【4】投獄
「……と、……でして……」
「なら、……は、違……」
意識の底から、話し声が滲み込んでくる。
背中に硬い感触。湿っぽく、カビ臭い空気。
声が反響しているあたり、地下か、岩に囲まれた場所らしい。
全身が鉛のように重い。まぶたを開ける力もない。
だが、意識が浮かび上がるにつれ、男たちの会話は次第にはっきりしてきた。
「持ち物を検査しましたが、“身分札”は無し。おそらく“白札”でしょう」
「入都登録も見当たりません」
「だろうな。他に分かったことは?」
謎の単語が聞こえるが……状況的に俺の話だな。
どうやら、捕まったらしい。
捕まった……。
あの時の記憶が、嫌というほど蘇る。
空を飛んで、叫んで、衛兵をおちょくって――
おおぅ、思い出しただけで胃がキリキリする。
なんだあの異常行動。
どう考えても、俺の意思じゃない。
原因は、なんとなく察しがついていた。
地面に激突する直前、あの“カチリ”という感覚。
ラディックさんの言っていた、“才能”。
助かったのはそれのおかげだろう。
だが、頭がおかしくなったのも多分、それのせいだ。
狸寝入りを決め込んだまま、耳を澄ます。
「この男、技能は二つだけです」
「……それは、少ないな」
――技能が、二つ。
この世界では“才能”を技能と呼ぶらしい。
ラディックさん曰く、平民は7~8個の才能を持つらしいので確かに少ないだろう。
だが、俺にとっては1つでも十分だ。
それが二つもある。
一つは、あの頭アッパラパー状態だからこそ、
もう一つあるならそちらに期待が膨らむ。
「しかも《基幹技能》だけです」
「……どういう人生送ってきたんだ、こいつ」
うーむ全然分からん。
が、碌でもない評価なのは伝わる。
「なお、盗賊系統ではありません」
「なら怪盗ユーディアではないな」
「そもそも、あの怪盗が魔力欠乏で倒れます?」
「ですよねぇ……」
男たちが、揃ってため息をついた。
……あのアホ怪盗、思った以上に有名らしい。
原因作ったのはあいつなのに。
しかも結局、指輪は取り戻せなかったし。
そろそろ、まぶたに力が入りそうだ。
俺は、ゆっくり目を開けた。
ゴツゴツした岩肌の天井。
横を見れば、鉄格子。
狭い。畳一畳半もない。
見世物小屋のような檻の中、重い体を起こすと、
三人の男がこちらを見ていた。
「おう。気分はどうだ、兄ちゃん」
恰幅のいいオッサンが、鉄格子の前に立つ。
「……まだ少し、気持ち悪いです」
「だろうな。魔力欠乏の後は、二日酔いより酷ぇ」
魔力欠乏。
さっきも聞いた単語だが、要するにMP切れみたいなものだろう。空を飛んで、走り回って、調子に乗って――そりゃ無くなるわ。
時間は経っているはずなのに、まだ背中の辺りがザワザワと肌が粟立つような感覚が残っている。
そもそもだ。
あの時の俺に魔力なんて概念はなかった。
もちろん、今も魔力なんて感じられない。
「一応聞くがよ。兄ちゃん、怪盗ユーディアか?」
「違います」
「即答だな。ちょっと前まで“俺が怪盗ユーディアだ”って喚いてただろ?」
「あれは……その……」
そこを突っ込まれると弱い。
非常に弱い。
「お、俺、ラディックさんっていう貴族商人に紹介されて、こっちに来たんです」
「は?貴族だって?」
オッサンの眉が跳ね上がる。
どうやら、平民にとって“貴族と知り合い”は相当な爆弾らしい。
「確認してもらって構いません。今は不在ですけど、使用人に聞けば――」
「おい、今すぐ行ってこい!」
「は、はい!」
一人が慌てて駆け出していく。
残ったオッサンは椅子を引き寄せ、檻の前にどっかり座った。
ボードと羽根ペンを手に取る。
「確認が取れるまで、調書だけ作るぞ」
「わかりました」
「名前は? ユーディアじゃねぇんだな?」
「有野です。有野恭也」
「あ、ありゅ?」
「有野です。あ・り・の」
「……言いづらいな」
文化の違いだろうか。
そこまで難しい名前じゃないと思うんだが。
「じゃあ、自分の技能について説明してくれ」
「分かりません」
「……は?」
「分かりません」
「いや、分からないってどういう……」
オッサンが、ペンを止めた。
「あー……えーと……技能、把握してねぇのか……?」
まいったなぁ……とオッサンが頭をかく。
そんなに困ることだろうか。
「じゃあ、事件の動機は?」
「あれは……事故――そう、事故だったんです!」
俺は、別の世界から来たことだけは伏せ、これまでの経緯を話した。
ラディックとの商談。
怪盗ユーディアに襲われ、大事なものを奪われたこと。
捕まえようとして飛びつき、そのまま落下したこと。
「それで、なんであんな怪盗じみた真似をした?頭でも打ったのか?」
「そ、そうです」
「それであんなとち狂った……」
憐れむような視線を向けられる。
ちくしょう。俺だって説明できるならしてる。
「戻りました!」
さっき出ていった男が、息を切らして戻ってきた。
「おう、どうだった?」
「それが……」
言い切る前に、その後ろから見覚えのある人物が現れた。
――あの屋敷で、こちらの話を一切聞かなかったちょび髭だ。
「ラディック様!わざわざ御足労いただき、誠にーー」
調書を取っていたオッサンが、慌てて立ち上がり深く一礼する。
……は?
ラディック様?
「この者が、私の客人だと?」
「ははっ、そのように申しております」
ちょび髭と目が合う。
俺は反射的に視線を逸らしたが、向こうは完全に気づいたようだった。
「この者は……怪盗ユーディアだ!」
「なっ、それは本当ですか!?」
「この目で見た!窓から飛び、広場へ向かうところをな!」
「まっ、待った!なら俺が怪盗に飛びついたところも見てたはずだろ!?」
思わず鉄格子に掴みかかって叫ぶ。
ちょび髭は顔を真っ赤にして睨み返してきた。
「無礼者!この私が見間違えたと申すか!」
「夜だったし、俺も怪盗も黒い服だった!間違えただけだろ!」
「こ、こら、ありゅの君!失礼だぞ!」
オッサンが慌てて二人の間に割って入る。
だが、どうしても言わなければならない。
「それに!俺が会ったラディックさんは、もっと若かった!あんたじゃない!息子か、別のーー」
「ありゅの君!」
オッサンが、青ざめた顔で俺に顔を寄せる。
「この国で“ラディック”の名を持つ貴族商人は、この方ただ一人だ。娘は三人いるが、息子はいねぇ」
思考が、止まった。
……待て。
じゃあ、あの人は……
脳裏に浮かぶ、ラディックさんの穏やかな笑顔。
ーーーー騙された!?!?
「とにかく!この者は、我がラディック家に予告状を送り、狼藉を働き、領主就任式を台無しにした大罪人だ!」
「りょ、領主就任式!?」
知らん単語が飛び出てきたが、
今俺はそれどころじゃない!
「この大悪党め!領主殿へは私が直々に報告しておく!覚悟しておけ!」
混乱したままの俺を残し、本物のラディックは立ち去っていった。
「……兄ちゃん」
情報を咀嚼できず、真っ白になっている俺を、
オッサンが哀れむような目で見下ろす。
「あんた……相当ヤバいぞ」




