【30】《定理技能》
俺は落ち着かない様子で通りを歩いていた。
周囲の通行人の魔力が丸見えで、いつもと違う視界に少し混乱する。ただ、歩いていて分かったことがひとつある。
どうやら、俺は一般人よりも魔力がかなり多いらしい。
道行く人達に視線を向ければ、胸の中央に拳大ほどの火の玉のような光の揺らめきが見える。人によって色も大きさも千差万別だ。光の大きさが、そのままその人の魔力量なのだ。
ーーただ、ポン子やオレのように、体全体からあふれんばかりの魔力を持っている人は全く居ない。
こんな桁違いの魔力量なのに、《偽相盗用》を使うとすぐに魔力欠乏になるのだ。
どんだけ魔力燃費が悪いんだ。
適当に近くの小石を拾って、上に投げてみる。
「《落下猶予》」
俺を取り巻く紫色の光が、螺旋を描くように小石の下部に集まり、落下直前の小石を宙に浮かせていた。
数秒後、ふっ、と光が霧散し、小石はコツン、と地面を跳ねた。
今度は足を上げて、下ろそうとする。
「《落下猶予》」
先程よりも極わずかな光だけで、俺の足は宙に縫いとめられた。
……《魔力知覚》のおかげで、
魔力の流れや、減りが分かる。
自分に対する技能使用では、ほとんど気にならないくらいの魔力消費だ。それこそ、1000回《落下猶予》を使っても平気だろう。
しかし、自分以外……モノとか、他人に作用させようとすると、一気に魔力が持って行かれる。体感、100倍くらいは違う。さらに、モノや質量によっても魔力消費量が跳ね上がる。
ここまで詳しく技能について分かるのも、《魔力知覚》のお陰だ。本当にとんでもないものをポン子は授けてくれたもんだ。
「……ユーディアに相談しよう」
昨日と合わせて技能が5つも増えたのだ。
これで晴れて俺も、平民の平均技能数7個に届いた。
それも、一晩とちょっとで、だ。
……俺一人じゃ抱えきれない。誰かに話したい。
ユディえもん……助けて、ユディえもん!
持つべきものは友だ。
俺はこの激ヤバな現状を整理する為に、ユディえもんのいるアジトへと足を速めた。
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「ユディえもん!ユディえもん!」
「どうしたのかね?アル太君」
アジトに駆け込むと、以前、地球の猫型ロボットについて教えたせいか、ユーディアもノリよく答えてくれた。ポン子が居なくなって見栄を張る必要が無くなったからか、ぐったりと俺のベッドで横になっているが、こういう軽口は言えるらしい。
しかし、それよりも俺の瞳を釘付けにする光景があった。
ユーディアの魔力量だ。
小指の先程もない、マッチよりも弱々しいマゼンダ色の光が、胸の中で辛うじて揺れている。
俺の鼻息だけでも吹き消えそうだ。
それが命の灯火のようにも見えて、背筋にヒヤッとしたものが走る。
「だ、大丈夫かよ、ユディえもん」
「アル太君は心配性だな。いや、むしろ常日頃からそのくらい師を気遣って貰いたいものだ」
いつも通り、ハッと鼻で笑う。
その様子に心からホッとした。今更カッコつける仲ではないことは知っている。彼が言うのなら大丈夫なのだろう。
俺はユディえもんのベットの横に腰掛ける。
「ユディえもん、俺、技能覚えちゃった」
「【契約回廊】で私にも感じた。魔力を見る技能と、魔力操作だな。今では私も見えるようになっているぞ。君の馬鹿げた魔力量をな」
眉をひそめ、羨ましいと恨み言を言われた。
俺もこんなに多いとは思わなくて、一人の時は少し動揺していた。
「あとさ、さっきポン子が使ってた味付ける技能も覚えた」
「それもだと?……突然技能が増えるなど、一体何があった?」
訝しげにユーディアが片眉を上げる。
「実は……ポン子がくれたんだよ」
「…………くれ、た?」
ぽかん、とした顔をするユーディア。それもそうだよな。
なんなら、昨日新しく覚えた技能も、直前にポン子が「神々のご加護があらんことを」的なことを言った直後に獲得したのだ。
……あれも、ポン子の能力だとしたら。
「なぁ、ポン子ってもしかして、相当ヤバい女?」
「女性をヤバいで表現するのは失礼だぞ」
「じゃあ、ヤバくないのかよ」
「……まぁ、ヤバいのは確かだがな」
やっぱヤバいじゃんか。
「ルルシェラ嬢、だったか?……ふむ。技能を授けるというのが本当ならば……」
顎に手を置き、少し考えこんだ後、ユーディアはハッとした顔を上げた。
「もしや彼女は、アーヴァンテール王国に居ると噂の《定理所有者》か?」
「《定理所有者》?」
「《定理技能》を持つ者の総称だ」
《定理技能》……前に何回か聞いた事がある。
確か、ユノ曰く、《定理技能》は英雄が持っていると聞いた。もしや、ポン子がーー?
「アーヴァンテール王国の有名な《定理所有者》となれば……確か、『恩寵の神子』だったかな」
その名前を聞いて、妙にしっくりきた。
人に技能を与えるなんて、確かに“恩寵”としか思えない。
ーーところで、結局のところ《定理技能》とは何なのだろうか?
エドは必殺技と言っていたし、ローレン先生は世界の理がなんちゃら〜……的なこと言ってたはずだ。
「なぁ、《定理技能》って何だ?色んな人からたまに聞くけど、イマイチよく分からないんだよなぁ」
何でも知ってるユディえもんなら答えてくれるだろう。そう思って尋ねてみた。
「……………………」
「ユーディア?」
口を閉じて、答えない。
いつもならすぐに教えてくれるユディえもんが、だんまりなんて珍しい。
そんなに説明が難しいものなのだろうか。
ーーいや、病人に無理はさせられないな。
ユーディアは普通そうにしているが、魔力量があまりにも少ない。体調が万全でもないのに、あれこれ聞いたり、相談するのは良くなかったな。うん。
「今日は俺、職業訓練所を休むよ。お前も具合が悪そうだし、たまには師匠孝行してやらないとな」
夕方前なのでまだ残飯は漁れないが、何か他に食べ物がないか探して来よう。味付けなら、さっき貰った技能で出来るはずだしな。
俺が立ち上がってその場を去ろうとした時だった。
ユーディアの口が突如開かれた。
「《定理技能》とは、『世界の理から外れた者』の事だ」
「えっ?」
さっきの話が続いてるとは思わず、俺はユーディアへ振り返る。
ーー彼には珍しく、なんの感情も映していない無表情だった。冷たくもなく暖かくもない、なんの温度も感じさせない表情。
初めて見る顔に、思わずゴクリと生唾を飲む。
「技能と名は付いているが、技能とは根本的に違う。世界そのものに影響を与え、常識を覆す能力の事だ。人によっては、力の行使に魔力すら必要ない」
淡々と説明書を読み上げるような様子で、ユーディアは続ける。
「《定理所有者》を“所有する”国家は、それだけで莫大な利益が発生する。能力によっては、たった一人で国を滅ぼせるのだ。逆を言えば、国家の“所有物”とならない《定理所有者》は、制御できない恐ろしい化け物として排除される」
「“所有物”って……」
まるで物扱いではないか。
「……ルルシェラ嬢も、憐れなものだ。彼女は死ぬまで一生、国家に飼われ続けるのだろうな」
そんな言葉と共に、ユーディアの口は結ばれた。
……そういえば最初の頃、異世界人だとバレると殺される、とユーディアから聞いた。それは、異世界人には時々『強力な力を持つものがいる』から、らしい。
いわゆるチート、というやつだ。そのチートをこの世界では《定理技能》と呼ぶのかもしれない。
しかし、異世界人以外にも同じように強力な力……《定理技能》を持つ者が存在する。
それが、《定理所有者》。
つまりーーポン子のことだ。
確かに、誰かに技能を与えるなんて馬鹿げた能力、野放しにしておけば世の中がどう転ぶか分かったもんじゃない。彼の言い分には、妙な説得力があった。
しかしーー
ユーディアは随分と《定理技能》に詳しい。
例え何でも知ってるユディえもんだとしても、エドやローレン先生のようなプラスの面だけではなく、マイナスの面も知っている。
それどころか、マイナス寄りの感情を感じた。
「寝てろって。お前まだ本調子じゃないだろ」
ーーユーディアは何かを知っている。
ただ、感情が抜け落ちた彼にそれを聞くのは憚られた。また今度、彼が話したい時にでも聞こう。急ぎでもないのだ。
と言うか、いつも妙に自信満々なコイツが、こんな顔しているとこっちが調子狂う。
「せっかく味をつける技能が手に入ったんだからさ、何か食いたいものあるか?それっぽく出来るかもしれないぜ?」
疲れた体には美味い飯だ。
人間、飯食って寝れば元気になる。
俺の気遣いが通じたのか、フッと笑っていつも通りのムカつく表情で見上げてきた。
「なら、君の世界のオススメをもらえるかね?まぁ、お猿な君の口に合うものが、私の口に合うかは分からんが」
「おいコラ、お前のスープ全部バナナ味にしてやろーか」
「それはやめろ」
そんなやり取りをしていたら、腹が減ってきた。
俺は朝から何も食べていない。
少し早めの夕食を準備するべく、端の焦げたコートを着直してアジトの外に出た。
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「ただいま〜ユディえもん」
「おかえり、アル太君」
俺が残飯を漁って帰ってくると、ユーディアは簡易講義のテキストを開いて読んでいた。なかなか勉強熱心で感心である。
「聞いてくれよ!珍しくパンが手に入ったぜ!」
俺はじゃじゃーん、と懐から黒パンを取り出す。
この世界のパン屋は、地球とは違って完全受注生産だ。無駄な小麦粉を使わないようにという考えが強い。消費文明の地球と比べるとコストカットの鬼である。
しかし、本当に稀だが、ドタキャンなどでパンが残ることがある。そういうのはパン屋自身で食べたりするそうだが、それでも人気のない黒パンが残ってカビてしまい、捨てられる場合がある。今回の俺はツイていた。カビを取り除けばまだ食えるレベルのがあったのだ。
「おお、素晴らしい!久しぶりのパンか!」
「崇め奉れ、この俺を」
「ハッ。そのパンに合う食事を作り、この私を満足させられたのならば考えてやらん事もないぞ」
「なんでお前の方が偉そうなの?」
ジト目でユーディアを軽く睨み、食事の用意をする。と言っても、鍋に食べられる部分を厳選した残飯を突っ込んで水で煮るだけだ。
さてーー本日の献立は悩みに悩んだが、パンに合うスープと言えばビーフシチューだ。俺の好物の一つである。
ビーフどころか、里芋っぽいカロンと、人参っぽいジーニア、大根みたいなフットコーンだけの、野菜オンリーな大変ヘルシーなシチューになりそうだが、贅沢は言えない。
「で…………あの技能、どう使えばいいんだ?」
《神の舌》技能だが、獲得したばかりで使い方が分からない。……調味料を入れる感じ?いや、味そのものを転写するような感じか?
ポン子が料理をするとは思えないし、後者の可能性が高い。
鍋に手をかざして、昔食べた老舗の洋食屋のビーフシチューの味を限りなく正確に思い出す。
「ーー《神の舌》」
言葉と共に、魔力が渦をまくようにして鍋の中に入り込み、バチチ、と紫電が走る。
色合い的に闇魔法っぽくてちょっとかっこいい。
……ふと、芳しい香りが漂ってきた。
ブラウンソース特有のほろ苦い香りと、牛肉のコクのある肉々しい香り。
懐かしい、食欲を唆るビーフシチューの香りだ。
一口、味見をしてみる。
あるはずの無い牛肉の旨みと野菜の複雑な出汁を、ガツンと濃厚なデミグラスソースが繋ぎ合わせ、一体と化している。
こくりと飲み込めば、肉と野菜の甘味が喉を駆け下り、赤ワインの芳醇な香りと牛肉の風味が鼻をぬける。
ほんのりバターの風味を感じて、なんとも贅沢な気分だ。
カロンが溶けて少しトロリとしたスープは、目を閉じればビーフシチューのあの独特の舌触りに近い。
美味い。
マジで、美味い。
凄腕の料理人は一度食べたことのある料理は再現出来ると聞いた事がある。
まさに、『神の舌』だからこそ出来る技だ。
……この技能名に相応しい。
ーー大成功だっ!
「いい香りだな。どんな味にしたのだ?」
「ビーフシチュー。俺の好きなやつ」
あまりの良い香りに、寝ていなければならないユーディアがひょっこりと俺の後ろから顔を出す。
技能では見た目や具材までは変わらない。
パッと見、いつもの透き通ったあっさり残飯スープに見えるが、香りはガツンと濃く、ヨダレが出てくる。匂いと見た目のギャップで、俺まで混乱してきた。
器に入れてベッドの方に持っていこうとしたが、ユーディアは既にテーブルの席に座っていた。本人が座って食べられるのならいいだろう。
テーブルに並べ、席につく。
「「いただきます」」
手を合わせ、シチューを一口。うん、美味い!懐かしい味に舌鼓をうち、パンを齧る。硬いが、この少し酸味があるパンとシチューがまたいい。腹が空いてたので、格別だ。
空腹はやはり、最高の調味料であった。
「うまっ」
ユーディアは一口飲んで、驚いたように目を見開く。
頂きましたっ!ユーディア師匠の「うまっ」発言!
本当に美味しいものを食べた時にだけ聞ける、大変レアな鳴き声である。
「ご満足頂けたのなら、約束通り、俺を崇め奉れよ」
「フン、存外悪くない味だ。非常に癪ではあるが、この怪盗ユーディアが直々に褒めてやろう。感謝しろ」
「だからなんでお前が偉そうなの??」
アホみたいなやり取りをしつつ、夢中でシチューを口に運び、あっという間に平らげた。満足だ。ポン子には改めて感謝を伝えたい。
「そういやさ。ユーディアが倒れたあと騎士との一騎打ちで、新しい技能を授かったんだよ」
食後の水を飲みつつ、俺はあの時に授かった技能や、どう立ち回ったかをユーディアに話した。
「ほほう、興味深い。確かに、なんとなくだが【契約回廊】が弱まっている気がする」
俺も意識を集中すると、確かにすこし弱くなっているように感じる。
《影足》という《怪盗系統》をひとつ獲得してしまったが、他の系統である《致命顕現》と《神の舌》のふたつを獲得したので、トータルで薄まっているようだ。
「他の技能を取って系統技能を薄める、ってのは正解みたいだな」
「うむ。この調子で他にも覚えて貰いたいものだ」
「簡単に言うなぁ……」
今回はポン子のお陰で計5つの技能を覚えられたのだ。俺一人じゃ、多分無理だった。
「しかし、……まさか騎士と対峙する日が来るとはな」
その言葉に、ほんの少し胸がチクリと痛む。
後悔はしていないが、俺が原因でユーディアが酷い魔力欠乏になった。
……師匠の言うことを聞かないのは前からだが、今回はさすがに命の危機を感じたのだ。
ーー謝ろう。
友達を危険な目に合わせたのだ。
さすがの俺も、深く反省した。
俺はバツの悪い顔で、チラリ……とユーディアを見た。
「あぁーー本当に、楽しかった」
俺の心とは裏腹にーーユーディアはまるで夢見心地のように、惚けた顔をしていた。
「衛兵をおちょくることは何度かあったが……騎士に自ら立ち向かう事など一度もしたことが無かった。特に今回はアルノー君とルルシェラ嬢がいたからな。弄ばず、とにかく逃げの一択だと思っていたのだ」
だがーー、とユーディアは口の端を緩めて微笑む。
「本当に、立ち向かってよかった。アルノー君と二人で弄んだ時の、あの騎士の顔を見たか!?慌てふためく、あの顔をッ!」
突然の怪盗テンションに、ついていけない。
呆然とする俺を置いてけぼりにして、ユーディアは席を立ち上がると、芝居がかった様子でくるりと一回転した。なんとも幸せそうな顔である。
「実に愉快っ!実に爽快っ!おお、なんとも楽しいひと時であった!二人で撹乱させた時の騎士の怒りに歪む顔が、未だに脳から離れないッ!まさに夢のような時間だったッ!まさか《極地技能》を2つも持つとは思わなかったが、あれが無ければもっともっと楽しめていただろうにッ!口惜しい、あぁ口惜しいっ!」
「あぁ、うん……さよですか……」
「おお、アルノー君!君には感謝しているのだよ!私一人なら、騎士に対峙する事も、二人で弄ぶ楽しさも知らなかった!」
キラッキラの笑顔に、
俺の反省心がしゅぼぼぼ……と縮んでいく。
反省して損したわ。
「ところで……その後の騎士はどうしたのかね?」
「ムカついたから、全裸に剥いて路上に磔にしといた」
その言葉を聞くやいなや、破竹の勢いで笑いだした。
「アッハハハハハハハッ!!素晴らしいッ!実に素晴らしいぞアルノー君ッ!君を弟子にして良かったと、初めてそう思えたッ!君らしい、素晴らしい対応だっ!きっと騎士も満足してくれるだろうッ!ああ、私もぜひその場に居合わせたかった!!なんと悔しいことかッ!!」
いつも優雅な雰囲気のユーディアだが、今は腹を抱えてゲラゲラと笑っている。よほど俺のお仕置きが気に入ったらしい。
「……なぁ、なんで怪盗なんてやってんだ?」
呆れ顔で、そう尋ねる。
この質問は2回だが、ユーディアは嬉々として答えた。
「無論ーー楽しいからだっ!」
自分の体を両手で抱きしめ、身震いして答える。
もはや変態だ。
「人々の大切な宝を奪い取る背徳感!貴族や衛兵をおちょくる愉快さ!何度やってもたまらないッ!」
全然共感出来ない。頭ポンチな言動に、俺はほとほと呆れ果てていた。
……もうコイツ、怪盗じゃなくて『イタズラ小僧』にでも職業変えた方がいいんじゃないだろうか。
恍惚とした表情で昨日のことを思い出していたユーディアは、ふと俺を笑いかけてくる。
「また一緒に、貴族をおちょくろう!」
「ぜってぇー嫌だわボケ」
貴族街を歩く時は、
コイツが何かやらかさないか気をつけよう。
そう決心する俺であった。




