【28】怪盗達とポン子
背中にユーディアを背負い、俺達はアジトを目指していた。ユーディアは気を失って居るので、背負うだけだとずり落ちる。なので、ポン子に背中を押して支えてもらっていた。
いつもは近道の路地を通るが、慣れてないポン子では難しいと判断し、表通りを歩くことになったので少し遠回りだ。
「なぁ、お前、騎士から逃げてきたんだよな?何があったんだ?」
そう尋ねても、ポン子は答えなかった。
話しにくいことなのか。
それとも、前みたいにワタワタして言葉が出ないだけなのか。
背中越しでは、表情が分からない。
やがて、空の端がじんわりと白み始める。
夜明けが近い。
「……朝……?」
同じく白みゆく空に気づいたポン子が、ぽつりと呟いた。
まるで初めて見るものを前にしたような、現実味のない声だ。
「随分駆け回ったからなぁ」
「……夕日とは、違うのですね」
妙な言い回しに、思わず首を傾げる。
「夕日は赤いけど、朝焼けは白っぽいんだよ。早起きすればいくらでも見れるんだから、いつまでも寝ていないでもっと早起きしろよな」
――と言いつつ、
いつもユーディアに起こされている俺は、
しれっと自分のことを棚に上げた。
まあ、ポン子はその事実を知らない。
知らないなら問題ない。
上げられる棚は、上げておく主義だ。
「早起きがダメなら、また夜更かしすればいいさ」
「……はい」
遠くからガヤガヤと人の声。
そろそろ商人達が起きてくる時間だ。
ミレアスの朝市が開かれる前に、俺達は路地の中へ入った。
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「ここが俺ん家」
アジトの中に入り、ユーディアをとりあえず俺のベットに寝かせる。適当な布を濡らして顔を拭いてやった。綺麗好きな怪盗をいつまでも汚れたままにするのは忍びない。
ふと、ポン子がアジトの前でポカン……としている事が分かった。
まぁ無理もない。お嬢様にとって、こんなあばら家は見たことも入ったこともないだろう。
「信じられないかもだが、ここは俺達の住んでるところだ。掃除はしてあるから入ってこいよ」
手招きすると、トコトコとポン子が入ってくる。
雑多なアジトの中に、朝日を受けて輝く白い髪。
あまりにも不釣り合いで、夢でも見ているみたいだった。
……なんだか、どっと疲れが出てきた。
ポン子を抱えて逃げ回ったこと。
魔力を無茶苦茶に使ったこと。
新しい技能で走り回ったこと。
火傷の痛み。
死の恐怖。
人を人として見ない、あの冷たい瞳。
それら全部が混ざり合い、
「帰ってきた」という安堵と、
「生きている」という実感が胸に押し寄せる。
俺はベッドの脇に座り込み、腕を抱えた。
奥歯が、カチカチと音を立てる。
……怖かった。
震えが止まらない。
もし次に、ポン子と同じ目に遭っている人を見かけても、俺は同じように助けられないかもしれない。
それくらい、鮮烈で、恐ろしい体験だった。
このまま眠ったら、悪夢を見そうだ。
――ふわり。
気づくと、ポン子が隣に腰を下ろしていた。
少し焦げた、ふわふわの髪が腕に触れる。
「……ありがとう、ございました」
青い宝石のような瞳が、まっすぐ俺を見る。
そこにあるのは、疑いようのない感謝だった。
ポン子は俺の手にそっと手を重ね、
もう一度、息を吸ってから、震える声で言う。
「……助けて、いただき……ありがとうございました」
「……いいっての」
その一言で、
俺の選択は間違っていなかったんだと、
少しだけ思えた。
震えも、ほんの少し収まる。
……。
……ダメだ。
疲労が一気に押し寄せてきた。
ふらつく俺に、ポン子が目を閉じたまま寄りかかってくる。彼女も、限界なのだろう。
俺は大きなクッションを抱くように、
ポン子と互いに体を支え合い――眠りに落ちた。
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ふと、日差しのまぶしさで、目を覚ます。
どうやら仰向けで寝ていたらしい。
寝ているユーディアを枕にしてしまったせいか、
「うーん……うーん……」と苦しそうな声が聞こえる。
体を起こすと、太陽はかなり高い。
どうやら昼過ぎまで眠っていたようだ。
隣を見ると、ポン子も目を覚ましたらしく、
寝ぼけ眼でこちらを見ている。
「……おはようポン子」
「……っ、はい」
「はい、じゃなくて、おはような。挨拶の基本だぞ」
俺が指をさして注意すると、キョトンとした後に、ふわりと微笑み「おはようございます」と返した。
「しっかし、困ったな……飯が残飯スープしかない……」
昨日集めていた残飯は、2人分だ。1人分足りない。
悩んだ挙句、俺は飯抜きで、ユーディアとポン子の2人分を作ることにした。とりあえず鍋に水を入れて、ユーディアのポケットから火打ち石を借りる。
やったことないが、いつもユーディアの手元を見ているから出来るはずだ。
カチッ、カチッ
……つかない。
ユーディアが毎日苦戦している理由が、よく分かった。
力を入れて打ちつけた瞬間、
散った火花が腕に飛ぶ。
「あっづ!?!?」
昨日の火傷の痛みがフラッシュバックし、
思わず全身が震え上がる。
驚いたポン子がすぐさま駆け寄り、俺の手を取る。
ポワッと白い光が包み、痛みと恐怖が一瞬で引いた。
大袈裟にビビりすぎた……。
「……サンキュー、ポン子」
「……っ、いえ……」
照れた様子で下を向くポン子。
……そういえば、コイツ魔法使えるんだよな?
「なぁ、お前、火とか出せない?」
「?」
「飯、作ってやるから」
ポン子は少し考えた後、人差し指を上に向ける。すると、ボッとロウソクのような火が灯った。
この火はーー怖くない。
「おお、すげぇ!やっぱ魔法使えるんだな。じゃあ、ここのかまどに火をくべてくれ」
指先をひょい、と動かすと、火がひゅーんと飛んでいき、かまどに着火した。
ありがたやありがたや……
「よしよし、よくやったぞ。ポン子、えらいえらい」
ポスポスと頭を撫でてやった後、俺は鍋をぐるぐる回す。その様子を興味深そうにポン子が後ろから覗き込んでいる。
味見用に、スプーンで一口。
うん、今日も無味。
食えそうだ。
「……」
「ん?味見するか?」
後ろにいるポン子にも味見としてスプーンを差し出す。おずおずとした様子で、優雅に一口。
「???」
コテン、と首を傾げ、もう一口。
「???????」
味がしない事にずっと首を傾げ続けるポン子。
その様子が少し可笑しい。
「ははは、味しないだろ?まぁ、変な味しないって事は、腐って無いって事だ。食べれはするから好き嫌いとか言うなよ」
「……」
茫然としていたポン子は、ぽん、と手を打つと混ぜている鍋に手をかざす。
「《神の舌》」
パチチ、と鍋に金色の電撃が走る。
瞬間、とてつもなくいい匂いが鍋から漂ってきた。
……何をした?
首を傾げつつ、一口スープを飲んでみる。
「……は?」
味が、ある。
コクのあるまろやかな旨味と塩味が絡み合い、
信じられないくらい美味い。
肉は入っていないのに、まるでシチューのような味だ。
調味料なんて、何も入れていない。
やったのは、ポン子の技能だけ。
……料理に味をつける技能?
今さらだが、ポン子って何者なんだ。
有名なシェフの愛娘とかなのか?
「ポン子、これ、お前が?」
コクコク、と頷くポン子。
どうやっているのかは分からないが、
とりあえず褒めておこう。
「ありがとな、ポン子」
ちょいちょい、と手招きすると、
トコトコと近づいてくる。
その頭を、ポスポスと撫でてやった。
……うーん。
だんだんペットみたいに思えてきたな。
グッボーイ、グッボーイ……。
その時。
「うぅ……」
ベットから呻き声と、布が擦れる音が聞こえてくる。
「ユーディア、大丈夫か?」
駆け寄ると、ユーディアがうっすらと目を開けていた。
顔色は悪いが、意識は戻ったようだ。
魔力欠乏の反動が随分派手だっただけに、
正直、目を覚ますかどうか心配していた。
「……ここは?」
「アジトだよ」
「……騎士を、倒したのか?」
「まぁな」
彼は一瞬目を見開き、
それから、いつものように鼻で笑った。
「……そうか。……随分ボロボロだな、アルノー君」
「お前、人の事言えねぇからな?」
「くくく……お互い、よく生きてたものだ」
満身創痍の姿を見比べて、苦笑する。
本当に、よく生きていたものだ。
俺はユーディアに向けて、片手を上げた。
ユーディアは意味が分からないという顔をする。
「ハイタッチだよ、ハイタッチ」
「あぁ……そうか」
まったくまだ寝ぼけているのか。
こういう時は、これだろ。
よろよろと上げられた手に、
俺はパシッとハイタッチした。
「……美味そうな香りだな」
早速匂いを嗅ぎつけたか。
俺はポン子を指さす。
「あぁ、なんかポン子が技能で残飯スープに味をつけてくれたんだよ。すげぇよな」
「……っ」
恐縮です、とでも言わんばかりに、ポン子はペコペコと頭を下げた。
「飯は食えそうか?」
「正直あまり入らなそうだが……食べなければ魔力回復は遅れるからな。しかし、人数分はないだろう?」
「俺はいいよ。お前よりは動けるし、後で自分用の残飯かき集めてくる」
「ふむ……なら遠慮なく頂こう」
「よし。……おーいポン子、そこにある器にスープを盛ってくれ」
「っ!」
声をかけると、ポン子は嬉しそうに器にスープを注ぎ始める。雑用を好むお嬢様とは、変わり者だな。
俺はユーディアを起こし、
壁にもたれられるよう姿勢を整えてやった。
ポン子がスープを持ってきたので、1つをユーディアに、もうひとつをポン子の手に握らせた。
3人でベッドに腰掛ける。
俺は食うものが無いので、給仕のノリでスープを2人に勧めた。
「さぁどうぞ。召し上がれ」
「いただきます」
「……ます」
ユーディアが一口飲むなり、目を見開いた。
「うまっ」
そう一言漏らすと、さっきまでの虚弱はどこへやら、スープをかき込む勢いで飲み始める。
あまり入らないと言っていたのは、どの口だ。
ポン子はというと、相変わらずお上品にスープを口へ運んでいるが、よほど腹が減っていたのだろう。
慣れない俺の箸を必死に動かし、ぎこちなくスープをすくっている。
「……で?」
二人が食べ終わった頃合いを見て、俺は口を開いた。
「ポン子。お前、なんで騎士に追われてたんだ?」
「っ……、……」
案の定、もじもじするばかりで、言葉にならない。
……まぁ、貴族絡みなのは確定だろう。
お家騒動だの政争だのを聞かされても、正直、俺にはさっぱりだ。
俺は質問を変えることにした。
「帰る場所はあるのか?逃げてきたみたいだけど……家に戻っても大丈夫か?」
ポン子はしばらくおろおろした後、コクリ、と頷いた。
……帰る場所はある、のか。
じゃあ、家そのものが襲われたわけじゃない?
「家の場所、分かるか?」
今度は、フルフルと首を横に振る。
「ふむ……」
そこで、ユーディアが口を挟んだ。
「ならば、自衛団に任せるとしよう。衛兵に渡すと、調書だの身元確認だので面倒になる。“迷子を保護して詰所まで案内した”――この形が一番自然だ」
「なるほど……」
さすが怪盗。
衛兵との距離感を、よく分かっている。
「それでいいか?ポン子」
コクリ、と小さく頷く。
問題はなさそうだ。
「じゃあ、俺が連れてくよ。ユーディアはもう少し寝てろ」
「おや。私の案内無しで行けるのかね?」
「子供じゃねーんだから、さすがに道くらい覚えたわ。アホ」
憎まれ口を叩けるくらいには、回復してきたようだ。
いつもの調子が戻ってきて、少しホッとする。
すると、ポン子が二人の前に立ち、ペコリと頭を下げた。
「あのっ……お礼……っ……を……」
後半はもごもごして聞き取れなかったが、
どうやら何かお礼をしたいらしい。
……正直、欲しいものと言えば。
「大金貨二千枚とか?」
「ふぁっ!?」
ポン子が、素っ頓狂な声を上げた。
さすがにお嬢様でも、その額を右から左へは無理か。
「ならば――」
ユーディアが、すっと背筋を伸ばす。
「何か換金性の高いものはあるかな?先の戦いで服がボロボロになってしまってね。宝石でも、指輪でも、ネックレスでも構わんのだが」
期待するかのような瞳がポン子を捉える。
目が、完全に怪盗のそれだ。
ポン子はまたもや、おろおろ、わたわた……。
そして意を決したように、
「ん、しょ……」
自分の身に着けていた純白のマントを脱ぎ、
そっとユーディアの上に掛けた。
「……感謝しよう。白牡丹の君よ」
芝居がかった微笑みを浮かべるユーディア。
だが、ほんの一瞬だけ、肩を落としたのを俺は見逃さなかった。
……やっぱり、宝石の方が良かったか。
とはいえ、金目の物を要求して、
淑女に身に着けていた服を差し出された以上、
これ以上を望むのはさすがに無粋だ。
諦めろ、ユーディア。
「それじゃ、行くぞ。ポン子」
「っ……はい」
俺はポン子を連れ、自衛団の詰所へ向かうため、
アジトを後にした。




