【閑話1】ルルシェラ嬢 一夜限りの大冒険
ルルシェラ視点の閑話が3話ほど続きます。
ちょっと長いのでご容赦ください。
「本日より、騎士スルシャーナ殿の代わりにルルシェラ様のお付きとなりました、レオニス=ガーランドです。お初にお目にかかります、『恩寵の神子』様」
昼のお稽古事の際、新たに専任された近衛騎士がわたくしに挨拶をしてきました。しかし、『恩寵の神子』という呼び方はあまり好きではありません。
ほんの少しだけ、気持ちが落ちてしまいます。
「噂には聞いておりましたが、なんと美しい方でしょう」
レオニス様は騎士の礼に従って跪き、わたくしの手を取りました。
「月光を帯びた白銀の御髪に、春の湖面のように澄んだ瞳。神々の寵愛を受けたとしか思えぬ御姿……私の心が攫われる日も近いかもしれません。我が神が与えたこの試練を耐え抜くことこそ、今の私にとって――」
「…………」
お言葉は丁寧で、美しく、非の打ちどころがありません。
けれど――彼の心から漏れる黒い感情に、好感が持てません。声を聞くだけで、背中の奥が、ひやりとするのです。初対面なので大変失礼なのは存じておりますが、思わずわたくしはプイッと顔を背けてしまいました。
その瞬間、レオニス様がわずかに目を見開いたのが分かります。
……この方の良くない感情が更に増えたように感じて、目を合わせられません。
「レオニス様、申し訳ございません。ルルシェラ様は初めての殿方に緊張しておられるようで」
「男性の近衛騎士も少ないものでして」
「ルルシェラ様。レオニス様は《極地技能》を2つもお持ちの大変優秀なお方ですのよ」
「そうですよ。将来は騎士団の団長も夢ではないと噂なのです」
「最近騎士になったというのに、奢らず、真面目で、万人に優しいともっぱらの噂なのですよ」
「お姿も凛々しくていらっしゃり、素敵ですわねぇ」
侍女たちは口々にそう言います。
ですが、わたくしの胸の奥の違和感は、消えてはくれませんでした。
けれども、これから共に過ごす時間が増えるのです。重い頭を彼に向け、わたくしは挨拶代わりに笑顔を向けました。
「ーー恐縮の極みにございます」
レオニス様も笑顔で返してくれますが……わたくしは、その笑顔を好きにはなれませんでした。
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「ルルシェラ様、お休みなさいませ」
ベットに入ると、侍女達が灯りを消します。
皆は交代で仮眠を取るために控え室へ下がっていきました。いつも通り、1時間ごとにわたくしの様子を見に来てくれるのでしょう。
辺りがシン……と静まり返った時、ガチャリと扉が開く音がしました。わたくしは首を傾げます。侍女達が下がったばかりですから、それ以外にわたくしに会いに来る方なんて予定には無かったはずです。身体を起こし、ベットに腰掛けて出迎えます。
「ルルシェラ様……夜分遅くに失礼いたします」
入ってきたのはーーレオニス様でした。
「突然の来訪、大変申し訳ございません。他では言いづらい事でしたので」
そういうレオニス様の言葉で、わたくしはこの方が何を望まれているのかわかりました。
「私は、これより長くルルシェラ様をお守りする身。ですが“神のご加護”を失って以降、自身の限界を感じております。どうか……『恩寵の神子』様の祝福を」
18歳までは、人は“神のご加護”で技能などを授かりやすくなります。逆に言えば、18歳を超えてしまえば、技能や力量を伸ばすなんてことはほぼ出来ません。
この方はーーわたくしの力で、もう一度“神のご加護”を得ようとやってきたのでしょう。
このような頼み事は初めてではありません。
いつも通り、わたくしは首を横に振ります。
「……分かっております。王の許可なき祝福が禁じられていることも。しかし、万が一のために……」
そこまで分かっているのでしたら、今やっている事がどれほど悪いことなのか分かるはずです。
わたくしはもう一度、強く首を横に振りました。
「……ルルシェラ様」
レオニス様は、ゆっくりと微笑みました。整った形の顔が微笑むその姿は、侍女達からしたら目の保養になるかもしれません。
……ですが、わたくしにはこの方の中に渦巻くネバネバしたような感情を好きにはなれません。
「……承知いたしました。ご無礼をお許しくださいませ」
レオニス様はようやく諦めてくれました。
立ち上がり、わたくしに一礼をすると、貴族然とした様子で部屋を出ていきます。
もう来ないで欲しいです……
そう願いましたが、その願いが叶うことはありませんでした。
「ルルシェラ様、本日もお美しいですね」
「ルルシェラ様、貴方に合う宝石をお持ちしました」
「ルルシェラ様、何かお手伝い出来ることは?」
「ルルシェラ様、こちらの花などお似合いですよ」
「ルルシェラ様、私が必ずお守りしますから」
「ルルシェラ様、どうかご加護を」
「ルルシェラ様、ルシェとお呼びしても?」
「ルルシェラ様、お慕いしております」
「ルルシェラ様、一目見た時から貴方のことがーー」
……彼は毎日のように来ては、わたくしの眠りを妨げてきました。何度追い返そうとも、めげずにやってくるのです。気を引くために花や宝石なども持ってくる時がありましたが、全てお返しいたしました。
もう勘弁してください……
そう神に祈りましたが、その願いも届くことはありませんでした。
結局、レオニス様の夜の訪れが1ヶ月ほど続いたのです。
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「では、ルルシェラ様。おやすみなさいませ」
レオニス様が帰った後、わたくしはベットにぽふっと体を預けて脱力してしまいました。
もうヘトヘトです。
レオニス様とのお喋りは、ちっとも楽しくありません。
心の中の黒い感情と、表面の優しい笑顔と、心にも思ってない言葉を投げかけられるチグハグさに、わたくしはこれっぽっちも好きにはなれませんでした。
女騎士のスルシャーナに対してはこんなこと思ったりしませんでしたのに。
スルシャーナはエストランド家の長女ですが、わたくしの事を本当に大事にしてくださいました。ですが、先日エルドランド家の当主オルディー様が薬物乱用で拘束されてから、エストランド家は一族全員、貴族位を剥奪され、スルシャーナはわたくしの近衛騎士から外されてしまったのです。
気分転換でも……と、わたくしはベットから立ち上がり、カーテンを開けて夜空を見上げました。
夜でも明るい貴族街では、ぽつぽつと数える程の星しか見えません。しかも今日は月夜です。いつもより少なく見える星空を見て、しょんぼりします。
目を閉じれば、怪盗さんとこっそり部屋を抜け出した時に見た、あの満点の星空を思い出します。
そして、わたくしの頭を撫でてくれた
怪盗さんの暖かい手の温度も。
ーー逢いたい、です。
実はずっと、《魔力探知》で怪盗さんを探しているのです。ですが、さすがにミレアス全体の探知は出来ません。さしずめ、貴族街程度が限界です。
ですが、あれから全然反応がありません。
……生きていれば、逢えるっておっしゃってましたのに。
これまでのわたくしには、なんの不満もございませんでした。国に護られ、お父様の仰る方に技能と祝福を授ける。それがわたくし、ルルシェラのお役目でしたから。
しかし、怪盗さんとあの星空を眺めたその時から、わたくしは少し変わってしまったのです。
約束を破る罪悪感、こっそりと暗い廊下を進んだドキドキ感、近衛騎士も連れずに外に出てしまったちょっぴりの背徳感。
あの刺激的な出来事を経てからは、いつものお稽古事やお勉強が、退屈で退屈で仕方ありませんでした。
「逢いたい、です」
声に出せば、神様に届く気がしてーー
思わずそう、口走ってしまった時でした。
ーー《魔力探知》に、反応があったのです。
すぐに、わたくしは魔力の波長を確認します。
この不思議な波長は……間違いありません。
怪盗さんの気配です!
ようやく見つけました!
わたくしは嬉しくなりましたが、同時に怪盗さんの動向が気になりました。北区域をぐるりと回って、そのまま商業街へ戻ろうとしているようなのです。
ーー待って!行かないで!
次はいつ逢えるのか、
ひと月後なのか、
一年後なのか、
もう一生逢えないのか……
様々な憶測が脳裏を駆け巡り、焦燥感に駆られます。
考えるよりも先に、身体がうごいていました。
外套を掴み、窓を開け、夜の世界へ飛び出します。
ーーわたくし、
生まれて初めて“夜遊び”に出てしまったのです。
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浅い呼吸を続けながらも、わたくしは走りました。《体力系統技能》があるので疲れはしません。ですが、怪盗さんが行ってしまわないか心配で、つい呼吸が早くなります。
この先の曲がり角に、気配があります。
わたくしは急いで角に駆け込みました。
「…………ポン子?」
その角には……怪盗さんがいました。
わたくしのことを覚えててくれたのです。
「ーーはい」
ようやく逢えました!
嬉しくて、懐かしくて、
色々とお話したい気持ちが溢れてきます。
相変わらず、怪盗さんはわたくしのことをお菓子と思っているようです。今日こそはその真偽を問いたいと思います!
「ポン子、お前どうしてここにーー」
「誰だ!お前達は!」
わたくしが怪盗さんへ駆け寄ろうとした時、
後ろから聞き覚えのある声が響いてきました。
「貴様ら、その女性から離れろ!そのお方は貴様らのような平民ごときが拝謁を許されるような方ではない!」
振り返ると、そこにはレオニス様がいらっしゃいました。どうして?と思うより先に、わたくしはレオニス様の怒号に震え上がりました。
いつものチグハグな言葉ではない、心の中の感情と噛み合うような怒気を孕んだ言葉。
一人で立っているのが恐ろしく、気がつけば怪盗さんのところへ行って、お洋服を掴んでしまいました。
ーーレオニス様、どうしてここに?
ーー後をつけてきたのですか?
ーー他の騎士の方は?
ーーわたくしが出たこと、他の方は存じてますか?
ーー勝手に飛び出したのは申し訳なく思っています
ーーですが、怪盗さんにそんな言い方はないでしょう
ーーわたくし、帰りたくありません
ーーここに居たいのです
ーー放っておいてくださいませ
そう言えたら良かったのですが、わたくしの口は動きません。どれも最優先で伝えたい言葉ばかりで、喉元で絡まって出てきませんでした。
申し訳なくなり、怪盗さんを見上げました。
彼の綺麗な黒い瞳と、目が合います。
「なっ、何をしているのです!?ルルシェラ様!さぁ、帰りましょう!こちらへ!」
レオニス様の黒い感情が、さらに強くなりました。そのおぞましさに、思わず身を震わせてしまいます。何か、とても悪い感情が伝わって来るのです。
このままレオニス様について行ってしまっては、取り返しのつかないことになりそうなーーそんな気がしました。
でも、これ以上わたくしと一緒に居ては、
怪盗さんにも迷惑がーー
その時。
彼がわたくしを見つめ、声をかけてきたのです。
「……俺達と一緒に来たいか?」
「っ……」
真っ直ぐに、わたくしを見つめる黒い瞳。
わたくし、何も言ってません。
ですが、まるでわたくしの願いを代弁するような言葉に、ドキリとします。
わたくしと同じく、心の中を読む技能をお持ちなのでしょうか。
「ポン子ーーどうする?」
絶対、迷惑をかけます。身を引くべきです。
ですが、わたくしの意志を尊重してくださるその言葉に、つい身を委ねたくなりました。
背後の恐ろしい気配をチラリと見て、わたくしは怪盗さんを見上げました。
「………………はい」
「よし」
その瞬間、彼はわたくしの手を引いて走り出したのです!
速い!速いです!
わたくし、パジャマなのです!
そんなに早く走れません!
必死で技能で補助してついて行きます。
「馬鹿者!正気かねッ!?」
「正気も正気だ!むしろ見捨てる方がどうかしてるだろ!」
そこで、ようやく気が付きました。
怪盗さんの他にも、もう一人居たのです。
真っ黒な服のせいか全然気が付きませんでした。
お友達、でしょうか。
「先導!頼む!■■■■■!」
「任された!」
わたくしが必死について行こうとしていると、ふわりと身体が持ち上げられました。
「ポン子!ちゃんと掴まってろ!」
「っ!」
両腕で抱えられ、思わず怪盗さんの首に手を回します。
これ、お姫様抱っこです!
初めてされました!
慌てふためいていると、背後からレオニス様が凄まじい勢いで技能を使用してきます。
剣が振るわれ、風が舞い、近くの瓦礫がパラパラと服の上に落ちてきました。
それを怪盗さんとお友達さんは、お互いに呼吸を合わせるかのように、避けて、かわして、技能ですり抜け、商業街へ向かっていきます。
逃げ道のやり取りなんてしていなかったのにも関わらず、彼らは迷いなく進んでいきます。
何度か、レオニス様の攻撃が当たりそうになりましたが、何故かその攻撃はわたくし達の体を通り抜けていきます。怪盗さんの技能なのでしょうか。そんな技能、見たことも聞いたこともありません。
商業街に出たところで、レオニス様の技能がわたくし達のスレスレを飛んできました。
あと少し怪盗さんが遅ければ、わたくしもタダでは済まなかったでしょう。
レオニス様、一体なぜそんなことをーー
「おいコラ!今の!下手したらこの子にも当たってたぞ!」
怪盗さんがわたくしの言葉を代弁してくださいます。
しかし、レオニス様はーー見たことないほど、歪んだ笑みを浮かべておりました。
ーーその笑みこそ、彼の心からの感情だと悟り、背筋がゾワッとしました。
「だから?それが何だと?」
「な……何言ってんだよ!この子、高貴な身分なんだろ!」
「連れていくのに、“上”からは生死を問われてはいない」
ーー生死を問わない?
何を、言ってるのです?
あなたは、わたくしの近衛騎士なのですよ?
「とっとと渡せばよかったものを……下等種族風情が、貴族の言葉を聞かないとはな」
「……女性を軽視し、平民差別を繰り返す……貴族としての品の欠片もない愚者に言われたくはないな」
怪盗さんのお友達さんの言葉に、レオニス様は憤怒の表情を浮かべます。
その時ーーレオニス様と、目が合いました。
途端に、憤怒の炎を映す瞳が、邪悪で恐ろしい瞳に変わったのです。
「確かに、女性軽視は良くないな。生死は問わないとはいえ……真っ二つにするのは、勿体ないほどの美貌だ」
怖い。
何を考えているのか分からないのです。
レオニス様は、わたくしのからだを上から下へ眺めるように視線を向けてきました。
「生きてても死んでてもいいのならーー“頭が付いている方”が楽しめそうだ」
ゾワッーー
……全身に寒気が走りました。
わたくしを人として見ていないその顔に、
胸の奥から恐怖が湧き上がってきます。
レオニス様は剣を構え、《極地技能》の詠唱を始めました。怪盗さん達はすぐにその場を離れようとしましたが、あと一歩間に合いません。
ーー詠唱が完成し、《極地技能》の結界が展開され、わたくしたちは閉じ込められたのです。




