【32】挨拶回り
「おめでとう、アルノーさん」
「技能取得、おめでとうございます」
「頑張ったなぁ!」
「私たち、応援してたのよ」
「本当にすげぇよ」
ローレン先生の最後の講義が終わり、そのまま個人授業をしようということで二人で専門棟の5階へ向かう。
その際、すれ違う先生全員に代わる代わるそんな言葉をかけられた。
中には顔を合わせたことのない先生もいる。
それなのに、皆が俺の名前を知っていた。
――以前、ローレン先生が言っていた「先生達は皆、あなたを応援してるんですよ」という言葉は本当だったらしい。
照れくささと同時に、胸の奥が少しだけ痛む。
これは、本当に俺の実力なのだろうか――そんな罪悪感が、ちくりと刺した。
研究室の扉を開き、いつも通り個人授業用の椅子に腰を下ろす。
「先生方にあんなに祝われると……ちょっと照れますね」
「それほど私たちの間では有名だったんですよ。アルノーさんは」
そう言ってから、ローレン先生は声をひそめる。
「……もしや技能獲得は【師弟契約】の影響ですか?」
「うーん……多分、違います」
ポン子から“何か”をされた結果だ。
今回は【師弟契約】とは、関係ない……はず。
「そうでしたか……。いえ、それよりも、本当におめでとうございます!」
ローレン先生はハンカチで目元を押さえながら言う。
「講義中は泣かないようにしていたのですが……ここへ来て、やっと実感が……」
今日は汗ではなく涙を拭っている。
さすがに少し大袈裟ではないだろうか。
「……あの、アルノーさん。本当に本講義は、取らないんですか?」
「はい。……お金が無いので」
ローレン先生は少しだけ寂しそうな顔をする。
だが、無い袖は振れない。
袖が振れるほど懐が温まったのなら、是非ローレン先生の講義を取りたい。
ついでに、ベレー先生も。
「そうですか……。では、時々にはなりますが、このまま個人授業を続ける、というのはいかがでしょう?」
「え!?いや、それは……」
皆がお金を払って受ける講義を、個人授業で、しかも無料なのはさすがに申し訳なさすぎる。
気が引ける俺に、ローレン先生は人差し指を立てた。
「タダとは言いませんよ」
「……?」
「私の研究を、手伝ってほしいのです」
ーー魔法使いの研究!
なんとも心は惹かれる言葉だが、さっき魔法らしきことができただけのよちよち歩きな魔法使いに務まるのだろうか。
「アルノーさんは、《魔力知覚》と《魔力操作》を獲得されたのですよね?」
「はい」
「実は……この2つの技能はですね、とても珍しく、質も高いことで有名なのです」
ローレン先生は真面目な顔で俺を見つめる。
「この技能は基本的に、貴族に連なる方しか持っていません。それでも授かっている人は極小数です。そして……平民が所持している例は、さらに少ないでしょう。それこそ、皇女様から賜るでもしなければ、ね」
俺の脳内に、白くてふわふわのニコニコ顔のポップコーンが浮かんだ。
――ポン子ォ!!
冷や汗が一気に噴き出す。
マズい。
ポン子の行方不明はミレアス中で噂になっていた。
もし彼女と接触したことで技能を得たと疑われたら――最悪、芋づる式に騎士の件まで辿られる。
誘拐犯扱いされる可能性だって、ゼロじゃない。
俺が内心で修羅場を迎えている一方、ローレン先生はにこやかに俺の手を取った。
「ですから!アルノーさんがこの技能を獲得してくださったことに、とても感謝しているのです!」
「は、はぁ……?」
「私は《魔力操作》は持っていますが、《魔力知覚》はありません。その技能があれば、研究の幅が一気に広がります」
少し興奮した様子で、研究者らしいキラキラした目が俺を捉える。
「講義があるので、長期で細かな魔力調整が必要な研究には手を出せずにいました。かといって、貴族の技能持ちを雇うなんて現実的ではありませんし……もう諦めかけていたんですよ」
――どうやら、ポン子関連ではない。
ホッ、と胸を撫で下ろす。
「つまり、俺の技能が必要な研究……ということですね?」
「はい。月に3~4回ほど、お手伝いいただければ十分です。――もちろん、個人授業の際はお茶とお菓子も用意しますよ」
そこまで頻繁に手伝わなくてもいいのなら、悪くない話じゃないだろうか?
ついでに、ユーディアも【師弟契約】によって俺の基本技能が使えるはずだから《魔力知覚》と《魔力操作》が使えるはずだ。
よし。
あいつも巻き込んでしまおう。
「あの、ちなみに俺の友達も同じく《魔力知覚》と《魔力操作》を持ってるんですけど……そいつも一緒に手伝ったら一緒に個人授業を受けてもいいですか?」
「えぇっ!?お友達も使えるんですか!?もちろんです!是非よろしくお願いします!」
「ありがとうございます!」
かなり食い気味にOKを貰えた。
これでユーディアにも有益なお土産話が出来たな。
「むしろ、そんなに質のいい技能を持っているのでしたら、そのお友達はさぞ素晴らしいご職業を賜っているのでしょうが……私のお手伝いをしていただける時間はあるのですか?」
「大丈夫です。ただの山菜採りなんで」
「山菜採りッ!?なんでです!?」
「それがそいつの天職だったんです」
嘘では無い。野草をもぎって生活費を稼いでいるので、一番職業してるのがそれなのだ。怪盗という職業は最近ではお飾りになりつつある。
「は、はぁ……神々も酷なことをしますね……」
汗をふきふきしたローレン先生は改めて俺に向き直った。
「それでは、改めてーー1ヶ月間の簡易講義、お疲れ様でした。今後は講義の時間以降で、お友達の手が空いている時にでもこちらへいらしてください。研究の内容やお手伝いについて、一度お友達とも顔を合わせてお話ししましょう」
「分かりました。ーー1ヶ月間、ありがとうございました」
本当にいい先生だ。
オブラートが関係していなければ、もっといい先生だ。
俺は手を振るローレン先生にもう一度頭を下げると、魔法使いの研究室を後にした。
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帰る前に他の先生方のところへ挨拶回りをしようと思い立ち、あちこちに顔を出してみた。
知らない先生や受付嬢たちにまで顔を出すたび祝福の言葉をかけられる。
ユノも技能を獲得した時、エドやリナと一緒に挨拶回りをしていた。
技能獲得というのはそれほどまでに喜ばしい出来事らしい。
そうこうしているうちに、すっかり遅くなってしまった。
とっくに閉館時間を過ぎているはずなのだが、挨拶回りをしている俺を気遣って出入口はまだ開けてくれている。
エントランスまで来ると、剣術担当のフレデリック先生の姿があった。
――そういえば、まだ挨拶していなかったな。
最初こそ領主の弟という立場に身構えたが、実際は子供たちに慕われる好青年だ。
講義後に囲まれている姿もよく見かける。
結局剣術は出来なかったが、そのうち《体力系統》が獲得できたら受講しようと思っていた。
「フレデリック先生、1ヶ月間ありーー」
声をかけようとした時、
ーー見えてしまった。
フレデリック先生の魔力量は俺ほどではないが、貴族ということもあり平民の10倍はある。
ーーだが、その魔力が奇妙な色をしていた。
黒に近い赤と濁った青がまだらに混ざり合い、全体が粘つくように淀んでいる。
透明であるはずの魔力がまるで濁った油のように光を通さない。
ーー気味が悪い。
直感的にそう思った。
「おや、アルノーさん。技能を獲得したんですよね?」
フレデリック先生はカツカツと靴音を鳴らし、こちらに近づいてくる。
……先生の魔力から目が離せない。
フレデリック先生はにこやかなのに、中身の魔力の質が異質すぎる。
外側と内側がちぐはぐな存在に、思わず一歩足を引いてしまった。
「アルノーさん、どうかされましたか?」
「あ……いや」
つい、口ごもってしまった。
ーー魔力は十人十色、千差万別だ。
俺が知らないだけで、こういう色の人もいるのかもしれない。魔力だけで人を判断するのは良くない。
「あの、1ヶ月間、ありがとうございました」
何とか絞り出した声に、フレデリック先生はキョトンと目を瞬かせ、「ははは!」と爽やかに笑いかけてきた。
「おかしな方ですね。アルノーさんは私の講義を受けてないでしょう?お礼を言うなら、ベレー先生では?こんな時間まで探していては皆さんにご迷惑ですよ。……そういえば、授かったのは《体力系統》の技能では無かったんでしたっけ。機会があればいずれ私の講義でもーーと思っていましたが、どうやらそれも難しそうですね。残念です」
いつもの爽やかフレデリック先生かと思ったが……随分と棘のある言い方だ。
捻くれた俺が翻訳するなら、
「剣術講義にも出られず《体力系統技能》すら無いお前が挨拶回りなんて、甚だしい。今後も剣術を教える機会は訪れないだろう」
というのを、オブラートに包んだような言い方だ。
ローレン先生とは真逆である。
……この野郎。
「……いやぁ、貴族でもこの年齢で技能獲得は珍しいんですよねぇ?未熟な身ではありますが、1度あることは2度あるとも言いますし、神々からの恩寵がまだ続くかもしれません。その時はぜひ、拳闘士や弓使いの講義を取れるように努力と研鑽を積み上げて行きたいと思いますよ〜」
お前には俺みたいな真似無理だろうなぁ!今度は《体力系統》も獲得してやるよ。その時は、お前の剣術なんて目にもくれてやらんわボケ!
……という内容を、極厚オブラート三重包みにしてお届けした。
ローレン先生、見てますか。
これが“包む”ということですよ。
ピクリ、とフレデリック先生の眉が動く。
どうやら中身はしっかりと届いたようだ。
「……その幸運が、いつまで続くか」
「さあ。努力でも神々に認めていただければ、と思っています」
視線と視線がぶつかり合う。
バチバチと火花が散るかのごとく、笑顔で睨み合った。
ーーその時。
「うおおおおおおんッ!アルノーッ!技能獲得おめでとうッ!」
エントランスに響き渡る、野太い声。
「え、ベレー先生?」
号泣しながら全力疾走してくる巨体。
ベレー先生だ。
「先生はッ!先生はッ!!嬉しいッ!!」
「あの、それはさっきも……」
「君ならッ!《体力系統》獲得もッ!夢じゃないッ!本講義を取れッ!アルノーッ!!」
「いやちょっと、お金無くて……」
俺が言い切る前に、ガシィッ!と太い腕が俺の体に巻き付く。本日2回目のハグだ。
「ぐ、ぐるじっ……!」
「先生はッ!寂しいッ!君がッ!明日からッ!来ないなどッ!」
……そういえばベレー先生の講義は俺以外居ない。
なるほど、この先生……寂しくなってしまったのか。
だとしても本講義を強要するのは良くない。
「本講義をッ!取れェーーーッ!!!!」
「無理でぇーーーすっ!!!」
無い袖は振れないのだ。
しかしベレー先生はその無い袖すら引きちぎってきそうな勢いである。
フレデリック先生をチラリと見ると、俺を置いてスタスタと帰っていくようだ。
……助ける気ゼロかよ!
「うおおおおおおおんッ!!」
結局、騒ぎに気づいた他の先生方が駆けつけ、
俺からベレー先生を引き剥がすまで――
俺の服は、
先生の涙ですっかりぐしょぐしょにされてしまった。




