよいよ、地下20階層の踏破に突入だ。
夜。
食事を終えた俺たちは、いつも通りテントの中で《魔力操作》の練習をしていた。
移動中もほぼ一日中訓練を続けたおかげで、俺の補助があれば、ユーディアは好きな量だけ魔力を取り出せるようになっている。
補助なしだと、まだ割り増しで持っていかれるが、初期に俺の魔力を丸ごと引き抜こうとした頃に比べれば、大した進歩だ。
「なんというか……驚くほどあっという間だったな」
「何が?」
【契約回廊】を通して、俺が押し出した魔力を、ユーディアが《魔力操作》で反対側から魔力流し込み、相殺する。
ローレン先生の元でやっていた、魔力の出力訓練の応用だ。
その最中、ユーディアがぽつりと呟いた。
「最初は、絶望しかなかった。しかし……君の言葉に励まされ、諦めず進んでいたら……もう地下20階層だ。あと2階層上がれば、前人未到の領域を抜けられる」
「あー、ダンジョン地下18階層が、人類の最高到達地点だったっけか?」
ずっと“前人未到”を歩いてきたせいで、すっかり忘れていた。
「フッ……君の幸運とやらは、どうやら本物だったらしい」
《魔力操作》を続けながら、ユーディアが微笑む。
最初は魔力を動かすだけで精一杯だったのに、今では軽口を交わせる余裕すらある。
確かに、ダンジョンへ行こうと誘ったのは、俺がこのウルトラ万能コートを手に入れられるくらいの爆ツキな幸運に恵まれていたからだ。
しかし、
じゃあ本当に運が良かったのかと聞かれると……
「幸運……なのかなぁ……。なんだかんだトラブル続きだった気がするけど……」
「普通の冒険者なら、何度も死んでいる。だが我々は死線を掻い潜り、あり得ぬ出会いを重ね、大金も得た。深層すら随分と楽に進ませてもらっている。もはや観光気分だ」
随分と前向きになった師匠に、思わず笑ってしまう。
「はははっ、あのなぁ?まだ20階層だぞ?冒険の体験談を語るには、地下38階層からまだ半分も登ってないんだぜ?」
「おや、確かに。少々先走ったな」
ユーディアも、くくっと喉を鳴らす。
そして――ふいに、真面目な顔になった。
「アルノー君」
「は、はい」
思わず姿勢を正し、こちらも真面目な声で反応する。
なんだ?突然そんな顔しちまって……。
「ダンジョンから無事に出られたらーー君に話しておきたい事がある」
「…………はい?」
真面目な顔して、かなーり先になりそうな約束を取り付けてきた。
「今じゃダメなのか?」
「……ダメだ」
「何でだよ?時間はあるし、話くらい聞くぜ?」
「………………」
「俺たちの仲じゃんか、師匠?」
そう笑いかけるが……マゼンダ色の瞳が、言葉を探すように泳ぐ。
「……今は、まだ、心の準備が出来ていないのだ」
絞り出すようにそう言うと、目を固く閉じた。
これ以上は話せない、という意思表示と、申し訳ないという表情が混ざり合っているようだ。
……まぁ、話す気はあるみたいだし、帰ってからのお楽しみにしておくとしよう。
「気にすんな。ダンジョン出たら、アジトでゆっくり聞かせてもらうさ」
その言葉に、ユーディアの肩から力が抜ける。
「……すまん」
「構わんよ」
かつて地下38階層で、魔力欠乏に倒れた俺に向けてユーディアが言ってくれた言葉を、そのまま返す。
パチン、とウインク。
真似された事に気づいたのか、ユーディアは小さく笑った。
「そろそろ寝ようぜ。明日は朝から《空気読解》しなきゃならないからさ」
「そうだな。では、寝る前に多少魔力を頂こう。寝たらどうせ回復するのだからな」
「はいはい。勝手にもってけドロボー」
「ドロボーではなく怪盗だ」
「言葉の綾だよ!めんどくせぇ!」
ユーディアが《魔力操作》で俺の魔力をゴソッと3割ほど持っていこうとする。俺は《魔力操作》でペシッとユーディアの魔力を叩き、2割だけを渡した。ちゃっかり多めに持っていこうとしやがって。
さてと。明日はいよいよ、地下20階層。
運が良ければその日のうちに19階層へ行けるかもしれない。
そんなことを思いながら、俺たちは今夜もぐっすり眠った。




