【47】魔物とダンジョン
「なんてことだ……この私が……何故こんな目に……」
シーフラの着ぐるみを着た大の男が二人、トコトコとダンジョン内を歩いていた。
俺はユーディアをコートで覆い、俺と同じシーフラの着ぐるみ姿にして全身を包んでいる。ちなみにメス仕様だ。
コートの一部を繋げておく必要があるため、俺たちの着ぐるみは尻尾の先が少しだけ繋がっている。そのせいで自然と横並びで歩く形になっていた。
――傍から見れば、完全にヤバい奴らである。
「こんなの、美しくない……」
「でも可愛いだろーが。文句言うな」
「せめてオスが良かった……」
「俺がもうオスになってるから諦めろ」
「ぐぬぅ……」
「ミューミュー」
未だにシーフラのメスたちは、俺たちを追い続けていた。
振り切ろうとしても、どこまでもついてくる。
「……シーフラのテリトリーとは、オスの周囲を指すのだ。君がその珍妙な格好をしている限り、どこまでも追従してくるぞ」
歩く図鑑が、現状を分かりやすく解説する。
それはもっと早くに言ってほしかった。
だが、今ここで変身を解除すれば、女心を弄んだクソ男として、メス達に袋叩きにされる未来しか見えない。
俺の記念すべき初冒険は――
情けないことに、可愛い着ぐるみを着てシーフラを引き連れる大行進となってしまった。
まるで遊園地のパレードだ。
そして、暗いダンジョン内を歩くこと……半日と少し。
地下2階層へ到達した頃には、俺たちはいつの間にか300匹を超えるメスのシーフラを引き連れていた。
道中、いくつものシーフラのテリトリーに入ってしまったのだ。
そのたびにメスが甘えた声を上げながら俺についてきて――そして、そのたびに俺は、背後から突き刺すようなオスの視線を浴びることになった。
こんな異世界ハーレムは望んでいない。
しかも全員、別の男の奥さんである。
「もう離れてくれミュ。別のオスの元へ行くミュ。俺とお前らじゃ、生きる世界が違うミュ」
「「「ミューミューミューミュー」」」
ダメだ。言葉が通じないミュ。
ふわふわのシーフラたちが、俺たちの周囲の地面を埋め尽くしている。
一匹一匹は可愛いが、この数になると普通にドン引く。
「今日のキャンプ予定地まで、あと数時間かかるが……このままシーフラを引き連れてキャンプ地まで行くのか?」
「それミュ……」
どうするもんかと頭を悩ませていた、その時。
ーーダンジョンの奥から、悲鳴が聞こえてきた。
「ユーディア!」
「分かっている!」
俺たちは声のした方へ駆け出す。
シーフラ付きだが、致し方ない。
たどり着いた先で見たのは――
2人の子供が倒れている姿だった。
「エド!?ユノ!?」
まさかの顔見知りだ。
ぐったりとお互いを庇い合うように倒れている。
駆け寄ろうとした瞬間、グイッと着ぐるみの襟を掴まれる。
「待てっ!上を見ろ!」
「ーーは?」
見上げたそこには……真っピンクの巨大コウモリが天井に張り付いていた。
「まずいぞ。スペキュラスの“亜種”だ」
その言葉に、俺はビクリと体を震わせる。
ーー“亜種”。
いわゆる魔物の“色違い”個体だ。
魔物は基本、暗いダンジョン環境に適応して暗色をしている。だが時折、突然変異のように目立つ色の個体が現れることがある。
目立つ色であればあるほど、脅威度が増すのだ。
ダンジョン図鑑にも、「ダンジョン内で目立つ色を見かけたら全速力で逃げろ」と何度も注意書きがされるほどだ。
スペキュラスは、本来ならば黒い両手くらいの大きさのコウモリの魔物だ。だが、あのピンクのスペキュラスは……大の大人よりも一回り大きい。まさに化け物だ。
エドとユノは、ーーそれに運悪く遭遇してしまったのだ。
周囲にいた大量のシーフラが、一斉に「ギュリリリ!!」と威嚇音を上げた。
とんでもない大音量の合唱だ。
「な、何なんさ!?あの巨大シーフラは!?」
横の石柱から声が上がる。
そちらを見るとーーリナがいた。
腕を怪我しているのか、赤い雫がぽたぽたと地面に落ちている。
「リナ!俺だ!アルノーだ!」
「え?え?」
巨大シーフラ着ぐるみが突然喋ったせいで、リナは混乱しているようだ。
「ーーその可愛いポーチ、似合ってるぞ!」
リナの腰についている、俺があげたオシャレポーチを指さすと、リナはようやく合点がいったのか驚いた顔をした。
「っ!?あんた、本当にアルノーなのかい!?」
「話は後だ!お前はエドとユノを連れて逃げろ!」
「無理なんだよ!だってーー」
パァン!
会話の途中、コートが何かを弾いた。
同時に俺の魔力が削られ、
乱れた魔力と風が周囲を駆け抜ける。
ーーこれ、風の魔法だ!?
慌てて俺とユーディアも石柱の影へ身を潜める。
一方、シーフラたちは四方へ散開し、スペキュラス亜種を取り囲むように陣形を作っていた。
「馬鹿な……!?浅層で魔法を扱う魔物など、図鑑には無かったぞ!?」
歩く図鑑がそう言うということは、本当にイレギュラーなのだろう。
風魔法は初めて見るが、着弾が異様に速い。
《魔力知覚》で軌道は視認できる――だが、それでも回避するのは容易ではない。
「ーーあんたら、エドとユノを連れて逃げてくれ」
リナがふと、覚悟を決めた表情でそう言った。
「何言ってんだ馬鹿!」
「あたしは怪我してんだ。逃げても血の匂いで追いかけてくる。だからーー」
「見殺しにするわけないだろ!」
思わず声が荒くなる。
「とにかくエドとユノを回収しろ!アイツは俺が注意を引くから!」
その言葉に、リナが泣きそうな顔をこちらへ向ける。
「アルノー……」
「ユーディア、頼む。リナに付いてくれ」
「承知した。君も気をつけろ」
俺がユーディアの着ぐるみを解除すると、瞬時にユーディアはリナの横へ現れた。技能をつかったようだ。
俺はコートに指示を出し、両手に武器のスピアを構え、カンカン!と金属音をけたたましく鳴らす。
「こっちだ!ファンキーコウモリ!」
パァン!
瞬時に風魔法が飛んでくるが、コートがそれを防ぐ。
何とか気を引けたようだ。
だが、天井に張り付いたアイツをどうすればいい……?
「ギュリリリリ!」
オスである俺が攻撃されたことに怒ったのか、シーフラたちが一斉に石柱へ爪を立て、よじ登りながらスペキュラスへ飛びかかろうとする。
しかし――距離が足りない。
石柱の先端からスペキュラスまでは微妙に間があり、攻撃が届かないのだ。
「ギュリィ!」
「ダメだ!一旦引け!」
そう叫ぶが、やはり言葉は通じない。
その直後。
ゴオッ――!!
暴風がシーフラたちを襲い、何匹かが宙へ吹き飛ばされた。
俺はとっさに袖を伸ばし、先端をネット状に変形させて、落ちてきた個体をギリギリで受け止める。
ーー魔物とはいえ、半日一緒にいたのだ。情くらい湧いてしまう。
「ミュミュミュ……」
「しつこい女は嫌われるミュよ」
そっと地面に降ろしてやり、俺は再び上を見上げた。
その瞬間……
ガァンッ!!
「うわっ!?」
何十メートルも離れていたはずのスペキュラスが、一瞬で俺に飛びかかってきた。
コートが防いでくれたものの、今までにないほど魔力を大量に持っていかれる。
「コイツ!」
袖をネットにして捕まえようとするが、ドウッ!と荒れ狂う風と共に再び天井へ張り付く。
ーー風魔法を使って移動速度と突進速度を上げてやがる。
あんな巨体なのに、まるで瞬間移動のような速さだ。
「アルノー君!」
スッ、と突然ユーディアが背後にあらわらる。
着ぐるみを引っ張られ、そのまま近くの石柱の影へ二人で身を隠す。
「2人は無事だ。リナ嬢に預けてある。そちらは?」
「ダメだ。速すぎて全く対応出来ない。魔法で加速するみたいだ。追い払わないと、逃げきれない」
視線をスペキュラスへ向けると、シーフラの群れが大声で威嚇を続けている。
そちらに気を取られているようにも見えるが……何となく、奴の視線は怪我をしているリナの方へ向いている気がした。
「スペキュラス……魔力で体を浮遊させて飛ぶ魔物だ。魔法を使うとは記載がなかった。目は退化しており、音の反射で周囲の構造を把握し、魔力で獲物を見る。魔力の多い魔法使いなどが優先的に狙われやすい。ーー今だと、君だな」
つらつらと図鑑の内容を思い出すように言葉にする。
「他には?」
「性格は無謀。知能も低い。食欲を何より優先させる。頭と翼の骨が固く、突進と噛みつきが主な攻撃手段。弱点は下腹部。比較的肉質が柔らかい。それとーー嗅覚が特に鋭い。数km離れた血の臭いを嗅ぎとってやってくる」
「サメかよ……」
「あと、雑食だが特に新鮮な血を好む。スペキュラスの群れに襲われたシーフラが、ミイラとなって発見された例もある」
「そこはちゃんとコウモリっぽいのな……」
だが、それはつまり――リナたちはより逃げられないということだ。
今のスペキュラスの獲物は、おそらく怪我をしているリナ、エド、ユノ。
そして次点で、魔力の多い俺。
何とかして、リナたちへの意識をこちらへ向けさせなければ、無防備な三人が危ない。
……スペキュラスを天井から引きづり下ろせれば、シーフラの追撃が出来そうだが……
「……ユーディア」
「何か閃いたかね?」
「コートの一部を紐状にしてお前に渡すから、スペキュラスのどこかに縛り付けて欲しい。
ーー何秒引きつければ行ける?」
「10秒」
「よし」
俺は着ぐるみを解除し、本来のコート姿へ戻る。
コートの長さが作戦の要だ。
余計なところに魔力は使えない。シーフラに気づかれないことを祈るしかない。
裾を細い紐状に変形させ、ユーディアへ手渡す。
そして俺は、コートの内側から料理用の錆びたナイフを取り出した。
……血判だってやったんだ。
これくらい、なんてことない。
切れ味の悪い刃を手のひらに当て、思い切り引く。
ギザギザの刃が皮膚を裂き、じわりと血が滲む。
すぐに手のひらに血溜まりができ始めた。
俺はそれをできるだけ絞り出し、アジトから持ってきていたボロ布にたっぷり染み込ませる。
そしてスピアの先端へしっかりと括り付けた。
「ユーディア、任せた」
「フッ、任された」
二人同時に石柱の陰から飛び出す。
スペキュラスの顔が、グリンッ――と俺の方へ向いた。
――魔力が多く、なおかつ怪我をした俺が、優先的な獲物になったらしい。
「ほらほら!こっちの血は、あ〜まいぞ〜!」
俺はコートを変形させ、大型のスリングショットを作り出す。
そこへスピアを装填し、技能を発動する。
「《影足》」
ぶわっと全身を魔力が包み、力が漲る。
《影足》は身体能力を引き上げる技能だ。
――何も、強化されるのは足だけじゃない。
細かい操作はいらない。
俺は全力でスリングショットを引き絞り、そのままスペキュラスへ向けて放った。
スピアは猛スピードで飛ぶ。だが、所詮は素人の狙いだ。
当然、スペキュラスには当たらない。
――だが、それでいい。
スピアは奴のすぐ近くへ着弾する。
同時に、俺の血をたっぷり吸った布が天井へべしゃりと張り付き、スピアの表面を血がたらりと流れ落ちる。
スペキュラスはそちらへ顔を向け、その血を舐めようと身を寄せてきた。
――その時。
スペキュラスの真後ろに、ユーディアが姿を現した。
「《天蓋疾走》」
まるで天井に重力があるかのように、ユーディアは天井に立つと、素早く天井に張り付いているスペキュラスの足へ紐を結び始める。
スペキュラスがすぐに気が付き、顔をユーディアに向けようとするがーー
「ほらほら!おかわりありまぁ〜す!」
俺は再び、血塗れの布を括り付けたスピアをスペキュラスの近くへ撃ち出す。
天井に新たな鮮血が染みた布がへばりつき、何事かとスペキュラスの視線がそちらへ向く。
――だが、すぐに脅威になりそうなユーディアへと振り向いた。食欲優先の割には、意外と頭いいじゃんか。
その場を離れようとスペキュラスが体をぐっと沈め、魔力がぐわっと練り上げられる。
そして、風魔法に乗って突進してこようとした――
その瞬間。
「《落下猶予》!!」
俺の全力《落下猶予》が、飛び立とうとしたスペキュラスの体を天井へ磔にする。
魔力をありったけ注ぎ込めば、最大5秒ほどは空中に固定できる。抵抗されるたびに魔力がガリガリ削られるが、こっちは魔力だけはあるのだ。
その隙に、俺はコートの後ろを伸ばし、背後の石柱へと括り付ける。
「結んだ!」
ユーディアの声と共に、俺の《落下猶予》が切れる。再び突進してくるスペキュラスをコートで防ぐと、スペキュラスはすぐさま天井へ戻ろうと飛び立つ。
だが、
ピンッーー
近くの石柱に縛り付けたコートの裾と、スペキュラスに結ばれた紐が張り詰める。
空中でつんのめったスペキュラスは、そのまま地面へ激突した。
「ギュリリリリ!!」
そこへ、待ってましたとばかりに、大量のシーフラが襲いかかる。
ピンクの体が、黒いシーフラに群がられる光景は圧巻だ。
しかし――それでもスペキュラスは止まらない。
巨大な翼を振るい、風魔法を炸裂させ、シーフラたちをまとめて吹き飛ばした。
俺は駆け寄りながら何十匹かをコートでキャッチする。だが他の個体は地面に転がり、ぐったりしている。……無事でいてくれよ。
シーフラを吹き飛ばした直後のスペキュラスは無防備だ。もう一度風魔法を練るには、あと数秒かかる。
その隙に――俺はスペキュラスに結ばれた紐を、伸びたゴムが戻るように一気に縮め、自分ごと突進する。
「これが突進される側の痛みだぞ! ゴラァ!」
ドンッ! と横腹へ衝突する。
スペキュラスが苦しげな声を上げるが、衝撃はコートが吸収してくれているため俺は無傷だ。
身をよじる巨体の上へ、俺はそのまま跨った。
「ーーさぁ、お仕置きの時間だ」
《魔力操作》で魔力を伸ばし、スペキュラスの魔力に触れる。
ーーローレン先生のところで知った、魔力の結び目。あれがあると魔力の波長を変えにくくなるのだ。
なら、是非とも体感してもらおうじゃないか。
「そぉれ!!」
スペキュラスの魔力をむんずと掴み、そのままぐちゃぐちゃに、あちこち玉結びにしてやる。
ギャア! と悲鳴を上げて暴れた拍子に俺は振り落とされたが、コートがクッションになり事なきを得た。
スペキュラスは逃げようと翼を羽ばたかせる――
だが、飛べない。
ぴょん、ぴょん、とその場で跳ねるだけで、なんとも間抜けだ。
そこへ復活したシーフラたちが再び群がろうと飛びかかる。
あちこちを噛まれ、引っかかれたスペキュラスは「ピーピー!」と情けない声を上げ、ダンジョンの奥へドタドタと走って逃げていった。
「な、何とかなった……」
安心した瞬間、全身に倦怠感と寒気が襲ってくる。
そして――鼻から、たらり、と温かいものが垂れた。
鼻血だ。
ダンジョンでの初戦闘。
俺は魔力の8割超を消費して――なんとか勝つことができた。




