【31】技能獲得の報告
「走れッ!走れッ!走れッ!」
「はいっ!」
「まだだッ!君のッ!速度はッ!そんなものかッ!」
「いいえっ!」
「よぉしッ!その意気だッ!止まるなッ!進めッ!走れェッ!」
「はいっ!」
ベレー先生の講義は、いつものように苛烈を極めていた。全力疾走40週目だ。
しかし、今の俺は前とは違う。
このベレー先生の講義があったからこそ、あの騎士との戦いで生き残れたのだ。
足はガクガク、腕もプルプル。
全身から汗が吹き出して倒れそうだ。
それでも。
「技能が無くともッ!」
「腕があるっ!!」
「魔力が無くともッ!」
「足があるっ!!」
「魂を燃やせッ!」
「命を燃やせっ!!」
「走れェッーーー!!!!!」
「うおおおおおおおお!!!!!」
これまでの感謝と、敬意を表してーー
俺は体力の全てを使い切って走った。
今日は職業訓練所の1ヶ月間の簡易講義ーー
その最終日だからだ。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
今にも崩れ落ちそうになる足を叱咤し、俺は壁に背を預けながらどうにか立ち続ける。
「……ベレー先生っ……!これまでっ……1ヶ月間っ……ありがとうっ……ございましたっ……!」
結局、《体力系統》の技能は取得できなかった。
それでも――それでもだ。
ベレー先生の講義を、最後まで受け切れたことに悔いはない。
「アルノーッ!本当にッ!君はッ!よくやったッ!」
仁王立ちするベレー先生の胸の辺りには、燃え盛らん程の真っ赤な魔力が渦巻いている。魔力を見ているだけなのに、何故かこっちが暑くなってくる。
「最後までッ……私の講義を受ける生徒はッ……いないッ……!それをッ……君はッ……君はッ……!」
――泣いていた。
直立したまま、満面の笑顔で、滝のような涙をまるで壊れた水門のようにドバドバと放出している。
「先生は嬉しいッ!本当によくやったッ!例え技能がッ!手に入らないとしてもッ!君にはッ!かけがえのないものがッ!手に入ったはずだッ!」
「はいっ!」
「それはッ!何だッ!?」
「筋肉ですッ!」
「素晴らしいぞッ!アルノーッ!そうッ!筋肉はッ!裏切らないッ!」
「ありがとうございますっ!筋肉はっ!裏切りませんっ!」
一見、会話が成立しなさそうなベレー先生だが――
俺はこの一ヶ月で、ひとつの真理に辿り着いていた。
ーーそう、パッションである。
つまりは、情熱的に、熱血的に、脊髄反射で喋ればベレー先生も話を聞いてくれるのだ。
この事実にたどり着くまで、一ヶ月。
まともに会話ができるようになったのが、ほんの数日前なのだ。
「この先ッ!どんな苦難がッ!訪れようともッ!君ならばッ!乗り越えられるッ!この私がッ!保証しようッ!」
「はいっ!力の限りっ!限界を超えてでもっ!乗り越えてみせますっ!」
「そうだッ!魂を燃やせッ!!」
「はいっ!命、燃やしますっ!」
2人で「うおおおおお」と雄叫びを上げる。
他の講義を受けている子供達が「やべぇよ……」「頭まで筋肉にされちまう……」と怯えているが、知ったことでは無い。これがベレー先生との、パーフェクトコミュニケーションなのだ。
さて、そんなベレー先生に報告するのは気が引けるが、彼は俺の恩師だ。ちゃんと授かった技能の事を報告すべきだろう。
「ベレー先生っ!ご報告がありますっ!」
「何ッ!?筋肉かッ!?」
「そうですっ!」
「どんな筋肉だッ!?」
「実はっ!俺、《無系統》の《魔力知覚》や《魔力操作》の筋肉をっ!授かりましたっ!」
パッションマシマシでそう報告した。
他にもあるのだが、さすがに《怪盗系統》や《暗殺系統》は言いづらい。
すると、
「お、おお、うおおおおおおおおおおおおおッ!!」
満面の笑みでベレー先生は空を向き、男泣きしていた。涙で先生のタンクトップがビショビショである。
「おめでとうッ!おめでとうッ!!先生ッ!嬉しいぞッ!アルノーッ!君は成し遂げたのだなッ!素晴らしいッ!筋肉だッ!!」
筋肉のことしか考えてないのかと最初は思っていたがーーこの人も先生なのだ。生徒の成長を純粋によろこんでくれる、とてもいい人だった。
突然、ベレー先生は空から視線を戻し、両腕を大きく広げた。
次の瞬間。
――ガシィッ!
俺の胴体ほどもある剛腕が両側から容赦なく締め上げてきた。
「あ、あのっ!ベレー先生、苦しッ……!」
「先生はッ!信じていたぞッ!よくやったッ!よくやったッ!!これは筋肉だからこそッ!成し遂げられたのだッ!君のッ!筋肉の賜物だッ!うおおおおおんッ!!」
つ、潰れる潰れるッ!
だがしかし、ベレー先生に抵抗などできるはずもない。
今の俺は、完全にサンドイッチの具材になった気分だった。
「うおおおおおおおおんッ!!」
にこやかに流す涙が俺の服をビショビショにし始める。まだその量が出るのかよ!先生、干からびるんじゃないのか!?
為す術なく、俺はベレー先生の剛腕に抱き潰されるのだった。
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「それでは、1ヶ月間の簡易講義……その最終日となります。皆さん、これまでの復習をしましょう」
ベレー先生に抱きしめられてちょっと薄くなった気分の俺は、ローレン先生の最後の講義にも出ていた。
俺達生徒の前には、火のついた蝋燭がある。
「では、まずは簡単な魔力操作を使って、蝋燭の火に変化を与えましょう。大きくしてもいいですし、水や風で消しても構いません」
一番最初に講義を受けた内容と同じだ。
しかし……あの時の俺とは違う。
ローレン先生をチラリ、と見る。
驚いた事に、ローレン先生は俺やポン子と同等の魔力を持っていた。
市民街でこの魔力量はまず見ない。
体から溢れんばかりに、ローレン先生らしいポヤポヤした光が見える。
春の新芽のような、瑞々しく綺麗な若緑色の魔力だ。
ローレン先生と目が合う。
にこりと応援するかのように微笑んでくれた。
見ててください、俺の成長を。
ーーと言っても、これはポン子から貰ったものだけど。
今は俺の技能なので、俺の実力である。
そういうことにしておこう。
俺は意識を集中させる。
「ーー《魔力操作》」
そう唱えると、俺の体から溢れるパヤパヤした紫色の光が、完全に俺の制御下におかれた。
《魔力操作》はその名の通り、自分の魔力を自在に動かす技能だ。まるで自分の身体の一部のように、魔力を動かしたり、体から手のように伸ばしたり、好きな形にできる。
だが、魔力を動かせるだけであって、別にこの魔力で何か出来る訳でもない。動かした魔力が当たると、ちょっと風が当たったか?程度の変化だ。
今のところ、使い道が特に思い当たらない。
だがーー。
俺は溢れる魔力をかき集め、コネコネと粘土のように手の形に整え、蝋燭へと伸ばす。
魔力で火を“つまむ”ようにして――
フッ……
いとも簡単に、蝋燭の火は消えた。
《魔力知覚》と《魔力操作》。
この二つがあるからこそ、感覚ではなく魔力の形を理解して、細やかな操作を行える。
逆に言えば、この技能を持たない子供たちはどんな風に魔力が動いているのか分からず、完全に勘頼りで動かすことになる。
今の俺とは難易度がまるで違うのだ。
「アルノーさん?火が消えましたが……」
ローレン先生が驚いた様子でやってきた。
「すみません、湿気ってましたかね?今、新しい蝋燭を……」
新しい蝋燭の準備をするローレン先生に、俺はドヤ顔を向ける。
「ローレン先生……俺、技能覚えちゃいました」
「………………はい?」
久しぶりに、ローレン先生がNow Loading中のような顔をする。そして、ハッとした顔を俺に向けてきた。
「え、え、えぇっ!?あの魔法使いには絶対に向いてないアルノーさんがですか!?!?」
「先生、オブラート……」
「いや、まさか、だってまだひと月……アルノーさん、少々失礼します!」
ローレン先生の若緑色の魔力がふわりとうねり、
蝋燭の周りに薄く広がっていく。
……何かの技能を発動させたみたいだ。
《魔力知覚》はどうやら魔力の量だけではなく、使った瞬間やどんな風に魔力を動かしているのかまで分かるらしい。
「……た、確かに、魔力の痕跡が見られますッ……!」
火の消えた蝋燭を凝視したローレン先生は、信じられないという顔で俺を見る。
「本当に《魔法系統》の技能を!?」
「魔法じゃなくて、《無系統》の《魔力操作》と《魔力知覚》って技能ですね。魔力を感じたり、動かせるようになりました」
「ふ、2つも!?魔力を感じて、動かせる!?ほ、本当に……?」
なおも疑うように、先生は身を乗り出してきた。
「……で、では、アルノーさん。今度は逆に、蝋燭に火を灯してみてください」
「えっと……どうやって?」
「魔力の波長を変えて、熱を持つようにするのです。難しいですが、もし《魔力操作》があるのでしたら、魔力の波長をどうにかするだけで魔法に近い効果を発現させられます」
めちゃくちゃ早口だった。
周囲の子供たちは、完全に置いていかれてポカンとしている。
波長……?
波長ってなんだ?
確かに人によって魔力の感じが違う。
なんというか、光のように浮いてたり、炎のように燃えていたりする。
あとは……色?
波長がどうとかは分からないが、草木魔法が得意なローレン先生の魔力の色は若草色だ。
もしかすると、属性みたいなものかもしれない。
……魔力の色を変える……とか?出来るのか?
火なら……赤色とか?
俺は《魔力操作》で、自身の手のひらから溢れる紫色の魔力を、ちょちょいと弄ってみる。
ーー赤く、なれ。
……あ、少し色が赤っぽくなった。
行ける気がする。
ベレー先生のような燃えるような赤色を目指してみよう。
手のひらに魔力を集めて、魔力の濃度を上げる。
赤くなれ〜……
赤くなれ〜……
その瞬間。
ボボボボッ!!!
手のひらから、真紅の炎が噴き上がった。
炎はバスケットボールほどの大きさになり、手のひらの上に浮かぶ。
突然の発火にビビったが――不思議と、熱くない。
だが、周囲は違った。
「熱っ!?」
ローレン先生が慌てて距離を取り、近くの蝋燭がドロリと溶ける。
俺は慌てて手を握り、魔力を霧散させた。
火の玉も、それに合わせて消える。
ーー俺、俺……っ!!
「ーー魔法、使えましたっ!!」
「うわあああ!!アルノーさ〜ん!!」
振り向くより早く、ローレン先生が俺に飛びついてくる。
「おめでとうございますっ!本当におめでとうございますっ!技能を獲得出来たのですね!!」
魔法が使えた感動より、ここまで喜んでくれるローレン先生に俺は嬉しくなる。本当にいい先生に恵まれた。
「アルノーさんには絶対無理だと思ってた時期もありましたが、才能ゼロでも夢はかなうんですねぇ〜!」
「先生ェッ!」
惜しい!
オブラートさえあればもっといい先生なんだけどな!
「皆さん!見てください!18歳を超えたアルノーさんが、技能を獲得しました!これは王国でも数えるほどしかいない、非常に稀なことです!」
子供達が「すげぇー」「ベレー先生んとこの人だ」「魔力わかんなかったのに!?」と口々にいい、尊敬の眼差しを向けてくる。
ふふふ、その視線は悪くない。
これまで「また居る……」みたいな目で見られて、尊厳がゴリゴリ削られ続けていたのだ。
俺は胸を張り、大人げなくドヤ顔を決める。
さぁ、崇めろ子供たち。
「彼は、真に“努力”の人です!例え一片の可能性が無くても、ひたむきに努力をしたその姿に、神々が応えてくださったのです!」
――いや、それはちょっと盛りすぎだ。
何せ、技能はポン子から貰ったものだ。
これ以上話を大きくされると、胃が痛い。
子供たちからの尊敬の視線も、ちょっと痛くなってきた。
先生。
ハードル、もう少し下げてもらえません?
「皆さんも、アルノーさんのように努力を重ねましょう!きっと神々は見てくださってますよ!」
「「「はーい!」」」
ーー尊敬の眼差しは、慣れないと胃に来る。
そんなことを思いながら、
俺は笑顔のまま、静かに胃の辺りを押さえるのだった。




