【56】共闘
「アルノー君、ゆっくり……ゆっくり下がれ」
いつの間にか俺の横へ来ていたユーディアが、ひそひそと声をかけてくる。
その言葉に頷き、俺は足音を殺して後ずさった。
ーー亜種ってのは、そうそう居るもんじゃない。
ダンジョン図鑑には「冒険者人生で一度遭遇するかどうか」と書かれていた。
1匹ならともかく、こんなに大量の亜種なんてどんな確率なんだ!?
とにかく逃げる。
ダンジョンで目立つ色を見たら、即逃げる。
鉄則だ。
「……あれ?」
「アルノー君、何をしている。早く下がれ」
「いや、ほら……」
俺は白ゴブリン達を指さす。
白い皮膚に、妙に目立つ赤色がちらほら見える。
「怪我、してね?」
「手負いということか」
池の方へ下がりつつ、ユーディアは顎に手を置く。
「ふむ……あの消えた岩壁、恐らく幻惑魔法の一種だろう。怪我をして動けなかった為、隠れていたのか。低脳のゴブリンが魔法を使えるとは信じられんが……スペキュラスの亜種も魔法を使えていたからな」
「じゃあ、追っては来ないか?」
「恐らくだがな。だが、都合がいい。逃げられるかもしれん」
ジリッ……と距離を取り、安全圏まで離れてから背を向けて走り出そうとした……その時。
「グオォォオオ!!」
獣のような野太い咆哮が、湿った洞窟内に轟いた。
反射的に振り向く。
そこにいたのは――池の中から這い上がってくる、緑色のライオンだった。
正確にはライオンではない。
四足歩行だが、たてがみや毛並みはすべて緑色の棘の生えた触手だ。てらてらと濡れた触手は、それぞれが意志を持つかのように蠢いていて気味が悪い。
後ろに魚の尾のようなものが見える。
水陸両用の魔物だろうか。
「なんだアレは。ソーンビーストの近種か?」
ソーンビースト。
確か、ポーターさんが参加したパーティが、ダンジョン地下13階層で狩ったと言っていた。
だが、それとは違うらしい。
突然の珍客に思わず固まっていると、
「ガウッ!」
無数の触手が、目にも止まらぬ速さで俺たちへ襲いかかってきた。
「うわっ!?」
反射的にコートを大きく広げる。
触手をすべて受け止めた瞬間、魔力がガリガリと削られていくのが分かった。
とんでもなく速い。
そして、数が多い。
「ギャギャ!!」
背後から白ゴブリンの叫び声が聞こえた。
奇しくも、俺は触手からゴブリン達を守ってしまっていたようだ。
……しまった。
少しくらい触手を通していれば、ゴブリンの注意をあの緑ライオンへ向けられたかもしれないのに。
このままではーー挟み撃ちにされる。
「逃げるぞ!小僧!」
「言われなくともーー」
俺は踵を返し、キャンプ地の方へ行こうとした。
……そこで、初めて気がついた。
「ヴヴヴゥ……」
進行方向の闇の中から、低い唸り声が響く。
視線を向けた先――そこには、もう一体の緑ライオンが、こちらへゆっくりと近づいてきていた。
――2体目!?
「おい!ユーディア!なんか2体目来てるけど!?」
「……気が付かなかった」
「巨大コウイカには気付いて、なんでこっちには気付かないんだよ!」
「イカはとてつもなく大きかったからな。流石に分かる。だが、それに比べるとこちらは小さすぎるだろう?」
「人よりデカい魔物に気付かないとか、お前の気配察知ポンコツにも程があるだろ!」
ダメだこりゃ。
このポンコツ怪盗に、今後索敵は任せられない。
俺は周囲を見回す。
ーー2体の緑ライオンに、約30体の亜種ゴブリン。
…… 完全に三方向から囲まれている。
逃げようにも、手負いのゴブリンならともかく、あの四足歩行のライオンなら追ってきそうだ。
巨大コウイカがどこまでも追ってきたのと同じように、この隠れ場所の少ないダンジョン内でどこまでも追ってこられたら、例え《無名讃歌》で距離を取ろうとも逃げきれない。走り疲れて魔力も少ない今の俺ではすぐに追いつかれる。
ーーどうにかして、ここから追い払わないと!
「ガウ!」
「ガウガウ!」
2体の緑ライオンが同時に駆け出す。
俺は右手にスピアを構えた。ユーディアも投げナイフを手に持ち、俺と背中合わせになる。
緑ライオンが、飛びかかってくるーー
「ギャキャーー!!」
突然、白ゴブリンの1匹が、鳴き声を上げながら俺たちへ向けて腕を振るった。
その腕に、魔力がまとわりついている。
ーー何かしてくる!
バンッ!
すると、俺たちに飛びかかってきた緑ライオンが、見えない壁にぶつかったかのように空中で停止し、そのまま弾かれるように後退した。
空中には、先程のゴブリンのものと思われる魔力が、キラキラと残光のように輝いている。
……助けてくれたのか?
「グルルァッ!」
緑ライオンは怒りを露わにし、全身の触手をぐにゃりと蠢かせる。そして、白ゴブリン達へ向けて触手が猛スピードで伸ばされる。
「ーー《影足》っ!」
咄嗟に技能を発動させ、素早くゴブリン達と触手の間に滑り込んだ。そして、《影足》の魔力を右腕へ集中させる。
ーー右腕、魔力充填率200%
「ーーせいやぁっ!」
迫る触手をスピアで横殴りにし、壁へ叩きつける。
《影足》で強化された腕力なら、柔らかい触手など片腕で十分だ。
「ギャギャ!」
「さっきのお礼だよ!」
俺はゴブリン達を背に、緑ライオンと対峙する。
「アルノー君!どうする!」
「2対1は無理だ!1匹引き付けてくれ」
「承知した!」
ユーディアは軽やかに宙へ舞うと、天井に立つ。
「こっちだ!獣よ!」
指の間に3本の投げナイフを構え、横薙ぎに放つ。
ーーそしてそれは、俺のコートに全弾命中した。
「馬鹿野郎ぉー!!なぁにしてんだ!このポンコツ!」
「ポンコツではない!全部ちゃんと飛んだであろう!」
「横に腕を振り抜いてんのになんで俺のところに全部来るんだよ!」
「知らん!ナイフに聞け!」
「お前に聞いてんだわ!ボケェ!」
「「グォォオオ!」」
ライオンが2匹とも、俺の方へやってくる。
くそぅ!もしかするとあのポンコツ怪盗にはダンジョン適正が無いのかもしれない!
俺はさっき吸い上げたクリスタルを1つ取り出す。うっすらと青色の魔力を多めに纏わせた。
「そぉい!」
それを緑ライオンへ投げつける。
俺とクリスタルは、今も細い魔力の糸で繋がっている状態だ。
ーー上手くいってくれ!
緑ライオンの近くまで飛んだタイミングで《魔力操作》を使ってクリスタル周辺の魔力を濃く圧縮する。
その瞬間、
ザバァァッ!!
クリスタルが粉々に砕け散り、大量の水が吹き出る。
水棲系の魔物に水は効かないだろうが、火だと攻撃力が強すぎて殺してしまうかもしれない。
怪盗は、命までは奪わないのだ。
「ガウゥ!」
水圧で2匹の緑ライオンは吹き飛ばされたが、退散させる程の決定打にはなっていない。
しかし、突然の大量の水に驚いたのか、たてがみに生える無数の触手を全て俺に向けてきた。
「なぁ!コイツ、ソーンビーストってのに似てんだろ!?それってどんなやつ!?」
触手をスピアで弾き、コートで防御しながら、俺は天井にいる、歩く辞典に問いかける。
「紫色の触手を生やした、四足獣だ。湿地や密林に生息している。魔物の中ではかなり手強い部類だ。……と言っても、触手は5~6本で、こんなに大量には生えておらん。体ももっと小さいし、泳げもしないはずだ」
ユーディアはヒラリと天井から舞い降りると、緑ライオンの背後へ回り込み、投げナイフを背中へ突き立てる。
……が、
「かったぁ……」
刺した反動に負け、ユーディアの方が手を押さえた。
筋力ひよこでは、刃先すらまともに通らなかった。
「弱点は!?」
振り向いた緑ライオンから逃れるように、ユーディアは再び天井へ降り立つ。
「ーー火だ。引火性の高い、油に近い成分が触手に含まれており、よく燃える」
近種なら弱点も近いだろうか?いや、しかしソーンビーストは泳げないはずだ。どっちにしろ、火だと殺すことになりそうで実行は出来ない。
すると、
「グギャ、ギ、ギギリィ!」
先ほど俺を助けてくれた白ゴブリンが、鋭い鳴き声を上げた。その声に反応するかのように、周囲に細長い火の槍のようなものが何十本も出現する。
ドドドッ!!
火の槍は、俺とユーディアへの攻撃に夢中だった2体の緑ライオンの触手へ次々と突き刺さった。
途端に、触手が激しく燃え上がる。
「「グォォオーーーーンッ!!」」
焼き切れた触手が、ボトボトと地面へ落ちていく。
2匹の緑ライオンは引火した触手を消火する為か、近くの池に飛び込んだ。
逃げたか……?と思いきや、
ザバァ……
水面が盛り上がり、ぬらりと緑の巨体が姿を現す。
――水面の上に、四足で立っている。
えぇ……そんなファンタジーなこと出来んの?
手の届かない位置へ移動した緑ライオンの魔力が、途端にぐにゃりと大きく練り上げられ始める。
濃い……とにかく濃い、緑色だ。
ーーなんかヤバそうな気がする!?
「「ウォーーーーーーンッ!!!」」
2匹のライオンが、狼のような雄叫びを上げる。
その途端、全身から濃い緑色の魔力の波紋が全方位に放たれた。
その波紋が陸へ到達した瞬間、
地面がぐらりと振動し、
ドドドドドォッ!!
鋭い木の根が、壁、天井、地面のあらゆる方向から飛び出し、俺たちを串刺しにしようと襲いかかってきた。
「全体攻撃とかズルくねぇー!?」
木の根から距離を取りながら俺はユーディアを見る。彼の体を木の鋭い先端が通り抜けていく。《無名讃歌》を使ったようだ。
ーー俺もコートを使って避けることは出来る。けど……
俺は後ろの白ゴブリンを振り返る。
「ギィィ〜!」
「グギ……」
「ギュワ……!」
怯えた顔の白ゴブリン達が、身を寄せ合っていた。
互いに抱きしめ合い、迫り来る死の気配から、かばい合うように縮こまっている。
……そんな人間みたいなことされたら、見捨てらんないだろーが。
「わりぃ!ユーディア!後は任せた!」
「は!?」
ーーあぁ……俺、アホだ。
白ゴブリン達へ駆け寄りつつ、コートに魔力を多めに流し、裾を大きく広げる。
「じっとしてろ!」
そして、白ゴブリン達を俺ごと全員コートで包み込んだ。
ゴブリン達は大パニックだ。
内側から破らんと、全員がコートを殴り、蹴る。その度に俺の残り僅かな魔力が削られ、体が重く、冷たくなっていく。
ーー瞬間。
ドンッ!!
地面から激しい衝撃が突き上げてきた。
俺たちは宙へ跳ね上げられ、そのまま天井へ叩きつけられ、再び地面へ落下する。
だが――コートの内部は無事だった。
怪我はない……けれど、俺の魔力はもうカラカラだ。
ぐったりとコートがほどけ、俺はその場に仰向けで倒れ込む。
視線を動かすと――周囲の地面から無数の木が生え、辺り一帯がジャングルのようになっていた。
「グギ……?」
白ゴブリンたちは無事らしい。
何が起きたのか分からない顔で、ぽかんとしている。
緑ライオンは、俺が瀕死だと思ったのか――ゆっくりとこちらへ歩いてきていた。
「アルノー君!私の魔力を奪え!」
遠くの木の上から、ユーディアが叫ぶ。
すぐに【契約回路】を伸ばして魔力を受け取ろうとするが――
「……届かない」
距離が遠すぎる。
《魔力操作》がうまくいかず、【契約回路】の途中から魔力がダバダバと宙へ霧散していく。
……近くじゃないと、受け渡しはできないのか。
俺の様子を察したユーディアは、一瞬でこちらに移動してきた。
「大丈夫か?」
「助かった……」
【契約回路】を通して魔力を受け取ると――嘘みたいに体が軽くなる。
手を借りて、俺は立ち上がった。
「アルノー君、これを見ろ」
ユーディアは、緑色の棘がついた触手を差し出す。
先ほど、ゴブリンの火の槍で焼き落ちたものだ。
「断面を確認した。植物に近い構造だ。恐らくあれはソーンビーストの上位種だろう」
「植物……」
その言葉で、俺ははっとする。
コートの中から、一本のポーションを取り出した。
――間違って買った『除草剤』だ。
「これ、あの緑の魔物に効くかな?」
「それがあったか!」
パチン、とユーディアが指を鳴らす。
「恐らく有効だ。一体はそれで何とかしよう。私に任せておけ。もう一体は……」
「俺が何とかする」
「……分かった。無茶だけはするなよ」
ユーディアにポーションを渡し、俺は緑ライオンに向き直る。
目配せを交わし――俺は右、ユーディアは左の個体へ向かって走り出した。
「《水上闊歩》」
ユーディアが技能名を呟き、池へ足を踏み入れる。
だが、足は沈まない。
彼は水面をまるで地面のように蹴り――緑ライオンのもとへ駆け抜けていく。
脅威を感じたのか、緑ライオンは無数の触手でユーディアを捕らえようとする。
しかし、ユーディアは止まらない。
タンッ。
軽くステップを踏むように、まるで触手とダンスを踊るかの如く、それらを華麗に回避し、素早く間合いへ入り込んだ。
緑ライオンが、目の前に来たユーディアへ鋭い爪を振り下ろす。
だが、既にそこにはいない。
ユーディアは体を低く沈めて緑ライオンの真下を滑り抜け、その背後に移動していた。
「相手の後ろを取るのは、怪盗の十八番なのでな」
振り向きざまに前足が振るわれる――が、空を切る。
ユーディアは一瞬で頭上へ跳び上がっていた。
そして『除草剤』のポーションの蓋を開ける。
「躾のなっていない獣だ。君にはお仕置きが必要だな」
上空から、全身に降りかかるように液体をぶちまけた。
ジュワ……
「グォォオオン!!」
触手がみるみる萎れ、枯れていく。
苦しそうに暴れ回る緑ライオンは、完全に戦意を喪失して池の上でのたうち回っていた。
――お見事な手並みだ。
一方の俺は、池の近くまでやってきた。
緑ライオンは隣のライオンが萎れていくのに怯え、手負いであろう俺に狙いをつけたようだ。
触手を伸ばそうと身構えてくる。
「それは俺も出来るぞ!」
俺はコートに指示を出す。
緑ライオンに負けないほど大量の紐を生み出し、一気に放った。
驚いたライオンは触手で対抗しようとするが――
俺は紐を網状に展開し、向かってくる触手をすべて絡め取った。
「つっかまえたっ!」
ーー全身、魔力充填率100%
「《影足》っ!」
力が全身に漲る。
俺は地引き網のように右手で紐を引き、緑ライオンを池から地上へ引きずり上げようとする。
――おっも!
さすがに100%では足りない。しかもこっちは片手なのだ。逆に池へ引き込まれそうになる。
くっそ!魔力が足りない!
その時。
「グィーディ!グィーディ!」
背後から白ゴブリンの声。
エールか?と思った瞬間――ゴブリンの魔力が俺の体を包み込んだ。
途端に、腕へ力がこみ上げてきた。
……何をしたのか分からないが、力を貸してくれたらしい。
ーーサンキュー!ゴブリン!
「せぇいっ!」
一本釣りのように紐を背負って引っ張ると、緑ライオンは転がるように岸へ倒れ込む。
俺はそのまま距離を詰め、右手のスピアをライオンの口へ突っ込んだ。ガチン!と噛まれるが問題ない。
ーーこれで、口に隙間が出来た。
「腹でも減ってんならご馳走してやるよ!」
口の隙間に紐状のコートを滑り込ませる。
これくらいの細さだと、出せるのはせいぜい、手のひらくらいの大きさのものだけだ。
でも、それで十分!
コートの先端から、蔦の先に赤い花がついた植物を何本か魔物の体内へ送り込む。
――捕食者の魔力を吸って花弁が巨大化するマンゴー。
『トルースカ・ウィップ』だ。
ぼぼぼん!
「ギャウッ!?」
胃袋の中で突然巨大化したトルースカに、緑ライオンは体を跳ねさせる。
噛まずに胃袋へ直接実が生成されたのだ。
柔らかい果肉なので胃袋が破裂することはないだろう。
だが、満腹感は凄まじいはずだ。
緑ライオンは「キュルル……」と苦しそうな声を上げつつ、ふらつく足で池の中に逃げていく。
ユーディアの方の個体は、触手がほとんど枯れ落ち、メスライオンのような姿になっていた。「キューンキューン」と悲しそうな声を上げて、そいつも池の中へと逃げていく。
「ギャウ……」
後ろで白ゴブリン達が脱力したようにその場にしゃがみ込む。戦意はもうなさそうだ。
突然の共闘となったが、俺たちと白ゴブリンは、何とか緑ライオン達を追い払う事が出来た。




