【22】エヴァレット旧蔵店
今日の俺達は、商業街へ来ていた。
市民街も人で溢れていたが、早朝の商業街もまた別の熱気に包まれている。
大きな店の前には行列ができ、「入店まで50分待ち」と書かれたプラカードを係の人が掲げていた。
「市民街は食べ物屋が多かったけど、こっちは衣服や家具がメインなんだな」
「宝飾品もこちらの方が質の良いものが揃っている。値段は数十倍だがな」
家具専門店や服専門店が立ち並ぶ通りは、まるで高級ブティック街のようだ。
人混みは市民街の朝市ほどではないが、多くの人が買い物を楽しみ、大きな袋や包みを抱えて歩いている。
食べ物も売られてはいるが、市民街の串焼きや食材とは違い、こちらは弁当などのきちんとした料理が中心らしい。
「そこの路地へ。2番道路に出る近道だ」
ユーディアの先導で路地に入る。
無造作に置かれた箱を飛び越え、狭い通路を抜けて、別の通りへ出た。
その時、ふと視線が建物の三階に掲げられた看板に引き寄せられる。
「――エヴァレット旧蔵店!」
クラリスさんの店だ。
商業街にあるとは聞いていたが、まさかこんな所に。
「何? あのクラリス婦人のか?」
「お前この辺の道覚えてるだろ。なんで知らないんだよ」
「……私は道しか覚えておらん」
一度通った道を忘れないユーディアだが、買い物とは縁遠い生活をしている。
店の名前まで覚えているはずがない。
マップアプリ扱いをしていた俺が悪かった。
「なぁ、寄ってもいいか?」
「もちろんだ」
三階までの外付け階段を上り、店の前に立つ。
入口には「エヴァレット旧蔵店」という店名とともに、大きな身分札のような白いプレートが掲げられていた。
《名前:クラリス=エヴァレット》
《職業:遺物調律師》
《技能:遺物鑑定/魔力鑑定/構造調律師/洗浄魔法/魔力使い/魔力操作/持久強化/睡眠耐性/料理》
「なんか、身分札みたいだな」
「みたい、ではなく身分札の一種の“商店札”だ。このような店舗を持つ者は、店の外か店内のどちらかに掲げる義務がある」
「へー……って、クラリスさん技能9つも持ってない!?」
「あぁ。しかも聞き慣れない技能がいくつかある。これは相当な腕前だ」
凄い人だったんだな。
少し、入るのに勇気がいる。
恐る恐る扉に手をかけ、押し開く。
――カラン、カラン
軽やかなベルの音が響いた。
店内は、まるで魔法道具の博物館のようだった。
壁沿いの木棚には魔法陣の刻まれた箱や、宙に浮いて回る羅針盤、ひとりでに動く天秤が整然と並んでいる。
中央の机には羽根ペンや短い杖、不可思議な文様の短剣が置かれていた。
壁には宝石を埋め込んだ杖や奇妙な剣が飾られ、天井から垂れた魔法陣のような模様の布が、淡く光を反射している。
静かで、気品のある魔法道具屋。
そんな印象だ。
「すっげ〜!」
思わず声が漏れた。
予想以上にファンタジーな内装に、テンションが上がる。
棚に近づき、興味の赴くままに品物を眺める。
用途はさっぱり分からないが、見ているだけで楽しい。
ふと視線を向けると、ユーディアは壁に掛けられた宝石の埋め込まれた杖を、目を輝かせて見つめていた。
指先が落ち着きなく動いているのを見るに、相当お気に召したらしい。
「いらっしゃいませ――あら、もしかしてアルノー君?」
ベルの音に応えるように、奥からクラリスさんが姿を現した。
俺の顔を認めると、柔らかに微笑む。
「お久しぶりです、クラリスさん。お店を見かけたので、遊びに来ちゃいました」
「あらあら、嬉しいわ。そちらの方はお友達?」
その問いかけに、ユーディアは芝居がかった所作で優雅に一礼する。
「初めまして、麗しき婦人クラリス殿。アルノー君の友人の、ユー……」
「オッホン!」
「……ユディと申します。以後、お見知りおきを」
あぶねーコイツまた本名言うところだったぞ。
ユーディアはクラリスさんの前に跪き、手の甲を軽く口づけをする。
なんでこういうこと出来るんだコイツは。
「あらあらあら、まるでお姫様扱いね」
クスクスと照れたように笑いながら、クラリスさんは先ほど出てきた扉に手をかける。
「よければ奥でお話でもどうかしら。この歳でお友達が増えるなんて、なかなかないもの。嬉しくてねぇ」
心から歓迎してくれているのが伝わってくる。
その言葉に甘え、俺たちは部屋の奥へと案内された。
そこは店先とは打って変わり、こぢんまりとした工房だった。
壁際の作業台には細かな部品や色とりどりの石、用途の分からない計測器が並び、長年使い込まれた痕跡が残っている。
派手さはないが、落ち着いた温もりのある空間だ。
クラリスさんは窓辺の、レースのテーブルクロスが敷かれた机の前に椅子を二つ持ってきた。
「こちらにどうぞ。お茶とお菓子もあるわよ」
「いただきます!」
「コラ、アルノー君。ご婦人の前で、少しは品をだな……」
俺が食い気味に答えると、ユーディアが「この猿め」と言わんばかりの視線を向けてくる。
「失礼しました、クラリス婦人。うちの猿が……」
「ふふ、いいのよ。最近ね、趣味でお菓子作りを始めたのだけれど、一人だと食べきれなくて困っていたの。手伝ってくれないかしら?」
「ご婦人のお招きとあらば、喜んで」
ユーディアは芝居がかった所作で、優雅に椅子へ腰を下ろす。
一方の俺は、遠慮なく椅子に身を預けた。
クラリスさんは戸棚からカップとポットを取り出し、手際よく茶葉を用意する。
「あ、俺、手伝いますよ」
「いいのいいの。こうしてもてなすのが、楽しいんだから」
朗らかに笑いながら、紅茶の注がれたカップと、切り分けられたパウンドケーキがテーブルに置かれた。
――ケーキだ!!
「うまそう!」
「さぁ、召し上がれ」
「いただきます!……うめぇッ!」
「コラ!まったく……クラリス婦人、この度は素敵な茶会にお招きいただき感謝いたします――」
「食わねぇの?」
「食うわ馬鹿!この品の欠片もない猿め!」
ユーディアもケーキに手を伸ばし、優雅に一口。
次の瞬間、カッと目を見開き、
「……うまっ」
思わず漏れた声に、俺とクラリスさんは思わず笑ってしまった。
そう、洋酒がほのかに香り、深みのある味わいがまたいい。高級店のお菓子のようだ。
「ふふふ、喜んでくれたようで嬉しいわぁ。おかわりはいかが?」
「「いただきます!」」
声が揃い、思わず顔を見合わせる。
ユーディアは露骨に眉をひそめ、「うっわ」という表情だ。俺だって同じ気分だぞこの野郎。
「仲がいいのねぇ」
羨ましいわぁ、と上品に微笑みながら、ケーキのおかわりが運ばれてくる。
ユーディアは優雅ながらもガツガツと、俺は遠慮なく貪るように食べた。
「――あの、このお店って、どんな商品を扱っているんですか?」
満足するまで食べ終えたところで、気になっていたことを尋ねてみた。魔法道具屋っぽいが、デザインや雰囲気の統一感が無いのだ。なんの店か、いまいち分からない。
俺の問いに、クラリスさんは紅茶で喉を潤しながら話してくれた。
「うちはね、貴族や商人が代々保管していた古代の遺物を買い取って、綺麗にして売っているのよ。他にも遺物の鑑定や、その人に合うように調整もしているわ」
「ほう……遺物ですか。調律まで出来る方は、なかなかいません」
「うふふ。それくらいしか取り柄がないもの」
ユーディアとクラリスさんの話から察するに、恐らく古代の遺物とやらを修理して売り出す、リサイクルショップのようなものらしい。
「いつもは定期的に貴族街へ赴いて遺物鑑定をしているのだけれど、こんな場所にあるお店だから商品を見に来る人って滅多に居なくてねぇ。久しぶりの来客に、なんだかドキドキしてしまうわ」
胸に手を置き「初恋みたいな気分よ」と茶目っ気たっぷりに言う。なかなか可愛いお婆さんだ。
「じゃあ、クラリスさん。せっかくだから何か面白い商品とかないですか?」
「まぁ!そんなこと言われたら、とっておきのものをお見せしたくなるわね」
ちょっと待ってて、とクラリスさんは鍵のかかった戸棚からひとつの綺麗な細工のされた箱を持ってきた。箱だけでも分かる。かなりの高級品である。
箱を開けると、丁寧に赤いビロードに包まれた、一対のイヤーカフが出てきた。細やかな細工に、真っ赤な雫型のルビーがシャラリ、と揺れそうなデザインだ。
「これは、古代エルメア文明における新エルメア聖王国で使われていた魔術具『クウィーテルの耳飾り』よ」
「ほうほうほう!!」
高そうな宝石だからか、俺よりもユーディアが食いついた。身を乗り出してものすごい間近でイヤーカフを舐めるように見つめる。
「なんと美しい!洗練されたデザインもさることながら、特にこの赤い魔石にはエルメア文明特有の複雑なカッティングと保護魔法が施されている!魔石の透明度も最高級品だ!このクオリティで現存するなど、もはや国宝級ッ!」
「あら。ユディさん、もしかしてお詳しい方なのかしら?」
クラリスさんに尋ねられ、ユーディアはシャン、と背筋を伸ばす。
「宝飾品については少し見識がありましてな」
「まぁ、ということは《宝飾鑑定》技能をお持ちで?」
「若輩者ですが、多少は」
「あら〜とても優秀な方なのね〜」
褒められてユーディアは鼻高々だ。
それにしても、魔石か。魔法アイテムっぽい名前にワクワクする。見た目はルビーかと思ったが、よく見てみると赤い石の中でオーロラのように複雑な色彩が渦巻いており、ただの宝石ではないことが察せられた。
「これはね、身につけている間だけ『身体の魔力生成を大幅に向上させて体内に魔力を留める』効力があるのよ。“魔力量を底上げする”事ができる、と言った方が分かりやすいわね」
その言葉に、俺とユーディアは顔を見合せた。
今度はお互いに同じことを考えていると分かる。
ユーディアは【契約回廊】のせいで魔力の上限が削られて怪盗が出来ないのだ。だからこそ、俺達は【師弟契約】を破棄する為のあらゆる方法を模索している。
ーーだが、これがあれば、ユーディアは怪盗が出来るようになるかもしれない。
ーーユーディアが怪盗出来るならば、俺の指輪を取り戻してくれる、ということだ。
双方の希望が一致する、まさに夢のような商品だった。
「クラリス婦人、こちら試しに付けてみても?」
「えぇ、どうぞ。ユディさん用に調律してないから効果は薄いでしょうけど」
恐る恐る、ユーディアが耳につけてみる。
視線を送ると、ユーディアは一瞬だけ目を閉じ、
そして、こちらを見て小さく頷いた。
ーーこれがあれば、怪盗は可能、ということだ。
「クラリスさん、これって取り置きは可能ですか?」
「あら、アルノー君もお気に召したのかしら?」
「はい!是非欲しいです!お支払いに時間がかかるかもしれませんが……」
多少高くても、最悪俺がユーディアと一緒に山菜取って売って金を稼げばいい。時間はかかるだろうが、頑張ればできなくはない。
あらあら、と頬に手を置き、クラリスさんは困ったように首を傾げた。
「うちで一番高いのよ?」
「えっ……あの、おいくら、です?」
ふふふ、とクラリスさんは、こわばる俺とユーディアに微笑んだ。
「白金貨200枚ね。大金貨2000枚と言った方が分かるかしら?」
大金貨2000枚!?!?
待て待て、大金貨は1枚だいたい10万円の価値だから……
ーーにっ、2億円ッ!?!?!?
「ふふふ、みんな値段を聞くとそんな顔になるわぁ」
とんでもない金額に俺達が真っ白になる様子を見て、クラリスさんは楽しそうに微笑んだ。




