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極悪非道もサジ加減!~ポンコツ怪盗の弟子になった俺は、悪事で悪党共を救う〜  作者: 一二三 五六
【第1章】怪盗は夜空を舞い、弟子は宙を仰ぐ

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【閑話3】ルルシェラ嬢 一夜限りの大冒険

怪盗さんに背負われたお友達が落ちないよう、わたくしは後ろからそっと手を添えながら歩きます。

向かっているのは市民街の方でしょうか。


「なぁ、お前、騎士から逃げてきたんだよな?何があったんだ?」


背中越しに怪盗さんの声が届きました。


……胸の奥が、きゅっと縮みます。

とても、とても言いづらいのです。


「あなたに逢いたくて、家を飛び出てきた」なんて。


答えを探して言葉に迷っているうちに、紺色だった空の端がじんわりと淡く白んでいくのが目に入りました。


「……朝……?」


思わず声が漏れます。


夜の次に、朝が来る。

それは知識としては知っていました。

けれど――こうして夜がほどけていく瞬間を見るのは、初めてでした。


わたくしは侍女たちが起こしてくれるまでベッドから出てはいけません。

わたくしが勝手に起きてしまえば侍女たちは「もっと早く起きなければ」と無理をしてしまうからです。


だから、わたくしが目を覚ますのはいつも

身支度がすべて整い、空が青々と輝き出した頃。


夜と朝のあいだを、わたくしは今まで知らなかったのです。


「随分駆け回ったからなぁ」


怪盗さんはまるで散歩の続きを語るようにのんびりと言いました。

きっと彼にとっては見慣れた景色なのでしょう。


「……夕日とは、違うのですね」

「夕日は赤いけど、朝焼けは白っぽいんだよ。早起きすればいくらでも見れるんだから、いつまでも寝ていないでもっと早起きしろよな」


……そもそも早起きなんてした事がありません。

わたくしに、出来るのでしょうか。


「早起きがダメなら、また夜更かしすればいいさ」

「……はい」


そのお言葉に、胸の奥が少しだけ温かくなりました。


やっぱりこの人は、わたくしが考えていることを当たり前のように言い当てます。


もしかすると、わたくしと同じ技能を持っているのかもしれません。


彼との共通点を見つけて、少しだけ嬉しくなりました。


遠くから人々が動き出す音が聞こえてきます。

戸が開く音、足音、朝の気配。


わたくし達はその音に包まれながら、

さらに細く、さらに静かな道へと進んでいきました。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「ここが俺ん家」


案内されたのは小さな小さな小屋でした。

平民は小さな家に住んでいると侍女から聞いたことがありますが、まさかこんなに小さいなんて……!


まるで秘密基地みたいで思わずドキドキしてしまいます。


怪盗さんは当たり前のようにその中へ入っていきました。

わたくしも、わくわくしながら後に続こうとして――はっと、足を止めます。


――異性の家へ上がるのは、はしたないことでは?


確か、侍女のマリーが言っていました。

マリーの旦那様が、マリーのいない間に女性を家へ上げたことがあったそうです。それを知ったマリーは旦那様を叱った後、「はしたない女性です!」と、その女性にとても憤慨していました。


たとえお友達でも異性の家に上がるのは、“はしたない”行為なのかもしれません。

マリーが言っていたのでその可能性はかなり高いです。


うぅ……今更になって恥ずかしくなってきました……。


「信じられないかもだが、ここは俺達の住んでるところだ。掃除はしてあるから入ってこいよ」


手招きされ、わたくしは意を決して小屋の中に足を踏み入れました。


……わたくし、はしたない女だと思われないでしょうか?


不安に胸がきゅっとなる中、ふと、カチカチ……という音が聞こえてきます。音の方向を見ると、怪盗さんがベッドの脇に座り込み、腕を抱えていました。

身体は小さく震えていて、とても……怖がっているように見えます。


カチカチという音は、怪盗さんが恐怖で歯の根が合わない音でした。


怪盗さんは、とても勇敢な方です。

けれど、怖くないわけではないのです。


きっと、ようやく安心できる場所へ戻り、押し留めていた恐怖がやっと表に出てきたのでしょう。


そんな怪盗さんの隣へわたくしはそっと近づき、腰掛けました。


たとえ、わたくしが言葉に詰まってしまう悪癖を持っていたとしても――

この言葉だけは、伝えなければなりません。


「……ありがとう、ございました」


心からの感謝を込めて。


黒い瞳がわたくしを見つめます。

勇敢で、優しくて、それでも普通の人と同じように恐怖を感じる、あなたへ。


どうか、この気持ちが伝わりますように。


「……助けて、いただき……ありがとうございました」

「……いいっての」


……少しだけ、震えが止まったように見えました。


……。


……なんだかわたくし、急に眠くなってきました。

考えてみれば、いつもならとっくにベッドの中にいる時間です。


身体を預けると怪盗さんがそっと支えてくれました。


その腕はとても温かくて――

不思議と安心できました。


そのままわたくしは、深い眠りへと落ちていったのです。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



ふと、誰かが動く気配でわたくしは目を覚ましました。


目をこすりながら薄く開けると、寝癖のついた怪盗さんがわたくしを見下ろしておりました。


「… ……おはようポン子」

「……っ、はい」

「はい、じゃなくて、おはような。挨拶の基本だぞ」


そう言って、怪盗さんは少しだけ眉をひそめます。


わたくしの朝はいつも侍女達から挨拶をされるだけでした。自分から挨拶を返すなんてほとんどしたことがありません。


でも……わたくしも挨拶を返した方が怪盗さんも喜んでくれそうです。わたくしは彼を真似して、微笑みながら挨拶をしました。


「おはようございます」


怪盗さんは一瞬きょとんとした後、

ふっと満足そうに頷きました。


それから彼は立ち上がり、眠っているお友達さんのポケットから、黒い石を一つ取り出します。


奥の方へ行き、その石を使って何やらカチカチと音を立て始めました。


……なにを、しているのでしょう?


「あっづ!?!?」


突然、黒い石から火花が散り、

怪盗さんの方へ跳ねました。


その瞬間――


わたくしは怪盗さんの中から、ぞっとするほどの恐怖が湧き上がるのを感じ取ってしまいました。


わたくしは慌てて彼に駆け寄り、火傷と()()()()()()()、技能で治して上げました。


「……サンキュー、ポン子」

「……っ、いえ……」


お役に立てたようで、嬉しいです。

これまで“加護”や“技能を授ける”以外で頼られることなんて無かったので、なんだか初めて人のお役に立てたような気分になってきます。


「なぁ、お前、火とか出せない?」

「?」

「飯、作ってやるから」


火魔法の技能は持ってません。

仕方なく、()()()()()()()()()()()()()()

指の上に火を灯すだけの簡単な技能です。


「おお、すげぇ!やっぱ魔法使えるんだな。じゃあ、ここのかまどに火をくべてくれ」


指示された所へ火を飛ばすと、怪盗さんはまたわたくしを撫でてくださいました。

怪盗さんは火の上で鍋をぐるぐると回します。お料理を作るところ、初めて見ました。


「ん?味見するか?」


お味見って、本当にするのですね!

お腹ぺこぺこでしたので、差し出されたスプーンを手に取り、ワクワクと口に運びます。


「???????」


おかしいです。

味がしないのです。

何度お味見しても全然味がしないのです。

もしやわたくし、味オンチになったのかもしれません。


「ははは、味しないだろ?まぁ、変な味しないって事は、腐って無いって事だ。食べれはするから好き嫌いとか言うなよ」

「……」


……平民の方は、味のしない物を召し上がるのですね。


お腹は空いていますが、これは少し悲しいです。

ですが――


……そうです!

味をつける技能を作ればいいのです。


お料理はしたことがありませんが、食べたことのある“味”を再現できればきっと大丈夫でしょう。


「《神の舌》」


出来たばかりの技能へ、そっと魔力を流します。

パチチ、と小さな音を立てて魔力が鍋へ溶け込んでいきました。


――成功ですっ!


「ポン子、これ、お前が?」


一口食べて驚いた怪盗さんへ、わたくしはこくこくと頷きます。喜んで頂けたでしょうか?


「ありがとな、ポン子」


手招きされて近づくと、また頭を撫でられます。


……わたくし、もしかして動物みたいに扱われていませんか?


その時――怪盗さんのお友達さんが目を覚ましました!

怪盗さんはずっと心配されていたので、すぐお友達さんの元へ駆け寄ります。


おふたりはお互いに何かを話しているようですが、

なんだかとても暖かい気持ちがこちらに流れてきます。


「あぁ、なんかポン子が技能で残飯スープに味をつけてくれたんだよ。すげぇよな」

「……っ」


突然わたくしにも話を振られ、思わず頭を下げました。それほどでもないですが……でも、嬉しいです。


「よし。……おーいポン子、そこにある器にスープを盛ってくれ」

「っ!」


お願いされちゃいました!

こうして技能以外で頼られるのは嬉しいです。

わたくしがスープを持ってくると、怪盗さんは食べずに、お友達さんとわたくしにスープを渡してくださいました。

本当にお優しい方です。


3人でベッドに仲良く腰掛けます。

テーブルを使わない食事も初めてです。


「さぁどうぞ。召し上がれ」

「いただきます」

「……ます」


一口食べた瞬間、さらにお腹が空いた気がしました。

こんなにも空腹を感じたことがなかったので、夢中でスープを口に運びます。


二本の棒のカトラリーは使い慣れませんが、今日だけはお作法に目をつぶっていただきたいです。


食べ終えて一息ついた頃、怪盗さんがわたくしへ尋ねました。


「……で?ポン子。お前、なんで騎士に追われてたんだ?」


こ、答えにくい質問です……


言葉に詰まっていると、怪盗さんは察したのか質問を変えてくださいました。


「帰る場所はあるのか?逃げてきたみたいだけど……家に戻っても大丈夫か?」


……少し勘違いされているようですが、わたくしが勝手に飛び出して来ただけなのです。

わたくしは、コクリと頷きました。


「家の場所、分かるか?」


首を横に振ります。

侍女が居ないと、貴族街も満足に回れません。


その時、「ふむ……」とお友達さんが声を上げました。


「ならば、自衛団に任せるとしよう。衛兵に渡すと、調書だの身元確認だので面倒になる。“迷子を保護して詰所まで案内した”――この形が一番自然だ」


「それでいいか?ポン子」


これ以上、ご迷惑をかけるわけにはいきません。

わたくしは、小さく頷きました。


どうやら、怪盗さんが送ってくださるようです。


――見返りもなく、ここまでしてくださったのです。

せめて、誠意をお見せしなければ。


「あのっ……お礼……っ……を……」


ーー出来る限り、何でもします。

ーー技能でも、祝福でも。


そう言いかけたわたくしに、怪盗さんは少し悩んだあと、口を開きました。


「大金貨2000枚とか?」

「ふぁっ!?」


まさかの現金でした!

それはそれで用意は出来なくもないですが、2000枚は重いので運ぶのが大変です……この小屋に入るでしょうか?


「ならば――」


今度はお友達さんが声を掛けてきました。


「何か換金性の高いものはあるかな?先の戦いで服がボロボロになってしまってね。宝石でも、指輪でも、ネックレスでも構わんのだが」


こちらも、技能や祝福ではないようです。

ですが、換金性の高いもの……?

宝石なんて、パジャマの私が着けるはずもありません。


わたくしは悩んだ挙句、マントをお渡ししました。

これならお洋服の代わりになりますね!


「……感謝しよう。白牡丹の君よ」


喜んでもらえて何よりですっ!

それをなんだか憐れむように見ていた怪盗さんは、わたくしの方へ振り向きます。


「それじゃ、行くぞ。ポン子」

「っ……はい」


手を引かれ、わたくしは小屋を後にしました。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



狭く入り組んだ悪路を、二人で歩きます。

ミレアスにこんな細い道があるなんて。


「はぁ、それにしてもさ。お互い、散々な夜だったな」

「……っ、……」


ーーそんなことないです

ーー怪盗さんに会えましたから

ーー怖かったですが、楽しかったです

ーーおふたりが無事で良かった

ーーわたくしの能力以外で頼られたの、初めです

ーーお役にたてましたか?


言いたいことはこんなにもあるのに……喉の奥で言葉が絡まり、形になりません。

また、黙ってしまいました。


……すみません、怪盗さん。


「ポン子さ、あんまり平民と喋っちゃダメとか言われてんの?」


はっとして顔を上げます。


「っ!……いいえ」

「えっ、そうなのか?」


違います。

本当は、喋りたいのです。


確かに、怖い人もいます。

レオニス様のような方も、貴族にはいます。

それでも――身分なんて関係なく、わたくしは仲良くしたいだけなのです。


「俺とお喋りはしたいのか?」

「……はい」

「なら、なんで時々無言なんだ?」

「……」


胸が、ずきりと痛みました。


……怪盗さんにも言われちゃいました。


時折、訪ねてくる貴族などで、わたくしの悪癖を知らないと「無口ですね」ですとか「無言ですか」と言われ、冷めた感情が伝わってくるのです。


彼にも……嫌われてしまったでしょうか。

ですが、彼からは冷たい感情は伝わってきません。


「うーん……ポン子はさ、喋る前になんか色々考えてるよな」

「……はい」

「作法とか、言葉使いが関係してるとか?」

「っ……」

「話す事が思いつかない、とか?」

「……」

「言葉が出てこない、とか?」

「っ、はいっ」


そう!そうなのです!

怪盗さんは少しずつわたくしを理解しようとしているのです!


きっと、心を読む技能でわたくしの気持ちを見抜いてくださったのでしょう!


「じゃあ、考えすぎで言葉が決められない?」

「っ、はい」

「えーと、お喋りは本当はしたい?」

「はいっ」

「なら……喋りたいことがありすぎて、絞れない?」

「はいっ!!」


大正解です!大当たりです!満点回答です!

そこまで見抜いた方は、これまで誰も居ません!


「はいっ!はいっ!」

「そっか。お前、本当はお喋り好きなんだな?」

「はい!」


胸が、じんわりと温かくなりました。

初めてです。

こんなふうに、わたくしを“理解しよう”としてくれる方は。


「俺も、お喋りは好きだよ。いつかポン子とも、カフェとかでダラダラと駄弁りたいわ」

「っ!……」


……カフェ。


平民がお茶を飲みながら話す場所だと聞いた事があります。

けれど、わたくしはきっとまた言葉に詰まってしまうでしょう。


そんな不安を、怪盗さんは見透かしたように続けました。


「……自分が相手じゃ、お喋り出来ないかもとか思ってんの?」

「……」

「なぁ、そんなに喋る事に悩むならさ」


彼は、なんて事ない風に言いました。


「全部、紙に書き出しとけばいいだろ?」

「ーーっ!」


――雷が、落ちたような衝撃でした。


あぁ。

そうすれば、よかったのです。


時間をかけて。

一つずつ、準備すれば。



ーー楽しく、お喋りが出来るかもしれません。



「じゃあ、お喋りしたい内容をリストアップしてきてくれよ。次会う時に、俺が順番に聞いてやるからさ」


そう言って、怪盗さんは微笑みました。


「それも立派なお喋りだろ?」

「ーーはいっ!」


胸の奥が、ぱっと明るくなります。


ーーお喋りの約束を、してしまいましたっ!


何を書きましょう?

何から話しましょう?

次に会えたら、何を聞いてもらいましょう?


考えるだけで、胸の中の楽しみな気持ちが、風船みたいにふわりと膨らみます。


足取りも軽く、夢見心地のまま、

わたくし達は人の行き交う広い道へと出ました。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



ミレアスはいつも賑わっておりますが、こんなに賑わっている市民街を歩くのは初めてです。

すごい人で、目が回りそうです。


「それにしても……お前も便利な技能持ってるよな」

「?」

「炎出したりとか、料理に味をつけたヤツとかあっただろ。……あ、炎は魔法のようなもんか」


技能を持っているというより、作ったのですけれど……

なんだか、怪盗さんが浮かばない顔をされています。


「はぁ……」

「?」

「あ、悪い。俺も、魔法使いたいなぁって。でも俺、魔力ってのを感じられなくてさ……」


魔力を、感じられない?

怪盗さんの魔力はこんなに沢山あるのに?


「今度お喋りする時にでも、魔力の使い方を教えてくれよな。あ、忘れないようにリストアップ頼むわ」

「……っ」


お喋りの話題が増えましたっ!

後で必ず紙に書き出そうと頭の隅にしっかりと置いておきます。


ふと、怪盗さんが誰かを見つけたようで足早に駆け寄っていきました。

何か話しているようですが、わたくしには分かりません。

邪魔をしてはいけないと思い、怪盗さんの背後にそっと身を隠して様子を伺います。


「ーーって、そこの嬢ちゃんは……」

「なんか、近くで見つけたんです。迷子っぽかったから、自衛団詰所まで案内するつもりだったんですよ。な、ポン子」

「っ、はい」


わたくしが小さく頷いた、その瞬間でした。


男の方は、まるで雷に打たれたかのように目を見開き、次の瞬間、地面に額を擦りつけました。


「こっ、これはっ!ルルシェラ皇女殿下ッ!!」


――あぁ。


胸の奥で、何かが静かに音を立てて崩れました。

夢のようなふわふわした感覚が、一気に現実へ引き戻されます。


「お初にお目にかかります!どうか、我らに女神の祝福をお与えくださいッ!」

「えっ、ちょ、ガルドさん?」


その声を合図にしたかのように、周囲の人々が次々と膝を折り、頭を垂れます。


「このお方は、祝福の神ルルシェリエールリーヌより寵愛を受けた、現人神(あらひとがみ)!アーヴァンテール王国の第5皇女殿下であらせられる、ルルシェラ=フロウ=リリエール・アーヴァンテール皇女殿下、その方であらせられるぞッ!?」


その宣言に、怪盗さんは言葉を失い、ただ呆然とわたくしを見つめていました。


……そうなのですね。


わたくしが皇女だと知らなかったから。


だからこそ、あんなふうに気さくに話してくださったのですね。




もう――同じでは、いられません。




つい先ほどまで胸を浮かせていた気持ちは、

まるで足元が抜けたように、すとん、と落ちていきました。


怪盗さんは、近寄ろうとする人々を制しながら、わたくしを建物の中へと案内してくださいます。

何かを話しているようでしたが、その声はもう、耳に入りませんでした。




ーーこれで、良かったのです。




皇女だと知られないままなら、

きっとまた、わたくしはご迷惑をおかけしていたでしょう。


怪盗さんは、怪盗さんの道を。

わたくしは、わたくしの道を。


もう交わることはありません。

たとえ再び会えたとしても、今度はきっと――

他の方々と同じように、頭を下げられてしまうのですから。



……ほんの一夜でしたが。

とても、素敵な思い出になりました。



まるで、対等なお友達が出来たみたいだったのです。



この思い出だけで、私は十分です。

それ以上は、望みません。



――その時でした。



立ち去ろうとした怪盗さんが、

いつもと同じ調子で、こちらを振り返ったのです。


「それじゃあな、ポン子。もう1人で夜に出歩くんじゃねーぞ。次会う時は、一緒にお喋りしようぜ」


ーーいつも通りの、彼でした。

ちょぴりわたくしをお菓子だと思っている、いつも通りの彼だったのです。


そしてーーわたくしが皇女だと知っても、お喋りのお約束を取り消さないでくださったのです。


「ーーはい!」


まだ、お友達でいてくださるのですね。

胸の奥が、じんわりと温かくなりました。


――そうです!まだ怪盗さんにお礼をしていません!


わたくしは彼のもとへ歩み寄り、しゃがむようにお願いしました。

彼は戸惑いながらも、騎士のように膝を折ります。


ーー相変わらず、わたくしのことをお菓子のように思っているようです。こんな騎士は、世界中探してもどこにも居ないでしょう。


……でも、そんな変わらないあなただからこそ、わたくしは好ましいと思うのです。


わたくしは、彼の顔を優しく包み込み、額に口付けをしました。


「ーー貴方に、神々のご加護があらんことを」


魔力を感じる力を。

魔法へと至る道を。

そして――温かな味のある食事を。


ささやかな祝福と、

ほんの少しの贈り物を、

この方へーー。


驚いた顔で怪盗さんがわたくしを見つめます。


他の人には内緒ですからね?


わたくしは、以前()()()()に教えていただいたように、人差し指を口元に当てました。


「しぃー」


怪盗さんは、ポカン、としたお顔をしておりました。


そんな表情、初めてです。


勇敢で優しい怪盗さんの新たな一面を見つけ、

わたくしは少し嬉しくなりました。

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