【52】ダンジョン地下38階層
その日は、どれだけ騒いでも魔物が来なかったこの場所で、一晩を過ごすことになった。
俺を怒らせたので、風呂は無しだ。
それを伝えたらユーディアがまた笑い出しそうになったので、もう一度ハリセンで引っぱたいておいた。
コートをテント状に変形させ、中の布団に潜り込んで俺たちは眠りにつく。
本来なら交代で寝ずの番をするらしいが、俺の魔力が続く限りコートが守ってくれる。
もし外から何か攻撃を受けたら俺を起こすようコートに指示を出し、2人そろってゆっくり眠った。
ユーディアは念願の布団に、心底ご満悦の様子だった。
そしてーー無事に2日目の朝を迎えた。
「試してみたい事がある」
昨日の残りのサンドイッチを食べながら、ユーディアはそんな事を言い出す。
「試してみたいことって?」
「《怪盗系統技能》に《空間読解》という技能がある。本来は侵入する建物の構造を理解し、抜け道などを見破る技能だ」
「へー……って、そんな技能あるのならダンジョンの地図とか要らねーじゃん!この38階層の地理を把握出来るんじゃね!?」
なら、この階層を抜けられるかもしれない。
希望が見えて胸が躍る俺とは対照的に、ユーディアは眉間に皺を寄せていた。
「この技能は……魔力を大量に使うのだ。構造物が大きければ大きいほど、魔力消費量は跳ね上がる。正直、元の私の魔力をもってしても発動には足りん」
「それでもやってみようぜ。当てもなく歩くよりマシだ。魔力なら俺が担当するからさ」
「いや、それだけではないのだ」
それだけじゃない?
首を傾げる俺に、ユーディアは神妙な顔で続ける。
「この技能は……かなり繊細な魔力操作が求められる。私には不可能だ」
「……あー」
《魔力操作》を持ってるくせに魔力操作できない不器用怪盗には難易度が相当高いのだろう。……それでも、やってもらうしかない。
「まぁ、モノは試しでーー」
「だから、君がやるのだ。アルノー君」
「……はい?」
突如、ユーディアが俺を指さしてくる。
「俺がやるって……まさか……」
「そう。ーー《偽相盗用》を許可する」
それはつまり……使ったことない魔力をバカ食いする技能を本番一発で、尚且つ、さらに魔力をバカ食いする《偽相盗用》を使いながら発動させるということだ。
「む……難しくね?使ったことあるならユーディアの方が成功する確率は高いだろ?」
「私の魔力では発動には足りん、と言っただろう。私もまともに使ったことは無い。《怪盗系統》でもトップクラスの魔力消費量だからな」
だからこそ、ユーディアより魔力操作が上手な俺の方がまだ分があるという訳だ。
……腹を括るしかない。
「分かった。やってみる」
「よし。無駄な魔力を使わないよう、《影足》の時に覚えたように、ヤッ!とやるのだ」
「それはわっかんねぇ……」
ユーディアは俺から少し離れる。
「手本を一瞬だけ見せる。魔力の動きを、よく見ているように」
指を鳴らすように片手を構えると、目を閉じて低く呟いた。
「《空間読解》」
ーーパチンッ
指を鳴らした瞬間、魔力が弾け飛ぶようにパァン!と拡散した。勢いよく広がった魔力は、超高速でユーディアを中心に周囲へ広がっていき……やがて目視すら出来ないほど薄く、全方位へと飛散していく。
そして、ふっと魔力が霧散した。
技能を解除したらしい。
「ぐっ……久しぶりにやると、キツイな」
ユーディアはダルそうに膝に手を置く。顔色が悪い。
魔力を見てみると、いつものユーディアの魔力量……俺の小指程度の魔力しか残っていなかった。あの一瞬で、平民の10~20倍の魔力が持っていかれたのだ。
とんでもないハイコスト技能である。
「ほら、魔力」
「助かる」
【契約回廊】を通して魔力を1割ほど渡すと、ユーディアの顔色がみるみる良くなる。
すっと背筋を伸ばすと、今度は俺に手を差し出してきた。
「では、次はアルノー君だ」
「いやぁ、あの魔力量……無理じゃねぇーかなぁ……」
「フッ。何もしてないのに判断が早すぎる、だったか?」
昨日俺が言ったことをユーディアは目ざとく覚えていたらしい。その言葉を返されては文句は言えまい。
ぐっ、と気を引き締め、俺はユーディアの手をとり、技能名を呟いた。
「《偽相盗用》」
その瞬間、俺の魔力すべてが、ユーディアと同じ鮮やかなマゼンダ色へと変化した。
その変化に驚く間もなく、魔力が技能へと流れ込み、ぶわっと全能感と自己肯定感が爆発的に跳ね上がる――のを、俺は《魔力操作》で無理やり押さえ込む。
「ぐぬぬぬぬ……!」
《偽相盗用》の魔力消費は、まるで魔力の底に巨大な穴が開き、そこからすべて流れ出していくような感覚だ。湖ほどの量があろうと、底に大穴が開けば一瞬で干上がる。
その穴を、できる限り小さく……流れ出ていく魔力を、空気を含ませるように薄く引き延ばしていく。
ーー《偽相盗用》魔力充填率80%
「アルノー君、行けるかね?」
「……なんとか、大丈夫、だ。師匠」
いつものハイテンションとは違い、俺の自我や判断能力はまだ保たれている。だが、時折ちらつくハイテンション怪盗モードに思考を持っていかれそうになり、それを必死に抑え込んでいた。
俺が俺であるうちに、さっさと指を鳴らした。
「《空間読解》」
ーーパチンッ
瞬間、俺の中の魔力が3割ほど、パァン!と破裂するように弾けた。一瞬で周囲の空中に魔力が拡散し……凄まじい速度で全方位に飛んでいく。
俺の意識は今や、その飛んでいく魔力に乗って四方へ散っていた。
うぉぉぉおおお!!忙しい!!
感覚としては、VRのフライトゲームだ。
それを同時に8画面操作。
魔力が地面に落ちないよう、程よく空を舞うように調節しつつ、他の方角へ散った魔力も操作する。魔力が遠くへ行く程、魔力自体が薄まっていき、操作性の難易度が上がっていく。
もはや微粒子レベルにまで拡散した魔力をギリギリまで操作してーー俺はハッと意識を取り戻した。
「……読解完了」
俺は《空間読解》と《偽相盗用》を解除する。
「うっ……おえぇぇ……」
途端にグワングワンと反動が俺を襲い、目眩に頭痛、吐き気が襲う。この気分の悪さは魔力欠乏ではなく、《偽相盗用》の副作用だ。しかし、いつもよりもかなり軽い。
俺は自分の魔力に意識を向ける。
ーー魔力が5割ほど削れている。
だが、今までの俺ならとっくに魔力欠乏で倒れていたはずだ。《影足》の練習は、無駄ではなかった。
「どうだ?アルノー君」
俺は目を閉じて、この階層の構造を思い出す。
今の俺の脳内には階層全域が3D地図となり、完全に再現されていた。
「……上に上がる道が6箇所。下に行く道が8箇所。ここは38階層の渓谷の下。この上に密林のようなところがある。そこを3日程北西へ歩いた先に、上に上がる通路。一番近いのは、ここだな」
この地下38階層は、正直ありえないほど広い。
東京ドーム何個分、みたいな表現では収まらない。
……恐らく、東京都の半分くらいの広さがある。
その中で、上へ上がる道が6つしかないのだ。
これは無策で歩いていたら、1階層上がるのに数ヶ月はかかっただろう。ユーディアがこの技能を覚えていて本当に良かった。
「一番近くて、3日か。よくそこまで技能を広げられたな。私はせいぜい、この渓谷の中だけだ」
「一応、この階層全域を読解してみたんだよ」
「……あの癖の強い技能を、そこまで扱えたのか」
ユーディアが驚き半分、呆れ半分で俺を見る。
「なんだよ。頑張ったんだからちょっとは褒めろよ」
「……褒めたら助長しそうだからやめておこう」
「褒めろよ!俺は褒めて伸びるタイプだぞ!」
「分かった分かった。ダンジョンから出れたらな」
くそぅ……絶対褒める気ないやつじゃんか……。
そんな不満を抱きつつ、俺たちはとりあえず渓谷を登ることにした。と言っても、やることは単純だ。
俺がもう一度《偽相盗用》を使い、ユーディアと共に《天蓋疾走》で谷の上まで一気に駆け上がるだけである。
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「ふはははは!登頂完了!」
私は技能を使い、渓谷を登りきっていた!
魔力は残り4割程度だが、まだまだ私はやれる!
これがーー私の本気だ!
「技能を切らんか。馬鹿者」
ペシッと頭を叩かれーー俺は、ハッと意識を取り戻した。
反射的に技能を解除する。
途端に、吐き気と頭痛、そして目眩のような症状でその場に倒れ込んだ。
「おえぇぇ……ぎもぢわるい……」
「集中力が乱れているな。自我が呑まれ過ぎだ」
簡単に言ってくれるが、魔力を薄め続けるのは、動かしたり濃くしたりするよりも遥かに難しいのだ。
それよりも、《偽相盗用》の副作用がホントにキツイ。一度切るくらいなら、ずっと継続展開しておけば良かったと後悔した。
目眩が治まってから、俺は顔をあげる。
……技能で地理を確認した通り、そこは密林が広がっていた。
所狭しと南国のような背の高い木々が鬱蒼と茂り、密林の中が見通しにくい。
足元には固く長い葦のような植物が腰の高さまで密集して生えている。木の幹に絡まる蔦は、一本一本が縄のように太く、無理に進めば確実に足を取られるだろう。
若干気温も高く、湿度もある。天井からは何故か光が差し込み、ランタンが無くても十分明るい。
俺はランタンを消してコートにしまう。
「これは凄いな。木の隙間を縫って進むのは骨が折れそうだ」
「確かに……ここを進むなら、追加で3日はかかる……か?でも、遠回りだと1週間以上はかかるぞ?」
無理にでも強行突破した方が早いが、この草の中を進むのはかなり体力が削られる。回り道した方が得策だろうか?
「無論、この密林を進むぞ」
「はぁ?体力イモムシなお前がこんなところ進める訳ないだろ!急がば回れって言葉を知らないのか?」
「誰がイモムシだ」
途端、ユーディアの姿が目の前から掻き消える。
「木の枝を飛んで移動すればいい。そろそろ諦めて《影足》を使え」
声の方を向いてみれば、ユーディアが一瞬で近くの木の枝に移動していた。
「お前の《怪盗歩行》は体力が減らないじゃんか!俺のはめちゃくちゃバテるんだぞ!」
「ハッ、君は体力イモムシでは無いのだろう?なら、問題あるまい?」
問題大アリなんだが……確かに遠回りするほど余裕はない。大人しく、ユーディアの言葉に従って技能を発動させた。
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密林の中は、鳥や虫の鳴き声が絶えず響いていた。甲高い声や低い羽音が混ざり合い、静けさとは程遠い騒がしさだ。時折、頭上の枝葉が揺れ、バサバサと鳥が飛び立っていく。その影が視界を横切るたび、思わず身構えてしまう。
枝の上から見渡せば、色とりどりの花が木々に絡みつくように咲き、湿った空気の中で鮮やかな色彩を放っていた。ただの植物なのに、ダンジョンの地下ということも相まって非現実的な光景に見えてくる。
「はぁ、はぁ……」
「ちゃんと制御できているな。よろしい、もう少しスピードを上げられるかね?」
「勘弁してくれ……」
数時間、《影足》を使う為に魔力を薄め続けてぐったりなのだ。ユーディアは俺のスピードに合わせてくれるが、これ以上は木から落ちる。枝に跨って休憩しつつ、俺は天を仰ぐ。
「《月下舞踊》が使えたらなぁ……」
「地下では使えんからな」
「ほんとに癖強すぎなんだよ……《怪盗系統》はよぉ……」
さっきの《空間読解》もとんでもない魔力操作と魔力量を求められたのだ。ほかの系統は分からないが、技能としてはかなり使い勝手が悪いのが多い。
「大陸南西の植生に似ているな」
枝の上で器用にバランスを取りながら、ユーディアは周囲をぐるりと見回す。
「これなら食料があるかもしれん。アルノー君、木の幹が白と緑のシマシマ模様で、葉が両手を広げたような形の木は無いかね?もしくは、根元が木だが、そこから幹が蔦のようになって四方に散っている木だ。赤い花が先端に付いている」
俺は息を整えながら、目を閉じて地図を脳裏に思い浮かべる。
「……ここから近いところに、2つともある。進行方向より東寄り」
「ついてるな。さて、ダンジョン内のものが食えるレベルのものかどうか……行ってみるとしよう」
「了解っと」
ユーディアに手を引いてもらい、枝の上にふらつきながら立ち上がる。俺はまた技能を発動し、そちらの方へユーディアを先導した。
「えーと、ほらあそこ」
俺が目的地について、ユーディアが言ってた特徴の木を指さす。白と緑のシマシマの木が沢山群生していた。まるでヤシの木のような見た目だが……食べられそうな木の実などはついていない。
「どれ……」
ユーディアは服の裏にしまっていた、投げナイフを1本取り出す。そして、それをヤシの木に向かって突き立てた。そんな薄い投げナイフじゃ、逆に刃が折れるんじゃ……
サクッ……
驚いたことに、まるで豆腐にでも切るかのように筋力ひよこなユーディアでも柄までナイフが刺さった。かなり柔らかい幹だ。
ユーディアは木の皮をベリベリと剥がす。まさか、そのシマシマ色の皮を食うのか?そんなことを思っていると、幹の中が柔らかいスポンジ状になっていることに気がついた。
ユーディアはそのスポンジを指でちぎると、匂いを嗅いでから少し口に含む。……そっち!?
「……うまっ」
驚いた表情で、ユーディアは鳴き声を上げた。
「お、美味しいのか?それ……」
「あぁ……これは驚いた。以前食べたものより、雑味が少ない。毒性も無いようだ」
ユーディアがスポンジをちぎって俺に渡してくる。
恐る恐るそれを受け取り、ちょこっとだけ食べてみる。
「……パンだ!?これ!?」
とろけるようなふわふわ食感に、ほんのり甘く、小麦の香り。パンはパンでも、かなりお高めのホテル食パンの味だ。久しぶりの高級パンの味と「俺、木の幹食ってんだよな?」という思いに脳が混乱する。
「大陸南西に生息している、『フワンプ・ツリー』という根や幹や葉まで食べられる木だ。希少な植物で、貴族や王族がこぞって輸入したがる。地上のものより、こちらの方が味は格段に上だがな」
ニヤリ、とユーディアは口の端を吊り上げた。
「本来なら足の踏み場もない密林の奥地に生息するため、抱える程度しか持って帰れないが……アルノー君のコートがあれば、それこそ何本も持っていけるぞ。地上の生活より、良いものが食べられそうだ」
「お、おおー!」
さすがは野草に詳しい“山菜採り”である。
これで食料問題は少し楽になるんじゃないだろうか。
俺はコートをシャベルへと変形させた。
ユーディアが投げナイフで幹に刃を入れ、俺はその根元を掘り返していく。右手しか使えないので、思った以上に手間がかかる。コートを斧や剣に変えられれば楽だったのだが、コートは防御特化なのだ。無理に刃物へ変形させても刃先が潰れてしまい、結局は投げナイフで切った方が効率が良かった。
額に汗を滲ませながら作業を続け、気付けば1時間ほどが経っていた。
その頃には、数十本分の木と根をコートの内部へ取り込むことができていた。木の皮を剥がさない限り長期間保存できるらしく、保存食としても優秀なのだという。ダンジョンから出られた後も、しばらくは楽しめそうだ。
「結構伐採しちゃったけど、環境破壊にはならないかな?」
「この木は環境が合えばすぐにまた同じ場所に生えてくる。問題なかろう」
「へー。……これ、家の近くとかに植えられないかな……」
こんなに美味いのなら、いつでも食べられる環境が欲しい。持ち帰って栽培できないものだろうか、と自然と思ってしまう。
「貴族も恐らく同じことを考えただろう。しかし、流通していない以上、難しいのだろうな」
「そっかー……あ、じゃあ……」
俺は近くに生えていた小さな『フワンプ・ツリー』の苗木を、周囲の土ごとシャベルで丁寧にくり抜いた。根を傷つけないように、苗木に対してかなり大きめに土を付ける。
ローレン先生への土産にしよう。
お願いすれば、もしかしたら育ててくれるかもしれない。
「それで、アルノー君。もうひとつの木はどこにあるかね?」
「あっち。ここから50mくらい」
「ふむ。これは向こうも味が楽しみだ」
野草に詳しいユーディアがそう言うのだ。
自然と期待が胸の奥から込み上げてくる。
俺は脳内に展開している地図を頼りに、目的の場所へ向かった。
やがて視界に入ったのは、ユーディアの言っていた通りの植物だった。
木の根元から無数の蔦が放射状に伸び、その先端には手のひらよりも遥かに大きい、鮮やかな赤色の花が咲いている。肉厚な花弁はわずかに光沢を帯び、微かな甘い芳香を放っていた。
「やはりあったか。見ていろ」
ユーディアは巨大な花弁を一枚摘み取る。
その瞬間、ずわっ……とユーディアの魔力がほんの少し花弁に吸い取られたのが見えた。
すると、
ボンッ!
花弁が弾けるように10倍近い大きさに膨らみ、オレンジ色の巨大なカカオの実のようなフォルムに変化した。ユーディアが投げナイフでその皮を剥くと、周囲にトロピカルな甘い香りが広がり、中には瑞々しい黄色い果肉がぎっしり詰まっている。
一口齧ったユーディアが、「うまぁ……」と何とも幸せそうな顔をしている。堪らず俺もそれを奪い取って齧ってみる。
とろけるような食感に、ジューシーで濃厚な甘み。
そして、鼻を抜ける南国のようなトロピカルな香り。
……これは、
「……マンゴーだ」
地球で食べたマンゴーによく似ている。
だが、こちらの方がさらに甘みが凝縮されているように感じた。
「『トルースカ・ウィップ』。花弁を千切ると捕食者の魔力を吸収し巨大化する性質を持つ。これも高級品だ」
ユーディアはくくくと愉快そうに笑う。
「この木は生育条件が非常に難しいのだ。これが自生しているということは、周囲に他の食料資源も豊富に存在する可能性が高い。……アルノー君の言う通り、案外なんとかなるかもしれんな」
「マジ!?ってことは、この階層……大当たりじゃね!?」
ダンジョン地下38階層。
そこは――美味しいものが数多く眠る、食の楽園だった。
食料事情が解決しつつあり、ダンジョンを進むのにかなり希望が見えてきた。
俺たちは花弁を触らないよう、蔦ごと花をむしっていく。
「しっかし……大陸南西の珍しい植生とか、毒花とか……なんで知ってんだよ?文字読めなかったくせに」
ふと、思ったことをそのまま口走ってしまった。
本が読めないなら、そういった植生などについてどうやって知ったのだろうか。
すると、一瞬ユーディアの手が止まった。
「……昔、私の“師匠”とそちらに行ったことがあってな」
そう言いながら、すぐに手を動かし始める。
……気まずいこと、聞いちまったかな。
だが、意外にもユーディアは少し楽しそうに言葉を続けた。
「その時、“師匠”から様々な植生について教えてもらったのだ。山菜や、薬草、こういった食べられる物などをな」
「そっか」
こいつが過去の話をするのは珍しい。
普段は黙るか、はぐらかされることばかりなのに……。
こんな状況だからこそ、つい話したくなったのだろうか。
「なぁ、その師匠ってーー」
俺がついでに師匠について聞こうとした時……
ユーディアがバッと顔を上げる。
「ーー何が来る」
「えっ?お前、魔物の気配とか分からないんだろ?」
「小さい魔物はな。ーーだが、これは……」
その時。
パァン!
コートの裾が、何かを弾いた。
同時に、俺の魔力がわずかに削られる感覚が走る。
……攻撃!?
咄嗟に、コートが反応した方向へ視線を向ける。
すると、
ニュルリ……
木々の隙間の奥から、こちらを見つめる巨大な黄色い目が現れた。
そのすぐ傍には、銃口のような穴が空いた茶色い触手が、ゆっくりとこちらへ向けられている。
「なんだ、あれは……」
ユーディアが眉をひそめ、目を見開く。
瞬間、
パァンッパァンッパァンッ!
コートが連続で何かを弾く。
弾いたものが、ぴしゃりと近くの木に飛び散った。
ーー黒い液体だ。
液体に触れた木の幹が、ジュウ……と嫌な音を立てながら腐食していく。
俺たちが息を呑んで固まる中、黄色い目の持ち主は巨大な体を伸縮させながら……器用にも、ニュルリと木々の隙間から姿を現した。
それはーー
胴体の周りに無数の黄色い目を持つ、
見上げるほどに巨大な……
ーー地を這う茶色のコウイカだった。




