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極悪非道もサジ加減!~ポンコツ怪盗の弟子になった俺は、悪事で悪党共を救う〜  作者: 一二三 五六
【第1章】怪盗は夜空を舞い、弟子は宙を仰ぐ

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【58】エル=ナシェルの民

「しゃ、しゃ、喋ったぁぁあ!?」


俺は腰を抜かして思わず魔法陣から手を離してしまう。


「どうした?アルノー君」

「ゆっ、ユーディア!魔法陣、触ってみてくれ!」

「は?」


俺は後ろにいたユーディアの手を引き、同じように魔法陣へ触れさせた。ユーディアの魔力が流れ、カッと一瞬、強く輝く。


「突然のことで驚かれるのも無理はありません。意志を伝える“渡り鳥の陣”を使う者は、我々くらいですから」

「……は?」


ユーディアも、ゴブリンが言葉を発したことに明らかに動揺していた。


俺とゴブリンを交互に見ている。


「ま、魔物が……言葉を話せるほどの知性を持つ、だと……?」

「我々も“封界人”に、このような理知的な方がいらっしゃるとは思いもよりませんでした」

「“封界人”……? それって俺たちのこと?」

「申し訳ございません。それ以外の呼び方を、我らは知らないのです」


白ゴブリンは空いている手を胸に当てると、恭しく頭を下げた。


「私はエル=ナシェルの民を束ねる一族が一柱、ネフィルと申します。救世主様、どうか我らをお導きください」

「ま、待て待て!突然すぎて、話が見えてこない!そもそも俺はゴブリンの救世主じゃないぞ!?」


白ゴブリンーーネフィルは「……ゴブリン?」と首を傾げたが、すぐに姿勢を正した。


「私は民を導く“予言者”です。この地へ来た際、精霊より“御言葉”を授かりました。『白き衣を纏う異邦の者、身を削り傷を癒し、エル=ナシェルを導く救世主とならん』と」


……。

…………ん?


それって……俺が白ゴブリンと同じ色の白いコートを着て、左手に過剰包装された包帯を切り分けた事、だよな?


確かにその文言だと、俺が救世主ってことになるかもしれない。


「……この地へ来た、かね?」


ユーディアが片眉を上げて静かに口を開く。


「君達ゴブリン……いや、エル=ナシェルの民は、どこから来たのだ? その言い方では、自然発生ではない……ということだろう?」


ダンジョン辞典では、魔物はダンジョン内で自然発生すると書かれていた。


しかし、先程ネフィルは「この地へ来た」と言った。


ゴブリンがダンジョンの外から来るとは思えないし、もしかして……ダンジョンの底、とか?


「我々は元々、『エル=ナシェルの谷』に皆で静かに暮らしておりました」

「ユーディア。『エル=ナシェルの谷』って、どこ?」

「知らん。聞いた事もない」


ユーディアが知らないとなれば、一般的な地名ではないのだろう。ゴブリン……いや、エル=ナシェルの民だけが使う呼び名なのかもしれない。


すると、ネフィルは悲しげに顔を歪め、視線を落とした。


「……しかし、邪悪な封界人の手により捕まり、随分前にこの地下へ連れてこられたのです」

「封界人……って、まさか人間が?」


どういうことだろう?

ダンジョンの最高到達階数は地下18階だ。

こんな深層に、人間がエル=ナシェルの民を連れて来ることなんて出来るのか?


「我々は見ての通り、“若芽”です。本当は“成樹霊”達も捕まっていたのですが、“若芽”のみがこの地下へ連れてこられました」

「若芽?成樹霊?」

「馴染みがありませんか?そうですね……我らエル=ナシェルの民は、精霊より“御霊”を分けられ、大地より木の芽の如く生まれます。そういう生まれて間もない者たちを“若芽”。長く生き、己が道を進んだ者を“成樹霊”と呼んでます」


人間の感覚で言えば、若芽は子供。

成樹霊は大人、といったところか。


精霊だの御霊だのと言われたが――要するに、地面から植物のように生まれてくる種族ということだ。


魔物は自然発生する。


知らない者が見れば、そう勘違いしても無理はない。


「じゃあ、大人……成樹霊達はそのまま人間達に連れて行かれたのか?」

「えぇ……恐らく。成樹霊達の中には、“封界人語”に精通している者もおりますので……」


ということは、邪魔な子供だけを捨てる為にここへ?

いや、それなら殺せばいい。

わざわざダンジョン深層まで運ぶ理由がない。


「何があったんだ?」

「私はこの陣を使わねば、“封界人語”は理解できません。ですが、“封界人”は何かを命じるように、成樹霊達へ大声を上げておりました。その後……我らは別々にされ、こちらへ連れてこられたのです」

「ふむ……どうやってだね?」

「申し訳ありません……檻に入れられ、眠らされていたので、詳しくは……」


ネフィルは震える体を抱きしめるように腕を回した。


「最初は、もっと狭い洞窟の奥へ、粗末な食糧と共に押し込められておりました。しかし……何日も前から食糧が尽きてしまい、飢えに耐えきれず……食糧を探すため、意を決して外へ出たのです。その際、あの緑の獣に襲われ……魔法の岩で身を隠していたのです」


――そして、俺たちと出会った。


経緯を聞いた上で考えられることは一つ。

人間がエル=ナシェルの民を従わせるため、ダンジョン深層に子供達を閉じ込めた。


つまり――人質。


だが、何らかの理由で、その人質は用済みになった。

だから、放置して処分しようとした。

少なくとも冒険者や平民には不可能。


出来るとすれば、それはーー貴族くらいだ。


ダンジョン内での毒花生産といいーーどうやら貴族という連中は、随分とダンジョンを都合良く使っているらしい。


「我らは“若芽”。この地下を抜けようにも力が足りません。ただ……我らは故郷へ帰りたいだけなのです。どうか、救世主様のお慈悲を……」

「と言ってもな……」


俺は頭を掻きながら、正直に答える。


「俺たちも、そんなに強い訳じゃないんだよ。戦闘力だけなら、ネフィル達より低いくらいだ。それに、個人的な信条で魔物を殺すことも出来ない。……だから、お前達を守りながらダンジョンを出るのは難しいと思う」


嘘を言っても仕方ない。


ロクな攻撃技能がない俺たちは、いつもその場の勢いと運で切り抜けてきただけだ。

それなのに、この大所帯を守り切れるかと言われれば……無理だ。


ネフィルは一瞬言葉に詰まったようだったが、やがて改めて深々と頭を下げた。


「ーー我らのことは、我らで行います。ですので、どうかお導きを……いえ、せめてこの地で生きる術だけでもご教授いただけませんでしょうか」

「とは言っても……」

「七つ日が沈むまでで構いません。取るに足らないと感じられましたら、どうぞ日を待たず、この場に捨て置きください」


つまりは一週間。


食糧は豊富だから生活自体は問題ないが、その分、ダンジョン脱出は大きく遅れることになる。


ちらりとユーディアを見ると、案の定、眉をひそめていた。


「……悪いけど、この話は無かったことにしてくれないかな」


真摯に頼んでくるネフィルには申し訳ないが、俺たちもダンジョンから出るのに必死なのだ。


俺だって、ただ人が良い訳じゃない。

少し助力するくらいならともかく、可哀想だからといってノーリターンで何でも引き受けるほどお人好しでもない。


俺の言葉に、ユーディアは「よろしい」と言わんばかりの満足そうな顔で頷いた。


「もしご指導頂けるのであれば、報酬はございます」

「――ほう?」


ユーディアの目が、キラリと光った。

さっきまでの「よろしい」顔はどこへ行ったんだ。


思わず肘で小突く。


「おい、ユーディア」

「むっ……分かっている。たとえ金銀財宝でも、私はなびかんから安心しろ」

「宝石でもか?」

「うっ……」


ダンジョンで採れる宝石は、とても質が良いらしい。


ユーディアが時折、「無いかな……」と小声で呟きながら周囲をキョロキョロ見回していたのを、俺はちゃんと知っている。


「宝石、で・も・か?」

「ぐっ……が、我慢しよう。どのみち身分札の無い我々では、安く買い叩かれるのがオチだからな」


うんうんと頷いてはいるが、唇をきゅっと噛み締めている。

本当はめちゃくちゃ欲しいのだろう。


「少々、お待ちください」


ネフィルはそう言うと、腕を横に突き出した。


その腕の先が――突然現れた、捻じれた空間の穴へと沈み込む。


そして。


そこから、クローゼットほどはありそうな巨大な横長の宝箱を、三箱も引きずり出してきた。


――空間魔法だ。


「宝石ではなく恐縮ですが……“封界人”はこういった物を好むと有名でして……救世主様方のお気に召すかどうか……」


パカリ、と宝箱の蓋が開く。


次の瞬間。


黄金色の眩い光が、俺たちの視界を埋め尽くした。


――それは。


宝箱から溢れんばかりの、大金貨だった。


「我々を閉じ込めた邪悪な“封界人”が、この地の隠し通路の先で、このようなメダルを貯めておりましたので……何かの役に立つかと思い、持ってきたのです。こちらで……如何でしょうか?」


おずおずと、宝箱がこちらへ押し出される。


俺とユーディアは思わず顔を見合わせ――


ニマァ……と、お互いに口の端を吊り上げた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「走れ走れ走れぇ!」

「ギギィ!」


俺はエル=ナシェルの民――通称ナシェルの民を、とにかく走らせていた。


キャンプ地の周囲を囲うように大きく円を描き、そのラインの上を全速力で走らせる。現在、周回数は96周目だ。


「ギヒィ……」


走っていた一人が、限界と言わんばかりにその場に崩れ落ちた。


すぐさま俺は駆け寄る。

四つん這いになり、カサカサと地面を這うように接近しながら、倒れた顔を下から覗き込む。


そして、腹の底から声を張り上げた。


「馬鹿野郎ォ!! それがお前の限界かァッ!!」

「ギギエ……!」

「お前は何の為に走っているッ!? 寝るためかァ!?」

「ギギエ……!」

「強くなりたいかァッ!?」

「ナリギャイ、ギュス……!」

「悔しくないのかァ!?」

「グヤジイ、ギュス!」

「封界人が憎いかァ!?」

「ニグイ、ギュス!」

「このままでいいのかァッ!?」

「ヨグナイ、ギュス!」

「なら立てェ!! 走れェ!! 時間はお前を待ってはくれないぞッ!!」

「ギャイ!!」


ヨロヨロと立ち上がり、再び走り出す。

先頭集団に合流したのを確認し、俺はさらに声を張り上げた。


「技能が無くともッ!?」

「「「ウデギャ、ギャルッ!!」」」

「魔力が無くともッ!?」

「「「アジギャ、ギャルッ!!!」」」

「魂を燃やせェッ!!」

「「「イノジヲ、モギャセ!!」」」

「限界を越えろッ!! 己を越えろォッ!!」

「「「ギャイ!!」」」

「走れェェェッーーーー!!!!」

「「「ギュオオオオオオ!!!!!」」」


ナシェルの民が声を揃えて咆哮し、全速力で駆け出す。


その様子を、俺は教官の如く胸を張り、後ろ手に組んで眺めていた。




ダンジョン地下36階層で過ごすこと、早3日。

俺たちは、エル=ナシェルの民達に買収され……いや、懇願され、一週間限定の生存訓練の専属コーチを引き受けていた。


それぞれに名前があるのかと思いネフィルに聞いたところ、


「個体差はありますが、全員私です」


という、とんでもない回答が返ってきた。


個性や特性には多少のバラつきがあるものの、分かたれた“御霊”が同じため、意識の底で繋がっているらしい。


誰に話しかけても意思疎通は可能。

一人に教えれば全員に共有される。


なお、呼び方は全員「ネフィル」で問題ないとのことだ。

驚きの生態である。


エル=ナシェルの民は総勢36名。


これを18名ずつのチームに分け、

午前と午後で俺とユーディアが担当を分担して特訓を行っている。


午前は座学。


俺のチームは人間の言語教育。

ユーディアのチームは食べられる野草、魔物、鉱物などの基礎知識を、持参していたダンジョン図鑑を使って教えている。


午後は実技訓練。


俺はベレー先生仕込みの体力トレーニングと筋力強化トレーニング。

ユーディアはナシェルの民を引き連れ、実際のダンジョンを使いながら、三次元的に動くための怪盗式移動術を叩き込んでいた。




「配給の時間だ」


ユーディアがそう告げると、ナシェルの民が一列に並び、順番に食事を受け取っていく。


人数が多いので、何人かのナシェルの民に食材の下ごしらえを手伝ってもらいながら、とにかく大量に調理する。

パンや果物だけでは飽きるし、腹も膨らみにくい。

そこでもう一品作ることにした。


下処理をした野菜や野草を火に通し、魔法で空中に生成したお湯の水球へ投入。そこへ俺がまとめて《神の舌》で味を調え、大量のスープを作る。


ローレン先生がやっていたお茶の抽出の――スープ版みたいなものだ。


「……我々はダンジョンの深層で、一体何をしているのだろうな」


配給用の石製カップにおたまでスープを注ぎながら、ユーディアが遠い目で呟いた。


「ダンジョンとは、もっとこう……緊張感があり、暗く静かで、それでいて冒険心をくすぐるような未知の発見や財宝がある所ではなかっただろうか……」

「正気に戻るなよ。俺もお前も、報酬に目が眩んだんだ。あと数日は正気を失っておけって」

「確かに……地上の人から見れば、この光景は狂気だろうな」


ユーディアの視線の先を追う。


そこには、配給を受け取り、整然と並んで食事をするナシェルの民がいた。


その姿を見て、俺も遠い目になる。



俺の腰ほどまでしかなかった小さなゴブリン……

ナシェルの民は、今や……




ーー2mほどの筋骨隆々な逞しい姿へと変貌していた。




「……むしろ、正気に戻る方が怖ぇよ」

「君も半分正気に戻っていないかね?」

「おっといけない」


俺は正気になりかけた思考を強制的に放棄し、前向きに考えることにした。

俺たちはお互いにメリットのある取引をしただけだ。


ユーディアと一緒に大金貨をルンルンで数えたところ、およそ5000枚が宝箱に入っていた。


日本円にして5億円。


一般市場でも使えそうな大金貨ってところが素晴らしい。大きな取引や国同士の売買ではさらに上の通貨が使われるらしいが、もしそれだったらまともに使えたもんじゃなかった。


ユーディアの見立てでは、「いざと言う時に使う貴族のへそくり」との事だ。それなら確かに大金貨のほうが便利なのだろう。


そんな訳で、一週間の専属コーチを5億円で引き受けることにしたのだ。


しかし――予想外の事態が起きてしまった。



ナシェルの民の、異常な成長速度である。



正直、完全になめていた。


走れば走るだけ。

食えば食うだけ。


体がどんどん大きくなり、筋肉が隆起していく。


一日の終わりには20〜30センチほど身長が伸びているのだ。顔立ちも徐々に人間に近づき、もはやゴブリンというよりオーガに近い。

文字や言葉、知識も一度で完璧に覚える。

頭も良く、1を教えれば100を学ぶイメージだ。

舌足らずながら、今では公用語も理解し、会話が成立するようになっていた。


……記憶力に関しては、ユーディア以上だ。


「エル=ナシェルの民は、幼少期に過ごす環境によって多岐に渡る変化を起こす民族です」


俺たちより大きくなった筋骨隆々のネフィルが、“ 渡り鳥の陣”を使いつつ、教えてくれた。

既にその声は子供らしい高さは無くなり、野太い漢の声になっていた。


「本来であれば、自身がそう変化したいと願う“成樹霊”より教えを賜り、魔力を分け与えてもらい、質の良い食事を取ることで思い思いの変化を遂げていきます。空を飛ぶ者、海を渡る者、武器を扱う者……将来に直結するため、“若芽”の多くは変化先を決められず、随分と悩むものです」


まるで進路に悩む学生みたいだな……と、少しだけシンパシーを感じた。

しかし食事はともかく……魔力を分け与えた覚えはない。


「あれではないか?」

「え?」

「君の味を付ける技能ーー《神の舌》だ。あれには君の魔力が含まれているからな」

「えっ」

「救世主様の魔力は大変美味しいです」

「え゛っ」


魔力が美味しいと言われても反応に困る。


というか、ナシェルの民がこんなんになっちゃったの、もしかして俺のせい?良かれと思って一品追加した結果、全員ベレー先生みたいになっちゃったってこと?

これは……いい事なのか?


「ネフィルは“予言者”なんだろ? 魔法も使ってたし……そのぉ〜……今さらだけど、そんな体力特化の身体に変化して良かったのか?」

「生き残るため、やむを得ません。それに“予言者”としての性質は残してあります」


良かった。

「予言よりパワー!」になっていたら、ネフィルの両親に顔向けできないところだった。

まぁ、両親がいるのかは分からないけど。


「それに、ここまで上質な食事と魔力を与えて頂いたのです。他のエル=ナシェルの民よりも、より強靭な変化を遂げられたことでしょう。例えどのような予言が下りようと、力でねじ伏せられる気がいたします」


そう言って、ネフィルは上腕二頭筋をムキッとさせ、体育会系特有の爽やかな笑顔を向けてきた。


……ごめんね!まだ見ぬかもしれないネフィルのお父さんお母さん!!立派な息子さんは、脳筋予言者になってしまいました!!


マッスル化したネフィルを見て、俺とユーディアはさらに頭を抱えたくなった。



……魔物を育て、

知識と言葉を与え、

強靭な肉体を得させた。



しかしそれは同時に、

地上の人間にとっては脅威以外の何物でもない。


なにせコイツらは、「故郷に帰りたい」と言っているのだ。


それはつまり……ダンジョンから出たいということである。



ーー亜種のゴブリンが、だ。



「絶対やっべぇことになるよなぁ……」

「また正気に戻っているぞ。飲まれろ、狂気に」

「ヤッタネ!コレナラ、イキテイケソウダネ!」



俺は、思考を放棄した。

※タイトル戻しました。

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