【46】商都ミレアスのダンジョン
「へぇ……これがダンジョンかぁ」
「正確には“ダンジョン封鎖区画”だ。まだダンジョンそのものではないぞ」
「俺にとってはもう始まってんの!ロマンのないこと言うなよなー」
まだ朝日が昇り始めた頃。
俺たちはダンジョンの目前までやって来ていた。
ダンジョンは市民街の郊外にある。
街に近いため、魔物が外へ出ないよう周囲をぐるりと高い壁で囲ってあり、その区域を“ダンジョン封鎖区画”と呼ぶらしい。
管理は国と冒険者ギルドの合同だ。
入場するには関所のような場所で冒険者札を提示し、滞在予定日数を入場記録に記載する必要がある。ダンジョンから出る際も同じ関所を通り、出場記録を書かなければならない。
もし記載した期間から一週間経っても出場記録がなければ救助隊が結成される。それでも発見されない場合は――死亡扱いとなる。
俺たちは手続きを終え、封鎖区画の中へ足を踏み入れた。
すでに何人もの冒険者が周囲で装備の確認をしている。中には簡単な商いをしている者までいた。
「結構人がいるのな」
「ダンジョンは長期探索になるからな。早朝出発組や、ここで待ち合わせる者が多いのだ」
この世界の人は本当に朝が早い。
そんなことを思いながら、俺たちはとうとうダンジョンの入口へ立った。
――斜めに地下へと続く、かなり大きな洞窟。
まるで平原に巨大な口が開いたかのような横長の穴だ。予想以上に地面は平らに均されている。多くの冒険者が出入りするためだろうか。
俺はランタンに火を灯す。
前衛や後衛といった隊列は組まず、俺たちは横並びで進むことにした。
「ユーディア、行くぞ」
「はぁ~……怪盗はダンジョンには潜らんのに……」
まだそんなことを言うのか。
呆れながらも、俺たちはダンジョン地下1階層へと降りていった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
下りの通路を進んでいくと、しばらくして広い地下空洞へと出た。
予想していたよりも天井が高く、地下だというのに圧迫感はない。
湿り気を帯びた空気と、地上よりもひんやりとした冷気が俺たちを包み込む。
ところどころに石柱が立ち並び、天井と床を繋いでいる。入口に近いからか、石柱には簡易的な明かりが備え付けられており、思っていた以上に明るかった。
今日の予定は、まず一気に地下2階層まで降りること。
そこで2泊して、丸一日周囲を探索し、翌日の帰りがけに地下1階層のめぼしい素材を採取しながら戻る手筈だ。
まずは、近場の地下2階層へと繋がる道を目指す。
到着まで半日以上かかる、険しい道だ。
「魔物はまだいないな」
「気をつけたまえ。今回のルートでは、いくつかのテリトリーに入ることになる」
ダンジョンの浅層にいるのは、小型のコウモリやリスのような魔物だ。基本的には温和で臆病だが、縄張りに踏み込めば襲ってくる。
ダンジョンと聞けばゴブリンやスライムを思い浮かべていたが、実際は野生動物に近い魔物の方が多いらしい。
「ぱっと見は天然の洞窟みたいなのに、罠があるってのが不思議だよな」
「ダンジョンは未解明な部分が多い。古代文明の名残だとか、人をあの世へ送るための呪いだとか、様々な説がある」
不思議なことに、この世界のダンジョンは人の多い都市の近郊にのみ出現する。自然発生であることは間違いないが、人がいない場所には存在しないらしい。
そして内部には、古代文明の遺物や宝石、高価な薬草や鉱石が眠っている。
――まるで、人々にとって有益だと言わんばかりに。
深く潜れば潜るほど、より珍しく価値のあるものが見つかる。
それを求めて人はダンジョンへ降りるが、同時に魔物や罠によって命を落とす者も出る。しかも罠は出現場所がランダムで、どこに現れるか分からない。
だからこそ、ダンジョンは“人を喰う”とまで言われているのだ。
しかし――うちには怪盗ユーディアがいる。
怪盗――英語で言えば“ファントム・シーフ”。
名前からして盗賊の上位職業だ。
不器用すぎて鍵開けは出来ないが、罠の察知や気配感知には優れている……はずだった。
「じゃあ、頼むぞ。ユーディア」
「承知した」
ユーディアのマゼンダ色の瞳が、魔力を帯びてうっすらと光る。何かの技能を発動したようだ。
「この辺は問題ない。このまま進むぞ」
「サンキュー。助かっ――」
ズボッ。
突然、歩いていた俺の体が腰下まで地面に沈んだ。
……落とし穴だ。
「……おい。何が大丈夫だって?」
「む……技能で見た時は何も無かったが……」
ユーディアの手を借りて穴から抜け出す。
浅層だから小さな落とし穴で済んだが、深層では底に鉄の杭が仕込まれていることもあるらしい。
「何の技能を使ったんだよ」
「《注目律》だ」
「……それって、人がモノに向ける感情が分かるやつだよな?」
「そうだ」
「……誰にも踏まれてない罠を察知出来るわけないだろ」
ジト目で詰め寄ると、ユーディアは顎に手を当てて小さく頷いた。
「なるほど……つまり、この罠はダンジョン内で自然発生したものということか」
「そうだよ!そういうのがダンジョンの罠なんだよ!っつーか、他に罠を探知できる技能はないのかよ」
「ない」
……。
…………。
はい?
「いや、お前、怪盗だろ?」
「そうだが?」
「怪盗って……盗賊の上位職業だろ?」
俺の言葉に、ユーディアは眉間に皺を寄せ、やれやれと首を横に振る。
「盗賊の上位職業は“賊徒”や“略奪者”などだ。怪盗はまったく別系統だぞ?」
知らないのか?とでも言いたげに首を傾げる。
「し、し、知るかぁっ――!!」
冒険者がパーティを組む際に身分札を見せ合う理由が、今さらながらよく分かった。
互いにどんな技能を持っているのかを把握していなければ、どう動くか決められず、危険だからだ。
俺は――こいつの使える技能をきちんと理解しないまま、ダンジョンに潜っていたのである。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
罠察知ができないユーディアを後ろへ下がらせ、俺が先頭に立つことになった。
いざという時はコートが防御してくれると信じるしかない。
つまり――俺は囮役である。
「気配くらいは分かるよな?」
「無論だ」
「じゃあ、魔物が近くに来たら教えてくれよ」
役割分担を確認し、さらにダンジョンの奥へ進む。
時折、チャチャ……チャ……と、爪を持つ生き物が岩肌を走るような音が響いてくる。
「……本当に大丈夫なんだよな?」
「今のところ気配は無い」
「本当か? なんか音聞こえるけど……効果範囲ってどのくらいなんだよ」
「私を中心に半径500mだ」
かなり広い。
それなら安心……のはずだ。
だが、さっきから近くで音がしている気が――
「ギュリィーー!」
パァン!
甲高い鳴き声と同時に、コートの裾がひらりと翻る。
魔力が削られる感覚で、ようやく何者かの攻撃を防いだのだと理解した。
「な、なんだ!?」
慌ててランタンを向ける。
「ギュリリリ!」
そこには、黒いイタチのような魔物が毛を逆立て、威嚇音を発していた。
「お、おい! 魔物、普通に近くに来てるじゃないか!」
「ふうむ……」
ユーディアは少し考え、納得したように「あぁ」と声を漏らす。
「私は怪盗だからな。今まで感じ取ってきたのは人の気配だけだ」
「は?」
「魔物は人間より小さく気配が薄い。つまり――」
「つまり?」
ポンコツは、すぅ……と姿を消した。
「――気が付かなかった」
「このアホォーーーー!!!!!」
俺の叫びに反応するように、魔物が「ギュリィー!」と鳴き、勢いよく飛びかかってくる。
パァン!
引っかかれる直前、コートが払うように弾き飛ばす。
その個体は闇の向こうへ消えたが、代わりに周囲から「ギュリリリ……」と複数の声が響き始めた。
――囲まれている!
小型とはいえ、この数で噛みつかれればただでは済まない。
とにかく、魔力が続く限りコートが守ってくれるはずだ。
落ち着け。冷静になれ。
この魔物は確か……シーフラ。
名前は出てくる。だが特徴が思い出せない。
「シーフラ。浅層に群れで生息する、仲間意識の強い魔物。雑食。縄張り意識が強く、侵入者には集団で襲いかかる。引っ掻き、噛みつきのほか、服の中に潜り込むこともある厄介な相手だ」
隣にいる“気配だけ”のポンコツが、図鑑の記述をそのまま読み上げるように説明する。
「弱点が多く、体力も耐性も低い。テリトリーから出るか、数体を退ければ撤退する」
退けるって言われても、こんな素早い生き物をどうやって?
出来ることといえば、襲ってきた個体をコートで弾くくらいだ。
「ちなみに一夫多妻制で、大きなオスが一匹、他はすべてメスで構成されている。背骨に沿って白い線がある方がオスだ。体の大きいオスが群れのボスになり、小さい個体は追い出される」
「今いらんわ!! そんな情報!!」
くそう!
つまりはハーレムかよ! 羨ましい!
「ギュリィーー!!」
再び飛びかかってきた個体を、コートがパァン!と弾く。
だが、弾き飛ばされたシーフラはすぐに体勢を立て直し、こちらを囲んだまま威嚇を続ける。
コートはあくまで防御専門。
攻撃力はほとんど期待できないようだ。
俺は、ただの“歩く図鑑”と化しているポンコツへ向き直る。姿は見えないが、【契約回廊】でそこにいることは分かっている。
「おい、俺にも《無名讃歌》を使ってくれよ!」
逃げるしかない。そう判断して声をかけるが――
「《無名讃歌》は他人に使うと魔力消費が跳ね上がるのだ。無駄な魔力は使いたくない。《影足》で逃げるぞ」
「はぁ!?」
石柱だらけの足場の悪いこの空間で《影足》を使えば、確実に転ぶ。
俺の魔力も体力もゴリゴリ削られるのは目に見えている。
「やっぱ、何体か倒さないと――」
「駄目だ」
俺が火を出そうとした瞬間、ユーディアがその手を掴んで止めた。
「言ったであろう。無駄な殺生は禁ずると」
「言ってる場合か!?」
「怪盗は“命までは奪わない”。本当に危なくなったら《無名讃歌》を使ってやる。だから逃げるぞ」
つまり――ダンジョンで魔物を倒さず3日間過ごすということだ。
最初に聞いてはいた。だが、いざこちらに害をなそうとする魔物に囲まれると、力任せに押し切りたくなる。
……だが、ユーディアとの約束だ。
俺はぐっと魔力を拡散させ、発動しかけた魔法をキャンセルする。
全方位からチャチャ、と爪の足音が迫る。
――本当に逃げ切れるのか?
制御の難しい《影足》で突っ込めば、何匹かは跳ね飛ばしてしまうだろう。
意図せず殺してしまう可能性もある。
……下手に技能は使えない。
どうにか、この状況を打開する方法は――
その時、アホみたいな考えが脳裏に閃いた。
「アルノー君、何をしている? 早く技能を使え」
「……殺生を禁ずるんだろ? なら――」
俺はコートへ一気に魔力を流し込む。
上手くいく保証はないが、試す価値はある。失敗しても《影足》よりも安全なはずだ。
コートは魔力を吸い込み、ぶわりと膨れ上がる。
全身に巻きつき、胴が太くなり、肩幅が広がる。
体は二倍以上の大きさへと変わっていく。
表面はふわふわの毛並みに覆われ、背中には白い線を入れた。
「ぎゅ……ぎゅいーー!!!」
――俺は、全身を巨大シーフラの着ぐるみに変化させた。
野生動物型の魔物だ。
動物は、自分より大きな存在に本能的な恐怖を抱く……はず。
ここは浅層。大型魔物はいない。
小型で群れる生き物なら、臆病な可能性が高い。
突然現れた“巨大個体”に驚いて逃げてくれないか。
そんな淡い期待を込め、恥を捨てて遊園地にいそうな着ぐるみ姿になったのだ。
両手を上げ、なるべく体が大きく見えるようにする。
「ぎゅ、ぎゅりりりーー!!!!」
「――ンフッ……」
背後でユーディアが吹き出す。
くっそ、後で覚えてろよ。
その時。
「ミューミュー」
シーフラが、俺の足元に絡みつき、体をスリスリし始めた。
喉を鳴らし、どう見ても甘えている。
……あ、あれぇー?
「ンッ……アルノー君の……くふっ……たくましい姿に……シーフラのメスが、今のオスから君へ乗り換えたみたいだ。くくくっ」
「は、はぁー!?」
視線を上げると、少し離れた場所に大きめのシーフラが後ろ足で立ち、こちらを見つめていた。背中には白い線――この群れのオスだろう。
ものすごい嫉妬のこもった目で睨んでいる。
ち、違うんだよ?
お前の奥さん達を奪うつもりはないんだよ?
オスのシーフラはチッ、と舌打ちのような声を出すと、そのまま背を向け、トテトテと去っていった。
背中から滲み出る哀愁が切ない。
「待って! 待ってくれ! 違うんだシーフラァーー!」
「ミューミュー」
「くはははは!」
ついにユーディアの“気配”が、腹を抱えて笑い出す。
こ、こいつぅ~!!
「……おいこら、ポンコツ。お前、いつまで《無名讃歌》を使ってるつもりだ?」
「ははは……は?」
腹を抱えて笑い転げていたユーディアは、俺の声にぴたりと止まる。
「魔力の節約……しなきゃダメだよなぁ……?」
「な、何をする気だね?」
わずかにたじろぐ気配。
俺は無言で、着ぐるみと化したコートの袖をぶわりと広げる。
そして――
ユーディアを、気配ごと包み込んだ。
「や、やめろ! 馬鹿者!」
「仲良くしよーぜぇ……?」
「うわぁぁああ!!!」
暗いダンジョンの中。
ユーディアの悲鳴だけが、冷たい岩肌に吸い込まれていった。




